IoT, AI等デジタル化の経済学

第197回「ドイツの強い競争力を持つ「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」:イグス株式会社(ドイツ本社:igus SE & Co. KG)の成功物語(その1) - 日本の中小企業の経営者および産業振興支援者に対するドイツからの示唆 - 」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 はじめに

ドイツの強い競争力を持つ「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」という名前は日本において最近約10年の間に急速に有名になった。それとともに、産業界の間に一種のドイツブームも起きた。だが実際に、ドイツの「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」に直接取材し、生の声を聞いた日本人はほとんどいない。なぜなら彼らは忙しく、単に話だけを聞いて帰り、その後のビジネスにつながらないような面会には基本的に応じないからだ。特に、ドイツブーム以降、多くの日本人がドイツを訪問した結果、日本人は物見見物だけで帰ることがドイツ人の間に広まってしまった。

そうした中で、今般、「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」の1社であるイグス日本法人(イグス株式会社)から詳細な話を聞く機会を得た。私はこの縁に深く感謝し、取材のために多大なる時間を割いていただいたイグス株式会社柘原さんに心からお礼を言いたい。

取材の結果は、「素晴らしい成功物語」の一言に尽きる。と同時に、なぜ日本でこのような成功物語が生まれないのだろうか、とも感じた。

日本の中小企業の経営者の皆様、そして産業振興を支援されている皆様方、ドイツの「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」とは一体どういう企業なのか、日本とどこがどう違うのか、ぜひとも本稿を読まれ、日本で1社でもこのような成功物語が生まれることを心から祈っている。

表1 隠れたチャンピオンの国別数
表1 隠れたチャンピオンの国別数
出典) Hermann Simon (2022), Hidden Champions and the Development of Regions,
April 2022 IAR Journal of Business Management 3(02):1-5,
DOI:10.47310/iarjbm.2022.v03i02.001
License CC BY-NC-ND 4.0

2 会社の概要

(1)会社概要
会社名:igus SE & Co. KG(イグス)
設立:1964年10月15日、ケルンで創業(家族経営企業)
株式は全てブラーゼ家所有(公開していない)
創業者:グンター・ブラーゼ(Günter Blase)(図1)
本社:ノルトライン=ヴェストファーレン州ケルン
会長:フランク・ブラーゼ(Frank Blase)
CEO:Tobias Vogel, Artur Peplinski, Michael Blass and Dr Thilo Schultes
事業内容:モーションプラスチック(可動部向け高機能プラスチック部品)の
製造・販売
主力製品:ケーブル保護管「エナジーチェーン」、可動ケーブル「チェーンフレックス」、樹脂ベアリング「イグリデュール」ほか
世界37カ国に拠点、50の販売代理店で80カ国以上で事業を展開 生産拠点はドイツ、米国、中国にある(2025年時点)
年間売上高 11億500万ユーロ(2024年) =約2,000億円(1€=180円)
従業員数 5,215人

図1 創業者 グンター・ブラーゼ夫妻
図1 創業者 グンター・ブラーゼ夫妻
出所)イグス株式会社
*ケルンのプラステイック会社で工場長として働き、金属に代わる材料としてのプラステイックの可能性に早くから着目していた。特に、射出成形が産業の効率化の鍵になると考え、工場長を辞め、経理コンサルタントをしていた妻と一緒に創業した。その後イグスは、摩耗に強く潤滑を必要としない高機能プラステイックを開発し、「モーションプラスチック」という分野を確立した。

(2)主な製品・事業の概要
さまざまな産業機械や製品の可動部分に使われるエンジニアリングプラスチックの素材開発、射出・成形技術をベースにした製品の製造販売。
コア技術:「モーションプラスチック」と称される、高性能自己潤滑ポリマー製品。
主な特長:無潤滑で長寿命、軽量かつメンテナンス不要。
主力製品:
・ケーブル保護管「エナジーチェーン」
・可動ケーブル「チェーンフレックス」
・樹脂ベアリング「イグリデュール」、リニアガイド「ドライリン」
近年は、プラステイックでできたシンプルで低コストのロボット・ロボット部品によって工程全体または一部を自動化し、効果的に生産性を向上させる「ローコストオートメーション(LCA)」製品、3Dプリント製品、インダストリー4.0向けの予知保全システム・スマートプラスチックなど、さまざまな製品を開発し事業ポートフォリオを拡大。​
最近は、ほぼ完全プラステイックの自転車を開発。軽量で耐食性があり、潤滑不要で長寿命といったエンジニアリングプラステイックの特性を生かし、金属より優れた性能を発揮できる用途の拡大を進めている。金属が一般的に使われてきた部品でも、高性能プラステイックによって置き換えが可能な領域が広いという考えのもと、自動車分野を含む多様な用途で樹脂化を推進している。

図2 自動車に使われているプラステイック部品(上)
ほぼ全てプラステイックでできている自転車(下)
図2 自動車に使われているプラステイック部品(上)ほぼ全てプラステイックでできている自転車(下)
出所)イグス株式会社

(3)従業員数の時間的推移
1964年 夫婦2人で創業
1985年 約40名
2011年 約1,350名
2015年 約2,700名
2018年 約3,500名
2023年 約4,600名
2024年 約5,215名

図3 従業員数の時間的推移
図3 従業員数の時間的推移
出所)イグス株式会社

(4)売上高の時間的推移
1983年 140万ユーロ
2005年 2億100万ユーロ
2010年 3億1,000万ユーロ
2015年 5億5,200万ユーロ
2020年 7億2,700万ユーロ
2021年 9億6,100万ユーロ
2022年 11億5,500万ユーロ
2023年 11億3,600万ユーロ
2024年 11億500万ユーロ

図4 売上高の時間的推移
図4 売上高の時間的推移
出所)イグス株式会社

(5)世界への進出状況の時間的推移
創業者は職人気質だったので、委託加工を約20年間続けていたが、米国のビジネススクールで学んだ息子がCEOとして後を継ぐと、米国への進出を皮切りにグローバル展開が開始された。日本へは1986年にイグス製品が初めて紹介された。当時、金属製のケーブル保護管を扱っていた商社が、欧州の展示会でイグスの樹脂製ケーブル保護管を見つけた。日本では工作機械分野を中心に採用が進んだ結果、ケーブル保護管では国内トップシェアにまで成長した。

1985年:igus, inc.設立(米国)
1986年:株式会社キャプテンインダストリーズがイグス製品を日本に紹介
1990年:イグス・ジャパン(キャプテンインダストリーズとの合弁会社)設立
1991年:igus UK設立(英国)
1993年:igus S.r.l.設立(イタリア)
1997年:igus Singapore Pte Ltd設立(シンガポール)、東南アジア市場への本格進出。
1999年:igus India設立(インド)
1999年:igus (Shanghai) Motion Plastics Co., Ltd(中国)設立(現在では最大の海外拠点)
2003年:イグス株式会社(igus GmbH全額出資の子会社)設立(日本)
2008年:igus Malaysia Sdn Bhd設立(マレーシア)
2013年:タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンに現地法人を設立し、東南アジアでの展開を加速
2019年:上海の生産・物流体制を拡充

図5 全世界での展開状況(2025年時点)
図5 全世界での展開状況(2025年時点)
出所)イグス株式会社
*全拠点数は37カ国に直営拠点、販売代理店50を含めると80カ国以上で製品を販売。生産拠点はドイツ、米国、中国にある。

(次稿に続く)

2026年5月11日掲載