1 はじめに
コロナの拡大に伴ってテレワークの導入が進んだものの、最近、コロナの収束に伴って、その「揺り戻し」が起きている。テレワークによる弊害、すなわち、コミュニケーションがうまくとれない、生産性が低下する、社員の一体感が失われる、などの欠点がなかなか解決できないため、元の働き方のスタイルに戻そうという動きのように思える。
例えば簡単な打ち合わせをする場合、オフィスなら、関係者に少し声をかければ、みんなが部屋の隅の机にでも集まることができる。ところがテレワークでは、チャットかメールで、時間を調整し、オンライン会議で打ち合わせなければならない。現在の「揺り戻し」の動きは、経営者主導で進んでいるという説が有力だ。
だが、テレワークは、企業や社員にとってマイナスもあればプラスもある。テレワークは、時間をかけて緻密な準備を行い、投資を行って環境を整え、会社の制度を変え、対象となる社員を厳選するなど、緻密な準備の下で行えば、素晴らしいパフォーマンスを発揮する業務スタイルである。いろいろなアンケート結果に見られるように、高い生産性向上を発揮している人々もいる。
また、テレワークには、合っている人と合っていない人がいる。人の監視の目がないと、ついつい怠けてしまう人もいる。仕事とは会社に出勤してやるものだという古い労働スタイルの慣性が体にしみついている人、パソコンを使って1人でオンライン会議ができない人、打ち合わせとは対面でやるものだという思い込みを持った年配者がいる。
テレワークを遂行し、生産性を上げることは、とても難しい。時間とお金をかけてじっくりと取り組む必要がある。そうした取り組みをせずに、テレワークを継続拡大させ、生産性を上げることは難しいだろう。「テレワークは難しい」という認識が、各種のアンケート調査により明らかになっている。生産性を上げるためには、粘り強く取り組みをしなければならない。
本稿で引用する調査は、以下の3点である。
2 テレワーク実施率が最低
上記3調査のいずれを見ても、コロナが明けるに従って、テレワーク実施率は低下し、上記各調査とも実施率は過去の調査実績上、最低となった。
大久保・NIRA調査によれば、
全国のテレワーク利用率の推移は、第1回目の緊急事態宣言が出された2020年4~5月は25%まで大幅に上昇したが、2020年6月の緊急事態宣言の解除後には17%に急速に低下した。その後の緊急事態宣言や東京オリンピック開催時期、オミクロン株による感染拡大を受けた2022年1月以降もおおむね横ばいで推移していたが、このところ低下し、2023月3月時点は13%となった(2023年3月1週目(2月26日~3月4日))。東京圏(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)のテレワーク利用率(居住地ベース)も、全国と同様、直近で低下し、23%となった。
パーソル総研調査によれば、
テレワーク実施状況を見ると、正社員のテレワーク実施率は22.2%となり、2020年4月以降で最低になった。2023年7月時点のテレワーク実施率は、正規雇用社員(以下、正社員)で22.2%。2022年同時期の25.6 %から微減(-3.4ポイント)し、2020年4月以降で最も低くなった。
日本生産性本部調査によれば、
テレワークの実施率が15.5%と過去最低を記録し、特に大企業でのテレワーク実施率が低下した。主な特徴は以下の通り。
- テレワークの実施率は前回の16.8%から15.5%に減少し、過去最低。従業員規模別では、1,001名以上の勤め先で前回34.0%から22.7%に減少し、全体の実施率低下に寄与。
- テレワーカーの週当たり出勤日数は「0日」が25.4%から14.1%へと減少。
従業員規模別のテレワーク実施率は、1,001名以上の勤め先では前回1月調査の34.0%から22.7%へと統計的有意に減少した。100名以下では前回1月調査の12.9%から12.8%に微減、101~1,000名では13.2%から15.5%へと微増したが、統計的有意ではない。これまでテレワークの実施率は、大企業および中規模企業がけん引してきたが、前回1月調査にて中規模企業の実施率が小規模企業と同程度まで低下し、続く今回調査では大企業の実施率が低下した結果、全体のテレワーク実施率が15.5%となった。
また、年代別のテレワーク実施率は、30代が19.5%と前回1月調査より微増した一方で、20代は13.9%、40代以上は14.7%と微減した。ただし、いずれの年代の変化も統計的有意差は無い。この結果、30代のテレワーク実施率が他の年代と比べ若干ではあるものの高くなっている。
テレワーカーに週当たり出勤日数を聞いたところ、3日以上出勤する者は前回1月調査の50.3%から48.8%に微減し、2022年1月以来の50%を下回る結果となった(ただし前回との統計的有意差は無い)。前回1月調査と比べると、特に「0日」が25.4%から14.1%へと統計的有意に減少した。
3 テレワーク継続希望率
パーソル総研調査によれば、
テレワーク実施者のテレワーク継続意向は81.9%。2020年4月以降で過去最高の結果となった。
4 仕事の効率の変化
大久保・NIRA調査によれば、
Qの回答の分布をテレワーク利用別に見ると、図5のようになった。テレワーク利用者は、テレワークを利用していない人に比べて、100と回答した人の割合は低く、60~90や110~120と回答した人の割合が高くなっている。テレワークにより、仕事を効率的にできる人と、そうではない人がいることが伺える。
Q.新型コロナウイルスの感染拡大の出来事がなく、2023年3月1週目(2月26日~3月4日)に通常通りの勤務をしていた場合を想像してください。通常通りの勤務に比べて、時間あたりの仕事のパフォーマンス(仕事の効率)はどのように変化したと思いますか。通常通り勤務していた場合の仕事の成果を100とした場合の数字でお答えください。例えば、仕事のパフォーマンスが1.3倍になれば「130」、半分になれば「50」となります。上限を「200」としてお答えください。
次に2020年6月時点と2023年3月時点の両時点でテレワークを利用していた人の仕事の効率性を比較する。2020年6月から2023年3月にかけて、100と回答した人の割合が大きく増加し、60~90と回答した人の割合が低下している。テレワークへの慣れや環境整備が進んだことで、テレワークの効率性が改善されたことが伺える。
日本生産性本部調査によれば、
テレワークの大多数を占める自宅での勤務について、効率の向上を質問したところ、「効率が上がった」「やや上がった」の合計は、過去最高であった前回1月調査の66.7%からさらに増加し71.6%となった(ただし前回との統計的有意差は無い)。
また、自宅での勤務の満足度について「満足している」「どちらかと言えば満足している」の合計は、過去最高であった前回1月調査の87.4%から86.6%に微減した(ただし前回との統計的有意差は無い)
5 おわりに
テレワークに関する調査を見るたびに不思議に思うことは、テレワークを継続したいという希望者は増えているにもかかわらず、テレワーク実施率は減っていることだ。私の周囲にも、毎日出勤する会社を辞めてテレワークが可能な会社に転職する若い女性が多い。彼女らの話を聞くと、毎朝通勤電車に乗って出社し、会社で相性が合わない人々とも愛想よくして良好な人間関係を維持し、仕事が終わって深夜に通勤電車で帰宅するという毎日がとてもストレスであり、自宅にいながら仕事ができるのなら、うれしい、と言う。彼女らは、仕事をすること自体には積極的なのだ。特に、小さな子供を抱えている女性や結婚して家事をしなければならない女性にとっては、自宅で仕事ができることはとてもうれしい。
業務の効率性や生産性などを見ると、テレワークを始めた当初は、慣れないため、効率性が落ちることも多かったが、時間がたつに従って、効率が高まり、生産性が高くなる人々も増えてきている。
そうした状況にもかかわらず、テレワークが減り、会社への出社が増えている現象を一体どう理解すればよいのだろうか。どこから「会社へ出よ」という力が生まれているのだろうか。仕事は会社に出てやるものだという思い込みがある一定年齢以上の人々や会社の経営者だろうか、テレワークを希望する若い社員を出勤させる理由は何だろうか。これまで実施されてきたテレワークに関するさまざまな調査には、そうした要因が分析できるようなデータがないので、事実はどこにあるのかもう一つはっきりとしない。
だが筆者は、世界的に見て生産性が低いと言われている日本のオフィスワークにおいて、生産性を高め、より快適な労働環境を確保するため、テレワークは日本に残された「最後の切り札」と主張してきた。
日本において生産性を上げる試みが行われてきたが、どれも生産性向上につながらなかった。例えば、2013年にドイツがインダストリー4.0構想を発表して以降、日本も遅れじと、IoT、ビッグデータ、AI、デジタル、DXなどと呼ばれる情報通信技術の導入がブームとなり、生産性向上が期待されたが、現時点において、その広がりと生産性向上に成功したケースは極めて限定的な範囲にとどまっている。
せっかく、コロナのおかげで、日本全体で大規模な実証実験と呼べるようなテレワークを体験したのだから、今後は、テレワークの欠点を補いながら、時間をかけて丁寧に、テレワークで働く環境を作り上げていくことが、日本経済にとって重要ではないだろうか。
テレワークに関する調査を見ると、生産性が上昇しているグループが確かにある。そこを増やしていくことが重要であると考えてきたが、それが実現する前に、テレワークが減っているのを見ることは悲しい。