IoT, AI等デジタル化の経済学

第194回「中小製造企業の導入に適したDX(3)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

4 製品・サービスの販売

従来の製造業のビジネスは、消費ニーズの平均値の製品を大量に生産し、大量に販売することにより、利益を確保してきた。

だが、高速、大容量、安価、小型、を可能にするデジタル技術が発展すると、個々人の細かいニーズに合致したカスタマイズ製品・サービスを生産販売しても十分利益が確保できるようになってきた。

個々人のアプリやSNSなどの操作情報や入力情報に基づき、その個人のニーズや好みをAIが読み取り、その個人のニーズに合ったカスタマイズ製品・サービスを生産販売することが技術的に可能になってきたからだ。

現在、いくつかのネットビジネスで同様のことが行われているが、それが、もっと大規模で、さらにきめ細かく、全ての製品と全ての人間に対して行うことが可能になる。

図1に、そのイメージを示している。人間のニーズは、多く集まれば、ほぼ正規分布をしていると思われるため、正規分布を描いた。従来は、正規分布のほぼ中央値が人間のニーズが最も多く集まる領域なので、企業はそのニーズに合った製品を生産販売し、利益を確保してきた。

中央値から外れる周辺値のニーズを持っている個人は、企業にとって利益が出ない領域であるため、企業の生産販売の対象外であった。個人は、自分の欲しいニーズを犠牲にして、世の中に生産販売されている製品を、あまり好みではないが、仕方なく購入していた。

だが、デジタル技術の進歩により、従来、落ちていた周辺領域のニーズも、企業の生産販売の対象とすることが可能になり、個人にとっても自分のニーズに合致する製品を購入することが可能になる。

図1 デジタル技術の発展により従来落ちていた周辺領域のニーズにも対応可能
図1 デジタル技術の発展により従来落ちていた周辺領域のニーズにも対応可能

5 製品・サービスへのデジタル技術の実装化

顧客に提供する製品・サービスにデジタル技術を実装化することで、新たな付加価値を付け加え、それを「売り」として他社製品と差別化し、利益を得ることが可能になる。

2013年にドイツが発表したインダストリー4.0(industrie4.0)構想は大きく2本の柱から成っていた。その第一は、本稿「2 工場の生産現場」(第192回「中小製造企業の導入に適したDX(1)」)に記した生産ラインへのデジタル技術の実装化であり、第二は、本項に提示する「製品・サービスへのデジタル技術の実装化」であった。本項目は、ものづくりの国、ドイツにおいても国を挙げ、力を入れて推進されている。

いくつか日本企業の例を挙げよう。いずれも有名な事例である。

重機の中のチップから取り出した電気信号を、衛星に飛ばして、重機の稼働状況を把握する。故障する直前にサービス員がかけつけることで、止まらない重機が実現する。例えば山中や砂漠の露天掘りなどで、重機が故障して動かなくなると、その損害額は巨額にのぼる。本稿「2」に記した生産ラインへのデジタル技術の実装化でもそうだったが、「故障しない機械、止まらない機械、機械の稼働率を上げること」に対する世の中のニーズは大きい。その分、損害額が抑えられるからだ。そのニーズを捉えたデジタル技術の実装化である。以下の2つの事例も同様である。

工作機械の中の各箇所にセンサーが埋め込まれ、工作機械の稼働状況を把握し、例えば、治具が摩耗し機械が停止する直前に、サービス員が来て部品を交換することで、止まらない工作機械が実現する。

日立製作所は欧州で生産販売する鉄道車両の各箇所にセンサーを埋め込み、車両の稼働状況を把握し、例えば、部品が摩耗したり、部品が壊れる直前に、サービス員が来て部品を交換することで止まらない車両が実現されている。欧州では、時刻表どおりに鉄道が運行されないのが当たり前だが、日立製作所は、時刻通り運航する鉄道車両をアピールして欧州市場に新規参入した。日立製作所の鉄道事業の売上高は、2024年度1.2兆円となり、2030年2兆円を目指しており、今や日立を支える大きな柱に育った。

世界の鉄道市場を見ると、「ビッグスリー」と呼ばれるドイツのシーメンス、フランスのアルストム、カナダのボンバルディアの3社が、中国を除く世界の鉄道市場を牛耳っていた。ビッグスリー各社の鉄道事業の売り上げは8000億〜9000億円に達し、日本国内市場のみを対象にしていた日立とは2倍以上の開きがあった。

だが日本国内の鉄道車両事業が縮小する中で、日立は欧州市場に新たに参入していった。日立は、鉄道車両の各所にセンサーを付け、故障前にAIが感知することで、修理し、部品を取り換えることで、故障しない鉄道車両を実現した。

欧州の鉄道は距離が長く、時刻通りには運航しないことが常識だったが、日立は「時刻通りに運行する鉄道」を掲げて欧州市場に新規参入し、2011年、英の鉄道車両事業を初めて受注した。これは欧州市場で初の受注であり、事業規模は45億ポンド(約6千億円)であった。その後、日立は初の海外車両工場を2013年にも英北東部のダラムに立ち上げ、順調に売り上げを伸ばし、わずか約10年で、ビッグスリーを越えた。

日立の欧州における鉄道事業の快進撃が、「製品・サービスへのデジタル技術の実装化」をすることで、「止まらない機械、壊れない機械」を実現することに対する世の中のニーズがいかに大きいか、ご理解いただけよう。

(次回に続く)

2026年3月11日掲載

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