IoT, AI等デジタル化の経済学

第164回「DXからみたグローバル・ニッチトップ企業の日独比較(6)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

7.日本とドイツの比較分析

7.1 日独企業の属性分析

アンケートへの参加企業数は、ドイツ115社、日本93社で合計208社となった。
産業分野的には、日本、ドイツとも産業分野の上位3位に「機械およびプラントの建設」と「電気・電子アセンブリおよび製品の機器製造」が入っている(図26)。
参加企業の規模的な分布に関してはドイツ、日本ともに、ほぼ適切といえる(図27)。
図27における区分はドイツの中小企業の定義、「従業員が249人以下で、かつ、売上高が5000万ユーロ以下の企業」に基づく。ただし、本アンケートでは売上高は尋ねていないため従業員だけに注目した分類である。
参加企業の規模に関し、日本は中小企業より非中小企業が若干多い。ドイツは逆に中小企業が非中小企業より多い(表3)。

7.2 日独企業の全体分析

日本とドイツのデジタル化の進展状況を参加した個別企業の観点から全体として比較すると、図28となる。
図28において、個別質問48項目の評価レベル(1、2、3、4)に対し参加企業が回答した「評価点の合計」を、全参加企業について、最高点から降順に、日独比較の形で示している(有効回答数:日本91社、ドイツ115社。n/aは除いてある)。
1つの企業が全48項目をすべてレベル4で回答した場合、合計点は192点になる。回答した企業の最高点は、ドイツ企業は143点、日本企業は113点である(100点満点換算では、それぞれ74.5点と58.9点)。日本企業の最高点はドイツ企業の15位に相当する。中位数は日本69点、ドイツ84点となっている。ドイツの15位から中位数である84点(58位)の間に位置する日本企業は上位の44社である。
最低点は、日本企業は13点、ドイツ企業は39点である。評価点1は「未着手」を示すことから、平均点が48点以下はデジタル化がほとんど未着手であることを示している。
ドイツでは48点以下の企業は6社(5.2%)に止まるが、日本は21社(23.1%)ある。また、ドイツは全体として、なだらかなカーブを描くが、日本は65位以降から勾配が急になっている。これは全体の約3割に相当する企業がデジタル化の取り組みが遅れていることを表している。

7.3 主要モジュール4項目の日独比較

ついで、本アンケート調査の基本構造に従い、マクロからミクロの視点へと分析を進めたい。
ここで、質問48項目について回答を正確に観察するベストの方法は48のグラフを作成することである。しかし、この方法は紙幅が大幅に不足することから、ここでは全体像を俯瞰することを優先し、「評価点の加重平均」の考え方を採用した。これは各質問項目への評価レベル1、2、3、4を加重平均し、1つの値でその質問を代表する値と見なす方法である。その際、除数(分母)として「質問項目別の有効回答数」を使用する(全体の有効回答企業数、ドイツ115社、日本91社ではない)。これは個別の質問項目に関し、有効回答数が少ない場合(例:日本51、ドイツ82)があり、この場合、除数として日本91やドイツ115を用いると個別の平均値をゆがめる恐れがあるためである。一方で、除数が変動することで全体像をゆがめるデメリットも考えられる。ここでは個別の項目の正確性を重視し、有効回答数が変動する方式を採用することとした。この方式は以下においても平均点を算出する分析にすべて適用している。
まず、大項目である主要モジュール4項目の回答結果を見よう(図29)。
図29において、モジュール4項目の意図は、「Ⅰ. インテリジェントな生産システムによる計画と制御」のデジタル化の基盤導入の段階から、Ⅱ、Ⅲを経て「Ⅳ. スマート工場・製品」に至る進展・高度化の過程をアンケートにより観察することにある。
ドイツについては、全体として評価点の平均点が2.37から1.71の間に分布しており、Ⅱを除くと全体としてⅠからⅣに向けて順調に進展しているといえる。
日本は全体としてⅠ、Ⅱ、Ⅲはほぼ並行して進展しているが、「Ⅳ. スマート工場・製品」が相対的に遅れている。
日本の「Ⅰ. インテリジェントな生産システムによる計画と制御」の平均評価点1.84の意味は、全体としてはデジタル化に着手しているが、評価点2「少しの程度まで」の段階にはまだ到達していないことを意味する。すなわち、全体の加重平均点で見ると、デジタル化を開始した、もしくは、開始直後の段階にある。
全体的には、日独ともに、「Ⅱ. ビジネスモデルの側面」が他の項目に対し相対的に遅れている。
日独の差については、大きい順に、「Ⅰ. インテリジェント生産」の0.53、「Ⅲ. インダストリー4.0の戦略的かつ組織的な組み込み」で0.43、「Ⅳ. スマート工場・製品」の0.28、「Ⅱ. ビジネスモデルの側面」の0.06の順となる。Ⅰ、Ⅲ、Ⅳにおける差の要因は、ドイツがインダストリー4.0を国策として強力に展開した結果と解釈できる。Ⅱについては、ドイツ自体があまり進展していないため、日独の差は小さいと解釈できる。

7.4 個別具体的な質問項目での日独比較

では、具体的には48の質問項目のどこに日独の差が見られるのだろうか。
図30は48の質問項目に関し、参加企業の加重平均点について日独の差を示している。
質問項目別に見ると、折れ線で示すドイツが棒線で示す日本をほとんどの項目で上回っている。日本がドイツを上回る項目は5項目あり、その上位3項目は、「19. プラットフォームを利用する、または自ら運用する(例:お客様との交流のためなど)」、「21. ポカヨケのコンセプトで失敗しないように心がけています」、「17. ソリューションサービス(例:点数支払あるいは時間支払による機械設備/工場の利用)」である。
その一方で、点数が突出している項目が日独で共通する現象が観察される。まず、ドイツの平均点のトップ5位は質問項目24、22、23、1、7の順となる。日本についても上位5位の項目は19、22、24、23、1となる。このうち、24、22、23の3項目は「Ⅲ. インダストリー4.0の戦略的かつ組織的な組み込み」の項目であり、「Ⅰ. インテリジェントな生産システムによる計画と制御」の各項目の点数を越えている。少数ではあるが、ⅠよりⅢが先行している項目が観察される。
しかし、これらの3項目を子細に見ると、24(継続的なモニタリングと安全性解析)、22(情報交換の開始とアクセス用デバイスIDの追加(許可されたデバイスとユーザーへの制限)、23(交換するデータの暗号化・復号化)と、情報収集に関連する項目であり、コスト的に比較的少額で成果が期待できる安全な投資であり、デジタル化に着手する好都合な対象といえる。
同様に日独ともに突出している2項目(37、38)は、センサーによる情報収集の項目である。
これらの突出した項目は各モジュールにおける基盤条件であり先行的に実施されているが、モジュール内の主要な項目については、実施が遅れ気味で、点数が低いため、モジュール全体の比較では、「Ⅰ. インテリジェントな生産システムによる計画と制御」が最も高くなっている。

7.5 個別項目での日独差の分析

そこで、個別項目の差はどの程度なのか、図31は図30の日独差を降順に並べ替えたものである。差の大きい上位5項目としては下記が挙げられる。
「7. 生産プロセスの自動化(ERPレベルまでの生産データ取得によるフィードバック)」
「5. 顧客からの注文をデジタルでERPシステムへ転送」
「8. 工場内の機械設備のデジタルレイアウトの利用可能性」
「6. CADの部品表を直接ERPシステムに転送可能」
「35. 知能システム/機械を使って生産しています。マシンパークにおける知能システム/機械のシェアは…」差が最も大きい「7. 生産プロセスの自動化(ERPレベルまでの生産データ取得によるフィードバック)」について見ると、日本1.49、ドイツ2.65であり、その差は、1.16ある。これは日本が評価点2「少しの程度まで」の手前の段階である一方、ドイツは1段階先の3「かなりの程度まで」に近い状況にあるためである。
日独差の大きな上位5つの項目のうち、質問番号7、5、8、6の4項目はモジュール「Ⅰ. インテリジェントな生産システムによる計画と制御」に含まれる。これは上述の図29「主要モジュール4項目の日独比較」において、平均点の差が最も大きかった「Ⅰ. インテリジェントな生産システム」における日独差0.53の具体的な項目と差の値を示している。
以上の点を踏まえると、日本とドイツの企業全体の比較においては、「主要カテゴリー4項目」(図29)では、すべての項目で日本が遅れている。次に具体的な48の質問項目の視点(図31)では、日本が先行しているのは5項目、日独同値が1項目、ドイツ先行は42項目となる。
日本におけるDXの展開についてはいくつかの先進事例が報告されている。そのうち経済産業省が選定した「DX銘柄」や「DXセレクション」の企業を対象として、DXの進展状況について、本稿と同じ内容でアンケートを実施し、本稿の結果と比較・分析を行うことを次の課題としたい。特に、日本のDX先進企業が個別企業ベースで日独比較グラフ(図28)上でどのような位置付けになるか興味がもたれる。

図26:参加企業の上位3位の産業分野
図26:参加企業の上位3位の産業分野
図27:従業員に基づく企業規模の分布
図27:従業員に基づく企業規模の分布
表3:アンケート回答企業の中小企業・非中小企業数
日本 ドイツ 合計
中小企業 45社 72社 117社
非中小企業 48社 43社 91社
93社 115社 208社
注:中小企業=従業員249人未満
  非中小企業=従業員250人以上
注:中小企業の定義はドイツ基準に基づく。本アンケートでは売上高は尋ねていないため、従業員数だけに注目している。
図28:参加企業別評価点の合計の日独比較
図28:参加企業別評価点の合計の日独比較
図29:主要モジュール4項目の日独比較
図29:主要モジュール4項目の日独比較
図30:全質問項目の日独比較
図30:全質問項目の日独比較
図31:質問項目別平均点の日独差の降順グラフ
図31:質問項目別平均点の日独差の降順グラフ

8.おわりに

本日独研究調査により日本企業とドイツ企業とのデジタル化における違いを比較すると、日本企業はプラットフォームを利用する点が進んでいると確認できた。ただし、ほぼ全ての項目でドイツ企業がデジタル化を進めており、日独調査企業約200社から中小企業以外の企業を含め調査した結果、日本企業は現時点でデジタル化が進んでいないことが明らかとなった。特に日本は、「生産プロセスの自動化(ERPレベルまでの生産データ取得によるフィードバック)」、「顧客からの注文をデジタルでERPシステムへ転送」、「工場内の機械設備のデジタルレイアウトの利用可能性」、「CADの部品表を直接ERPシステムに転送可能」、「知能システム/機械を使っての生産」が最もドイツから引き離されており、今後、この違いが経済界・産業界に及ぼす影響は大きい。経済産業省「グローバルニッチトップ企業100選」は2013年度と2020年度に選定されており、合計200社ある。2018年度には2013年度に選定された100社を経済産業省がフォローアップ調査している。われわれの今回の調査は、日本を代表するそれらの企業に日独同一質問項目でDXの側面から調査したもので、調査結果については2023年4月20日 DigiJaDe Symposiumでのシンポジウムで日独双方から議論された。技術によるイノベーションがデジタル化によるマーケティングによって市場の創造を目指す国際的な競争の段階に入ったというのが実感である。今回の日独比較の調査結果は日本が何から強化すべきかの示唆になると考える。
最後に、今回の調査は、ドイツ側で協力をいただいたミッテルヘッセン工科大学経営学部ゲリット・ザーメス教授、ニルス・マデーヤ教授、修士ティム・マイバッハ氏、コーディネーターのミエ・ハナモト氏、そして本研究に理解を示して研究資金を提供して下さったミッテルヘッセン工科大学学長をはじめとする関係の皆様方、アンケート調査に協力してくださった経済産業省製造産業局GNT担当の皆様方や回答していただいた企業の方々の協力、JSPS科研費JP19K01854の助成があって実施できたものであることに感謝申し上げたい。

出典:
本稿は、藤本武士(立命館アジア太平洋大学国際経営学部教授・立命館アジア太平洋大学次世代構想センター: APU-NEXTディレクター)・岩本晃一(独立行政法人経済産業研究所リサーチアソシエイト・APU-NEXT客員メンバー)・難波正憲(立命館アジア太平洋大学名誉教授・APU-NEXTメンバー)・Gerrit Sames, Dr., Professor(für allgemeine Betriebswirtschaftslehre mitam Fachbereich Wirtschaft an derTechnischen Hochschule Mittelhessen)・Tim Maibach, MA(wissenschaftlicher Mitarbeiter am Fachbereich Wirtschaft an der Technischen(2023)「DX からみたグローバル・ニッチトップ企業の日独比較」『政策情報学会誌』第17巻第1号、P17-40に掲載された共著論文である。

2024年2月21日掲載

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