| 開催日 | 2026年9月17日 |
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| スピーカー | 岩﨑 一郎(沖縄大学経法商学部 特任教授) |
| コメンテータ | 馬 欣欣(法政大学経済学部国際経済学科 教授) |
| モデレータ | 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター) |
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| 開催案内/講演概要 | 企業犯罪は発生した国だけでなく世界経済にも影響を及ぼすが、企業犯罪の主体は先進国企業から新興市場企業へと広がりつつある。しかし、中東欧やロシアを対象とする企業犯罪研究は乏しく、中国の犯罪研究の対象には偏りがある。多国間比較による知見も限られている。本セミナーでは、沖縄大学経法商学部特任教授の岩﨑一郎氏を迎え、新興市場の企業犯罪について解説いただいた。岩﨑氏は、企業の犯罪記録と企業情報を結び付けた大規模データを構築し、企業の取締役会から国家の制度までを視野に入れて企業犯罪の決定要因を検証し、取締役会の独立性が犯罪抑止に働かない一方、国家制度の質は新興市場に共通して強い抑止力を発揮すると論じた。 |
議事録
企業犯罪研究の空白と本研究の狙い
企業犯罪はコーポレートファイナンスの分野では確立した研究テーマで、先進国企業を対象とする業績は数多くあります。一方、社会主義時代を経て市場経済を達成した中東欧諸国やロシアについては、経済学分野の英語論文はほぼ皆無です。中国では米国に比肩するくらいの論文が出ていますが、証券取引所が公開するデータを重く扱うため、扱われる企業犯罪の範囲が非常に狭い。さらに先行研究のほとんどは1カ国ごとの研究のため、国家レベルの制度や体制の犯罪抑止効果を検証できません。そのような国家レベルの制度や体制が、その企業犯罪にどれくらいの効果を及ぼしているのかを検証するためには、多国間のデータを用いる必要があります。
世界経済の構造転換とともに、新興国による企業犯罪が増加しています。一帯一路を追い風に海外進出した中国企業の一部は、インド太平洋地域を中心に汚職や環境破壊等の問題を引き起こしています。ウクライナ軍事侵攻後は、ロシアの大企業が武器等を第三国からロシアへ移転し、G7諸国を含む先進国の制裁対象になっています。
本日報告する研究では、企業犯罪研究と新興市場研究の双方に関係する4つの貢献を目指しています。1つ目は中東欧、ロシア、中国を包括するデータを構築し、これらの国や地域の企業犯罪発生率を測定・比較すること、2つ目は取締役会の犯罪抑止効果を実証的に検証すること、3つ目は特定国研究では検証できない国家制度の質のインパクトを測定すること、最後にロシアや中国に特有の企業犯罪因子を明らかにすることです。
10の仮説と4種類のデータ
新興市場に共通する企業犯罪決定要因として次の4つの仮説を立てました:取締役会の規模が大きいとミスコミュニケーションが起こり企業犯罪の発生率が高まる(仮説1)、取締役会が経営者から独立しているほど犯罪発生率が抑制される(仮説2)、またジェンダーの多様性が高いほど犯罪発生率が抑制される(仮説3)、国家制度のクオリティーが高いほど当該国企業の犯罪発生率が抑制される(仮説4)。
ロシア特有の企業犯罪決定要因については仮説5から9を立てました。連邦政府が指定する戦略的重要産業や体制的に重要な企業とは、プーチン政権に近い企業です。政府から恩恵を受ける見返りに政府の意向に沿った形で企業犯罪を行う関係があり得ると考え、産業政策に指定される企業は犯罪率が高いとの仮説を立てました(仮説5)。一方でロシアは典型的な警察国家ですので、公共セクターは私企業が政府の意図に反して犯罪を起こすことに抑止的に働くと推測しました(仮説6)。仮説7・8・9は、地域の経済発展、経済的不平等、国際関係の深まりはいずれも企業犯罪を助長するというものです。
中国については仮説10として、民間部門の発展による監視強化効果が競争圧力による助長効果を上回ると予想し、民間セクターの発展は企業犯罪を抑制するという逆の仮説を立てました。
データは4種類を組み合わせます。1つ目は、ビューロー・バン・ダイク社が運営する世界最大級の商用データベースORBIS(オービス)という企業データベースで、中東欧・ロシアの20カ国、中国の上場・非上場企業36,815社を抽出しました。2つ目が本報告の肝となるGRID(グリッド)というリスク情報データベースで、マスコミ報道や官報、判例などから企業や要人の犯罪情報を集めたものです。1社ずつ検索して犯罪記録を抽出し、経済犯罪、政治・社会犯罪、国際犯罪の3つに分類しました。3つ目が世界銀行の世界統治指標、4つ目がロシアと中国の政府統計です。
不正企業比率と犯罪タイプの国際比較
36,815社のうち、グリッドに企業犯罪情報が含まれていた不正企業は2,259社、全体の6.1%でした。内訳は、犯罪件数が1件の企業が54%に当たる1,219社、2件から5件が35%の798社、6件以上が10.7%の242社です。地域別では、中東欧と中国の不正企業比率はほぼ同じ5%前後ですが、ロシアは11%超えと突出して高く、複数の犯罪記録を持つ多重犯罪企業の比率も相対的に高くなっています。
犯罪タイプ別では、経済犯罪が全体の42%と最も多く、次いで国際犯罪が35%です。中東欧は経済犯罪や政治・社会犯罪といった国内犯罪がほとんどを占め、中国もおおむね同様ですが、ロシアだけは国際犯罪が突出しています。警察国家であるロシアでは、国家秩序を乱す国内犯罪は強く抑止される一方、海外で政府の意に沿った行動は大目に見られるためと推測されます。時系列でも、2020年と2021年はほとんどが国内犯罪でしたが、2022年2月を境に国際犯罪が極端に増えており、ウクライナ軍事侵攻との深いかかわりが示唆されます。中国では東部や中央部の不正企業比率が低く、西部は軒並み高いという地域差も見られました。
取締役会の限界と国家制度の抑止力
回帰分析の結果、取締役会規模はコーディネーションロスの問題から企業犯罪数と正に相関し、取締役会会長の外部登用や女性の経営者・取締役の採用は犯罪数を抑止していることから、仮説1と仮説3が支持されました。一方、取締役会の独立性は統計的に有意に推定されず、仮説2は不支持です。仮説4の法の支配から腐敗抑制までの国家制度の指標はすべて負に有意で、代替指標でも頑健に再現されました。ロシアの仮説5は、戦略的重要部門や体制的重要企業に指定された企業については国際犯罪だけに有意に効きます。仮説6の公共部門のプレゼンスは抑止的に、仮説7~9の地域の経済発展、経済的不平等、国際関係は犯罪を助長する方向に働くことが分かりました。中国では民間セクターの発展を示す5つの指標がすべて負に有意で、仮説10が支持されました。
結論として、取締役会規模の犯罪助長効果と、女性経営者や女性取締役の犯罪抑止効果に関する仮説は強く支持された一方、取締役会の形式的な独立性は企業の規律付けに役立っていないことが、企業犯罪という観点からも再現されました。これに対し国家の制度的なクオリティーは、新興市場に共通して強力な企業犯罪防止力を発揮しています。新興市場の国家制度はクオリティーを高める余地が大きく、国家間の格差も大きいため、民主的、自由主義的な制度改革を起こせば、先進国政府にまして大きな果実をもたらす可能性があります。ロシアでは連邦政府と関係が深い企業の国際犯罪率が極めて高く、政府・企業関係に一種の深い闇が存在することが暗示されます。同じ市場経済化でも中国では企業犯罪が抑止され、ロシアでは助長されており、地域や国のコンテキストを踏まえた理論構築が重要だと考えます。
コメント
馬:
この研究は学術的な貢献も社会的な意義も大きいものです。ほとんど利用されていなかったオービスのデータを活用して大規模データを構築し、企業犯罪の国際比較を初めて可能にした点は比較経済論への貢献であり、コーポレートガバナンス(企業統治)のメカニズムが企業の犯罪を抑制できるかを検証した点は産業組織論や企業経営学への貢献です。また、法の支配などの国家レベルの要因を分析の枠組みに取り入れた点は、オリバー・ウィリアムソン先生の新制度派経済理論への貢献です。企業レベルのガバナンスだけでなく、国家レベルの制度と法執行環境の整備の重要性を示した点にも意義があります。
研究背景として、中国の国有企業について説明いたします。中国は1949年から1977年までは計画経済期で、企業はすべて国有でした。1978年以降の改革で非国有企業が発展し、企業数に占める国有企業の比率は1998年の4割くらいから2022年には約5.7%まで低下しましたが、残った国有企業はより大きくなり、資産と利潤総額を伸ばしています。改革後の国有企業の内部統治は一見すると先進国と同じになりましたが、株主総会と取締役会のリーダーはすべて党の人事で指名され、党、政府、企業の三位一体という構造は変わっていません。
質問が3つあります。一点目はデータのバイアスについて、グリッドで把握できる企業犯罪と把握できない企業犯罪の間にどのようなバイアスが生じ、実証研究ではどう対応すべきでしょうか。二点目は体制移行国の異質性に関して、民間企業の発展が中国では犯罪を抑制し、ロシアでは助長するという差異が生じるメカニズム、また今回分析されていない企業所有制形態間の差異をどのように捉えるのでしょうか。三点目は、オリバー・ウィリアムソン先生の新制度派経済理論の視座から考えると、国家レベルの制度と企業のコーポレートガバナンスの相互効果についての見解をお伺いします。
岩﨑:
一点目は極めて重要な問題です。企業犯罪は企業が開示するデータではなく、国家の治安機関やマスコミが暴露するものですから、国家間で暴露率が違えば結果に影響が出ます。プーチン政権に近い企業の国際犯罪をロシアの連邦政府が暴露することはまずあり得ず、先進国側が暴露しています。推定された企業犯罪率がそのまま実態を表しているとは言えず、留保条件が必要ですが、中東欧、ロシア、中国で暴露率が激しく違うわけではないという前提で比較しました。二点目は、異質性があるからこそ企業犯罪率に差があり、市場経済化の進展度や企業所有制が各国の犯罪率に影響することが分かっています。企業所有形態はコントロール変数として論文で報告しており、国有企業は総じて抑止的に働く一方、外資系企業は地域や国によって推定結果が異なります。三点目のシナジー効果は、私が発表した4つの論文のほとんどで検証しており、取締役会の独立性は単体では非有意ですが、国家制度のクオリティーとの交差項はマイナスで、制度の質が高いほど独立性が企業犯罪を見逃す効果が落ちることを示唆しています。
Q&A
Q:
先進国の企業犯罪の発生率は、中東欧、ロシア、中国に比べて低いのでしょうか。また、犯罪の種類について、先進国とこれらの国を比べるとどのような差異や特徴がありますか。
岩﨑:
厳密には、グリッドのデータベースで先進国についても同様の調査をした上で比べなければなりませんが、今回はそれをしておりません。先行研究も税金逃れや財務諸表の虚偽記載といった経済犯罪が中心で、それに限って確認した限りでは、ロシアと中東欧、中国の犯罪発生率は先進国よりは高いけれども、極端に高いという結論は出ていません。また先進国研究でも国際犯罪や政治・社会犯罪についてのデータや実証研究はほとんどなく、私どもの研究と先進国の企業を直接対比させる研究はまだないのが現状です。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。