1 はじめに
私がドイツの現地調査を始めたきっかけから説明したい。2009年、ギリシア危機が発生したとき、日本のメディアはギリシアの厳しい国家財政や国内経済ばかりを報じていて、ギリシアに財政支援しようとしていたドイツには何も焦点が当たっていなかった。だが私は、ギリシアという一国に財政支援できるほど、国の財政に余裕があるドイツとは一体、どんな国なのだろうか。当時、「独り勝ち」のドイツと言われていたが、「日本の2/3サイズの国」が、どうしてそんな豊富な資金力を持つのだろうか? 不思議で仕方なかった。当時、日本はバブル崩壊後景気が低迷し、「失われた15年」と言われていた。
ドイツ経済の強さの秘密を解明し、その秘訣(ひけつ)を日本に導入することができれば、日本経済の低迷は終わらせることができるのではないか、と考えた。
日本経済の低迷の要因について多くの専門家が多くの指摘をしている。恐らくそのどれも正しいだろう。だが、その中で最も強い影響を及ぼしてる要因はどれだろうか? それがなかなかわからないから、手の打ちようがない状態になっている。私は、日本経済をドイツ経済と比較することにより、日本経済の低迷の要因のうち、優先度の高いものを明らかにできると考えた。すなわち日本との比較対象があると、その比較対象から大きくずれた点が、最も大きな要因であると考えられるからである。
その頃、来日したドイツ・ザクセン州政府経済省および経済振興公社の人々と食事する機会があった。私は彼らに自分の疑問を投げてみた。すると、彼らは口々に、「それはドイツに『隠れたチャンピオン(Hidden Champion)』がいるからだ」と言う。
彼らは「ドイツは中小企業の国だ」と言う。中小企業は国の経済の屋台骨を支えるという意味を込めて、「ミッテルシュタント(Mittelstand=経済の中心(ミッテル)に立って(シュタント)支える)」と呼ばれていると言う。
中小企業が国の経済を支えているという話に、彼らは嘘を言っているのではないか、と思った。日本では、中小企業が強い競争力を持つなどという話は聞いたことがない。強くないから中小企業なのだと私も考えていた。だが彼らはドイツの中小企業は、大企業を凌ぐ強さを持つという。
そこで自分で実際にドイツに行って、自分の目と耳で確かめてみようと思った。2009年からほぼ毎年、ドイツに現地調査に出かけた。ドイツ現地調査は、「目から鱗(うろこ)」と呼ぶにふさわしい旅だった。彼らの話は正しかった。
ドイツは、製造業を主力産業とし、人口減少・少子高齢化が日本以上に進行している。1989年に東西ドイツが統一し、西独に比べて生産性が約1/3の東独2千万人を抱え込み、1/10の東独マルクを西独マルクに等価交換。景気が大きく落ち込み、「欧州の病人(Sick man of Europe)」と呼ばれた。だが今やユーロ圏で最強の経済力、「欧州経済のエンジン」「独り勝ちのドイツ」と呼ばれるまでに経済再生に成功。
その過程で競争力の強い中小企業「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」が経済発展の中心的役割を担い、大企業を凌ぐパフォーマンスを発揮した。
ドイツは日本と同様、企業数の99.7%が中小企業であり、自らを「中小企業の国」と呼ぶ。中小企業は国の経済の屋台骨を支えるという意味を込めて「ミッテルシュタント(Mittelstand=(経済の)中心に立って支える)」と呼ばれている。
欧州への移民問題や欧州の一部の国の債務問題などを見ればわかるように、今やドイツの財政力なくして欧州は存続しえないと言っても過言ではない。
2 調査の結論
(1)結論
調査の結論から先に述べると、「隠れたチャンピオン」は、ドイツ人の真面目で愚直な性格で、当たり前のことにコツコツと取り組み、当たり前の結果が出ているに過ぎない。野球と同じく基本に忠実な者が勝っている、という極めて当たり前の事実であった。「成功に奇策はない」とよく言われるが、まさにそのとおりである。
日本と比較したドイツの特徴的な違いは、ドイツ人はお金を稼ぐことに素直に愚直に努力していることが挙げられる。お金を稼ぐことが最重要であると理解しているからだ。また、地方政府等による企業活動の「お金を稼ぐ工程」に対する「直接的」な支援が手厚い。
「お金を稼ぐ工程」に対する「直接的」な支援というのは、以下のとおりである。
前工程(製品の企画・開発)としては、高いお金を払っても買いたい・欲しいと思う商品の開発に対して、産業クラスターによる共同開発支援、フラウンホーファー研究機構や工科大学等による受託開発の支援がある。
中工程(製品の製造)としては、ドイツ人がインダストリー4.0と呼んでいる生産ラインへのデジタル技術の導入による製造の効率化がある。
後工程(製品の販路開拓)としては、地方政府経済振興公社、商工会議所等による海外販路開拓に対する手厚い支援がある。
(2)日本と比較したドイツの代表的な特徴
ドイツは社長自身が高い意識を持っている。自称アントレプレナーである。一方、日本の社長の意識は相対的に低く、視野が狭い。その違いは、ドイツ人には、かつて世界中に進出して植民地を作ったDNAが残っているとしか言いようがない。持っている意識がボーダーレスであり、国内だけで商売をしようという感覚がない。最初から世界全体の市場を相手に商売しようと考えている。東京在住の日本人が北海道や九州に出張するのとほぼ同じ感覚で日本に出張する。
ドイツ人は、お金を稼ぐことに素直・愚直に努力し、人が欲しがるものを作って高く売ることを考えている。そして確実に利益を出して賃金、雇用、投資等に回し、地域の雇用を守ろうと考えている。地域経済の発展に貢献しよう、との意識が高い。また確実に利益を出すことで、残業しないでさっさと家に帰って家族団欒を大切にし、また夏やクリスマスには1カ月近い休暇をとるなど家族との生活を大切にしようとの意識も高い。
製造業が国を支える基盤産業との国民的合意がある。そのため、教育システムや人材育成が全て製造業のために制度設計されている。
労働組合も製造業を支えているのは自分たちであるとの強いプライドがある。昔のギルド(ツンフト)の伝統を今にも継承し、強大な政治力を持つ半面、責任感も強い。国家称号マイスターは社会的に高い地位があり、人々から尊敬されている。大企業の社長をも凌ぐ収入を得る人もいる。
ドイツの地方政府は、産業インフラ全般を整備する。投資することで将来にわたって産業を発展させ、雇用を創出し、利益を生み出す分野に投資する。一過性で使い切ってしまうような分野にはほとんど投資しない。また地方政府は、工場を誘致した後、企業の利益活動に対する「直接的な」手厚い支援を実施している。彼らは、経済的な豊かさこそが優秀な若者や若い女性を引き付けて、定住し、子供を生んでくれると考えているので、経済的に生活が豊かな地方都市を目指している。
お金があれば、教育、福祉、なんでもできる、何かをやるためにはまず稼ぐことが必要、との考えである。日本の政治家は、お金はどこからか降ってくると思っているのか、お金の使い方を競うが、ドイツの政治家はお金の稼ぎ方を競う。すなわち、ドイツでは日本のような地方から若者・若い女性が都会に逃げ出すという現象がない。
(3)ドイツと比較した日本の代表的な特徴
日本人は、いいものを作って安く売ることに努力している。とても響きがいいが、すなわち、それは別な言い方をすれば、薄利多売、大量生産・大量販売であり、さらにそれが高じれば、利益無視のシェア獲得競争になる。日本人経営者は、取引先だけを見ていて、地域にほとんど関心がない。薄利多売、大量生産・大量販売というのは、一生懸命働いても、利益はわずかしか得られないことを意味する。
ドイツの特徴を代表する典型的な商品は、BMW、ベンツ、ポルシェ等の高級車である。価格は高いが、誰しも高いお金を払ってでも買いたいと思う。一方、日本の特徴を代表する典型的な商品は、軽自動車である。軽自動車は、ドイツにはない。いいものを安く、という薄利多売の商売を象徴する日本的な商品である。
日本の地方政府は、従来ながらの補助金政策と3セット(座学、相談、交流)であり、お金を稼ぐ工程に対する「直接的」な支援はほとんどない。3セット(座学、相談、交流)が日本の地方政府による典型的な産業振興策であるが、その結果、「隠れたチャンピオン」のような強力な競争力を持った企業が育ったという話は聞いたことがない。雇用創出や賃金増に結び付くのは、「付加価値」であり、付加価値を作るのは企業の活動である。筆者は、3セット(座学、相談、交流)がいかにして企業の付加価値に結び付くのか、合理的な説明を聞いたことがない。
日本の地方政府は、地元の企業がお金を稼ぐことに対し、どのように貢献していいかわからない。日本の地方政府は工場団地を作るのみであり、工場を誘致したら、それっきりというところが多い。
(4)ドイツ人の37%しかない日本人の生産性
内閣府が2024年2月に発表した各国の名目GDPでは、日本はドイツに追い抜かれた。かつて日本は米国に次ぐ世界第2位の経済大国だったが、2010年に中国に抜かれ、2024年にドイツに抜かれ、第4位になった。(日本人の生産性(1人1時間当たり)はドイツ人の37%)
円安の影響により、ドル換算で日本のGDPが低く出たことも影響しているが、人口と企業数と1人当たり年間労働時間が日本の2/3しかないドイツに抜かれたことは、円安の影響などで説明できないもっと本質的な問題がある。
IMF(国際通貨基金)の予測では、2026年にはインドにも名目GDPで抜かれて、世界5位に後退するとされている。(図表1)
「日本人の働き方がおかしい」というのがドイツ現地調査の結論でもある。ドイツは日本に比べて、人口が2/3 、企業数が2/3 、1人当たり年間労働時間が2/3しかない(「日本の2/3サイズの国」と呼ばれている)。そのため、ドイツ人の1人1時間当たり労働生産性は日本人の2.67倍である。
人口2/3×労働時間2/3=総労働投入量4/9=44%
4.28÷5.01=0.85 (図表1から)
0.44×0.85=0.374
1÷0.374=2.67
ドイツはキリスト教圏であるため、日曜日、商店街は全て休みである。365日のうち、1/7は経済活動を完全に休止している。平日は残業しないでさっさと家に帰り、戸外のレストランでながながとおしゃべりに興じている。夏の休暇やクリスマス休暇は1カ月とる。ドイツに赴任した日本人は、「ドイツ人は働かない」とよく言うが、その日本人の認識は、数字が示すとおり、正しい。夏休みはせいぜい1週間、平日遅くまで残業し、週末でも、めいっぱい経済活動している日本は、ドイツに大きく引き離され、ドイツ人の37%しか稼いでいない。
これはもう「日本人の働き方がおかしい」としか言いようがない。
(次回に続く)