教育の質の計測とその決定要因を考える

開催日 2015年6月26日
スピーカー 乾 友彦 (RIETIファカルティフェロー/学習院大学国際社会学部開設準備室教授)
モデレータ 五十棲 浩二 (RIETIコンサルティングフェロー/聖光学院中学校高等学校校長補佐)
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開催案内/講演概要

経済産業研究所で実施している「医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析」の研究プロジェクトにおいて、研究チームによる詳細なマイクロ・データを活用した教育の質の計測やその決定要因に関する分析結果を紹介する。その際、教育の質や生産性の計測の重要性とその分析を行う際の問題点、ライフサイクルの各段階における教育の効果測定に焦点を当てた分析結果、今後の研究課題や方向性について議論する。

議事録

教育の質、生産性計測の重要性

乾 友彦写真日本産業生産性(JIP)データベースによると、教育産業(「民間・非営利」と「政府」の合計)の名目付加価値は20兆円弱(GDPの4%程度)の重要な産業ですが、その全要素生産性(TFP)上昇率(年率平均、%)は、「民間・非営利」で一貫してマイナスを示しています。「政府」においては、80年代、90年代はプラスで推移しましたが、2011年はマイナスとなりました。

教育産業では、そのアウトプット額をインプット額と等しいと定義するため、本来はほぼTFP上昇率ゼロ%になるはずですが、私たちは独自にアウトプット、インプットの値を推計しているため、ゼロ%とは異なるTFP上昇率が得られます。OECDにおいても、教育や非市場型産業の生産性をどのように計測するかが、盛んに議論されています。最近、OECDの統計局では、教育や医療のアウトプットを測るためのマニュアルをまとめています。それによると、アウトプットとインプットは別々に評価しなければ、教育産業の生産性の評価は困難であり、特に、アウトプットの質の評価が重要であるとしています(P. Schreyer (2010), "Towards Measuring the Volume of Output and Education and Health Services," OECD Statistics Working Papers 2010/02)。

教育のアウトプット、質を測る難しさ

教育におけるアウトプットの容易な計測方法は学生数や授業時間です。その場合、教員1人当たりの学生数を増加させれば、見かけ上の生産性は上昇します。最近、クラスサイズについて財務省と文部科学省において、学生数あるいは授業時間数が減少するならば、教員の数も減らし、少なくとも生産性をニュートラルにしようという議論が行われています。アウトプットを学生数や授業時間で測ればそうなるかもしれませんが、その質について十分な議論がなされていません。

試験の成績などで質を調整することはある程度可能だと思います。しかし、学校に入ってくる学生はさまざまで、単純に試験の成績だけで質を評価するのは問題だと思われます。試験の成績や学校での生徒のパフォーマンスは、学校などの教育以外の影響を受けます。学生の生来の能力も違いますし、家庭環境、学校以外での教育(家庭での補習、塾など)にも影響を受けますので、それをどう考えるべきか、もう少し慎重に議論していく必要があると思います。

教育のアウトプットについて、Jorgenson氏は人的資本(所得)への貢献度に注目しています(Jorgenson, D. W. and Fraumeni, B. M. (1992). "The Output of the Education Sector." In Z.Griliches (Ed.), Output Measurement in the Services Sector (pp. 303-338). Chicago, IL: The University of Chicago)。つまり、教育の成果を労働市場における賃金の水準で評価するわけですが、GDP統計側からみると、労働市場における所得は、教育産業による直接のアウトプットではありません。

また、試験の成績と同様に、労働市場の成果は、学校教育以外のさまざまな要素が反映しています。労働市場では学校の成績とは関係ない評価を受けることもありますし、もともと能力の高い子や家庭環境に恵まれている子は、いい学校に行き、高い所得を得る可能性が高いといえます。そこで、まずは純粋に教育の効果を測定する必要があると考え、私たちは4年ほど前から、その背景にあるミクロ的な統計分析に着手しました。

教育の質を計測する上での実証的な課題としては、サンプルの選択から生じるバイアスの問題を解決することが挙げられます。たとえば、生来の能力(能力バイアス)についていえば、能力の高い子がいい学校に行き、優秀な成績をとることは、学校の影響ではなく生まれ持った能力を測っているだけで、教育の付加価値を測っているのではないという議論があります。

また、家庭環境のコントロールも必要でしょう。幼い頃から本を読み聞かせてもらったり、親が勉強に積極的に関与したりということも、学校の外で行われていることですが、子どもの能力に影響を与える可能性があります。もちろん、生徒自身の努力も関係するでしょう。これらの影響を念頭に置き、教育による純粋な効果を計測するためには、実証研究の蓄積が必要です。

Heckman氏は、生まれる前、0~3歳、4~5歳、学校、学校を卒業した後といった教育段階によって、効果が異なる可能性を示しています(出所:中室牧子著:『学力の経済学』ディスカバー・トゥエンティワン、2015年)。ライフステージ別の効果についても、私たちはより丁寧に分析していきたいと考えています。加えて、認知能力だけではなく、非認知能力(勤勉性、協調性、リーダーシップなど)についての分析も重要だと考えています。

2011~2014年度のおもな研究成果

本日は、2011年度~2014年度の主な研究成果としていくつかのDPを紹介しながら、今後の課題についてもお話ししたいと思います。まず、"More Time Spent on Television and Video Games, Less Time Spent Studying?"(中室牧子・松岡亮二・乾友彦, DP番号:13-E-095)は、世の中の関心が高く、多くの人に読んでいただいている論文です。「テレビやゲームの時間が増えると、子どもの勉強時間は減るのか?」という問題意識の下で、家庭での勉強時間の決定要因は何かを明らかにすることを目的としています。「21世紀出生児縦断調査」(厚生労働省)を使用し、分析対象は小学校1~4年の児童の学習時間、その他の決定要因を、家族構成、親の働き方、親と子どもとの関わりなどとして研究を行いました。

本当は成績のデータを用いたかったのですが、文部科学省と厚生労働省が協力して調査を実施していないため、学習時間を代理変数として用いました。勉強時間が増えれば、学力が上がるとする研究(Stinebricker & Stinebricker, 2008; 篠ヶ谷・赤 林, 2011; 川口, 2012)がある一方、米国では、成績の悪い子は学習時間が長いという結果も出ており、学習時間が成績につながるかどうかは議論の分かれるところです。

学習時間は教育生産関数におけるもっとも重要な投入であるが、これまであまり検討されてこなかったことから、私たちの研究には一定の意義があるものと考えています。

Stinebricker & Stinebricker (2008)は、寮のルームメイトにゲーム機を無作為に与え、ゲームによって学習時間が顕著に減少した大学生の成績や学力が低下したことを示しました。Ward(2012)は、ゲーム販売時期が外生的であるということを利用して、ゲームをする時間が大学生の授業時間や学習時間を減らすという因果的効果を明らかにしました。その結果、1時間のゲームが26分の人的資本を蓄積する活動を減少させるということが示されました。

また、幼少期の教育投資格差が、その後の学歴、生産性、反社会的行動にまで影響する(Cameron & Heckman, 1998; 2001; and Heckman, Stixrud & Urzua, 2006, etc)という論文も発表されています。そこで、私たちは、テレビ視聴やゲーム使用が長い年齢層である小学校低学年に注目しました(1日平均2時間のテレビ視聴、1時間のゲーム使用)。

推計式には、学習時間、個人や親の属性、テレビ視聴時間、ゲーム使用時間を含め、複数の計量経済学的な手法を用いて、テレビやゲームが学習時間に与える「因果的な」効果を明らかにすることを目的としています。

具体的には、被説明変数は子どもの学習時間、説明変数は子どものテレビの1日当たりの平均視聴時間、子どものゲームの1日当たりの使用時間としました。コントロール変数として、兄弟の数、同居している祖父母の数、母親の就業状態、父親の就業状態、母親の子どもの学習に対するコミットメント(0~8点の点数化しました)、父親の子どもの学習に対するコミットメント(母親と同様)、塾・家庭教師・通信教育などの学校外教育を用い、家族構成、両親の就業状態、両親の教育方針を反映させています。

使用したデータの平均をみると、1日の平均勉強時間は男子0.89時間、女子0.96時間、平均テレビ視聴時間は男子2.06時間、女子2.07時間、平均ゲーム使用時間は男子1.10時間、女子0.73時間でした。母親の学習へのコミットメントは男子5.89点、女子5.59点、父親への学習のコミットメントは男子2.63点、女子2.35点となっています。

このデータを使用して分析すると、テレビやゲームは勉強時間を減らす効果を持ちますが、無視できるほど小さいことがわかりました。「家族構成(兄弟や祖父母等)」や「親の働き方」も、勉強時間には影響しません。つまり必ずしも専業主婦であることが、勉強時間にプラスの影響を及ぼしているわけではないということです。

もっとも影響が大きかったのは、「親と子どもとの関わり」です。「勉強するように言う」には効果がない、あるいは逆効果であり、「勉強する横についている」や「勉強時間を決めて守らせる」には高い効果がみられます。また「母親」よりも「父親」の関わりが、子どもの勉強時間を増加させる効果は高く、同性(息子)に対しては、とくにそれが顕著でした。

結果の含意として、子どもの勉強時間増加のためには親の関わり方が重要であり、テレビやゲームはそれほど影響していませんでした。学校での授業時間を減らすと、家庭格差がそのまま学力格差につながる可能性が増えることが予想されます。

次に、"Are Television and Video Games Really Harmful for Kids? Empirical evidence from the Longitudinal Survey of Babies in the 21st Century" (中室牧子・乾友彦・妹尾渉・廣松毅, DP番号:13-E-046)は、まったく同じデータを用い、子どもの発達に与える影響について分析した研究です。

学習時間同様、テレビやゲームと子どもの発達の関係は明らかになっていません。1時点のデータでは、子どもの生来の特性と区別することが困難であるためです。そこで、子どもを継続的に追跡した調査を利用し、子どもの特性を考慮した上で、その関係を明らかにすることを目的としました。

使用データは、「21世紀出生児縦断調査」(厚生労働省)の2001年(1月または7月)に生まれた子どもを継続的に追跡した調査、分析対象は小学校1~3年の児童です。発達指標として、(1)家庭内外の問題行動、(2)学校への適応度合い、(3)肥満の程度を用いました。

その結果、テレビやDVDの視聴が長くなると、(1)~(3)に対して好ましくない方向に影響することが判明しました。また、ゲーム時間が長くなると(1)、(2)に好ましくない方向に影響をおよぼしました。ただし、その負の影響度は従来予想されていたよりも小さく、その一方で、過度に行うと、負の影響は飛躍的に大きくなることがわかりました。結果の含意として、子どもの発達により大きな影響を与えるのは「日常の生活習慣」であり、テレビやゲームの利用制限だけでなく、規則的な生活習慣の奨励が重要といえます。

"Widening Educational Disparities Outside of School: A longitudinal study of parental involvement and early elementary schoolchildren's learning time in Japan"(松岡亮二・中室牧子・乾友彦, DP番号:13-E-101)では、同じデータを用いて、親の関与に焦点をあてて分析しました。

学習時間は、努力指標として従来中学生・高校生を対象に研究されてきましたが、小学校1~4年の段階において、学習時間の違いがどのように形成されているのかを明らかにすることを目的としました。使用データは、また「21世紀出生児縦断調査」(厚生労働省)、分析対象は小学校1~4年の児童です。

「両親大卒学歴と週あたりの学習時間」の図では、両親の大卒学歴によって週あたりの平均的な学習時間に差がみられます。しかし両親の学歴がどのように影響を与えているかは、この図からはわかりません。そこで、子どもの生活・学習時間に対する親の関与に注目しました。

結果として、小学校1~4年までの間、大卒の親のほうが(1)塾や通信教育を利用、(2)子どものテレビ視聴・ゲーム遊びを制限、(3)小学校4年生の段階で、父母ともに家庭学習へ積極的に参加する、という傾向がみられました。

学年によって変わる親の学習・生活時間への関与がどのような影響を与えるかを計測すると、 (1)小学校1年生の段階での学習時間の差異に影響、(2)学習時間の伸びに影響、という結果になりました。つまり、親の関与を考慮すると、両親の大卒学歴と学習時間の関連は有意ではありません。学歴には関係なく、親がきちんと関与していれば学習時間が伸びることがわかりました。

結果の含意として、小学校低学年における努力格差は学年が上がるにつれて拡大傾向があります。小学校1年時に存在し、拡大する傾向にある努力格差への対策が必要といえます。

次に、"The Effects of Birth Weight: Does fetal origin really matter for long-run outcomes?"(中室牧子・卯月由佳・乾友彦, DP番号:13-E-035)では、生まれる前の親の関与について考えました。日本では、小さく産んで大きく育てることが出産の理想として流布されてきましたが、近年の疫学研究により、「出生時の低体重」と「乳幼児の健康や発達」には負の関連があることが明らかになっています。

さらに海外の経済学研究には、「出生時体重」の影響が「学校での成績」や「最終学歴」、「賃金」に効果を与えることを示したものもあります。そこで、この論文では日本のデータを用いて、出生時体重がどの程度長期的なアウトカムに影響を及ぼしているかを、実証的に明らかにすることを目的としています。

分析方法として、独自に収集した一卵性双生児のデータを用いました。一卵性双生児は同一の遺伝子を持ち、多くの場合、同一の家庭で育ちます。他方、双生児の出生時体重は各ペア同士でも異なり、また長期的なアウトカムにも差が見られます。私たちはウェブ調査を行い、20~60歳の一卵性双生児のデータを集めました。

結果として、出生時体重の差は、「中学3年時の成績」に影響を与えますが、「教育年数」や「賃金」には、ほとんど影響を与えないことがわかりました。

学校教育の質を労働市場における評価によって考察する目的で、"Estimating the Returns to Education Using a Sample of Twins - The case of Japan -"(中室牧子・乾友彦, DP番号:12-E-076)の研究を行いました。教育の収益率(1年追加的に教育を受けた場合、賃金がどの程度上昇するか)を計測することは、政策的に非常に重要ですが、「生まれつきの能力」をコントロールした上で、教育の収益率を推計した例は極めて限られています。

海外の研究では、こうした問題を解決するために一卵性双生児のデータが用いられています。一卵性双生児は、「生まれつきの能力」を同じであると仮定でき、双生児であっても異なる教育を受け、最終学歴が異なっている例があることから、大規模な一卵性双生児のデータ(ウェブ調査データ)を用いて、日本の教育の収益率を推計しました。

その結果、日本の教育の収益率は10%程度となりました。先行研究によると、アメリカやイギリスは7~13%程度、中国は4%程度となっており、日本の収益率は欧米諸国と比べて、けっして低くありません。

結果の含意として、個人の能力の違いは、教育の収益率に大きな影響を与えていません。ただ教育の収益率には、教育システムだけでなく、労働市場の制度・規制のあり方なども影響します。

今日ご紹介したのは、教育の質を測る研究の入口の段階といえます。さらに研究を進めて、教育のアウトプットの計測の方法を開発し、教育投資がどの程度、効果があるのかを考えていきたいと思います。たとえば、小学校の時の政策、中学校、高校、大学と、それぞれの政策の効果を考え、どの教育段階で、どの政策や実践に集中的に投資を行うことが、もっとも効果的であるかということです。そのためには学校だけでなく、保育園や自治体、学習塾、NPO法人と協力して、各ライフサイクルにわたる研究を進めていきたいと考えています。

質疑応答

Q:

教育投資の効率性に関する研究において、何らかの仮説は立てていらっしゃいますか。また最近、医療の海外輸出という話をよく聞きますが、教育の海外輸出という話はあるのでしょうか。

A:

教育投資の効率性については、まず教育全体の年数がどのような影響を与えるかを研究している段階です。これからは、たとえば英語教育の方法についても、ランダムに生徒を割り当てて、それぞれ違う内容の教育を受けることで成果が異なるかを実験的にやってみようと思っています。つまり教育の内容がよくなることによって、結果が異なるという仮説を立てています。

大学教育については既に取り組んでおり、「いい大学は、いい教育アウトプットを生んでいるか」を分析しました。いい大学に行くと、その学生の人的資本を高めるという仮説を立ててみましたが、とくに顕著な結果は得られませんでした。その理由として、いい大学に入る人は、もともと高い能力を持っているため、それをコントロールしてしまうと大学の付加価値がなくなってしまうことが考えられます。

教育の海外輸出については、公文(KUMON)が海外に多くの塾をつくって成功していますので、その研究について同社と相談したことがあります。将来的に、ぜひ研究していきたいと思っています。

Q:

国語の知識レベルが教育の生産性に大きな影響を及ぼすような印象があるのですが、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

私たちの研究では「21世紀出生時縦断調査」を多く用いていますが、厚生労働省のフォーカスは主に健康や問題行動であり、かろうじて勉強時間のデータがあります。ご質問のような視点は重要だと思いますが、何を勉強したのか、どういう成績であったかというデータはありません。

Q:

親の関与について、米国では、階層によって関与の仕方や効果が違うという研究もなされていますが、そういった相互作用はみられますか。また、日本の大都市と地方では学校外教育の機会に差があり、学校の宿題量も異なるため、学習時間の意味合いが異なるように思います。次に、「教育の収益率の推定結果」において日本は高い水準にありますが、先進国にもバラつきがあるようです。その要因について、どのようにお考えでしょうか。

A:

親の階層によって学習時間に与える影響が異なるというのは、おっしゃる通りだと思います。大都市と地方の違いについて、今回は地域の詳細な情報にアクセスできなかったため、再び申請したいと思っています。教育の収益率における国ごとのバラつきについては、メリトクラシーの影響を考えましたが、厳密に労働市場の影響の評価はしていません。ただし中国の水準が低いことについて中国の研究者は、メリトクラシーがあまり普及しておらず、コネなどで賃金が決まっている可能性があるためではないかと解釈しているようです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。