東日本大震災への対応と今後の課題

開催日 2011年7月6日
スピーカー 冨田 哲郎 (東日本旅客鉄道(株)代表取締役副社長/総合企画本部長)
モデレータ 吉田 泰彦 (RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

東日本大震災により、JR東日本はその営業エリアのほとんどの地域で甚大な被害を受けた。3カ月の経過の中で、震災直後のお客さまへの対応、運転再開までの復旧作業、計画停電への対応、今後の電力需給逼迫への対応、太平洋沿岸線区の復旧のあり方、今後の震災対策の深度化など対処すべき多くの課題が明らかになってきている。

当社の対応の実態と反省を踏まえて、公共交通機関としての危機管理のあり方および震災後の鉄道事業の目指す方向を考えたい。

議事録

大震災への対応と課題

冨田 哲郎写真<東北新幹線>
東北新幹線は、3月11日の本震と4月7日の余震を合わせると、延べ1800カ所で被害を受けました。特に被害が大きかったのが電化柱の折損です。線路の下の高架橋はこれまでの地震対策で相当強化されていたので大きな被害は受けませんでしたが、それと比較して、線路の上にある電化柱に被害が集中したのが今回の特徴です。

震災発生当時、東北新幹線では27本の列車が営業運行中でした。かなり揺れの激しかった仙台周辺でも10本以上の列車が走っていましたが、いずれも脱線することなく停止することができました。ここで効果を発揮したのがこれまで弊社が取り組んできた地震対策です。

まず、今回の震災では新幹線の早期地震検知システムが大きな効果を発揮しました。弊社では、新幹線沿線と沿岸に合わせて100カ所近い地震計を設置していますが、今回特に効果を発揮したのが海岸地震計です。仙台エリアでは2本の新幹線が時速270キロ前後で走行していましたが、これら新幹線への電力供給は、海岸地震計からの信号を受け、最初の揺れが到達する9~12秒前に遮断されました。同時に非常ブレーキが作動し、その70秒後に最大の揺れが到達したときには、列車の速度は時速100キロ程度にまで減速していたものと考えられます。幸運にも脱線することなく、何よりも新幹線に乗車中のお客さまにおけががなかったのは、早期地震検知システムの効果です。

次に、耐震補強対策も大きな効果を発揮しました。弊社では、新幹線高架橋約1万5400本、新幹線橋脚約2340基を対象にせん断破壊先行型に対する耐震補強対策を実施していました。さらに、2009年度から概ね5年間の計画で、新幹線高架橋柱約6700本を対象として曲げ破壊先行型に対する耐震補強も進めています。これらの耐震補強対策により、今回の地震では、東北新幹線の高架橋において決定的な損傷は発生しませんでした。

また、2004年の上越新幹線脱線事故から得た教訓を基に、車両が脱線した場合に、車両がレールから大きく逸脱することを防止するL字型ガイドの設置も実施していました。今回の地震に対するこの対策の効果は現在検証中ですが、今回唯一脱線した試験走行中の新幹線が大きくレールを逸脱しなかったことは、L字型ガイドの効果を示唆しています。

今回の地震は海溝型地震であり、海岸地震計が揺れを検知してから本震が到達するまでの間に列車を減速させることができましたが、P波とS波の到達時刻の間に差がほとんどない直下型地震で脱線をどう防ぐかという問題は残っています。これは首都圏の列車についても同様であり、脱線対策はさらに進化させなければならないと考えています。

<首都圏在来線>
地震発生時、首都圏では約400本、東日本全体では670本の在来線列車が運行していましたが、いずれも、地震そのもの(津波による被害は除く)では脱線することなく、すべてうまく停車させることができました。

在来線でも首都圏111カ所に地震計を設置し、地震計が一定の揺れをキャッチすると、運転士に非常ブレーキをかけるよう指示を出すことになっています。地震の大きさを示す単位の1つにカインというものがあり、12カイン以上の地震に対しては、線路の状態を徒歩でチェックすることにしています。今回の地震ではほとんどの地震計で12カイン以上の揺れを検知し、首都圏全区間を徒歩で点検する必要が生じたため、震災当日の終日運休を決定致しました。

点検を進めていくなかで、山手線、中央線、京浜東北線、総武線、横須賀線など多くの線区で修復が必要な箇所が発見されました。たとえば、山手線では、新宿・新大久保駅間で線路のゆがみや軌道沈下、路盤陥没が発生しました。夜を徹しての修復作業は翌朝までかかり、午前8時半にようやく内回りの運転を再開できるようになりました(外回りの運転再開は正午過ぎ)。また、京葉線でも液状化現象で線路が完全に沈み込むなどの事象が発生しました。

<東北地方の在来線>
東北地方では現在も太平洋沿岸部を中心に325キロ以上の路線が運行できない状態になっています。そのうち約60キロの区間は津波でレールが完全に流出し、駅舎まで流出してしまった箇所もあります。

今後、被災した太平洋沿岸7線区(常磐線・仙石線・石巻線・気仙沼線・大船渡線・山田線・八戸線)では、地域全体の復興や町づくりと一体となった復旧を進めていく予定です。地域全体が壊滅的な被害を受けた地域では、地方自治体による復興計画のなかで、中心市街地や行政機関の移転等についても議論されています。そのような町づくり計画と一体で鉄道を復旧するためには、鉄道路線のルートも山側に移す必要が生じる可能性もあります。復旧にあたっては、新線建設と同等の大規模工事が必要となり、費用が莫大になると考えられ、事業者に過大な負担となることも予想されます。これから編成される第3次補正予算に向けて、具体的にどのくらいの費用がかかるのかを積み上げて、政府に対して移設費や工事費に関する支援をお願いしていく予定です。

一方で、被災線区の復旧にあたっては、これまでの鉄道のあり方のままで良いのかどうかも再検討する必要があるかもしれません。従来の鉄道は車両が重いために路盤を非常に強くする必要がありましたが、その分コストも高くなります。今後、復旧に際して新しい道路も整備されることを考えると、道路の脇や中央分離帯を走るLRTとして復旧させた方が、地元の人々にとっての利便性が高まり、小回りのきく、地域密着型の鉄道になるのではないか、コストも安くなるのではないか、という考え方もあるでしょう。いずれにしても、地域住民のニーズをよく踏まえることが必要だと考えています。

<節電の取組み>
大震災発生以降の電力供給不足を踏まえ、弊社では駅、車内などでの節電に取り組んでいます。7月1日に発令された電力使用制限令を踏まえ、正午~15時の間は首都圏の主要路線で運転本数を通常より削減しています。ただし、鉄道に関しては特段の取り計らいにより、朝夕のラッシュ時間帯や被災地では、昨年のピークの使用量を超えなければいいこととされています。

駅や車内での具体的な節電対策としては、駅構内や列車内における蛍光灯の一部取り外しや日中時間帯の消灯・減灯などに取り組んでいます。首都圏の一部の線区については、自営電力で運転しており、電力使用制限令の対象ではありませんが、運転本数の削減により余剰電力を生み出すことで、東京電力(株)の電力供給に協力しています。

危機管理上の課題

今回の震災では改めて、情報を収集し、状況を判断することの難しさを感じました。特に首都圏では被害状況の把握は困難を極め、列車の運行再開について目処を立てるのが遅くなってしまいました。18時20分に終日運休を発表しましたが、これが早すぎたのではないか、というご批判もあります。また、部分的に先行して運行再開できる線区もあったのではないか、といったご批判もあります。こういったご批判を真摯に受け止め、今後の反省材料としていきたいと考えております。

また、弊社のマニュアルでは、列車が長時間運休するときにはシャッターを閉めることになっていました。しかし今回の震災では、多くの駅長が自らの判断でお客様のためにシャッターを開け、コンコースの中にお客様を案内し、トイレを提供したり、電話を提供したりしました。ここでは、本社における状況判断の難しさとマニュアルによる対応の限界が危機管理上の問題として浮かび上がりました。

長時間にわたって列車が運休する際にシャッターを閉めるのは、多くのお客様が駅に殺到した場合に起こりかねない混乱を回避することを目的とした安全対策上のマニュアル措置でした。しかし、実際には、駅の中で待機をしていただいた方が、お客様の安全につながるケースもあります。ここでも、サービス品質と安全をどのように両立するかといった問題は、マニュアルだけでは処理しきれないことが改めて明らかになりました。

とはいえ、マニュアルは危機管理において一定の効果を発揮しますし、その必要性は認められるところです。大切なことは、それだけですべてが解決できるわけではないということを認識することです。今回の震災では、最終的に現場で判断できる力、すなわち現場力が必要になることがよく分かりました。マニュアルと現場力の双方の効果を高めるためにも、日常からいろいろな状況を想定した訓練を実施する必要があります。

一般的には、危機時において特に指揮命令系統は一本化するべきだといわれています。一方、お客様の状態をよりよく把握しているのは現場です。列車の運行状況も現場の方が正確に把握しています。現場の判断をどのように活かしていくのか、今後の検討課題だと感じています。

大震災を踏まえて~これからの鉄道産業~

大震災後の電力不足を受けて、今後はエネルギー効率への関心がますます高まるでしょう。弊社では、既にディーゼルハイブリッド車輛を開発・運用していますし、リチウム式蓄電池を装備し、電化区間は電車として走り、架線のない区間では蓄電気で走る電車(「スマート電池くん」)も開発しています。

また、今回の震災を機に、「地域との融合・調和」も大きな課題として再認識するようになりました。三鷹・立川間では中央線の連続立体交差事業に伴う中央ラインモール構想を進めており、三鷹・立川間の高架下にできた空間を利用して、地域と鉄道の融合エリアをつくる取り組みを進めています。具体的には、駅を単に「駅」という施設に留めるのではなく、地域と共生するコミュニティステーションにしたいと考えています。ショッピングゾーンだけでなく、自治体の出張所や保育所、クリニックなどを設置して、地域のニーズを総合的に取り入れた駅づくりを広げていく予定です。

地域との共生については、観光への取り組みもこれまで以上に地元と一体となって進めていきたいと考えています。弊社が現在展開している「青森デスティネーションキャンペーン」もこの取り組みの一環です。同キャンペーンではJR旅客6社が一体となり、主催県と共同で、新商品の開発や隠れた観光資源の紹介を行っています。

弊社はこれまで地域との連携に積極的に取り組んできましたが、この震災を契機に今一度、地域との連携を深めていきたいと考えています。

質疑応答

Q:

今回被災したのはいずれも全国屈指の赤字路線であるため、「バスや自家用車の利用が進むことで鉄道利用者数が減り、鉄道利用者数の減少に伴い鉄道本数が減少し、それによりバスや自家用車の利用がさらに進む」という負のスパイラルが起きているようです。赤字路線をすべて復旧しても採算は合わないのではないでしょうか。利用客を増やすためにどのような策を考えておられますか。

A:

被災したのが採算的に厳しい線区であることはご指摘のとおりです。ただ、私どもはレールを1つのネットワークとして捉えています。山手線のように大変込み合う線区もローカル線も、一体的に運営する、というのが私どもの使命だと考えています。また、弊社では鉄道以外にもいくつかの事業を展開しています。そうしたとき、地域をどう支え、盛り上げていくかも合わせて考えなければなりません。道路や通信網の復旧が地域復興として進められる中、鉄道の復旧についても責任をもった対応が求められています。利用者数の大小にかかわらず、そうした要請に応じることが私どもの役割です。確かに大きなコストがかかる可能性はあります。その点については国の支援も受けながら役割を果たしていきたいと考えています。自治体とも相談しながら地域の実情に合った鉄道をつくりたいと考えています。

鉄道をご利用いただくお客さまの減少に対しては、今までの鉄道のあり方自体を見直す必要があるかもしれません。たとえば駅と駅の間が2キロ、3キロと離れていては、お客様はどんどん自家用車に流れてしまいます。そこで、鉄道を道路と並行して走らせ、路面電車のように停留所数を増やしたりすることはできないのか、といった発想も出てくるかもしれません。そうした意味では、今回の震災はローカル鉄道のあり方を考え直す良い機会となるのではないでしょうか。

Q:

JR東日本は首都圏直下地震に備えて緊急有事対策を有していると理解していますが、今回の地震でそれは活用されましたか。また、過疎地帯にある鉄道の復旧のお話がありましたが、資金面や損益に対する手当ては法的には整備されてないのではないでしょうか。

A:

首都圏で大震災が起きた際のマニュアルは確かに用意していますし、今回もそのマニュアルが活用されました。今回、首都圏での対応で問題となったのは、各自治体による対応と、弊社の判断との間で大きな食い違いが生じたことです。マニュアルの問題や状況判断の難しさは先ほど申し上げたとおりです。今後は日ごろから、自治体とよりきめ細やかな協議をしておく必要があると考えています。実際に普段から地元自治体と密接に協議を行っていた横浜駅、八王子駅、大宮駅などの駅では、今回の震災でも自治体と連携して比較的うまく対応できたのではないかと思っています。

ローカル線の問題については、民間企業として自立する必要もありますし、助成のルールを整備するよう求めるつもりはありません。ただ、今回の震災では、300キロにわたり線路が被災するという通常のレベルを超えた事態が起きています。そうした通常のレベルを超えるものに対しては、是非支援をお願いしたいところです。通常の運営については自力で行っていくという点は基本として認識しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。