IoT, AI等デジタル化の経済学

第151回「DXリスキリング(5)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

4 DXリスキリングを実施する上での解決すべき課題

これまでDXリスキリングの必要性や重要性を強調してきたが、実際にDXリスキリングを行うとなると大きな壁が立ちはだかっている。

(1)誰がDXリスキリングを行うのか

最も基本的な課題である「誰がDXリスキリングを行うのか」が今の日本では見通しが立っていない。

案1 雇用者を送り出す移動元の企業が行うのだろうか。企業は自社から去っていく人に対して、DXリスキリングのような多大な投資を行ってまで企業から送り出すとは考えられない。そこまで投資をしてDXリスキリングを身に付けたのなら、むしろ自社で雇うのではないか。

案2 雇用者を受け入れる移動先の企業が行うのだろうか。採用企業は、自社が求めるスキルと、応募者のスキルが一致すれば採用するだけであって、その人がスキルを持たない状態で採用し、長年かけて多大な投資をしてスキルを身に付けさせるとも思えない。それでは、新卒一括採用で若い人をメンバーシップ型として雇う方がコスパの観点から優位性があると考えるかもしれない。

案3 雇用者自身が自己資金で投資を行い、DXリスキリングを行うのだろうか。確かに、企業を辞めたとき、多額の貯金を持っていて、かつその貯金を使ってDXリスキリングを身に付けられる立派な研修所があれば、それも可能であろう。だが一般的には、職を失った人に貯金は少ないのが一般的であり、しかも企業内研修が一般的であった日本では、企業の外には立派な研修所はないと言ってよい。

案4 そうすると、残る選択肢は、公的な研修所の新設しかない。だが、これまで日本は、働く人の研修は、企業内での研修(OJT)に依存してきた。新卒で一括採用し、OJTで人にノウハウとスキルを与える。だがそのスキルとノウハウは、その企業でしか通用しなかった。その代わり、企業は終身雇用を保証したのである。

こうした歴史の日本において、公的な研修所などほとんどない。DXリスクリングを進めるためには、公的な研修所の全国整備が何よりも必要である。

しかもハコモノだけでは研修は進まない。DXリスキリングが可能な教官の大量確保が何よりも重要である。

(2)誰がDXリスキリング人材の就職の斡旋を行うのか

今の日本では、民間企業によるネットなどを用いた転職サービスは充実してきたが、それはあくまでも転職の支援サービスであって、ある人の就職が決まる最後まで誰かが責任を持ってやり遂げるというものではない。

今の日本では転職はあくまで個人の力のみに依存した作業であり、もし転職できなかったらどうしようという恐怖感に捕らわれる人が多く、そういう人が元の会社にしがみつくのである。こういう状況をなんとかしないとリスキリングしても人材移動はできない。日本にはこれまで雇用流動市場が存在しなかったことが大きな背景にある。DXリスキリングを成功させるためには、日本に本格的な転職市場を整備しなければならない。

ある人の転職を、就職が決まる最後まで責任を持って、誰かが実践しないといけない。それは果たして誰だろうか。

案1 移動する元の会社には、上記と同様、会社を去っていく人のために、最後まで責任を持って就職を斡旋することを求めるなど、とても無理だろう。

案2 受け入れ側の会社もまた、受け入れたいと考える人材だけを受け入れるだけであろう。

案3 ハローワークは、基本的には、民間のネットを用いた転職支援サービスとほぼ同じである。あくまで、転職先の採用情報を、知らせるだけである。

案4 労働組合は、全国の企業にネットワークを持っていて、人材移動の元の会社と、移動先の会社の双方の人事部と密接な関係を持っている。DX時代を考えると、労働組合こそが、DXリスキリング人材の就職の斡旋機関として最適である。

労働組合は、正規職員のみを対象にしているが、今後は非正規まで拡大し、失業者を無くすという組合本来のミッションを達成すべく、実践活動を展開すべきである。

2023年4月12日掲載

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