社会保障・経済の再生に向けて

第11回「公的年金の財政検証に対する『外部検証』機能を強化せよ」

小黒 一正 コンサルティングフェロー

揺らぎつつある「100年安心プラン」

いま、2004年の年金改革時に掲げた「年金安心100年プラン」の信頼が揺らぎつつある。「安心プラン」のポイントは、「少子高齢化のピーク時でも、現役世代の保険料負担を一定以下に抑制し、年金の給付水準50%以上を維持すること」である。この目標を達成するため、(1) 年金財源の安定性を高める観点から、基礎年金の国庫負担を現行の3分の1から2分の1に引き上げること、(2) また、約140兆円ある年金積立金を2100年まで少しずつ取り崩して活用すること、などが決定された(国庫負担の問題は第2回コラムを参照)。

だが、改革から約5年後の2009年5月、厚労省は、5年ごとの財政検証の一環として、65歳時に受け取る厚生年金についての給付水準の試算を公表した。この試算によると、モデル世帯である専業主婦世帯は2050年も現役世代の手取り賃金の50%を維持できるが、その他の共働き世帯や単身世帯では40%を下回る。しかも、近年では、共働き世帯は、専業主婦世帯を大きく上回り、モデル世帯の設定そのものが非現実的となっているとの批判も多い。だが、それだけでなく、推計の対象世帯が限られている点も問題である。すなわち、現在の賃金格差やライフスタイルの多様化を前提にすれば、現在の推計対象外となっている世帯類型の給付水準が最低ケースも含めてどうなっているのか、予測できないことも問題である。また、昨今のアメリカを中心とする世界的金融危機を受け、「安心プラン」の前提(賃金上昇率2.5%、物価上昇率1%、運用利回り4.1%、出生率1.26 等)のうち、賃金上昇率や運用利回りなどの達成の見通しも不透明になりつつある。このため、このまま景気や運用利回りの低迷がつづけば、さらなる給付水準の引き下げも必要となろう。

このような問題はなぜ発生するのだろうか。そもそも、年金は長期に及ぶ制度であるから、一定の前提に基づいて将来の給付と負担を予測・計画する。だがその間、経済環境の変化に伴い、その前提である賃金上昇率や運用利回りなども変化し、予測と実績が乖離する可能性がある。だから、年金の制度設計や改革を進めるにあたってその前提や予測の設定は極めて重要であり、決して楽観的な見通しや政治的力学で歪められてはならず、保守的な推計を行う必要がある。仮に、前提や予測に大きな誤りがあると、年金の受益者又は負担者である将来の国民に多大な損害を及ぼすことになる。

このため、他の先進国の中には、公的年金の前提や予測に対する「外部検証」の機能強化を図っている国も多く存在する。そこで、本コラムでは、これら国々の代表であるカナダとアメリカの事例を参考にして、年金の財政検証のあり方について考察してみよう。

ピア・レビューのカナダと事後監査のアメリカ

まず、公的年金の前提や予測に対する「外部検証」の機能強化を図る方法としては、いくつかの方式が考えられる。たとえば、1つは、政治的に中立である外部の第三者や第三機関の検証がない限り、政府は推計を信頼あるものとして確定できないという方式である。もう一つは、外部の第三者や第三機関が、事後的にその推計結果や前提の妥当性を監査するという方式である。

前者の代表はカナダで、具体的にはピア・レビュー方式を採用している。ピア・レビュー(Peer Review)とは、評価対象について専門的・技術的な共通の知識を有する同業者によって行われる評価や審査をいい、一般に、高度な専門的見地に基づき評価対象の質を適切に評価することが必要なケースに用いられる方式である。年金財政の予測に用いる前提は、客観的かつ中立的に決定しておく必要がある。だが、日本では、経済条件の前提には厚労省にある社会保障審議会のもとに設置された委員会が決定した数値を利用しており、その委員は厚労省の人選で、実質的に厚労省が決定しているといっても過言ではない。しかも、これら前提に基づき推計された年金財政の将来予測は、同審議会のもとに設置された部会に報告されるが、この部会も厚労省の人選で、その前提から予測のすべてが厚労省の内部で完結している。このため、年金財政の前提や予測の妥当性について、客観的かつ中立的な、厳しい「外部検証」を受ける仕組みは用意されておらず、その前提や予測の妥当性を巡っては、むしろさまざまな批判があるのが現状である。

このような問題を防止するため、カナダではピア・レビュー方式を採用している。具体的には、まず、イギリスの政府アクチュアリー院(GAD: Government Actuary Department)に、ピア・レビューを行う外部の委員3名(カナダ・アクチュアリー正会員)を選定してもらう(このGADは、イギリスの公的年金の財政検証を担当する機関であり、年金財政の専門的見地を深く有している)。その上で、選任された委員3名は、カナダ政府の作成する公的年金の財政検証に対する「外部検証」を行い、その結果をGADに提出する。さらに、GADは、この委員3名が作成する報告書に対して意見を述べることができる仕組みになっている。最近のGADの意見の事例としては、外部検証者である委員は検証を行うにあたって必要な情報を入手できたか、カナダ政府の財政検証の数理的手法や前提は合理的か否か、などについても外部検証者は意見を述べるべき、との指摘を表明している。以上のような重層的な仕組みを設けることで、カナダではできる限り、信頼性の高い年金財政の検証を行おうと努めている。

一方で後者の代表がアメリカで、主に事後監査方式を採用している。企業の決算報告においては会計監査法人が監査を行い、その妥当性に関する意見を表明する。だが、日本の公的年金の財政検証は、このような監査も受けておらず、まさに「監査なき会計報告」となっているとの批判もある(注1)。このような問題を防止するため、アメリカでは、連邦政府財務報告(Financial Report)の一部として、年金財政の将来推計についても、会計検査院(GAO:United States General Accounting Office)の監査を受けるようになっている。また、推計の前提についても、財務長官、労働長官、保健福祉長官、社会保障庁コミッショナーのほか、大統領の指名する公益代表2名の合計6名が協議し、最善の予測(Best Estimates)が取り入れられる仕組みとなっている。

公的年金の財政検証に対する監査機能の強化を

以上は、カナダやアメリカの事例であるが、日本でも公的年金の財政検証に対する「外部検証」の機能強化を図るべきである。現在の仕組みのままでは、その財政検証の前提や予測に対する妥当性の検証は不十分であり、その客観性や中立性が欠如していることから、信頼がおけないとの批判が、これから高まっていっても不思議ではない。ましてや、決して政治的理由などによって、その前提や予測は歪められてはならない。そもそも、「安心プラン」の前提である賃金上昇率2.5%、物価上昇率1%、運用利回り4.1%、出生率1.26などの妥当性に関する「外部検証」も、極めて重要である。筆者としては、たとえば、賃金上昇率が毎年2.5%、運用利回りが4.1%という前提は、現在の賃金や金利などの経済環境を踏まえると、現実的設定とはとても思えない。また、賃金格差やライフスタイルの多様化を前提に、さまざまな世帯類型の給付水準を最低ケースも含めて明らかにすることも重要である。むしろ、このような前提などが楽観的で甘い見通しで、その情報提供も不十分であるため、2004年時に掲げた「年金安心100年プラン」の信頼は揺らぎつつあるのではないか。

そこで筆者は、このような問題を解消する観点から、公的年金の財政検証に対する「外部検証」機能の強化を図るための基本法の制定を提唱したい。

具体的には、まず、カナダを参考として、厚労省以外の機関が選任する外部の専門組織・集団(経済学者やアクチュアリーから成る組織・集団)に、公的年金の財政検証に対する「外部検証」を委託するのである(なお、この組織・集団は、政治的中立性が確保されるのであれば、第2回のコラムで提言した独立機関に兼務させる方法でもよい)。その上で、たとえば、会計検査院などの組織にも、事後監査させ、必要があれば、財政検証の前提や予測を改善するように勧告できる権限を付与してはどうか。

なお、厚労省の年金財政モデルの解説書の作成やバックデータの公表も重要である。関西学院大学の上村教授が指摘しているように、現在その年金財政プログラムが公表されているものの、フローチャートすらなく、一部の専門家以外、厚労省モデルの妥当性を「外部検証」することができない。解説書の作成は厚労省にもメリットがあり、全研究者が厚労省モデルを土俵に議論を行い、百家争鳴の年金議論を収束させる可能性を秘めている。

以上のような枠組みによって、年金の制度設計や改正の信頼性を高め、安心できる社会保障を構築していくのである。財政検証の前提や予測は、年金制度の現状を把握し、その持続可能性を検証する最も重要な作業である。いずれにせよ、いま、年金の信頼が揺らぎつつあるのであれば、そのコアともいえる財政検証においても「外部検証」機能の強化を図り、その信頼を取り戻す必要があると思われる。

2009年8月7日
脚注

注1) 西沢和彦(2008)『年金制度は誰のものか』日本経済新聞出版社

2009年8月7日掲載

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