IoT, AI等デジタル化の経済学

第148回「DXリスキリング(2)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

2 DXリスキリングが求められる背景

(2)日本企業にDXを導入し国際競争力を高めること

前回の記事「DXリスキリング(1)」の図表2、図表3を見ると、明らかに、今の時代、DXが企業の成長に大きく寄与していることがわかる。すなわち、今は、企業がDXを導入して稼ぐ時代なのだ。そのために、DXのスキルを持った人材の育成が重要である。だが、図表10に見られるように、日本のIT人材は、量と質の双方において、他の先進国に比べて大きく劣っている。また日本のIT投資もまた他の先進国に比べて大きく劣っている(図表11)。こうした点を捉えて、日本のDXは、米、独、中などのDX先進国と比べて、「周回遅れ」と言われている。その原因として、かなり前から各種の既存のアンケート調査において何度も指摘されてきた点がある。日本企業は、「DXとはそもそも何かがわかっていない」「DX人材がいない」の2点が常にアンケート調査の上位を占める。すなわち、DXのことがわかっている専門家がいない、という一点に集約できる。(図表12)

図表10 我が国のIT人材の量と質
図表10 我が国のIT人材の量と質
出典)経済財政白書令和4年
図表11 日本その他の国のIT投資の推移
図表11 日本その他の国のIT投資の推移
出典)経済財政白書令和3年
図表12 IoTを導入しない理由は「ビジネスにどう活用すればいいかわからない、人材がいない」
図表12 IoTを導入しない理由は「ビジネスにどう活用すればいいかわからない、人材がいない」
出典)中小企業白書201?

だが、なぜ日本企業はここまで人材育成に関して世界に遅れてしまったのだろうか。

その背景の第一は、「デジタルが怖い」である。

野村総合研究所による「中小企業のデジタル化に関する調査」(2020年度中小企業庁委託調査、2021年3月)によれば、「デジタル化推進に向けた課題」として最も上位にきているのは「アナログな文化・価値観が定着している」となっている。Institution for a Global Society株式会社が従業員1000人以上の企業を対象にした調査によれば、日本人の40歳代の38%がデジタルに関わりたくないと答え、世界のなかで突出している。

また、図表13をみると、自社にAI人材は必要ないと考える企業は多い。上述したように、今はまさにデジタルが企業の稼ぎの中心であり、AI技術はこれからの企業の競争力を決する重要な技術であるが、その認識がない日本企業が多い。そうした認識を持っていないのか、それともかなり正確に把握していながら、「デジタル怖い」という感情が先に立ち、デジタルに近寄らないように避けていると思われる。

図表13 自社にAI人材は必要ないと考える企業は多い
図表13 自社にAI人材は必要ないと考える企業は多い
出典)IPA AI白書

こうした企業の姿勢に学生は敏感である。図表14にあるように、AIやITに関連した職種について、全体の75.4%、理系男子の67.1%、理系女子の81.0%が「志望しない」と回答している。

図表14 2020年卒業予定の学生の75.4%がAIやITに関連した職種を志望していない
図表14 2020年卒業予定の学生の75.4%がAIやITに関連した職種を志望していない
出典)「マイナビ AI推進社会におけるキャリア観に関するアンケート」 (2019年06月11日)

次いで、背景の第二は、人事戦略が、デジタル化に結び付いていない点がある。

図表15
図表15
出典)未来人材ビジョン 令和4年5月 経済産業省
図表16
図表16
出典)未来人材ビジョン 令和4年5月 経済産業省

吉田文(早稲田大学教授)は、新卒総合職の採用を行った企業を対象に行った調査によれば(2014年実施)、日本企業の採用担当者は、空気を読んで円満な人間関係を築くことができる人材を求め、留学生などの異質な要素、大学院生などの専門家を取り入れることに積極的でない、としている。

就職の採用面接で「あなたは学生時代、何に一生懸命頑張りましたか」という質問が定番となっている。「あなたの持っているスキルは何ですか」「当社の成長に寄与するスキルは持っていますか」というスキルを問う質問はない。就職にスキルは必要ないのである。そうではなくて、日本型雇用の人事制度の基本である「会社の命令であれば、何でもします、どこへでも行きます」という会社の方針に素直に従うことが出来るかどうかを見ているのである。専門性は邪魔なのだ。

かつて日本は欧米企業のように、企業で働く社員が博士の名刺を持ち、専門性の高い商品開発や企業経営を行うことを目指して「大学院倍増計画」を行った。だが、企業は専門性を嫌い、企業の為なら営業でも離島への単身赴任でも何でもやりますという忖度や「和を以て尊しとなす」が得意な学生を採用してきた。自分の専門性に拘る博士を「使いづらい」と採用は低調だった。こうした慣行が、日本企業の経営が忖度優先、専門性軽視の企業風土を存続させたため、デジタル時代においてデジタル化に大きく遅れることとなったのである。そして、そうした人事制度は、今になってもなお、強固に維持されている。

筆者はあるとき、大企業の人事部長が出席する講演会の席で、なぜ時代が変わっているのに人事制度は変わらないのか、と聞いたことがある。出席された部長さんたちは口々に「人事担当役員が、自分が経験してきた人事制度が一番いいと思い込んでいるからだ」との返答だった。意外だった。人事部長でも変えられないのだろうかと思った。

背景の第二は、どれほど偏差値の高い大学・大学院で、情報学、情報工学、情報科学などを学んでも、「情報分野の専門家は、パソコンオタク、またはゲームオタク」という誤解が蔓延していることである。

そのため、日本のユーザー企業が、どんなに優秀な情報分野の専門家を雇っても、電算機室に配属し、一生、電算機のお守りだけをやらせるような人事が、日本全国の日本企業で行われてきた。そうした人事を見て、優秀な情報分野の専門家は、供給側企業には就職しても、ユーザー企業には就職せず、ユーザー企業への優秀な情報分野の専門家の集積を遅らせた。

ところが、今の時代のようにデジタルがいきなりブームになっても、企業内に専門家が育っていないため、企業としてなかなか対応できず、情報分野の専門家でない人が、従来の「玉突き人事」の結果、会社のCIO、CDO (Chief Information Officer, Chief Digital Officer)に就任したものの、一体何をしていいかわからない(最近、こうした人のことを「名ばかりCIO」と呼んでいる)状態になっている企業が多い。

そこで仕方なく、外部から中途採用するが、採用する側が、そもそもDX人材とは何かがわかっていないため、プログラマーやシステムエンジアばかり採用し、結局、会社として身動きがとれなくなっている、という会社も多い。

否、プログラマーやシステムエンジアを採用するくらいならまだよい。情報分野のことが何もわかっていない人の中には、「情報分野の専門家は、パソコンオタク、またはゲームオタク」と思い込んでいる人が多く、パソコンオタク、またはゲームオタクを雇ってしまい、にっちもさっちもいかない状態になっている企業もある。

例えば、銀行業では、最近、世界中でフィンテックが急速に進んできたため、日本の銀行でもフィンテックに取り組もうとしても、情報通信技術を持った専門家が行内にいないため、何も身動きが取れない。メガバンクのうちいくつかは、フィンテック技術を持ったベンチャー企業に依存することで、フィンテックを進めようとしているところもある。メガバンクの幹部が、ベンチャー企業の若いエンジニアに協力を要請し頭を深々と下げる光景がよく雑誌に載っている。

今、世の中は、DX人材育成ブームである。DXを導入し、広く普及させるためには、DX専門家としての人材を多く育成しなければならない、という日本全体を覆う共通認識のようなものが広がっている。

だが、DX人材とは何か、と聞かれて、正確に答えられる人はとても少ないのではないだろうか。その原因は、DXに疎い人々がDX人材を育成しようとするからである。DX人材に関する大きな誤解が広がっている。

世の中の大部分の人は、「DX人材=プログラマー、システムエンジニア」と考えているといってもよい。これが間違いの根本原因である。DX導入は、プログラマー・システムエンジニアが揃えば可能である、という誤った認識が原因だ。

企業にとって必要なDX人材とはどのような人材かを考えるためには、DX導入には、どのような人材を集め、どのような組織を作るのか、を考えてみればよい。企業がDX導入のために「DX推進本部」を作るには、

本部長=CIO・CDO、副本部長、部長、次長、課長、課長代理、係長、係員

という「DXの専門知識を持って会社のマネジメントに係る業務を行う技術系事務職」と、

プログラマー、システムエンジニア

という実際にプログラムをコーディングし、システムを組み立てる、実際に手を動かす専門職の集団が必要である。両者は全く違う。どちらかが欠けてもDX導入はできない。

本部長は通常は経営者・役員であり、CIO・CDOと呼ばれることが多く、会社の経営方針の一環を担う。

DX推進本部が仕事をするとき、その対象は、本社、海外支店、研究開発部門、営業部隊、工場などの現場である。こうした部署と対話をしながらシステムを組み上げていく。

各部署と対話するのは、上記の2つの部門のうち、前者、すなわち「DXの専門知識を持って会社のマネジメントに係る業務を行う技術系事務職」である。

プログラマーやシステムエンジニアは、従来から、工業高校、高専、専門学校、工業大学などで養成されてきた。既に養成機関はある。量が足りないだけだ。

図表17 DX推進本部の構成
図表17 DX推進本部の構成
出典)未来人材ビジョン 令和4年5月 経済産業省
図表18 DX推進本部の仕事の仕方
図表18 DX推進本部の仕事の仕方
出典)未来人材ビジョン 令和4年5月 経済産業省

プログラミングは、本を買ってきて、プログラミング言語を習えば足りる。要は言語学だ。

だが、「DXの専門知識を持って会社のマネジメントに係る業務を行う技術系事務職」は、本屋でテキストを買ってきて読めば育成できるというものではない。長い時間をかけてノウハウを取得しなければならない。

いま、この職種の人々が必要とされていながら、全くと言ってよいほど、日本にいない。これまでどこの会社でも本気で育成してこなかったからだ。しかも、プログラマーのような人材育成の機関自体が存在しない。

仕事をしながら、OJTで身に付けながら育てていく種類の専門家である。DXの専門人材としてこれから育成が必要なのは、この種の人々である。

もし、「DXの専門知識を持って会社のマネジメントに係る業務を行う技術系事務職」がいなければ、企業内の各部署は、「自分の部署にDXを導入すると、いったい、どういうメリットがあるんだ」「DXで、何ができるんだ、教えてくれ」と主張するが、プログラマー・システムエンジニアは、「具体的に、何をどうしたいのか」「具体的にスペックを以てプログラムまたはシステムを指示してくれないと、何もできない」と主張し、議論は、双方が大きく離れ、噛み合わない。その結果、議論が決裂し、プログラマー・システムエンジニアは、各部署のニーズが不明なので、勝手にシステムを組み上げ、それを各部署に押し付ける。各部署は、それを使う以外に選択はない、いう状況になる。

2023年3月2日掲載

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