IoT, AI等デジタル化の経済学

第171回「名目GDPで日本を抜いたドイツに、日本は何を学ぶべきか(5)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

5 DX・AIを組み込んだ「効率的なインダストリー4.0製造工場」

(1)「インダストリー(industrie)4.0」構想がドイツで出現してきた背景

インダストリー4.0構想は、製造業へのデジタル技術・人工知能技術の導入により、生産性・効率性を上げ、売り上げを増やし、利益を稼ぎ、ドイツ経済をさらに強くする、という構想である。ドイツ人が「インダストリー」というとき、それは製造業を意味する。

製造業には、間接部門のオフィスワークや製品の企画、開発、製造および販売など、さまざまなステージがあり、どの場面でもデジタル技術の導入は可能であるが、インダストリー4.0構想は、その中でも特に、製造工程へのデジタル技術・人工知能技術の導入により生産性を上げることが中心的な目的となっている。

ものづくりの製造現場である製造工程は、デジタル技術の導入、繊細な動きをするロボットやAIの導入などにより、さらなる省力化、効率化、自動化を図ることが可能になった。

例えば、材料のフィードの目詰まりが原因で稼働率が60%止まりであった機械が、デジタル技術を導入することで「見える化」が図られ、稼働率が80%になったとすれば、単純に考えれば、生産量が20%増え、売上高が20%増える。またどうしても人間でなければできなかった人間の感覚(視覚、聴覚、触覚等)に依存していた最終検査も人工知能の導入により、人間の体調や感情等によるバラツキなくほぼ100%の完璧さで実施できるようになった。さらに機械の奥深い場所にまで人間の手を伸ばさないと組み立てできないような難しい加工作業であっても、繊細なロボットがその部分に這い込んで作業をすることが可能になった。

以前、ある日本の自動車メーカーの製造責任者のトップ(役員)が話してくれたことがある。自分の工場は、熟練作業員が優秀で、世界的にもトップクラスのものづくりができていると自信を持っていた。だが、あるとき、ある途上国の自動車の工場を見る機会があった。そこで働いている作業員は、自社の作業員と比べれば、比較にならないほど技能が低い。だがその工場にはデジタル技術が実装されていた。結果、出来上がってくる自動車製品が、自社の自動車と何ら遜色のないものであるのを見て、大きなショックを受けた。これを見て、ぜひ自分の工場にもデジテル技術を実装しなければならないという確信を持った。

インダストリー4.0構想は、このようにデジタル技術をドイツ企業の製造工程に導入することで、ドイツ全体の生産工程の効率性・生産性を引き上げることを、国を挙げて実施することを提唱する構想である。

先述した産業クラスターが、製造工程の前工程と後工程に対する支援である一方、インダストリー4.0構想は、製造工程の中工程に対する支援である。このため、産業クラスターとインダストリー4.0構想の両施策により、ドイツのものづくりの全工程を国全体が全面的に支援する体制が整ったと言える。

ものづくりドイツが、さらに一層強力なものづくり国家に変身する環境が整った。そしてその結果、GDPが日本を追い越したのである。

過去30年間、何も変わらなかった日本とは大きな違いである。

日本では、世界における怒涛のようなデジタル化の潮流に無関心な企業が多い。ある地方都市において、「中小企業のデジタル化」について講演会を行ったとき、その後に開催された懇親会で、ある人は「この地域の企業は、デジタル・ブームが早く過ぎ去ってほしいと頭を低くして耐えている」とおっしゃった。また、ある地方自治体の幹部の方が、東京で聞いたデジタル化の話を地元に持ち帰って役所の中で話をしたところ、あの人は東京で変な話を吹き込まれた、誰かにだまされたのではないか、と言われたとのことだった。

(2)ドイツでの議論の流れ

1989年、ドイツは東西統一で生産性の低い東独を抱え込み、「欧州の病人」と呼ばれるほど経済がガタガタになった。だが、その後、ドイツ連邦政府によるマクロ改革である「シュレーダー改革」、地方政府によるミクロ改革である「産業クラスター政策」により、わずか約15年で「独り勝ちのドイツ」と呼ばれるまで経済再生に成功した。

だが、2010年頃になるとドイツでは、「シュレーダー改革」「産業クラスター改革」がすでに飽和状態に達し、生産性の伸びがほとんど見られなくなった。一方、好調な経済成長の成果配分を求める労働者の声を反映して賃金は上昇し、両者の乖離が顕著になった。メルケル首相の下で、全国統一の最低賃金制が導入されたのも、この頃である。そのため、ドイツ政府は、今後の経済発展の原動力となる成長戦略を必要としていた。

また、米国で出現しつつあったGAFAMなど新しいビジネスモデルに対抗しなければドイツ人は米国企業に搾取される可能性が出てきた。こうした状況に対応するため、ドイツ人は強い危機感の下でデジタル技術を用いた新しいビジネスモデルの議論を開始した。

この頃、ドイツを訪問した筆者は、多くの専門家から議論の動向を聞いた。皆が口々に言ったことは、「われわれは、米国人のような、ものづくりをしないで、データ処理をするだけで、あのようなビッグビジネスをすることはできない。われわれの競争力の基盤は、ものづくりにある。ものづくりの中に、どうやってデジタル技術を取り入れれば、強い競争力が実現するのか、それを議論している。」

ドイツ最大のソフトウェア会社サップ(SAP)社のカガーマン会長兼CEO(当時)がドイツ工学アカデミー会長(当時、現在評議会議長)に就任し、従来の持論であったインダストリー4.0構想を提唱、これに、シーメンス、ボッシュ、フラウンホーファー研究機構、アーヘンやミュンヘンなど主要工科大学、機械・電気・情報の業界団体などが賛同し、国家プロジェクトに採用され、2011年頃、ドイツ国内で議論がスタートした。

2013年4月、関係者が合意したいわゆるコンセプト・レポートと呼ばれる“Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE4.0, Final report of the Industrie4.0 Working Group, April 2013”が公表された。それが日本に伝わり、日本で大きな反響となった。

その後、ドイツは具体的な課題に取り組み始めたが、上記レポートで提言した全自動無人化工場は技術的にかなり難しいことが判明し、またドイツ最大の労働組合IGメタル(IG Metall;Industriegewerkschaft Metall金属労働組合)による雇用機会を守る活動が活発化したことから、全自動無人化工場という基本コンセプトは見直され、工場の製造現場のデジタル化による生産性の向上というコンセプトに修正された。

また、雇用に大きな影響を与えることが懸念され、インダストリー4.0と並行して「労働4.0(独:Arbeiten4.0、英:Work4.0)」プロジェクトが開始され、その成果として提言された「白書Work4.0」に基づき、リスキリングが国を挙げて実施されている。さらに中小製造企業にデジタル技術を導入する「ミッテルシュタンド4.0」プロジェクトも同時並行的に進められた。このように、インダストリー4.0と同時並行して多くのプロジェクトが実施された。

インダストリー4.0開始当初は、著名人、国、業界団体などがリードする形で進められてきたが。約10年を経て、今のドイツでは個々の企業が自主的に自社にとって最適なデジタル化を推進するようになっている。今や、誰かが先導すると言う形態ではなく、ドイツ全体でデジタル化に乗り遅れまいと製造現場へのデジタル技術の導入が進められている。

IGメタルは、初の女性副代表が就任し、インダストリー4.0を推進しなければドイツの競争力が失われるとして推進派に参加し、組合員の雇用を守るために積極的に発言した。

(3)中小製造業分野における日本とドイツのデジタル化進捗度合いの比較:日本の遅れを定量的に計測

ドイツ・ヘッセン州に立地するミッテルヘッセン工科大学(Technische Hochschule Mittelhessen)とアジア太平洋大学次世代事業構想センター(APU-NEXT)は、共同研究MOUを結び、約2年間にわたって共同調査を行い、日独企業に対してアンケート調査を行った。ドイツ側は、今回の共同調査を「デジジェイド(DigiJADE)プロジェクト」と呼んだ。(Digital JAPAN DEUCHEの略)。調査時期は、2022年12月~2023年1月である。

このプロジェクトに参加した主要メンバーは、日本側3人、ドイツ側2人である。

藤本武士(立命館アジア太平洋大学教授・立命館アジア太平洋大学次世代構想センター:APU-NEXTディレクター)
難波正憲(立命館アジア太平洋大学名誉教授・APU-NEXTメンバー)
岩本晃一(経済産業研究所リサーチアソシエイト・APU-NEXT客員メンバー)
Gerrit Sames, Dr., Professor(für allgemeine Betriebswirtschaftslehre mitam Fachbereich Wirtschaft an derTechnischen Hochschule Mittelhessen)
Tim Maibach, MA(wissenschaftlicher Mitarbeiter am Fachbereich Wirtschaft an der Technischen Hochschule Mittelhessen)

である。立命館アジア太平洋大学次世代事業構想センター(APU-NEXT)は、ドイツの隠れたチャンピオン(Hidden Champion)を研究している日本で唯一のセンターである。

調査対象は、日本の中小企業ではトップクラスとされる経済産業省選定200社のグローバルニッチトップ(GNT)企業と、ドイツの同大学の周辺に立地する通常の企業と比較調査した。

日独は、共通の調査票を使用した。まったくの同一質問項目48項目を用いて、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に関し、2年かけて測定した日本で初めての調査である。

今回の調査の特徴は、同じ調査票を用いて日独で共同調査を行うことにあった。これは両国にとって初の試みであり、本調査の結果を用いて日独比較を行うことで、双方のデジタル化の進展度合いの違いや特徴などが明らかになった。

図表:調査の概要
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図表:調査の概要
図表:今回の日独協働調査の調査指標
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図表:今回の日独協働調査の調査指標

ドイツ側は、ドイツにおいて日独参加のシンポジウムを開催し、また(Der Betriebswirt, January 2024)に論文を掲載し、われわれの成果が多くの専門家の目に触れることとなった。

日本側もまた、論文が掲載され、われわれが進めている「IoT, AIによる中堅・中小企業競争力強化研究会」に提供して議論が行われ、また経済産業研究所のHP上においても公開した。今後、日独双方は、さらに協力連携を深め、製造業のデジタル化の進展を目指して共同研究を進める予定である。調査結果は経済産業省にも提供された。今後のわが国の中小製造企業のデジタル 化を進める上での参考となるものと期待される。

われわれとしては、今回の調査を足掛かりとして、日本の製造業のデジタル化に、より一層の貢献をしてまいりたいと考えている。調査に協力していただいた皆様方には改めてお礼を述べるとともに、今後とも何とぞよろしくお願い申し上げたい。

本共同研究の起源は、約7年前にさかのぼる。「独り勝ちのドイツ」と呼ばれる強いドイツ経済の秘密を探っていた筆者は、「Hidden Champion(隠れたチャンピオン)」の現地調査のため、ある人の紹介でゲリット・ザーメス教授(Prof . Dr. Gerrit Sames)を訪問した。ゲリット・ザーメス教授は、ヘッセン州の首都ヴィーデスバーデン市内の広大な敷地に立地する美しいミッテルヘッセン工科大学(Technische Hochschule Mittelhessen)に、民間企業を辞めて大学に来られたばかりの方だった。

数年後の2020年秋、ゲリット・ザーメス教授の下で働く花本氏から、突然、メールをもらった。ゲリット・ザーメス教授が私のことを覚えていて、ドイツメンバーが訪日し、日独共同シンポジウムをしたいと言う。コロナ感染が発生し、2021年にオンライン会議になったが成功だった。シンポジウムの成功に気をよくしたゲリット・ザーメス教授から、今回の日独共同調査の提案があった。

今回の日独共同調査は、2年を要した。異なる国同士が共同で調査をするというのは、こんなに細かく難しい点がたくさんあるのか、という驚きである。

調査の意義としては、

第一 日独が同じ調査票を用いて調査を行った。そのため日独比較が可能になった。

第二 日本はデジタル化で世界に遅れていると言われてきたが、本当にそうなのか、遅れているのであればどこがどの程度遅れているのか、これまで何も根拠データがなかったが、今回初めて明らかになった。

第三 日本側は、GNT企業という競争力の高い中小企業を調査対象とした。結果、それでも、ドイツの一般的な企業よりもデジタル化が遅れていることが明白になった。日本は、何というデジタル化の遅れた国なのだろう。

第四に、ドイツは、製造業の製造現場にデジタル技術・人工知能技術を導入するインダストリー4.0(industrie4.0)を、国を挙げて推進していることもあり、今回の調査でもドイツ企業は、製造現場のデジタル化が日本企業と比べて最も進んでいる分野であることが分かった。

一方、日本企業がドイツに比べて最も進んでいるデジタル分野は、プラットフォーム分野であることが分かった。既存のシステムを購入してきて使っている企業が多いことが分かった。

図表:質問項目別の日独差の降順グラフ(調査結果その1)
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図表:質問項目別の日独差の降順グラフ(調査結果その1)
図表:参加企業別評価点合計の日独比較(調査結果その2)
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図表:参加企業別評価点合計の日独比較(調査結果その2)

今回の調査では、ドイツ側のリードと、ドイツ側の作業に負うところが大きかった。
ミッテルヘッセン工科大学経営学部のゲリット・ザーメス教授(現在、経営学部長)、経営学部長ニルス・マデーヤ教授(現在、副学長)、修士テイム・マイバッハ氏(現在、会社員)、コーディネーターのミエ・ハナモト(花本)氏、そして本研究に理解を示して研究資金を提供してくださったミッテルヘッセン工科大学学長をはじめとする関係の皆様方に感謝の意を示したい。

名簿を保有する経済産業省製造産業局のGNT担当の皆様方には、人事異動で交代しても継続してわれわれに協力していただいた。大変感謝する。

回答していただいた各GNT企業におかれては、ドイツ側が、回答率が50%近くもある、と驚いたくらい、こちらの趣旨に賛同していただき、大変忙しい中、調査に協力していただいた。多大なる感謝の意を表したい。

図表:今回の調査の意義・成果(まとめ)
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図表:今回の調査の意義・成果(まとめ)

2024年8月27日掲載

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