今後の産業クラスター政策の課題-ヨーロッパの動向を参考にしつつ

開催日 2009年8月3日
スピーカー 細谷 祐二 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局 地域経済産業グループ 地域政策研究官)
コメンテータ 原山 優子 (東北大学大学院工学研究科教授/研究・技術計画学会)
モデレータ 児玉 俊洋 (日本政策金融公庫国民生活事業本部特別参与)
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議事録

クラスター政策とは

細谷 祐二写真「クラスター」はもともとブドウの房状のものを指しますが、転じて企業が特定の地域に集まる「産業集積」を指すようになりました。シリコンバレーなどの優れた事例に刺激され、1990年代になって、各国でクラスターの種を育て、新しい集積を生み出す政策的な実践が取り組まれるようになりました。学問的、特に理論的な研究はそれに遅れて発展したという経緯があります。

「クラスター政策」の定義はさまざまですが、私は「産学およびそれらを支援するさまざまな地域プレーヤーのネットワークが、新しい事業、製品、アイデアという広い意味でのイノベーションを継続的に生み出す仕組みとして重要との考え方から、そうしたネットワークが自律的に発展するように支援する政策」であると定義しています。ここでいう「クラスター」のポイントは、1つは産学のネットワークであること、もう1つはイノベーションを生み出す装置であるということです。それらを支援する政策が「クラスター政策」であると広く捉えて良いと思います。

日本のクラスター政策

日本では、2001年から経済産業省の「産業クラスター計画」が実施されています。現在、経済産業局が中心となって18事業が進行中です。当初は「地域戦略プロジェクト」という名称でした。ちょうど2001年の省庁再編時に、経済産業局を統括する「地域経済産業グループ」が設置され、それ以前に、関東通産局が広域多摩地域(多摩地域および神奈川県中央部、埼玉県南西部)の集積に着目して、特に地域のものづくり中小企業を支援する連携事業に着手していましたが、それを新体制の目玉政策として全国的に展開する形となりました。当時の目的は、「国際競争力を有する産業・企業の創出」と「新しい商品・技術が継続的に生み出される環境の整備」の2つでしたが、後者はまさに現在のクラスター政策につながるものです。

文部科学省でも2002年から「知的クラスター創成事業」と「都市エリア産学官連携促進事業」の2つの施策を推進しています。いずれも、地域の大学などが保有する技術シーズを核に、産学の研究開発活動を支援し、クラスター形成につなげる地域科学技術振興政策という位置付けになっています。欧州も同様に、経済産業省のカウンターパートの企業・産業総局が地域産業の振興を目的とする政策として推進する一方で、文部科学省に当たる研究総局が科学技術振興の観点からを推進する形となっていて、2つの政策意図からの取り組みが行われています。

産業クラスターの状況ですが、第1期(2001~2005年)では経済産業局が中心となって、いわば国による「トップダウン」形式で地域クラスターを立ち上げました。現在は第2期(2006~2010年)にあり、設立したクラスターが自律的に機能を発揮できるよう育てる時期に来ています。今後、第3期では自律的な発展を目指す方向で政策的な進め方を検討しています。

欧州のクラスターの現状

欧州のクラスター政策の代表的な取り組みとしてEuropean Cluster Observatoryがあります。EU加盟国とアイスランド、イスラエル、ノルウェー、スイス、トルコを対象に、雇用統計に基づき産業集積の程度を体系的に調査しています。具体的には、「規模(Size)」、「特化(Specialization)」、「産業を同じくするクラスターの中で上位10%に入っているか(Focus)」の3つを基準に星を付けています。総数2017クラスターのうち、3つの要件を満たす3つ星クラスターが155、2つ星クラスターが524という結果となっています。また、これらに政策的支援を行う目的で約600のクラスター推進機関が存在しているようです(欧州開発機関協会(EURADA)の調査による)。

実際に国レベルで何らかのクラスター政策が行われているのは26カ国・69事業で、そのうち産業政策として実施されているものと科学技術政策として実施されているものがほぼ半々となっています。また、国レベルとは別に、地方政府レベルの政策も31カ国中17カ国で、88事業を対象に実施されています。なお、国レベルのクラスターのうち、国の予算が主要な財源となっているのが63%、EUの統合政策(Cohesion Policy)の支援を受けているのが19%に上ります。

欧州委員会レベルでの取り組みとしては、(1)研究総局による「EU第7次研究開発枠組計画(FP7)」にもとづく施策、(2)地域総局による「統合政策基金」、(3)企業・産業総局による「競争力イノベーションプログラム」の主に3つがあります。

FP7では、世界トップレベルの研究開発能力を有する地域を選定・支援する観点から、国を異にする3つ以上のResearch-Driven Clusterの共同事業を支援するRegions of Knowledge事業を目玉の政策として実施しています。統合政策基金では、特に後発国地域の産業・イノベーション振興に必要なインフラ整備やソフト面の支援を行う推進機関への補助が主要な政策となっています。

欧州委員会における最新の動きとしては、「ボトムアップ」、「国際協力」、「人材育成(キャパビル)」の3つが非常に強調されています。

まず、「ボトムアップ」の背景ですが、クラスターというものは、一定の規模(クリティカルマス)を超えると自律的に発展していく、という考え方が出ています。そのクリティカルマスに達する過程において、国からのトップダウンではなく、地域プレーヤーのボトムアップの取り組みが不可欠だというのです。

「国際協力」に関しては、特に欧州諸国同士のTransnational Cooperationが近年非常に活発です。2006年にバルト海・中欧地域のクラスター活動を統合するEuropean Cluster Allianceが発足していますが、それを全欧州に拡大するクラスター連盟もできています。また、国際協力を通じてクラスター間の選別をする目的もあり、国際協力に値するワールドクラス・クラスターとはどういう要件を満たす必要があるかなどを検討するための諮問委員会としてEuropean Cluster Policy Groupが2008年10月に発足しています。

「人材育成」に関しては、ボトムアップ施策の要として、クラスター推進機関の支援人材が非常に重要視されています。そのレベルアップを図る目的でEuropean Cluster Academyが今年9月に開設される予定です。

当初はマイケル・ポーターのクラスター論の影響もあって、イノベーション政策の手段というよりは、集積を通じた雑多なメリットが注目されていましたが、最近は国際的な競争力のあるクラスターに支援の対象を絞って、イノベーションの活性化につなげる意図が非常に強くなっています。また、欧州では、企業でいうコーポレーションアイデンティティに相当する私の造語ですが、クラスターアイデンティティが非常に重視されている印象です。

日本と欧州のクラスター政策の違い

日本は欧州と非常に似た政策課題に直面していますが、その前提は少し異なります。

その1つが、日本は欧州と比べてクラスターアイデンティティ(CI)が非常に弱い点です。現にクラスター計画や文部科学省の知的クラスターの推進機関の方に話を聞いてみても、個別活動の話が中心で、クラスター活動として取り組んでいる意識が希薄に思われます。その理由としては、日本国内でクラスターの概念が十分に議論されてこなかった、あるいはクラスターが何であるかが十分に共有されてこなかったことがあります。さらにその背景として、外国を意識しない非常にローカルかつドメスティックなクラスター活動であったことが指摘されます。もう1つの問題として、これは原因でもあり結果でもありますが、ボトムアップイニシアティブ(BI)の弱さがあります。BIが弱いためCIが生まれず、CIがないからBIに弾みがつきません。いずれにしても、クラスターの理論的根拠や定義を明らかにしてこなかった行政側の怠慢もあります。しかし、それも情状酌量の余地があります。欧州で採用されているポータータイプのクラスターは、基本的に同一業種の集積を意味しており、我々が政策対象としているイノベーションを生み出す装置としてのクラスターとは異質なものがあるという感触が1つ。もう1つは、ポーターの議論は経済学的、理論的な点で弱いところがあり、そのままああそうですかといって受け入れるのには抵抗があるという面があります。

「クラスター政策」の概念整理

だからこそ、もう一度原点に戻って、クラスターとは何か、集積とは何か、イノベーションとは何かを改めて理論的に検証する必要があります。

イノベーションをもたらす集積の「動学的外部性」という観点からは、主に2つの「型」が議論されています。1つが同一業種の集積によって企業に波及効果がもたらされるMAR外部性、もう1つが異業種の集積によって多様性からイノベーションがもたらされるJacobsの外部性で、それぞれそれが発揮される地域や産業のライフサイクルも違ってきます。新産業を生み出すラディカルなプロダクトイノベーションはどちらかというとJacobs型の異業種間のスピルオーバーから起きますが、MAR型集積では成熟期を迎えると同業種における製品差別化によるニッチの市場が形成されやすい傾向にあります。また、前者は主に都市部で、後者は第二創業を目指すものづくり中小企業が多く集積する工業集積に隣接する地域や都市周辺地域で起きるといった、立地や担い手の違いも見えてきます。こうした違いを区別する観点から、Audretsch et al.(2008)がドイツのデータを使った実証分析に基づき、地域と産業のライフサイクルを組み合わせた類型化を行っています。プレゼンテーション資料のマトリクスは、彼らの結論を私が分かりやすく整理したものです。この類型化は日本にも応用できると思います。たとえば、日本の産業クラスター計画でいうと、18事業のうち6件が大都市圏(札幌、首都圏、京阪神、福岡)を中心にバイオやIT分野での新産業形成を目指すPhase I・Jacobs型、残り12件が都市周辺地域あるいは盛りを過ぎた産業集積地域で新しいニッチ市場を求める中堅・中小ものづくり企業を応援するPhase III・MAR型に相当します。我々が進めてきた産業クラスター政策のターゲットは、このように理論的にも正当化できると考えられます。

産業クラスター計画の課題は、クラスターアイデンティティとターゲットの明確化にあります。また、支援機関を強化する観点から、全国イノベーション推進機関ネットワーク(イノベネット)が今年4月に設立しましたが、この組織を通じて、クラスター推進機関の支援人材育成のための研修事業、国際協力、産総研のシーズを核とした技術マッチング事業、販路開拓などを支援していく予定です。

コメント

原山 優子写真コメンテータ:
EUのクラスター施策の背景には、フランスが議長国だった時にサルコジ大統領が自国のクラスター政策を売り込んだという経緯があります。もう1つ背景にあるのがEUの統合政策です。後発国に対する地域的支援が核になっていますが、その中にイノベーションというキーワードを盛り込んで進化させていったのがEUのクラスター施策の実体だと思われます。

クラスターアイデンティティに関連しますが、そもそもクラスターには地域主導の「自己変革型」と政府主導の「政策誘導型」の2つがあり、それによって目指す方向性も違ってくると思われます。また、ポーターの概念が主流になったばかりに、他の理論的フレームワークに接してこなかった面がありますが、クラスターを産業集積のフェーズとして捉えた場合、その先を行く存在として「拠点」という概念に突き当たります。

たとえば、科学技術基本計画でも、第2期で「地域における科学技術振興のための環境整備」が初めて掲げられましたが、それが第3期になってさらに「世界トップクラスの研究教育拠点形成」に発展した経緯があります。また、「科学技術による地域活性化戦略」では、地域自らの主体性(ボトムアップ)とグローバル化、さらには地域拠点のエコシステムといった観点が加わっています。また文部科学省の知的クラスターと経済産業省の産業クラスターの2つの主流にプラスする形で「産学官連携拠点」が立ち上がっていて、それを背景に産学官イノベーション創出拠点や世界サイエンスセンター支援強化プログラム拠点が形成されつつあります。

このように、クラスター政策を検証する際には、「クラスター」の冠がついたものだけでなく、地域の変革を観点に幅広く議論していくべきだと思います。

児玉 俊洋写真モデレータ:
細谷氏の説明で私としても特に強調しておきたい点は、ポーターおよび欧州のクラスターは同一産業のクラスターであるのに対して、日本のクラスターはバイオ、ITについては同一産業ですが、ものづくり系については製造業全般を対象とするなど多様な産業からなるクラスター活動が多いということです。ネットワークの性格としては、ポーター、欧州では生産分業ネットワークの性格が強いのに対して、日本のクラスター政策は、産学連携や開発目的の企業間連携といった知識連携ネットワークの形成を目指しています。また、日本のクラスター政策では、その中心となる産学連携や企業間連携は対価を伴う技術移転が中心となっていることから、非市場的な知識移転を意味するスピルオーバーだけでなくマッチング外部性も想定する必要があると思われます。

質疑応答

Q:

「クリティカルマスを超えるとクラスターは自律的に発展していく」という論ですが、それを裏付けるデータないし理論的根拠はあるのでしょうか。我が国でも第3期産業クラスター計画で「自律的発展」が明記されていますが、これもそうした考えに基づくものでしょうか。また、クラスター政策の効果を理論的に評価する指標、あるいはそういった議論はあるのでしょうか。

コメンテータ:

フェルドマンがケーススタディをベースに「クリティカルマス」を導き出していますが、計量的な蓄積がどこまであるかは疑問です。クラスター政策によって地域がどのように変革したかという評価はなされていますが、政策そのものの評価はこれからだと思います。

スピーカー:

クリティカルマスを計量的に把握するのは難しく、雇用統計を中心に検証することになると思います。政策評価に関しては、EUではそれ以前の段階、つまり評価手法からしてまだ検討中の状況です。日本では、リベルタスコンサルティングに委託して、事業ごとにカスタマー満足度を計測して指数化・統合する方法をとっていますが、欧州でも非常に参考になるとの感想をいただきました。また、産業連関表を使った試算では、新製品の売上などでかなり良好なコストパフォーマンスを示唆する結果が出ています。

Q:

新産業を創出するには、どのような産業を集積すれば良いのでしょうか。

コメンテータ:

地域の持ち味次第だと思います。既存の技術・人材をベースに、外部の資産を導入することで新しい産業を創出できるかを自己診断して、ビジネスモデルを策定する必要がありますが、その部分の検証が欠けている地域が少なからず見られます。

スピーカー:

先述のように2つパターンがあり、1つは先端型産業(バイオ、IT)の集積が考えられますが、もう1つのものづくり系は、業種の集積よりは既存のものづくり技術を応用することが中心になると思われます。

ドイツにはHidden Champion(Harman Simonの定義。同族経営で地方都市に本社がある中堅・中小企業で、売上の過半を輸出が占め、かつ、特定のニッチ市場で国際的にトップシェアを有している)と呼ばれる企業が500~1000社ありますが、日本にもそのような企業が各地に存在します。産業のライフサイクルの観点から、そうした企業を体系的に支援するクラスター政策が必要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。