IoT, AI等デジタル化の経済学

第174回「低迷するドイツ経済は今後どうなるのか」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 再び「欧州の病人」か

「独り勝ちのドイツ」、「欧州経済のエンジン」とまで呼ばれたドイツ経済が最近低迷している。2023年の実質GDPはマイナス0.26%、2024年の実質GDPもマイナスになると予想されている(2023年の名目GDPは+6.5%だがインフレ率が高く、実質GDPはマイナスとなった)。2年連続で実質GDPがマイナスとなるのは、ドイツがかつて「欧州の病人」と呼ばれた東西ドイツ統一以来である。

さらに、自動車メーカー「フォルクスワーゲン」が工場閉鎖を検討しているとのニュースが流れている。2024年7-9月期の営業利益が対前年比マイナス4割となったとのこと。もし本当に閉鎖されれば同社が1937年に操業して以来初めてとなる。

こうした状況から、一部からは「欧州の病人」の再来か、という声さえ聞こえている。

2023年に名目GDPが+6.5%となった結果、日本を追い抜いて世界経済大国第3位となったドイツが、いきなり苦境に直面している。ドイツは一体どうしたのだろうか。

2 ドイツ経済の苦境の背景

図1:ドイツの失業者数、雇用者数の推移
図1:ドイツの失業者数、雇用者数の推移
出所)ドイツ連邦統計局
出典)土田 陽介(2024),過去10年で最多となる見込みの失業者数と働かなくなったドイツ人,土田陽介のユーラシアモニター,2024.5.9
図2:ドイツの雇用者数、雇用者あたりの労働時間、労働投入量の推移
図2:ドイツの雇用者数、雇用者あたりの労働時間、労働投入量の推移
出所)ドイツ連邦統計局
出典)土田 陽介(2024),過去10年で最多となる見込みの失業者数と働かなくなったドイツ人,土田陽介のユーラシアモニター,2024.5.9

図1を見ると、ドイツ経済を取り巻く状況がよく分かる。2019年までドイツ経済は順調に発展し、失業者は順調に減少してきた。だが、コロナ感染の影響で、経済は悪化する。だが、コロナが収束した2022年頃から再び経済は上向きになってきた。そうしたところに、ウクライナ戦争が勃発し、一種の戦時下経済となり、再び苦境に陥った。

第一の苦境の要因は、ロシアからパイプラインで輸入している天然ガスの価格高騰である。
図3を見ればわかるように、ドイツで使用する第一次エネルギーの約1/4はロシアからの天然ガス輸入である。ここを絞られて価格が高騰すると経済に及ぼす影響は大きい。

図3:ドイツの第一次エネルギー消費
図3:ドイツの第一次エネルギー消費
出典)Arbeitsgemeinschaft Energiebilanzen e.V "Stromerzeugung nach Energieträgern 1990 - 2023" (Stand Dezember 2023)

第二の苦境の要因は、インフレである。今ではインフレは世界的現象なので、何もドイツに限ったことではないが、やはり経済に与える影響は大きい。

図4:ドイツのインフレの推移
図4:ドイツのインフレの推移
出典)Jana Randow(2024),ドイツのインフレ率、予想以上に鈍化-ECBに早期利下げの余地,Bloomberg

第三の苦境の要因は、最低賃金がインフレ率を超える伸び率で上昇していることがあると言われている。

その結果、ドイツの経済を支える「製造業の輸出」が厳しい状況にある。ドイツからの輸出先は、主に、EU域内、米国、中国の3カ所向けが大部分である。米国向け輸出は好調だが、EU域内と中国向けが厳しい。

以上を総括すれば、中国の経済成長が鈍化しつつある影響で中国向け輸出が今後、従来ほど伸びなくなるのではないかという構造的な要因があるが、それ以外の要因は、ウクライナ戦争を原因とする循環的・一時的な要因であり、今後、戦争終結とともに、再び元の状態に戻ると予想される。

3 今後のドイツ経済の見通しは

これまで強いドイツ経済は、「製造業の輸出」、特に自動車輸出、隠れたチャンピオンによる輸出、の2つに支えられてきた。

今のドイツは一種の戦時下経済、すなわち
・ロシアからのガス輸入制限によるエネルギー制約
・戦争の影響による物価高
等により、ドイツ経済の基盤である「製造業の輸出」が低迷している状況にある。

では、今後、ドイツから海外生産へのシフトが本格的に展開されるのだろうか? 海外生産へのシフトとは、マイスターが作る「Made in Germany」 のブランドを捨て(=価格競争に突入することを意味)、強い労働組合を敵に回すことであり、どこまで海外生産にシフトできるか疑問である。

1989年にコストが安い旧東欧諸国へ工場移転が可能になったときもマスコミはドイツ企業の大々的な移転が始まると騒いだが、ほとんどの工場はドイツ国内に残った。約10年前、BMW訪問時、「中国人にBMWは作れない」(副社長)との言葉が印象的である。

1989年当時ドイツ統一時、旧東独を抱え込み「欧州の病人」と呼ばれるほど経済がガタガタになったが、十数年で急回復、さらに2009年、2020年もGDPはマイナスになり、マスコミはドイツ悲観論を展開した。だが長期で見ればドイツ経済は安定的に成長してきた。

ドイツのファンダメンタルズは何も変わっていない。

2025年1月23日掲載

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