「ライオンと鼠:日米規範文化比較論 -後編-」(1/5)
現代日本社会版と現代アメリカ社会版の『ライオンと鼠』をそれぞれ私とデイヴィッド・ライトマンが受け持って書くことになって、2週間が過ぎた。今日は発表の日だ。デイヴィッドはあらかじめ約束した通り2日前の授業の前日に彼の作文を私に届けた。力作だった。私はどうにか書いた私の作文と合わせて、配付用の資料を用意し、2日前の授業で配った。次の授業までに目を通しておくようにという以外は、特に分析の視点を指定はしなかった。
教室に入ると、みながいつもより期待している雰囲気なのが感じられた。
──さて、今日はみなも了解しているように先々週の続きだ。約束どおりデイヴィッドが現代アメリカ版の『ライオンと鼠』の話を書き、私は現代日本版を書いた。この前いったようにどっちが良く書けたかみなに判断してもらいたい。でもそれだけが今日の目的じゃない。話を通じて、寓話に表現された現代の日本とアメリカが古い日本とアメリカとどう違うかをみなに議論してもらう。それからその表現が優れているか否かの評価もだ。もっとも、ジローを除いてみなは現代日本のことは良く知らないだろうから、2つの話でどちらが優れているかの比較については、どっちの表現が実際によく当てはまるかという点ではなく、どっちが寓話として面白いというか、読み応えがあるか、で決めるとする。それでいいかな?
みな、肯定のようだ。
──では、どっちを先に議論するかだが、これは日本の話のほうが短いので、それを先にすることにする。ひとつ断っておくと、私の寓話は現代日本版というより現代日本若者版だ。読めばすぐわかるが批判的だ。でも日本の若者の名誉のために一言言っておくと、私は日本の若者がみなこんな風だ、といってるわけじゃあない。日本人の価値観も多様化してきた。これはあくまで寓話で、中年の日本人である私が内部からでなく外から見て今の日本の若者達をこう感じるといういわば独断と偏見による戯画だ。そう思って読んで欲しい。前置きはこれだけだ。
私が作った現代日本若者版『ライオンと鼠』の話とは次のようなものであった。
ある日、ねずみたちが集まって、何か面白い遊びはないか、と話をしました。なかなか名案が浮かびません。最後に、1匹の目立ちたがり屋のねずみが言いました。
──肝試し、なんてのはどうかな? ほら、向こうの草原に1匹の雄ライオンが眠っている。誰か、あの背中の上を、駆けてこられるかい?
──そんなの遊びじゃないよ。
と、みなは反対しました。
──いくらなんでも、リスクが多すぎる。
──そうでもないよ。
と、最初に提案したねずみが言いました。
──僕は、あいつがさっき鹿をつかまえて食べるのを見たんだ。今は動作もにぶくなっているし、万一つかまったって、食われる気遣いはないさ。
それでも、みなは納得しませんでした。それで、
──そんなに言うなら、まず言いだしっぺのおまえがやれよ。
と、言いだしました。
──しまった、また余計なことを言ってしまった。
と、目立ちたがり屋のねずみは思いましたが、こうなっては引っ込みがつきません。内心しぶしぶと、しかしうわべは、
──こんなこと、なんでもないさ。
と、いうふりで出かけました。
そばまでくると、ライオンはさすがに恐ろしげです。
(やっぱり、引き返そうか)
そう、考えてねずみは振り返ると、仲間達はしきりに手をふったり、
──ガンバレよー!
などと、言っています。
(全く人の気を知らないで)
と、ねずみは思いましたがライオンがよく眠っているようなので、恐る恐る近づきライオンの身体に一歩ふみだそうとしました。
すると、今までよく眠っていると思われたライオンは、目をあけると、とたんに足がすくんでしまったねずみをなんなくつかまえてしまいました。
──誰だ! 私の眠りの邪魔をしようとするやつは!
(こうなったら、徹底的にあやまるしか道はない)
と、ねずみはとっさに思いました。そこで、
──ごめんなさい、ライオン様のお身体とは知らずに登ろうとしたのです。どうか許してください。
と、懸命にあやまりました。
そして、こう付け加えるのも忘れませんでした。
──それに、わたしはちっぽけな肉のかけらで、食べてもあなたのお腹のたしにはならないでしょう。
ライオンは鹿を食べたばかりで、お腹がすいていませんでした。それに、ひたすらみっともなく許しを乞うているねずみを食べるのも、何か胃にもたれそうな気がしました。といって、ただ殺したりするのは、悪趣味でなおさら気がすすみません。それで、
──えい、わずらわしい!
とばかりにねずみを前足で跳ね飛ばしてしまいました。
遠くで見ていたねずみたちは、仲間がライオンにつかまった時には大変なことになったと心配しましたが、かすり傷程度で帰って来たのを迎えると、
──やあ、すごく面白かったぞ。
などと言ってからかいました。
それからしばらくたったある日、ライオンはつい油断して猟師のしかけた網のわなに捕らえられてしまいました。ライオンは網を噛み切って出ようとしましたが、できません。
諦めかけていると、ふと、いつかのねずみが見ているのに気がつきました。好奇心の強いねずみは様子を見に来たのです。
(これは運がいい)
と、ライオンは思いました。そして、
──これこれねずみ、わしはこの前、おまえの命を助けてやったライオンだ。だから今度はお前の番だ。おまえの強い歯でこの網を切ってくれ。
と、呼びかけました。
──そんな理屈はおかしいよ。あんたはお腹が空いていなかっただけじゃないか。
──それもそうだが、この前わしはおまえを殺すこともできたのだ。でもそうしなかったんだぞ。なあ、そうだろう。
と、ライオンはなおもしつこく言い続けました。
(それも、そうかな)
と、ねずみは思いました。
(それに今ライオンに恩を売っておくのも悪くはないか)
そう考え直して、ねずみはライオンのそばまで近づきました。でも見てみると、綱は噛み切って切れないことはなさそうですが、とても太くて大変な仕事になりそうです。
それで、また考え直して言いました。
──ライオンさん、できれば助けてやりたいけれど、このロープは僕の手に負えないよ。
そして、その場を立ち去ろうとしました。するとライオンはすかさず網もろとも前足を延ばしてねずみを押さえ付けました。
──さあ、ねずみ網を切れ! そうしないと、今度こそおまえを殺してしまうぞ!
ライオンとしてはできればこうした強行手段はとりたくなかったのですが、必死だったのです。
そこでねずみはしかたなく綱を切り、ライオンを助け出しました。
するとライオンは、自分が強制したのも忘れたように、ねずみにお礼を言いました。
仲間のところへ戻ると、ねずみは自分が猟師の網に捕まっていたライオンを「助けてやった」話をみなに吹聴しました。
仲間たちは、物好きなことをしたものだ、と思いながらも、このねずみに一目おくようになりました。
「ねずみがライオンを助けた話」はライオンの耳にも伝わりました。
──本当ですか?
と、聞かれると、ライオンは自分が脅してやらせたというのは気が進まないので、
──いやー、小さい者の中にも機転のきく奴はいるもんだ。わしもねずみを見直したよ。
と言って、ねずみのいっていることを、あえて否定はしませんでした。
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