財政破綻確率46%
求められる政治の強い意志とメッセージ-財政規律の堅持と、社会保障・税制の抜本改革を-

小黒 一正
コンサルティングフェロー

崖っぷちの財政規律

与野党は現在、「早ければ年内」と噂される解散・総選挙に向け、熾烈な攻防を繰り広げている。直近の自民党総裁選では、増税を中心に財政再建を重視する「財政規律派」、歳出削減の徹底と構造改革による経済成長を重視する「上げ潮派」、また、財政再建よりも当面の景気対策を重視する「オールド・ケインジアン」などが凌ぎを削った。財政規模という軸では、財政規律派は「大きな政府」、上げ潮派は「小さな政府」、また、オールド・ケイジアンは積極的な財政を行う「バラマキ型・政府」に位置づけられる。

政党が政権を掌握するには、選挙に勝たねばならない。国民に財政再建という「苦い薬」を要求するのではなく、バラマキ型の政策を行うのが、最も票を獲得する最善策だという安易な発想もある。しかし、いま国民が望む政策は、そうしたものではないのではないか。もはや国民は、バラマキ型・財政では本当の意味で、日本経済を長期かつ安定的な成長軌道に導き、自らの老後や次世代に希望が持てる社会保障を構築できないと気づいていると思われる。むしろ、多くの良識ある国民は、社会保障・税制の抜本改革と、持続可能な成長戦略の推進を強く望んでいるのではないか。

だが、現在の政局には、骨太2006で決定した中期的財政フレームである「基礎的財政収支の2011年初頭までの黒字化」に向けた公約を一時棚上げにする議論も登場している。米国発の国際的金融危機であるサブプライム問題への対応は重要であるが、それ以外の要因も絡み、財政規律は崖っぷちにある。この背景には、これまでの構造改革疲れもあると思われるが、海外との信任も踏まえると危険な兆候である。主要先進国の中で最悪の公的債務残高(対GDP)を抱えるわが国は、もはやこれ以上、財政再建を先送りできる状況にない。また近々、公的年金など社会保障における団塊世代の受給が本格化する。下手をすると、今回の政策選択が中長期的には財政破綻の「トリガー(引き金)」となる可能性も否定できない。そこで以下では、財政赤字がもたらす効果と、今回は筆者が最近推計した財政破綻確率を中心に、財政規律の重要性を再確認したい。

財政赤字はなぜ問題か

まず、財政赤字がもたらす効果であるが、経済理論的にそれは良い面と悪い面を持つ。これは、若年期は賃金が少ないが中高年期は賃金上昇が見込める、日本の伝統的な年功賃金システムにある家計を例に考えると理解しやすい。そうした家計の多くは、住宅という耐久消費財を購入するため、住宅ローンを組む。これは、経済理論でいう「消費の平準化」と呼ばれるものである。すなわち、将来よりも現在獲得する賃金が低い場合、家計はその生涯効用を最大化するため、将来の賃金上昇分を担保に借金をすることで、現在と将来の消費を均すのが合理的である。

同様の議論は、国の財政における財政赤字の役割にも当てはまる。すなわち、将来のGDPが現在よりも高くなることが見込めるのであれば、将来の経済成長分を担保に財政赤字という借金で歳出に必要な財源の一部を賄うのは合理的となる。だが、それは将来のGDP上昇がほぼ確実に見込める場合に成立するものである。近年公表された幾つかの実質GDPの将来推計には、中期的に成長率はマイナスとなると予測するものも多い。この予測の背景には、現在わが国で進行している少子高齢化による貯蓄率低下や人口減少による労働力低下が大きく関係している。

この推計が妥当とすると、財政赤字による借金で、消費の平準化を行う根拠は否定される。むしろ、将来賃金の低下を予測する合理的な家計であれば、借金ではなく、将来の賃金減少分に備えて「貯蓄」するにちがいない。もっとも、借金をして返済に窮しても、現在と将来に生きる家計が同一であれば、最初に「得」をして後で「損」をするだけで、自業自得という議論もある。だが、それは財政赤字で得をする世代と、その償還のための増税に直面する世代が「同一」である場合に限られる。現実には、財政赤字(公債発行)とその償還の間には、時間的ラグと世代交代があるため、財政赤字はその負担を将来世代に押し付ける効果をもつ。すなわち、得をする世代と損をする世代を生み出す。もっとも、経済理論には、この手の反論として、各世代が利他的な場合には、得をする世代は損をする将来世代の負担を相殺するように遺産を残すとする、いわゆる「バローの中立命題」も存在する。しかし、残念ながら各世代はそれほど利他的でないというのが、大阪大学のチャールズ・ホリオカ教授をはじめ、多くの実証分析による結果である。

また、公債も日本国内で消化されている「内国債」であれば、国全体でみると、「借金」であると同時に「資産」でもあるので何も問題ないという議論もある。これも、世代内における家計の異質性を無視している議論である。公債は金融機関を通じて家計が所有しているが、同一世代の家計には、公債などの金融資産を中心に多額の資産をもつ家計と、そうでない家計が存在する。一般的に、多額の資産をもつ家計は裕福であると思われるので、公債償還時において幅広く増税するということは、中産階級の家計を中心に過重な負担を強いることになる。これは、いわゆる逆所得再分配的効果をもつ。逆に、公債償還のため、インフレまたは公債などの資産課税の強化という形で、裕福な家計を中心に過重な負担を強いるシナリオも想定できる。いずれにせよ、財政赤字は、公債償還時における特定世代に過重な負担を強いることになる。特に、財政破綻、すなわち、もはや増税によって財政赤字が解消できない場合には、ハイパー・インフレや大幅な金利上昇が発生し、その時点の国民生活に大きな混乱をもたらすことになる。

財政破綻確率46%という現実を直視せよ

以上のように、財政赤字は、公債償還時における特定世代に過重な負担を強いるものとなる。また、将来の国民生活に大きな混乱をもたらすような、財政破綻を回避するには、一定程度まで基礎的財政収支を黒字化する必要がある。その範囲を明らかとするため、筆者の推計を紹介したい。

さて、この推計結果の理解には、「確率」の概念が重要な鍵をもつ。将来の経済成長がどの程度のものとなるか、確定的な事は誰も分からない。財政赤字も、その借金の金利以上に経済成長が上回れば、公的債務残高(対GDP)が発散しないという点で何も問題とならないからである。だが、現実のシナリオには、経済成長率が長期金利を上回るケースもあれば、下回るケースもあるというのが本当の姿である。この点は、ハーバード大学のマンキュー教授らの論文をベースに、小泉政権時代、成長率と長期金利のどちらが高いのかという議論を巡って、竹中・総務相(当時)と東京大学の吉川教授との間で論争となった。いわゆる「成長率・金利論争」である。しかし重要な論点は、そのどちらが平均的に高いのかということではない。むしろ、一定の「確率」で長期金利が成長率を上回る可能性があるということの方にある。

そこで、過去1966年から2005年の成長率と長期金利のデータに基づき、モンテカルロ法という5000本のシミュレーションによって、異なる基礎的財政収支(PB)のシナリオを前提に、財政破綻確率(数年後の公債残高(対GDP)が250%を超過する確率)を推計した結果が、ここに挙げたグラフである。同様に主要先進国で推計すると、イタリアを除き、基礎的財政収支ゼロのシナリオにおける50年後の財政破綻確率は3%未満となっている。他方、グラフにおける50年後の日本の破綻確率は約30%となっている。これは、基礎的財政収支(対GDP)ゼロという甘いシナリオでの値である。現実には、2006年の国・地方を合わせた基礎的財政収支(対GDP)は概ねマイナス3%なので、このシナリオで評価すると、現状のままでは、25年後の財政破綻確率は46%もの値となる。財政破綻確率を主要先進国並みの3%未満に引下げるには、基礎的財政収支(対GDP)を確実に黒字化する必要がある。すなわち、財政規律は決して緩めてはならない。厳しい現実であるが、我々は、これを出発点に政策論議を戦わせる姿勢が重要である。

(図表1) 日本の財政破綻確率
(図表1)日本の財政破綻確率
(図表2) 主要国の財政破綻確率
(図表2) 主要国の財政破綻確率

改革の本丸は社会保障・税制の抜本改革、求められる政治の強いリーダーシップ

いずれにせよ、国民の多くが既に気づいているように、改革の本丸は、社会保障・税制の抜本改革である。そして、経済のグローバル化に対応する成長戦略・構造改革が求められている。政局の今こそ、与野党は社会保障の給付と負担の選択肢、また、長期的かつ安定的な成長戦略・構造改革を含む、骨太の政策を国民に提示し、政策論議を戦わせる義務と責任がある。近年、国民の生命・健康を揺さぶる医療事故や小児科・産婦人科などの医師不足が深刻化しているが、既に歳出削減は限界にきているとの意見もある。選挙権をもたない将来世代の利益を保護するため、消費税引上げの現実から逃避することなく、社会保障・税制の抜本改革を進める強い意志と政治的リーダーシップが問われている。解散・総選挙に向けた動きが加速する中、本当の意味での国民のための活発な政策論議と強いメッセージの発信が求められる。

2008年10月14日

2008年10月14日掲載

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