開催日 | 2022年12月13日 |
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スピーカー | 鷲田 祐一(RIETIファカルティフェロー / 一橋大学大学院 経営管理研究科 教授) |
コメンテータ | 西垣 淳子(RIETIコンサルティングフェロー / 石川県副知事) |
モデレータ | 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究コーディネーター(研究調整担当)) |
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開催案内/講演概要 | デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する「デザイン経営」が、大企業はもちろん中小企業からも注目を集めている。ただ、国内企業における社内デザイン組織の評価は揺らいでおり、デザインを量的な経営資産とする考え方はまだ定着していない。そこでRIETIは2021年度、一橋大学大学院の鷲田祐一教授をプロジェクトリーダーとするデザイン経営研究プロジェクトを開始し、国内の大企業18社のデザイン組織KPIを測定した。その結果、評価指標として7つの要素が抽出され、デザインという言葉の定義が広がりつつあるとともに、デザイン思考が社内デザイン組織の評価要素として認識されていることが明らかになった。本セミナーでは鷲田教授が調査の概略を解説するとともに、デザイン経営研究プロジェクトの成果と展望について語った。 (参考) |
議事録
デザイン組織のKPIに着目した背景
この研究は、大企業のデザイン部に代表されるデザイン組織の評価が揺らいでいるという問題意識が発端となっています。その企業の事業としてどのぐらいのパフォーマンスを出しているのか、経営者からどのぐらいきちんと評価を得ているのかという部分がブラックボックスになっており、この部分についてしっかりとした調査研究を蓄積していかなければならないという問題意識がありました。同じような問題は日本の大企業全体に横たわっており、それを何とかしていきたいと思ったわけです。
調査方法としては、個別の企業はそれぞれ重要業績評価指標(KPI)を持っていますが、統一的なものにはなっていないので、いろいろな企業にまたがって統一的に調べる必要があります。それから、企業内のKPIですから各企業内でアンケート調査等を実施して調べなければなりません。つまり、個別性と統一性という相反する問題をクリアすることがこの研究の大きな課題でした。
デザイン組織の経営に対する影響は、株価や売り上げ、ヒット商品の数、受賞歴など外形的な指標は結構あるのですが、企業内で実際に行われている事業や研究との関係がはっきりしませんでした。同じような問題は国際的にあるようで、海外にも先行研究はありますが、手法がまちまちであるため、日本の大企業組織にフィットする方法を作らなければなりません。企業経営者からすれば、デザイン組織が本当に貢献しているのかがブラックボックスになっていると、どのように扱えばいいのかが分かりにくいため、デザイン要素の経営資源への活用がどうしても後手後手に回ってしまいます。こうした課題を解決するため、デザイン組織のKPIの同定を目指したわけです。
調査の実施方法
まず各企業のデザイン組織にアンケート票を配布し、社内ステークホルダー(マーケティングや商品開発、事業部門、広報・宣伝など)のリーダーにも統一的なアンケート票を送って回答してもらいます。各企業で百数十のデータが集まるので、そこから守秘性の高いデータを省き、マトリックス化したものをRIETIで預かり、各企業のデータを全部連結して全体傾向と企業ごとの傾向を見るという2段階の設計をして実施しました。
2021年にRIETIで第一次調査を実施し、ありがたいことに大企業18社(1883サンプル)が参加してくださいました。
多変量解析を実施したところ、①ブランド力の向上、②ユーザーコミュニケーション、③商品価値向上、④提案力・情報提供、⑤知財、⑥対応力・信頼、⑦コスト・スピードの7つの要素にまとめることができました。これらの指標によって企業をまたがってデザイン組織のパフォーマンスを測ることができそうだという確信を得ました。
重回帰分析の結果
これを用いて、重回帰分析を実施しました。すると、7つの指標のうち知財だけがデザイン組織への総合満足度にほとんど貢献しないことが分かったので、これを省いて残りの6つの貢献度合いを係数で表しました。一番大きく貢献しているのは商品価値向上(0.379)で、全体の4割弱を占めていました。二番目は対応力・信頼(0.206)、三番目はコスト・スピード(0.153)でした。
一方、ユーザーコミュニケーションも0.110と決して小さな係数ではなく、デザイン組織がユーザーとコミュニケーションを取ることが重要な仕事として位置付けられていることを数字で検証することができました。
こうして見ていくと、デザインという言葉の定義自体がだんだん大きくなっていることが確認できたと思います。社内デザイン組織はもともと、狭義のデザイン(物の色や形など)に貢献する組織という認識が中心でしたが、広義のデザイン(ユーザー体験や製品・サービス全体)にも貢献する組織として徐々に認識されていることが分かってきました。さらに、経営のデザインへの貢献も考えられるわけですが、ここまでにはまだ至っていないかもしれません。ただ、こうしたより大きな枠組みも視野に入ってきたと思います。
研究者の視点で見ると、ユーザー企業や消費者とワークショップを行いながら、どんな商品やサービスが求められているのかを探り当てるような手法を提供し、リーダーシップを取って引っ張っていく活動が、デザイン組織の評価要素として認識されていることを量的に検証できたのは大きかったと思っています。
本研究では、18社全体だけでなく、各参加企業にもフィードバックを実施しました。調査に参加していることを18社それぞれに対して秘密にしている企業もあるので、当方で個別に対応してフィードバックを行いました。会社によっては「現場の印象と違う」「まだ分析が分からない」という声もあり、追加の打ち合わせなどを何度も行うこともありましたが、全体としては多くの企業から「納得できた」「相対的な位置付けが分かった」という評価を頂いています。
第一次調査が終わり、非常に多くの参加企業の皆さまから、もう一度やってみたいというご意見を頂きました。例えば、「デザイン経営への取り組みを本格化させており、資料を蓄積していきたいので今後も継続してほしい」「すでに自社で蓄積しているデータとも整合性を取ることができたので、非常に有用である」という声や、「管理会計指標の候補として興味深い」という声も頂きました。私どもとしては、前回参加企業はもちろん新規企業もどんどん入っていただきたいと思っています。
第二次調査に向けての追加的工夫
ただ、第二次調査に向けて追加的な工夫もしなければなりません。
まず1つは、各社で社内デザイン組織の構成が異なることが分かってきました。具体的には、全体の組織のどこにひもづいているのかということもありますし、そもそもデザイン組織が複数ある企業もあります。
それから、デザイナーの数が何人いるのか、性・年齢構成はどうなのか、部署数はいくつあるのか、案件数はいくつあるのかといったことも、基本的には秘密なのですが、そうしたデータがアンケート調査とは別に追加的にあると分析がよりしやすくなります。もちろん答えたくない企業も多いと思いますが、そういうフォームを準備して、差し支えない範囲で答えていただく形にしてみたいと思っています。それによって、どんなタイプのデザイン組織がどんなパフォーマンスを出せるのかが分かるかもしれないと考えています。
それから、会社の財務会計にどう貢献するかということに注目が集まるのですが、今回のデータを基に、KPIのどこがどの財務会計指標と関係しているのかが分かるかもしれないので、参加企業の財務会計のデータをもう一度洗い直して相関性も見てみたいと思っています。
今回のプロジェクトでは二次調査、それから再来年度は三次調査まで計画していて、3回のデータをまず集めてみたいと思っています。研究成果をどんどん発信しながら、この研究で得られたKPIを、量的にデザイン組織のパフォーマンスを測る指標として普及していければと思っています。
今回の調査で、知財は経済産業省および特許庁としてはとても大事な指標であり、デザイン組織のパフォーマンスの1指標としては抽出されたのですが、他のさまざまな要素と切り離されてしまっていて、有意な関係をうまく見いだせなかったという課題があります。
これは非常に大きな問題で、ブランドを市場での武器ではなく、社内の品質基準として認識している企業もあるかもしれません。つまり、あるブランドを立ち上げたけれども、そのブランドに見合う商品や技術を作る際に使うのにとどまっていて、そのブランドで他社と競争するところまで至っていなかったり、知財を得ることによって新価値を創り出すところに至っていなかったりするかもしれません。
意匠法が2019年に大幅改正されましたが、そもそも改正の事実自体がまだ十分に認識されていないかもしれません。そんな疑問が挙がってきているので、何とか第二次調査、第三次調査で知財についても何か手当てをしていけたらと考えています。
コメント
西垣:
デザイン経営はブランド力の向上とイノベーション力の向上の2つを目指すことで企業の競争力向上につながる効果をもたらします。そして社内全体にデザインが重要な経営資源として理解されていることが重要です。
この2つの視点で調査結果を見たときに、1点目にブランドとイノベーションの両方がデザイン経営の効果として見えてきたことは良かったと思っています。2点目に、デザイン経営組織の特徴として、経営層がデザイン組織をしっかりと理解している企業と社員全体がデザインをしっかり理解している企業に傾向が分かれてきた状況が見えてきました。第二次調査では、デザイン経営組織が社内でどういう位置付けなのかをもう少し分析してみようと思います。3点目に、デザインと知財の相関がほとんど何も出なかったことは驚きでした。日本企業がブランド戦略を展開するときに、商標や意匠の使い方がグローバル企業に比べて弱いという実態が今回の調査結果からも表れたと思っています。
第二次調査では、こうした新たに見えてきた点を調査項目に入れ込みつつ、多くの企業に参加していただけると、より良い方向性が分かるのではないかと期待しています。
質疑応答
- Q:
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デザイン経営戦略を進める企業はどんなメリットが見えてきたのでしょうか。デザイン経営を進める企業は商品価値が上がって、売り上げが上がったのでしょうか。
- A:
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売り上げや株価といった外形的な財務指標は、当然デザイン以外の要素も多くありますし、外部市場の影響も受けますので、きれいに見えてこないところがあります。しかし、デザイン組織の貢献の可能性についてはまず手がかりが見えてきたと思います。
- Q:
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創造力を高めるために、デザイン部門と研究部門、マーケティング部門がどのような連携をすればよいでしょうか。
- A:
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ブランド力向上とイノベーションの両輪でやっていくときには、今まであまり連携がなかった部門の連携を深めていく必要があり、デザイン組織が部門をまたがるハブになっていくといいと思っています。
- Q:
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今後、海外企業にも調査に協力してもらう予定はありますか。それから、今後何年ぐらい継続していく予定でしょうか。
- A:
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調査はできれば長くやっていきたいと思っています。海外では日本のようにインハウスデザインの部署がきちんと存在していない国もありますし、位置付けが日本と異なる国もあるので苦戦していますが、拡大に向けて努力していきます。
- Q:
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18社の産業別分布を差し支えない範囲で教えていただけますか。
- A:
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電機メーカー、精密機器メーカーが非常に多かったです。食品や飲料などのコンシューマー系、金融やITなどの純粋なサービス業の参加も増やしたいと思っています。
- Q:
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デザイン経営の成功事例をお教えいただけますか。
- A:
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Appleは事実上の副社長としてジョナサン・アイブさんというデザイナーが入り、会社が立ち直っていきました。アイブさんがイノベーションやブランディングを主導し、iPhoneやApple Storeなど違う領域に事業を拡大していったので、デザインが非常に重要な役割を果たした会社の典型例だと思っています。ダイソンも、既存の技術を使って掃除機の位置付けそのものを変えていったときにデザインを重要視しました。
- Q:
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知財をデザイン経営に活用するには何が求められるでしょうか。
- A:
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企業はせっかく取った知財権を生かして新たな価値を作る方向になかなか向かっていないと考えられます。今回の調査研究を通じてそのあたりをどう促していくかというのは課題であり、実態をきちんと把握して有用な示唆を生み出せたらと思っています。
- Q:
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デザインの博士号は日本でも取れるのでしょうか。デザイン経営の学位というのはあるのでしょうか。
- A:
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いわゆるデザイン学の博士号は各種美術大学や工学とデザイン学の両方が強い大学では出しています。デザイン経営の学位はまだありませんし、学位としては経営学になってしまいますが、デザインを研究している先生もだんだん増えていくでしょう。
- Q:
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無形資産をデザイン経営の中で評価するにはどういったことが考えられるでしょうか。
- A:
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重要なポイントですが、本当に資産なのかどうかを見極めるときに会計的な手続きが非常に細かく、難しい面があります。取った知財を使ってまず評価を高め、仲間を増やして、新しいアイデアを生み出していけば好循環ができるのですが、なかなかそこに至っていないのが現状です。
- Q:
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広義のデザイン経営はビジネスリエンジニアリング(事業再構築)と同義と考えていいのでしょうか。
- A:
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おおむね同じだと思います。エンジニアリングのバックグラウンドを持った人がデザイナーになっていくこともこれから増えると思っています。
- Q:
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調査への参加はどんな形でお声がけすればよろしいでしょうか。
- A:
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私の連絡先や研究チームの連絡先に気兼ねなくご連絡ください。調査への参加費はまったくかかりません。ぜひ仲間に入ってもらいたいと思っています。
- 西垣:
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日本企業において知財への認識がまだまだ低いことがこの調査結果に表れていると受け止めています。知財の使い方を考える上でも、自社のブランドやイノベーションを見直してみることにデザイン経営が役立つことを期待していますので、引き続きデザインに関心を持ち続けていただけるとありがたいと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。