小林慶一郎のちょっと気になる経済論文

第9回「Credit Reversal Effect ― 景気拡大は内生的に崩壊するか?」

小林 慶一郎
ファカルティフェロー

マスターくん
某私立大学大学院修士課程2年生(経済学)。経済学者志望で目下猛勉強中。

小林 慶一郎写真小林フェロー:今回は論文の紹介をするのと同時に、その論文を応用して筆者と研究協力者の奴田原健悟氏が試みた研究の結果を簡単に報告したいと思います。第5回と同様、研究の結果はあまり思わしくなかったのですが、今後の発展の可能性はまだあると思っています。もし、読者に何かアイデアがあれば、ぜひコメントなどを寄せてもらいたいと思います。

景気変動の理論として、金融市場の摩擦による伝播の遅れを重視する理論があります。標準的なものは、Bernanke and Gertler (1989)によるFinancial Acceleratorの理論です。Bernanke-Gerlterは、オーバーラッピングジェネレーションモデル(OLGモデル)であり、経済主体は2期間しか生きない設定になっています。理論的な結果を表現するためには、OLGモデルで十分なのですが、他の景気循環モデルとパフォーマンスを比較するためには、OLGモデルでは具合が悪い。

マスターくん画像マスターくん:それは、通常の景気循環モデルは、無限期間生きる経済主体を前提としたDynamic General Equilibriumモデル(DGEモデル)になっているからですか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:そうです。Bernanke-GertlerモデルをDGEモデルに移植して1つの標準モデルになったのが、Carlstrom-Fuerstモデルです。Carlstrom-Fuerstモデルでは、情報の非対称性(Costly-state-verificationのメカニズム)によって借入に担保制約が発生するため、担保となる資産が少ないと、経済主体は思うように事業を拡大できません。そのため、経済へのショックが直ちに経済全体に伝わらず、ゆっくりと伝播することになります。Bernanke-Gertlerのモデルを発展させ、景気拡大の内生的な崩壊が金融要因で発生するモデルを提示したのが、Matsuyama (2004)です。

Matsuyama, Kiminori (2004). "The good, the bad, and the ugly: An inquiry into the causes and nature of credit cycles." Mimeo. Northwestern University.

この論文も、Bernanke-Gertlerと同じく、OLGモデルになっています。違いは、生産技術が2つあることです(貯蔵技術も生産技術の一種だと数えると、全部で3つの生産技術があることになる)。第1の生産技術(The good)は、労働を使って、財を生産する技術。第2の生産技術(The bad)は、財を投入して、その財の量を増やす技術。そして、財をそのまま貯蔵する技術(The ugly)もあります。第1、第2の技術は、情報の非対称性(Costly-state-verificationタイプの)に制約されるため、経済主体がある程度の資産を持たないと、使うことができません。The good技術を使えるようになるために必要な資産の量は、The bad技術を使うのに必要となる資産の量よりも少ない(つまり、The goodのほうが、情報の非対称性の程度が小さいとする)。また、The good技術は、The bad技術より、収益率が低いとします。すると、経済主体の資産が増えるにしたがって、The good技術が徐々に使われるようになります。The good技術は、経済主体の労働によって財を作るので、労働需要が増え、労賃が上昇し、結果的に、経済主体の資産(=前期の労働によって得られた収入)がさらに増えることになります。このポジティブフィードバックによって、景気拡大がゆっくりと続きます。このメカニズムはBernanke-GertlerやCarlstrom-Fuerstと同じです。資産がさらに増えると、今度は、The bad技術が使われるようになります。この技術は労働を使わないので、労賃を上昇させることはありません。その結果、それまで働いていたポジティブフィードバックが途切れ、経済主体の資産が減少を始めます。すると、ネガティブフィードバックが始まって、景気の悪化が内生的に始まってしまいます。これが、Credit Reversal Effectです。

このように、Matsuyama (2004)論文は、Bernanke-Gertler論文のFinancial acceleratorメカニズムに、Credit Reversal Effectを付け加えて、拡張した理論です。筆者は、Carlstrom-FuerstがBernanke-GertlerのOLGモデルを、一般的なDGEモデルに埋め込んだのと同じようなやり方で、MatsuyamaのOLGモデルを、一般的なDGEモデルに埋め込むことができるのではないか、と考えています。そのような一般化の1つの試みとして、筆者は、Carlstrom-Fuerstモデルを、次のように拡張したモデルを考え、数値計算でパフォーマンスをもとのモデルと比較しました(以下に述べるように、結果はあまり思わしくありませんでした)。

Carlstrom-Fuerstモデルでは、金融取引(金銭貸借)において、借り手の状態(事業の成功、失敗)を貸し手が観測するためにはコストがかかると仮定されています。そのモニタリングコストは、「最終財」がμ単位かかるとされています。そこで、拡張モデルでは、このモニタリングコストとして、「労働」がμ単位かかると仮定しました(最終財単位では、モニタリングコストはw_t*μとなる。ただしw_tは賃金率)。

マスターくん画像マスターくん:この仮定を入れた狙いはなんですか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:景気が拡大して、賃金率が上昇すると、モニタリングコストも上昇して、景気の拡大にブレーキがかかることになります。したがって、景気拡大がゆっくり伝播するだけでなく、ある段階で景気の反転が起きるのではないか、と期待したのです。この拡張で、Credit Reversal Effectを導入することになるのではないかと、期待したわけですね。ごく簡単な拡張なので、数値計算もオリジナルのCarlstrom-Fuerstを少し変更するだけで実施することができました。結果としては、期待したような景気の反転は起きず、その代わり、ショック(生産性上昇のショック)の伝播が、オリジナルのモデルよりも、さらに1期だけゆっくりになりました。つまり、数値計算の結果は、ほとんどオリジナルのモデルと変わらなかったのです。

この拡張モデルは、ちょっと安直だったかもしれませんが、Matsuyamaのモデルを、何らかの方法でDGEモデルに埋め込むことは、景気循環を記述するモデルとして新しいタイプを切り開くことになり、理論的な価値は高いと思われます。金融要因で景気循環を説明するメカニズムとしては、Credit Reversal Effectは、現実的な感じがします(かつて、景気循環論で議論されたX-inefficiency(注1)のロジックと非常に似ています)ので、そのような理論モデルを開発し、数値計算でシミュレーションを行うことは、景気循環に対する理解を深めることになるでしょう。今後の理論家の工夫が期待されます。

2007年8月20日
脚注
  1. ^ X-inefficiency論とは、景気が拡大すると、見た目は収益性が高そうに見えて、内実は非効率なプロジェクトが実施されるようになり、徐々に経済の生産性が下がっていく、というもの。景気拡大の自然な結果として、景気の後退が内生的に始まる、という議論になっている。Credit Reversal Effectときわめてよく似た理論であることが分かる。

2007年8月20日掲載

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