IoT, AI等デジタル化の経済学

第198回「ドイツの強い競争力を持つ「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」:イグス株式会社(ドイツ本社:igus SE & Co. KG)の成功物語(その2) - 日本の中小企業の経営者および産業振興支援者に対するドイツからの示唆 - 」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

3 会社の歴史

創業者のグンター・ブラーゼは、ケルンでプラステイック工場の工場長をしていたが、金属に代わる材料としてプラステイックの可能性を見いだし、会社を辞めて独立することを決意した。

1964年、税務コンサルタントをしていた妻マーガレットのサポートを得てドイツ・ケルン市内の車庫を借り、小さな射出成型機1台を置いてビジネスをスタートした。社名のigus(イグス)は、ドイツ語の“Industrie”(工業・産業) と“Spritzguss”(射出成形) を組み合わせたものである。

職人気質だったグンター・ブラーゼは、創業後20年間は、受託加工を中心に樹脂部品メーカーとして着実に事業を拡大した。

創業当初、グンター・ブラーゼは「最も難しい部品をお任せください。解決してみせます」という言葉で、ドイツの自動車部品メーカーPierburg社から最初の案件を獲得した。最も難易度の高い部品は、自動車用キャブレター用のバルブに使用するプラグ(バルブコーン)だった。金属製プラグは摩耗が激しく、同社は悩んでいた。

グンター・ブラーゼは、「お任せください」と引き受け、ガレージで研究を積み重ね、ついにこれをプラステイックで実現した。この開発は、イグス社の主力3製品のうちの「樹脂製すべり軸受」につながる技術的な原点になった。「最も難しい部品をお任せください。解決してみせます」との考え方はその後の会社の方針となった。

図1 グンター・ブラーゼと自動車部品メーカーPierburg社に納入した最も難易度の高い自動車用キャブレター用のバルブに使用するプラグ(バルブコーン)
図1 グンター・ブラーゼと自動車部品メーカーPierburg社に納入した最も難易度の高い自動車用キャブレター用のバルブに使用するプラグ(バルブコーン)
出所)イグス株式会社

1971年、イグス社の3大主力商品の1つ、樹脂製ケーブル保護管「エナジーチェーン」を開発した。それは世界に先駆けたポリマー製ケーブル保護管であった。当時、ケーブル保護管は金属製が主流であり、繊維機械メーカーのシュラフォースト(Schlafhorst)社は、過酷な環境下かつ長いストロークでケーブルを保護する方法を模索していた。その仕事を受注したイグス社は、 機械設計者と協力して20型が作られ、現在のイグス社の主力製品である樹脂製ケーブル保護管「エナジーチェーン」が開発された。

図2 イグス社の3大主力商品の1つ、樹脂製ケーブル保護管「エナジーチェーン」
図2 イグス社の3大主力商品の1つ、樹脂製ケーブル保護管「エナジーチェーン」
出所)イグス株式会社

1989年、同社の3大主力商品の1つである可動ケーブル「チェーンフレックス」が登場し、最初の自社ケーブル「チェーンフレックスCF1」を開発した。上述した「エナジーチェーン」が拡大する中、グンターの息子フランク・ブラーゼは、顧客が実は性能の低いケーブルがコークスクリューや断線の問題を何度も経験していることを確認した。それならば、ケーブル保護管だけでなく、可動部向けのケーブルも同時に開発しようということとなり、ケーブルとケーブル保護管をセットで販売することとなった。

図3 同社の3大主力商品の1つ、 可動ケーブル「チェーンフレックス」
図3 同社の3大主力商品の1つ、 可動ケーブル「チェーンフレックス」
出所)イグス株式会社

1983年にフランク・ブラーゼが、米国のビジネススクールを卒業後、入社(バイスプレジデント兼CEOとして)、樹脂のケーブル保護管「エナジーチェーン」と射出成形のポリマー製ベアリング「イグリデュール」を二大製品グループとして確立し、CEO自身が世界中を飛び回って営業の最前線に立ち、顧客の声に直接耳を傾けるという手法で、グローバル展開をスタートした。この辺りから売り上げが急拡大しはじめた。

フランク・ブラーゼCEOは、スーツケースの中に紙芝居を持ち歩き、客にわかりやすくプレゼンしてみせた。今で言うPPTの原型である。CEOは「セールスは面白くなければならない」と言い、セールスとエンターテインメントをかけて「セールステインメント」と呼んでいた。

1994年、ケルンのPorz-Lindに本社を移転した。イグスは全ての事業で成長し続けたため、より大きな工場が必要になった。新社屋はイギリスの著名な建築家ニコラス・グリムショウによるもの。黄色の柱が目を引く開放的でフレキシブルな明るく珍しい建築物となっている。Porz-Lindにある社屋は4度の増築を重ね、現在も拡張を続けている。

1977 ベルギッシュ・グラートバッハに移転
1985 米国子会社設立
1994 現在の土地に移転
2012 工場拡張

図4 ケルンのPorz-Lindにあるイグスの拠点
図4 ケルンのPorz-Lindにあるイグスの拠点
出所)イグス株式会社

また、イグス社は、総面積5,500㎡という広さの業界最大規模の試験施設を有している。 事業分野ごとに独自の試験施設を保有し、試験回数15,000件以上/年を実施している。

エナジーチェーン&チェーンフレックス:約4,000件、ドライテック:約11,000件、 エナジーチェーンのサイクル数:100億回、ケーブル:3,500本、 お客様仕様の試験:1,000件、 並行実施試験:最大800件 などである。

同業他社でも試験施設を持つ企業はあるが、イグスは業界最大規模の試験設備を有し、その試験データをオンラインツールとして誰でも見られるようにしている。ユーザーが製品寿命や性能を自ら確認できる仕組みを提供している点に、同社が顧客の信頼を勝ち得る仕組みがある。同社の製品は価格面だけを見ると他社製品より高くなる場合もあるが、故障が許されない重要な箇所では採用されることが多い。一度、イグス社製を採用すると、その後も継続して採用するケースが多いという。これは、同社製品が高い耐久性と信頼性を備え、実際の使用環境において故障が少ないことが理由の一つと考えられる。

イグス社はほとんどの製品に対し、寿命計算に基づく最長4年間保証を提供している。製品価格だけでなく、耐久性やメンテナンスコストを含めたライフサイクルコストで考えると、トータルでは経済的であると推察される。

図5 イグス社の総面積5,500㎡という業界最大規模の試験施設
図5 イグス社の総面積5,500㎡という業界最大規模の試験施設
出所)イグス株式会社

日本へは商社(株式会社キャプテンインダストリーズ)を経由して1986年に製品が紹介され、1990年にイグス株式会社の前身の合弁会社が設立。2012年に「隠れたチャンピオン」に認定。2025年時点で世界37カ国に拠点を展開。2025年にフランク・ブラーゼがCEOから取締役会議長に就いたと同時に、法人形態をGmbHからSE & Co. KGに変更した。

(次稿に続く)

2026年5月22日掲載