世代間公平基本法の必要性
前回のコラムでは、バローの中立命題(公債の中立命題)が成立しないならば、財政赤字は特定世代に過重な負担を強いる可能性をもつと説明した。だから、世代間公平を確保するには、やむを得ないケースを除き、財政赤字は抑制し、現在の公的債務(対GDP)を発散させないよう、プライマリー・バランスを一定程度まで黒字化する必要がある。
だが、政治システム上、政権の獲得・維持を主な目的とする各政党は、集票力をもつ主体に有利となる政権公約や政策を提示する誘因をもつ。このため、一般的に、経済学的に望ましい資源配分上の均衡と、政治システムによって合理的に定まる均衡は乖離する。特に、民主主義という現在の政治システム上、選挙権をもたない将来世代は、財政赤字による財政負担の先送りによって、選挙権をもち政治力の強い世代から搾取される可能性をもつ。
このような搾取の実態は、ボストン大学のコトリコフ教授らが提唱した世代会計により、世代間格差として定量的に測定できる。そして、コトリコフ教授らの試算によると、日本をはじめとする多くの先進国で、世代間格差は無視できないほどの大きさになってきている。この解決に向けて、現在の政治システムとそのルールに従い、格差是正に向けての検討や議論はできる。だが、各世代が利己的であるケースでは、この解決に向けた政治的合意はさらに困難となる。その結果、抜本改革はなかなか進展せず、選挙権をもち政治力の強い世代は、財政赤字によって将来世代に負担を先送りする状況が継続する。そして、先送りした負担を背負うかもしれないと考える現役世代と、老齢世代との間で、世代間闘争のような状況が発生する。これは、どちらの世代にとっても、安心した希望のもてる将来を見通すことができないという意味で不幸な状況であり、世代間公平上も望ましいものではない。それは現在の政治システムに内在する一種の欠陥とみなすことはできないだろうか。
この欠陥を防止し、将来世代の利益を保護するため、世代間公平に関する基本法の制定を検討してはどうか。このような基本法制定の必要性は、一橋大学の國枝准教授も提唱している。この基本法には、目的と実現に向けた目標や枠組み、行程表などを盛り込むことが考えられるが、以下では、世代間公平の実現に必要な組織と枠組みについて提案してみたい。
世代間公平の実現に向けた独立機関の設置を
まず、この基本法には、世代間の公平性を確保する観点から、政治と独立した機関として、社会保障(年金・医療・介護)における世代ごとの受益と負担の枠組みの調整を主な任務とする専門組織(以下「世代間公平委員会」という)の設置を盛り込んだらどうか。物価の安定と金融政策の高度性に鑑み、各国は政治から独立した機関として、中央銀行という組織を設置している。それと同様に、社会保障における世代ごとの受益と負担の枠組みの調整は高度な専門性を必要とする。だから、現行政治システムの欠陥を是正し、世代間公平を実現するため、社会保障における世代ごとの受益と負担の枠組みに関する調整を、政治から切り離す発想もあるのではないか。
社会保障の受益水準が決定すると、半ば自動的に、世代間公平の確保に必要となる負担水準の経路は決定する。すなわち、大雑把にいえば、高水準の受益には高水準の負担、低水準の受益には低水準の負担となる。特に、人口変動があると、負担水準の経路の決定には専門的知識と複雑な推計が必要となる。なので、むしろ、政治は受益水準の決定にその精力を傾注し、負担水準の決定は専門組織の世代間公平委員会に委ねるのが適切である。ただ、政治が頻繁に受益水準を改定すると、各世代の生涯設計は不安定化するので、受益水準の改定は、あるとしても数年置きとするのが妥当に思える。
また、負担水準の決定に関する政治的ガバナンスが心配であるならば、この委員会の長の任期を5年などにして内閣が任命し、国会の同意を義務付けてはどうだろうか。また、この委員会が、世代間公平の観点から、政府が決定した受益水準に対応して、負担水準の経路を決定するためには、当然、それ相応の専門知識を有する専門集団と情報が必要である。このため、委員会を支援する専門集団として、常勤のエコノミスト(50名規模)やその支援を行うスタッフから構成する事務局を設置する必要がある。なお、この組織が、世代会計の手法を用いてスムーズに、世代ごとの受益と負担の経路を精緻に推計するには、厚生労働省などが保有する電子データなども必要となる。なので、世代間公平委員会とその事務局は、厚生労働省などの上部組織とし、委員会の要請があれば必要とするデータを常時入手できる仕組みとすることが望ましい。
以上のような仕組みによって、政府が受益水準を決定すると、半ば自動的に、世代間公平の確保に必要となる負担水準の経路が定まる。すると、さらに自動的に、(中長期の)社会保障に関するマクロ予算フレームも定まる。
ところで、人口変動があると、各時点における社会保障の給付水準や負担水準を安定化し、世代間公平を確保するには、少子高齢化の初期段階で、年金をはじめとして、医療・介護保険も、強制貯蓄的性格をもつ「事前積立」を行う必要がある。これは、東京大学の岩本教授や学習院大学の鈴木(亘)准教授らも提唱している。現金給付の年金と同様、現物給付の医療・介護も、いわゆる賦課方式を採用しているが、これらは老齢期に支出が集中するので、少子高齢化が進展すると、特定世代に負担が集中する仕組みとなっている。すなわち、給付水準を引下げるか、負担水準を引上げるかのジレンマ的選択を迫られる。しかし、この事前積立を導入すると、このようなジレンマは解決し、受益水準も負担水準も安定化できる。そして、この積立や負担水準の経路は、将来の人口推計データなどがあれば、受益水準に応じて推計できるが、それには高度な専門性を要する。だから、この推計も、世代間公平委員会の役割となる。
いずれにせよ、社会保障の受益水準が決定すると、社会保障のマクロ予算フレームも定まるため、次の課題は財源になる。
社会保障予算をハード化せよ
現在、社会保障の財源は、社会保険料や国庫負担となっている。この国庫負担は社会保障給付の一定割合としてリンクしている。だから、少子高齢化の進展で、社会保障給付が伸びていくと、自動的に、国庫負担も膨張していく。しかも、一般会計から投入される国庫負担の財源は、消費税などの租税のみでなく、公債も含まれる。また、社会保障以外の予算(教育や公共投資、地方交付税交付金など)の削減によって捻出した財源もある。だから、負担水準の経路が定まっても、どの財源で負担を賄うのか、少子高齢化が進展する度に、政治的な利害対立を招いてしまう。これは、社会保障の負担水準を賄う「ベース財源」が明確になっていないことに大きな原因がある。
この問題は、社会保障のベース財源(公債を除く)を最初に1つ明確化するだけで、簡単に解決できる。すなわち、受益水準の改定で負担水準が定まると、半ば自動的に、このベース財源の税率が変動して調整するようにルール化しておくのである。このベース財源は、世代間公平委員会によって世代間公平が確保されているならば、消費税でも、社会保険料でもよい。いずれにせよ、1つのベース財源を最初に決定しておくのが重要である。
その上で、社会保障給付と国庫負担のリンクを遮断し、一般会計から、社会保障予算をハード化する必要がある。このような社会保障予算のハード化は、関西学院大学の上村准教授も提唱しており、さまざまなメリットがある。1つは、社会保障における世代ごとの受益と負担の関係が明確になる。もう一つは、受益水準が決定すると半ば自動的に、世代間公平の観点から、負担水準がベース財源によって調整されるので、世代間格差を巡る政治的混乱を回避できる。その結果、社会保障システムが安定化し、現役世代と老齢世代の双方が、安心して生涯の生活設計を組立てることができる。
また、これまで社会保障財源の捻出のため、半ば強制的に削減の対象となってきた社会保障以外の予算も、その必要性に応じて合理的に編成できるようになる。なお、どうしても、一般会計からの国庫負担が必要という場合には、一橋大学の田近教授が提唱するように、社会保障給付に一定割合の形でリンクするのでなく、定額の国庫負担とするべきである。ただ、定額の国庫負担をすると、その財源が特定化しない限り、社会保障における世代ごとの受益と負担の推計で、負担部分の推計が困難になるので注意が必要である。
ところで、このベース財源の決定は、とても重い政治決定であり、世代間公平委員会に担わせるのは適当でない。これは政府の決定事項とするべきであるが、必ず1つのベース財源(公債は除く)は指定しなければならないよう、世代間公平に関する基本法に盛り込んでおいてはどうか。
次に、世代間公平委員会によって社会保障(年金・医療・介護)のマクロ予算のフレームが決定すると、フレーム内での予算配分の中身を詰めていく必要がある。だが、この予算配分の決定まで世代間公平委員会が担うのは適当でない。だから、マクロ予算フレームの決定以降、具体的な予算配分からは、厚生労働省が立案し、ミクロ的効率性を高める観点から、通常の予算編成の枠組みに沿って決定するのが適切である。
なお、現行の社会保障は所得再分配の効果も担っている。この再分配には、世代「間」の再分配と、世代「内」の再分配の2つの機能をもっている。そして、少子高齢化の進展によって、世代「間」での再分配が困難になってきている現状に鑑みると、神戸大学の小塩教授らが提唱するように、世代「内」での再分配機能を強化する方法も考えられる。世代内の再配分機能の強化方法としては、同世代内における高所得者と低所得者の間で、年金などの受益水準を調整する方法がある。また、同世代内における高所得者と低所得者の間で、負担水準を調整する方法もある。この点で、世代間公平委員会は、社会保障における世代間公平性の確保を主に担う組織であるが、この役割に世代内の再分配機能の選択肢の提示という任務を追加するという方向性も考えられる。
最後に、この方式に従うと、社会保障予算の穴(赤字分)はベース財源が自動的に補填するので、社会保障予算に赤字は絶対に発生しない。だが、社会保障以外の予算を扱う一般会計については事情が異なる。すなわち、上記の枠組みは社会保障予算に関するものであるから、一般会計は赤字となる可能性が残る。だから、一般会計においても、世代間公平の観点から、現在の公的債務(対GDP)を発散させないよう、プライマリー・バランスを一定程度まで黒字化する努力目標を設定する必要がある。そして、このような努力目標も、基本法に盛り込んでみてはどうか。また、コトリコフ教授らが提唱するように、世代間公平委員会が、社会保障以外の予算も含め世代ごとの受益と負担を推計・公表するとともに、世代間格差が大きい場合には、政府に是正の勧告を行う機能や任務を基本法に盛り込むのも検討に値する。
以上の提案は、あくまでも個人的見解であるが、ポイントは以下のようになる。
- 世代間格差を是正するため、世代間公平に関する基本法を制定する
- 社会保障の受益と負担の調整を担う独立機関を設置する
- 受益水準やベース財源(公債は除く)は政治が決定し、社会保障予算をハード化して、世代間公平の観点から、負担水準や事前積立の経路は独立機関が決定する