特別コラム:RIETIフェローによるTPP特集

TPPで日本経済はどうなる?

戸堂 康之
ファカルティフェロー

TPPの経済効果でGDP600兆円は達成できる

ようやくTPPの大筋合意がなされたが、TPPによって日本の経済成長は加速するのだろうか? 筆者は2013年3月の当ウェブサイトのSpecial Report「TPPの成長効果推計」で、TPPは日本の1人当たりGDP成長率を1.5%ポイント程度引き上げると主張した。これは、2013年の政府の試算にくらべると相当高い予測であり、もし筆者の予測が正しければ、TPPの発効で名目GDP600兆円という安倍政権の目標も容易に達成できるだろう。

TPPによってこのような大きな成長効果が期待できるのは、モノの貿易の自由化に加えて、小売、金融、知的財産などのサービスの貿易や海外投資の自由化も経済に大きな効果をもたらすからだ。さらに、経済統合が進むことで国境を越えた人材の交流が進み、「よそ者の知恵」をとりこんで「3人寄れば文殊の知恵」によってイノベーションが活性化することで、TPPの効果は永続的に経済成長に寄与するのだ(詳細は上のリンクを参照されたい)。

そのような観点から見ると、今回のTPPの大筋合意で高く評価されるべきなのは、自動車関連などにおける関税の引き下げもさることながら、サービス貿易と海外投資の自由化で大きな進展があったことだ。小売や金融などのサービス貿易や海外投資については、各国が列挙したもの以外は原則として自由化の対象となるネガティブリスト方式が採用され、ベトナムやマレーシアでは外資規制が緩和された。これらの規制緩和によって日系企業の海外進出が促され、アジアにおける日本企業の生産ネットワークがますます深化する。これによって日本人の所得は増加するはずだ。加盟国の知的財産保護が強化されることも、日本の技術や著作物の輸出が拡大することにつながる。

追加的な政策が必要

ただし、TPPによる利益を最大限に享受するためには、追加的な政策も必要だ。たとえば、筆者の推計は、TPPによって技術力のある中小企業が新しく輸出を始め、海外の知恵を活用してさらに技術力を高めて成長していくことも考慮されている。しかし、筆者の以前のRIETIディスカッションペーパー(注1)が明らかにしたように、海外に出る競争力があっても、実際には情報不足、人手不足、リスクに対する恐れから国内にとどまる中小企業も多い。また、すでに輸出をしている企業でも、EPAを活用するためには原産地証明を取る必要があるが、その情報不足や煩雑さからEPAを活用できていないことも多い(注2)。したがって、中小企業に対して輸出振興セミナーやEPA活用セミナーを開催するなどの情報支援を行い、原産地証明手続きの簡素化を進めなければ、TPPが十分に活用されない可能性がある。さらに、効率的に海外進出するにはある程度の規模が必要であることから、中小企業のM&Aを促進することで規模拡大を支援することも必要だ。

もう1つ重要なのは、対日投資の効果である。日本での研究開発を伴う対日投資が技術の波及効果を通じて日本企業の生産性を上げることは実証的に示されている(注3)。TPPによって対日投資が拡大すれば、海外の新しい知識や情報がもたらされて、国内のイノベーションの呼び水ともなる。対日投資には雇用を拡大する働きもあり、その経済効果は大きい。

しかし、対日投資額の対GDP比は2010年~13年の平均でわずか0.1%であり、OECD諸国平均の1.9%にくらべて著しく低い。したがって、対日投資の拡大余地が大きいのは明らかだが、TPPによって自由化が大きく進む対マレーシアや対ベトナム投資と違い、対日投資は法的にはすでにかなり自由化されている。だから、TPPによって投資環境の透明化が進み、日本の成長期待が膨らむことは追い風とはなろうが、期待通りにTPPによって大幅に対日投資が拡大するか(注4)については、必ずしも明確ではない。

したがって、TPPによって対日投資を大きく増やすためには、さらに政策を組み合わせる必要がある。特に、地方経済の情報が海外に伝わっていないために、地方に投資する外資企業は著しく少ない。そこで、地方経済の情報、たとえば地域の大学や中小企業の技術力を投資セミナーなどでアピールすることで外資を地方に誘致することは、地方創生の起爆剤となりうる。また、案内表記の英語化やインターナショナル・スクールの増設によって、外国人にとって暮らしやすい生活環境を地方に整えることも有効だ。

以上のような中小企業の海外進出支援、対日投資の拡大は安倍政権が日本再興戦略で唱えてきた政策でもある。TPPを契機として、産産・産学連携、そして地方と海外とのつながりを支援するような政策をより積極的に推進することで、TPPの経済効果を最大限に引き上げることが可能となる。

守りの政策は逆効果

反面、農業などの国内産業を保護する守りの政策に徹すれば、TPPの効果は限定的となろう。保護された産業は既得権益を守るために排他的になり、「よそ者の知恵」や「3人寄れば文殊の知恵」によるイノベーションの芽は摘み取られるからだ。

農業の自由化の歴史を見ても、1977年のサクランボや1990年の牛肉の一部自由化で、国内生産量はそれほど落ち込んだわけではなかった(注5)。効率的な経営が取り入れられて製品の差別化に成功し、高級な国産品と廉価な輸入品との住み分けができたからだ。だから、TPPによって農産物の関税が引き下げられても、むしろ強い農業への転換が可能となると考えられる。その意味では、米や乳製品などについては、貿易障壁が維持されたことで強い農業へ転換する機会が失われたことは非常に残念であった。

ただし、関税が引き下げられた農産物についても、強い農業に転換するためには、積極的に企業や大学などと連携し、海外とのつながりを持って、よそ者の知恵をうまく活用して、生産効率を上げてイノベーションを起こしていく必要がある。農林水産業でも、製造業、サービス業でも、政府にはそのようなつながりを支援してTPPの効果をより大きなものにしていくことを期待したい。

2015年10月16日掲載
脚注
  1. ^ Todo, Yasuyuki, and Hitoshi Sato, 2011, Effects of CEOs' Characteristics on Internationalization of Small and Medium Firms in Japan, RIETI Discussion Paper, No. 11-E-026. 最終版はJournal of the Japanese and International Economies, 34, pp. 236-255, 2014に掲載
  2. ^ Ando, Mitsuyo and Shujiro Urata, 2011, Impacts of the Japan-Mexico EPA on Bilateral Trade, RIETI Discussion Paper, No. 11-E-020.
  3. ^ Todo, Yasuyuki, 2006, Knowledge Spillovers from Foreign Direct Investment in R&D: Evidence from Japanese Firm-Level Data, Journal of Asian Economics 17, 996-1013.
  4. ^ 上記の筆者の推計では、Petri, Peter and Michael G. Plummer, 2012, The Trans-Pacific Partnership and Asia-Pacific Integration: Policy Implications, Peterson Institute for International Economics Policy Brief(結果の詳細はhttp://asiapacifictrade.org/)を利用して対日投資の拡大を予測している。
  5. ^ 戸堂康之,2013,「日本経済の底力とTPP」, 石川幸一・馬田啓一・木村福成・渡邊頼純編著『TPPと日本の選択』, 文眞堂.
関連リンク

2015年10月16日掲載