社会保障・経済の再生に向けて

第15回「成長戦略(3) - 戦略的農業支援により、日本農業の国際競争力を強化せよ」

小黒 一正
コンサルティングフェロー

共著:大野 太郎 (財務総合政策研究所 研究官)

前回のコラムでは、成長戦略として、IT技術を活用した教育の再構築を述べた。今回は、世界人口が2009年時点の68億人から2050年には90億人にまで膨れ上がることが予測され、中国やインドなどの新興国での食糧需要の高まりが引き続き見込まれる状況において、適切な戦略と効率化を進めていけば、これからの成長が有望と期待される農業を考察してみたい。

農業問題の本質 ―過剰保護と競争力の低さ―

わが国には、「アメリカやオーストラリアは広大な農地をもっているので、日本農業は太刀打ちできるはずがない」との常識が広く存在するが、その見方は正しくない。実際、豚肉の輸出国として有名なデンマークやチューリップ等で有名なオランダは、日本よりも小国であるが、その国際競争力は高い。また、農業には、米や麦などの土地利用型農業と、野菜や花のようにハウス栽培や水耕栽培ができ多くの土地を必要としない農業の2種類があるが、後者は、経営努力によって高い収益を上げている農家も多い。むしろ、日本農業の問題は、前者の競争力の低さにある。この背景には、山下(2004)(注1)等も指摘するように、かつての「食管制度」や「農地制度」から引き継がれている農政の保護主義的なDNAが関係している。もっとも、1942年に制定された食管法(現食糧法)は、これまでも1995年や2004年に改正を行い、市場メカニズムを次第に導入しつつあるが、「生産調整」手段である「減反」を通じて、生産者による価格カルテルが維持され、市場メカニズムが十分に浸透していない。このカルテルの中心には、政治的に強く結束した「全農」や「農協」が存在する。また、高関税とミニマム・アクセスによる米価維持政策も、土地利用型農業の競争力を低下させている要因の1つと考えられる。

さらに、急速に高齢化しつつある日本農業の「担い手」も大きな問題である。農林業センサス2005によると、基幹的農業従事者の平均年齢は64歳で、60歳以上の割合は全体の7割にも及ぶ。このため、日本の農業従事者数は今後数年で急減し、その担い手不足や耕作放棄地がさらに拡大していく可能性が高い。いまや農業の活性化には、従来の農家のみでなく、その担い手を農外の多様な経営主体に開放しつつ、農業技術のノウハウを組織的に継承していく必要性にも迫られている。この点で注目されるのが、株式会社などの法人である。だが、1952年に制定された農地法は、これまで株式会社など新規参入者が農業に参加する機会を抑制してきた。このため、近年の改革により、これまで要件が厳しくて増えなかった「農業生産法人」の形態などを通じて、株式会社にも農業参入が認められ、2000年には5889に過ぎなかった全国の農業生産法人数は、2008年には1万519と1万を突破したが、食品関連を中心とする他産業などの新規参入にあたっては、その要件はまだ厳しく、さらなる規制緩和の余地も多いとの指摘もある(注2)

以上のとおり、日本農業の問題は、さまざまな保護主義的な農政によって引き起こされる、その競争力の低さにある。これは、以下の図表1が示すように、農業総生産がGDPに占める割合は、農業の保護率(PSE:Producer Support Estimate)が低いほど、高くなる傾向が、国際比較データでも確認できる。逆に、日本や韓国などの保護率の高い国々は、保護率の低いハンガリーなどの国々と比較して、農業総生産がGDPに占める割合は低くなっている。すなわち、農業大国であるオーストラリアやニュージーランドを目標にするのは極端としても、日本農業の強化には、これまでの過剰保護的な農政を抜本的に撤廃しつつ、市場メカニズムを活用して、農業ビジネスを取り巻く基盤を強化して効率性を高めていくのが望ましい。

図表1:農業総生産と保護率の関係
図表1:農業総生産と保護率の関係
(出所)「OECD Factbook 2006」および世界銀行「World Development Indicators」等から筆者作成。
なお農業保護率(PSE)は2002から2004年の平均を採用している。

大規模集約化や、IT技術の活用等による高度化に資する環境整備を

このように、日本の農業における最終目標を「国際競争力の向上」、すわなち「生産の低コスト化」や「製品の高品質化」(安全性の向上や商品のブランド化も含む)とするとき、そのためには「大規模集約化」やIT活用等による「高度化」は欠かせない。そしてさらに、これらの目標を達成する上でまずは過剰保護的な農政を段階的に改めつつ、「国内の競争環境整備」が必要である。具体的には(既に実施されつつあるが)(1)新規参入の緩和、(2)価格メカニズムの深化(保護主義的農政からの脱却)、(3)大規模投資が可能となる法人形態の促進、等を一層推し進めねばならない。

米や麦などの土地利用型農業については、できる限り、農地を少数の経営主体に大規模集約化を推進し、「規模の経済」を働かせる方が効率的であることは言うまでもない。その際、「大規模投資が可能となる法人形態の促進」は重要である。具体的には株式会社ということになるが、そうした法人形態をとることが容易な環境を作らねばならない。上述のように、今後、日本の農業において「低コスト化の意識づけ」や、それに伴う「大規模集約化への動き」を進めるにあたっては、まず株式資本等によって(自らの保有資産を超えた)大規模な資本投資等が可能となり、その結果、農業生産者が自立的に大規模化する土壌が必要であろう。そうでなければ「規模の経済による低コスト化」を意識づけることは難しいと思われるからである。

一方、野菜や花のように多くの土地を必要としない農業については、生産性のさらなる向上を図るため、IT技術の活用等による農業の高度化が進まねばならない。たとえば、IT技術の活用としては、これまでベテランの農業従事者がもってきた技術やノウハウ、農業生産に関するデータをできる限り多く集約化し、低コストかつ高品質の生産を可能とする意思決定の支援システムの開発や導入が考えられる。また、IT技術を駆使して生産工程全体をコンピュータなどに管理させる方法や、最新のバイオ技術の積極的活用・普及促進も考えられる。

戦略的使途による有効かつ効率的な農業支援も

このように、生産者の「大規模集約化」や「高度化」に向けてまずは「国内の競争環境整備」が必要であるが、それを一層推し進めるための政策支援も求められよう。ただし、このような政策には一定の予算が必要であるが、現在、わが国は膨大な公的債務残高を抱えている。このため、限られた農業予算を有効かつ効率的に活用していく必要がある。

昨今、これまで減反に使用してきた約2000億円の補助金を転用し、国が直接、農家に対して「戸別の一律所得補償」をすればよいとの議論がある。こうした政策について、「戸別補償」は(全農・農協ではなく)農家の真の希望に応えることができるという点で支持できる一方、「所得補償」「一律補償」という2点については問題があると思われる。第1に、農家に対する直接的な所得補償は欧州各国では一般的で、WTOでも認められている方式であるが、インセンティブ設計に欠けた「所得補償」は必ずしも生産性向上に寄与するとは限らないため、問題といえる。第2に、選別をしない「一律補償」も単なるバラマキとなり、問題である。実際、日本の兼業農家は全農家の約6割を占め、定年退職によって専業に区分された高齢農家も含めると、実質的な兼業農家は9割にも達するとの指摘もある。また、一般的に、兼業農家は、農業以外の収入もあるので、専業農家よりも豊かとの指摘もある。この状況で、仮に、一律補償を導入すると、専業で努力して農業収入を増やすよりも、兼業を選択する方が有利となるケースが増加する可能性も高い。このため、選別なしの一律所得補償は、逆に小規模兼業農家を増やす結果となりかねない。

むしろ、限られた農業予算を有効かつ効率的に活用し、日本農業の競争力を高めていくには、土地利用型農業にあたっては、所得補償の対象を限定し、大規模集約を促すよう、農地の集約化を進めた方が所得補償が優遇されるメカニズムを導入し、選別した形での戦略的支援を行っていくのが望ましい。具体的には、所得補償の対象は農業を専業とする経営主体のみに限定し、所得補償に上限は設定するものの、その扱う農地が広い程、補償が手厚くなる仕組みにしてはどうか。また、野菜や花のように多くの土地を必要としない農業についても、IT技術の活用等による農業の高度化を進めた方が有利となるような戦略的支援を行っていくことが望まれる。

海外で勝負できる産業に

最後に、わが国が比較優位をもつコメなどの農産品を海外に売り込み、輸出を拡大させる努力も重要である。国際競争力の向上とは、国内で外国商品に負けないだけでなく、国外にも販売していけるということであり、人口減少が予想される日本にとっては必須の課題である。以下の図表2は、主要国における農業の輸出入がGDPに占める割合をグラフ化したものである。この図表をみると、はっきり確認できるが、日本の農業輸出(対GDP)は、他の諸外国と比較して極端に低い。韓国の農業輸出(対GDP)0.27のおよそ5分の1程度となっている。このため、国際的な農業戦略を明確にもち、日本の農業輸出(対GDP)を高めていく試みも重要である。その結果、近い将来、トヨタなどの自動車産業のように、日本で培った農業技術やノウハウを活用しつつ、さまざまな地域で活動する農業関連のグローバル企業が誕生することも期待される。

図表2:主要国の農業輸出入(対GDP)
図表2:主要国の農業輸出入(対GDP)
(出所)FAOSTAT等から筆者作成。

いずれにせよ、日本の農業はその担い手の高齢化も急速に進みつつあり、いまや転換期にある。このため、いまこそ、成長戦略の1つのテーマとして、過剰保護的な農政を段階的に改めつつ、市場メカニズムを活用すると同時に、農業支援の選別を進めることで、農地の大規模集約化や、IT技術の活用等による農業の高度化を促進し、官民一丸となって日本農業の競争力を高めていくことが望まれる。

2009年12月4日
脚注
  • 注1)山下一仁(2004)『国民と消費者重視の農政改革』東洋経済新報社
  • 注2)大泉一貫(2009)『日本の農業は成長産業に変えられる』洋泉社

2009年12月4日掲載

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