IoT, AI等デジタル化の経済学

第169回「名目GDPで日本を抜いたドイツに、日本は何を学ぶべきか(3)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

3 強いドイツを作る「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」とそれを育てた産業クラスター

(1)「独り勝ちのドイツ」を支える強い競争力を持った「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」

ドイツにおいて中小企業は国の経済の屋台骨を支えるという意味を込めて「ミッテルシュタンド(Mittelstand)」と呼ばれており、そのドイツの中小企業の特徴は、①外国指向が強い「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」が1307社と圧倒的に多いこと(日本は200社)、②それが大都市に集中せずに全国各地に点在していること、③そのROA(総資産利益率)が大きいこと、④Family owned company (家族経営、同族経営)が95%と多いこと(日本は88%)、である。

注)隠れたチャンピオン(Hidden Champion)の定義;
1 世界市場で3位以内に入るか、各大陸市場で1位。市場の地位は一般的に市場シェ アで決まる.
2 売上高が40億ドル以下
3 世間からの注目度が低い
出典)ハーマン・サイモン(Dr. Hermann SIMON) サイモン・クチャー&パートナース会長、「21世紀の隠れたチャンピオン」 2012.08.08

ドイツでは中小企業の所有と経営の分離が行われているケースが多く、家族が企業を所有した状態で、有能な若者が会社のトップとして雇われ、高給とストックオプションを得て腕を振るうことが多い、とよく聞いた。上記の「④Family owned company (家族経営、同族経営)が95%と多い」との特徴は、それを示している。中小企業を所有する家族が代々経営を引き継ぐという、所有と経営が一致している形態を日本ではよく見かけるが、そうした形態とはかなり違うようだ。

筆者がドイツで視察した企業の中に、元社長の息子の出来があまりよくないために、息子は営業部長となり、優秀な社長が外から雇われて辣腕を振るっている会社があった。会社の業績は極めて好調で、元社長も、従業員も極めて満足していた。この光景を見て、日本人とドイツ人は自分の会社の愛し方が違うのだと思った。

日本の中小企業の多くは大企業の系列下であるため(中小企業の約3/4が系列下にあると言われている)、ROAは低いが、ドイツには系列がなく、中小企業は高付加価値商品を販売可能なため、ROAが高いとされている。ドイツ企業は、「人が欲しがるものを作って高く売れ」、日本企業は、「いいものを安く」という経営方針であると先述したが、それが中小企業にも反映している。

また、吉村研究員(三菱総合研究所)はドイツの隠れたチャンピオンの輸出に関し、以下のように分析を行った。

隠れたチャンピオン企業1,307社の売上高の平均は約400億円、売上高合計が50兆円超ほど。輸出比率は6割以上と推定される。すると、輸出額の合計は約30兆円程度であり、これは日本の自動車・同部品の輸出額(14兆円)の約2倍に相当する。ドイツの隠れたチャンピオンが、いかに多くの輸出を行い、ドイツ経済を支えているか、分かるだろう。

難波名誉教授・藤本教授(2013、アジア太平洋大学)は、ドイツの隠れたチャンピオンと日本のGNT(Global Niche Top)企業との行動比較(海外販路開拓の比較)を行った。

日本のGNTは、最初は国内市場で販売するが、国内が飽和すると、輸出を考える。輸出は、まず商社(多くは地元の中小商社)に依頼して海外進出するが、慣れるに従って自社で海外と直接取引するようになる。日本企業は、国内市場を重視し、慎重に海外事業を進めるため、GNTに育つまで長期間を要する。

一方、ドイツの隠れたチャンピオンは、最初から外国販売を想定した製品を開発し、最初から一気に外国で商品を売り出す。海外に出ていくスピードが速い。日本企業のように、まずは国内市場で売ってみようという発想がない。最初から世界中に向けた製品を開発し、世界に向けて一気に売り出す。

日本の中小企業は、ほとんど外国に出掛けて行かない。中小企業の方々と話をしていても、外国に行ったことがなく、外国に行った経験があるとしても旅行社のツアーに参加して日本人だけで集団行動をしただけ、英語ができないので外国人と話をするのが怖い、外国に行くのが怖い、という話をよく聞く。欧州各国のように、かつて世界中に植民地を求めて海外に出掛けて行った欧州の強国と、鎖国を続けてきた島国日本とは、人間が持っている遺伝子が違うと感じる。

日独両国の産業構造に詳しいドイツ人は、ほとんど全員が、「日本の中小企業の技術力はドイツに遜色ない。だが、ドイツの中小企業と比べて決定的に違うのは、国際化していないこと。」と声をそろえて言う。

(2)隠れたチャンピオンが生まれた歴史

日本では企業が育つと大都市に移転する傾向があるが、ドイツではほとんど移転しない。小さな工場から始めた創業当初からの地域に立地し続け、地域雇用を守っている。

例えば、バイエルン州でいえば、インゴ ルシュタット(Ingolstadt)に立地するアウデイ(Audi)、 ヴォルフスブルグ(Wolfsburg)に立地するフォルクス ワーゲン(VW)、ヘルゾゲナウナッハ(Herzogenaunach) に立地するアデイダス(Adidas)などがある。これらの都市は、大きな地図でなければ分からないほど小さな都市であるが、そこに本社と主力工場を置き、世界に向けて出荷している。

隠れたチャンピオンも創業当初からの場所から移転しないため、ドイツ全国に広く分布し ている。インタビューしたドイツ人の多くからは、企業が場所を移転すると競争力 が失われることを経営者はよく知っている、だから移転しない、と回答が返ってくる。

いろいろな人と議論をしていると、ほとんど大部分は、以下のケースだろうと思われる。

企業が成長する過程で、周囲に立地する企業や研究機関との間で協力連携のネットワークが出来上がり、一種の企業グループが形成され、企業グループとして大企業並みの競争力を有することが可能 になる。そのためもし他地域に移転すれば、ネット ワークが分断され、1 社のみ孤立してしまい、競争力が失われてし まう。日本で例を挙げれば(系列の例になるが)、マツダが広島から遠い地域に移転すれば、地元の納入企業とのネットワークが切れ、会社として成り立たないのと同じである。

 一方、日本の多くの中小企業が、他の企業や研究機関 と協力連携のネットワークを持たずに 1 社のみで親会社からの注文をさばくことにいそしんでいる「たこつぼ」 姿になっている。

(3)ドイツ人専門家の見方

(3)―1 系列からの離脱を強調するドイツ人専門家

日本の中小企業の組織構造を理解したドイツ人全員が最も強調する点は、日本の中小企業は「系列」に組み込まれており、そこから抜け出して、ドイツ企業のように自主独立化しないと、いつまでたっても競争力は強くならない、と指摘する。

ドイツ人は日本の系列を「麻薬」と表現する。ぜいたくはできないが、親会社の言うことさえ聞いていれば、日々の生活には困らない。やがて新しいことをしようという気力を失ってしまう。

企業活動は、購入先のニーズを把握するマーケティングや製品の企画から始まり、開発、設計、生産、営業、販売、物流など一連の工程から成るが、「系列」の傘下にあれば、親企業から設計図を渡され、指示どおりに生産すれば、全てを買い取ってくれる。そのため、「生産」だけ行っていればよい。日本の中小企業は、前工程の製品の企画開発工程がなく、また後工程の営業販売工程もない。工場=企業というところが大部分である。そのため、工場の生産現場の職人と経理だけでも会社が成り立つ。これでは、見ず知らずの外国市場を開拓することは困難である。

だが、ドイツの中小企業は、自社でマーケティング、製品の企画、開発、設計、生産、営業、販売、物流など全ての工程を実施し、大企業の入札に参加し、入札に勝てば一定期間買ってくれる。そのため、ある時間断面で、第三者から見れば、部品を大企業に納入しているという光景は、日本と何ら変わるところはないが、ドイツでは、たまたまある時期に、ある企業に納入しているにすぎず、契約が切れた後、別の企業の入札に参加し、数年後には別の企業に納入しているかもしれない。すなわち中小企業側にも、取引先を選択する裁量権を持っている。ドイツの中小企業のこうした力が、見ず知らずの外国市場を開拓していく力となっている。

ところで、ドイツの中小企業は、自社でマーケティング、製品の企画、開発、設計、生産、営業、販売、物流など全ての工程を実施し、大企業の入札に参加して入札に勝ち、または海外に出掛けて行って海外市場を販路開拓し、海外での販売をしなければ生き残っていけないため、隠れたチャンピオンの会社規模はどんなに小さくても300~400人程度である。通常は、500~800人くらいであろうか。これは日本で言う「中堅企業」にあたる。

一方、日本の中小企業は工場=企業なので、例えば現場で働く職人数人に経理1人でも会社として十分成り立つ。これが日本で言う零細企業である。ドイツには、このような10人以下、または数十人といった企業は、いろいろな人に聞いたが、誰も見たことがないと言う。日本の系列が、数人、数十人という中小零細企業の存在を可能ならしめている。

(3)―2 ハーマン・サイモン(Dr. Hermann SIMON),サイモン・クチャー&パートナース会長の指摘

ドイツのコンサルタント会社サイモン・クチャー&パートナースの会長であるハーマン・サイモン氏による日本と日本企業への教訓「経済産業研究所(RIETI) 世界の視点から「21世紀の隠れたチャンピオン」 2012.08.08」からの抜粋である。要点を要約すると以下のとおり。

“日本の中小企業とドイツの隠れたチャンピオン企業には、はっきりした違いがある。 日本の中小企業は海外に目を向けず、むしろオペレーション面や効率性に気をとられている。日本の中小企業は、かなりリスク回避的である。この姿勢は、組織が新しいことを習得することを大きく妨げる。

日本の中小企業の多くは、隠れたグローバル・チャンピオン企業になるだけの社内的な能力と技術力を持ちあわせている。しかしながら、ドイツの隠れたチャンピオン企業のように、精力的、迅速に国際化を進めていないため、潜在力を十分に生かせていない。日本はこのような自己抑制によって、グローバリゼーションの進展につながる多くのチャンスを逃している。

ドイツの隠れたチャンピオン企業は、日本の中小企業や、若くて野心的な起業家が同じような戦略を追求する上でのロールモデルとなり得る。日本企業は、世界で成功できる潜在力を秘めている。中小企業の国際化を大胆に進めることにより、日本の弱い輸出力を高め、高度な仕事を新たに創出できる。”

出典)日本と日本企業への教訓
経済産業研究所(RIETI) 世界の視点から  「21世紀の隠れたチャンピオン」 2012.08.08
ハーマン・サイモン(Dr. Hermann SIMON)サイモン・クチャー&パートナース会長
*詳しくは原本をご覧ください。
RIETI 世界の視点から 2012.08.08
http://www.rieti.go.jp/jp/special/p_a_w/

同氏の指摘のポイントは、日本の中小企業は、技術力はまあまあある。世界の中でも十分競争していけるだけの技術力はある。だが、日本人は、対人関係などの調整業務や社内での各種調整など内向きでエネルギーを使い果たし、とても外国までは目が向かない、というものである。

(4)日本のGNT企業に見るグローバル化の特徴と中小企業が必要としている支援

日本のGNT企業に見るグローバル化の特徴は、経済産業省製造産業局が選定した「グローバルニッチトップ企業100選」(2014年3月17日発表)に対するアンケート調査に見ることができる。

GNT企業に成長する課程で最も苦労したのは、「優れた製品を開発すること」が最も多く、次いで「自社製品を海外に展開し、顧客を開拓すること」となっている。GNT企業は、「新製品開発」と「海外販路開拓」の2つの業務が最も困難と回答している。当該業務を遂行する上で、多くの関係者から支援を受けている。政府に対しても、「新製品開発」と「海外販路開拓」に対する支援を最も望んでいる。

だが、日本の地方自治体は、そうしたニーズに応えるような施策をほとんど実施していない。ずっと旧来の補助金型の施策である。地方自治体の補助金は、技術力が勝負の現在では、ほとんど意味がない、と言える。企業にとっては、今補助金をもらって立地しても10年後に赤字になれば意味がない、10年後に黒字になる場所を選んでいる。日本の地方自治体は、現代の企業にとって、最もニーズの高い「技術力の提供」「販路開拓」を支援し、10年後に企業を黒字にするような施策をほとんど実施していない。

(5)ドイツの産業クラスター

こうした中小企業のニーズに的確に応えているのが、ドイツの産業クラスターである。日本には残念ながら、中小企業のこうしたニーズに応える仕組みはない。中小企業の振興育成は、系列傘下であれば親企業任せであり、系列以外であれば、企業が独力でがんばるしかない。

1990年代末、ハーバード大学マイケル・ポーター教授が「産業クラスター」を提唱し、2000年頃に世界中に普及した。日本も実施(国費約1500億円投入)したが、関東経産局が実施したTAMAクラスターを除き、ほぼ全ての地方で失敗した。

ドイツの地方政府は、中小企業振興策として産業クラスターを積極的に導入し、ドイツ全体で産業クラスターが普及した。ドイツ国内には、大小合わせて恐らく数百の産業クラスターが存在すると思われるが、全体像の把握は困難である。ドイツは世界の中で最も産業クラスターが成功した国とされている。

ドイツ型産業クラスターの考え方は、中小企業は1社だけでは弱い存在であるため、自社が不得意とする機能は、他の企業・機関と一緒に組めば、疑似的に大企業と同等の競争力を得ることが可能であり、産業クラスターはそのための場を与えるところ、との考えである。

日本にも、「三本の矢」ということわざがある。中国地方の戦国大名・毛利元就が3人の子(毛利隆元・吉川元春・小早川隆景)に説いた教訓とされている。元就は、「1本の矢では簡単に折れるが、3本纏めると容易に折れないので、3人ともどもがよく結束して毛利家を守ってほしい」と告げ、息子たちは、必ずこの教えに従うことを誓った、というエピソードである。

国と時代は違っても、物事の本質は古今東西同じである。弱い中小企業1社だけで戦うのでなく、多くが手を取り合って戦えば強い、という考えである。ドイツの産業クラスターの思想は、単純明快、極めて理にかなっていてシンプルである。

だが残念ながら、日本で、産業クラスターが実施された2000年代、この考え方を、予算が配分された地方では残念ながら理解することができず、国費1500億円が無駄になった。当時の資料を見ると、「産官学連携、企業城下町、系列、産業集積などと、一体どう違うんだ」という混乱した様子が分かる。その結果、セミナーの座学や名刺交換会の飲食にほとんどの予算が消化されて終わった。

だがドイツの産業クラスターは、無駄な業務にはお金は使われていない。ドイツ人は、「お金を稼ぐ」ことに愚直に努力する。後述するが、企業がお金を稼ぐことに対して地方政府は直接的な支援を行った。その結果、企業の売り上げが増え、お金を稼ぐことができるようなったのである。逆に買えば、日本の地方政府は、予算を消化することに関心があり、企業がお金を稼ぐことには関心がないとしか思えない。

ドイツの産業クラスターは、さまざまな地方にさまざまな形態の産業クラスターがあるが、活動の中で最も重要な分野は、企業活動の前工程(高い技術力を持った売れる製品の開発)と後工程(世界に向けた販路開拓)に対する「直接的」な支援である。どんな産業クラスターであっても、この最も重要な2つの活動には力を入れている。特に「どんなに素晴らしい製品が出来上がっても、売れないと何にもならない。単なる隠れた中小企業で終わってしまう」との考えの下、「世界に向けた販路開拓」には強い力を入れている。

日本の産業クラスターには、この2分野がなかった。だから失敗したと言える。

筆者は、日本の地方自治体のいくつかに、「ドイツ型産業クラスターをやってみませんか」と声をかけたことがある。日本の地方には、大学があるので、その中で中小企業の製品開発をサポートしてくれる人を見つけたり、あまり遠くない範囲で、新製品開発を共同で行う企業どうしを見つけて協力連携ができれば、ドイツ型産業クラスターの前半部分「高い技術力を持った売れる製品の開発」は何とかできる。

だが、後半の「世界に向けた販路開拓」は、どの自治体も「拒否反応」を示した。そのような業務は自治体として経験したことがない。自分自身が外国に行って外国人と交渉しないといけないが、そのような怖いことはとてもできない。自治体にできることは、これまで毎年実施してきた業務、すなわち財政課に予算を要求し、企業を公募し、審査し、補助金を企業に付けることである。それ以外のやったことがない業務、特に外国に出掛けて行って何かをするという業務など、とてもできない、怖い、不可能だ、というのが全ての自治体の共通の反応だった。「拒否反応」と呼ぶにふさわしい反応だった。

こうした日本の地方自治体の反応を見るにつけても、ドイツの地方政府は何と素晴らしいのだろうと改めて感心する。あの地方政府あっての「隠れたチャンピオン」、そして「独り勝ちのドイツ」だと思った。

2024年8月19日掲載

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