IoT, AI等デジタル化の経済学

第143回「DXが目指すべき将来の姿」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 はじめに

現政権では、経済政策の重点施策としてDXを取り上げており、日本経済の振興策としてDXへの期待が大きい。だが現実には、一部の企業の限定された範囲にとどまっており、わが国におけるDX導入は世界の周回遅れといっても過言ではない。

その原因の1つに、どこにどのようなDXを導入すればどのような結果が得られるのか、その見通しが立てられないことが挙げられよう。DX投資は高額であり、ただやみくもに投入すればよいというものではない。投資する側は、将来の姿を明確に持ち、その将来像に向けて着実に投資することが重要である。

では、DX導入により実現する将来の姿とは、一体どのようなものなのか。もし企業経営者がそれをきちんと理解することができれば、企業はDX導入に躊躇することなく、スムーズに取り組めることになるのではないか。

2 お困りごとは何ですか?

ではいくつかDX導入事例を挙げよう。これらの事例には共通要素がある。

例1 ある工場では、従来から積極的に機械化投資・自動化投資を進めてきたが、どうしても製品の最終検査工程だけは自動化ができず、熟練作業員の目で行っていた。だが高齢化が進み、熟練作業員の視力が落ちたため、不良箇所を見逃すことが増え、不良品が増えて、納入先からクレームが増えていた。これ以上不良品が増えると取引を止めるとまで警告を受けた。そこで経営者は重い腰を上げ、AI導入に踏み切った。

最終検査工程にAIカメラを導入し、熟練作業員の目に代えて、AIが不良品を発見するようにした。AIは機械なので常に一定の精度で検査することができ、不良品の発生率はぐっと抑えられ、かつ安定化することになった。

例2 ある工場では従来から積極的に機械化投資・自動化投資を進め、ロボットを導入し、自動化を進めてきたが、部品のフィードのところで部品が団子状態になってフィードが詰まる現象が発生した。そこだけはどうしても機械による自動化はできなかったので、人間の手で対応してきた。部品のフィードが詰まると、その都度、全ての生産ラインを止め、人間が団子状態を解消し、その後改めて生産ラインを稼働させるため、生産ラインの稼働率は50%しかなかった。そこでAIカメラを導入し、部品のフィードが団子状態になる兆しが見えるとAIが感知し、ロボットの手が伸びて、団子状態を解消することができるようになった。部品のフィードが詰まらなくなったため、生産ラインの稼働率が90%になった。稼働率が1.8倍になったので、会社の売り上げも1.8倍になり、給料が増え、ボーナスも増え、有給休暇や産休を完全消化できるようになるなど従業員は大喜びした。

例3-1 砂漠の真ん中で露天掘りする巨大な重機が故障すると大損害になる。そこで重機のチップに流れている電流を計測し、それを電波で空に向けて飛ばし、衛星を使って本社で受信し監視することにした。すると、重機が故障する直前に作業員が駆け付け、部品交換することで、故障による停止がない重機が実現できることとなった。この付加価値と差別化により、この重機は売れ、この企業の売り上げは大幅に伸びた。

例3-2 工場内で稼働するボイラが故障して停止すると、工場の生産ライン全体が停止し、大損害になる。そのため、ボイラのなかにセンサーを取り付け、通信回線を通じてボイラメーカーが常に状態を監視し、ボイラが停止する兆しが見えると、メンテナンス員が派遣され、故障・停止しないボイラが実現した。この付加価値と差別化により、このボイラは売れ、この企業の売り上げは大幅に伸びた。

例3-3 鉄道車両の部品が故障すると、鉄道が停止し、時間通りに運航ができなくなる。欧州のように長距離の高速鉄道が走っている地域では、車両が故障すると数時間の遅れが発生し、大損害が発生する。そのため、鉄道車両にセンサーを取り付け、車両が故障する兆しが見えるとメンテナンス員が派遣され、故障・停止しない鉄道車両が実現し、高速鉄道の定刻通りの長距離運航が可能になった。この付加価値と差別化により、この車両は売れ、この企業の売り上げは大幅に伸びた。

いかがだろうか。これらの事例の共通要素はお分かりになっただろうか。

上記3つの事例に共通することは、「お困りごと」があったということだ。従来から、「お困りごと」を解決することは「カイゼン」と呼ばれて来た。DX導入、AI導入などというから難しいのであって、困っていることを「カイゼン」によって解決するという、従来から日本企業が得意としてきたことと何ら変わりはない。

ただ、従来の機械技術だけでは、上記のようなカイゼンはできなかった。上記は、情報通信技術が発達し、実用化されるようになったがために、カイゼンが可能になったのである。ロボット技術だけではできなかったが、AIが実用化されるようになったため、可能になったのである。ただそれだけのことでしかない。

3 DX導入により実現する将来の姿

DX導入により実現する将来の姿について、また上記の例を使って説明しよう。

例1 自動車の大量生産が始まった頃、工場の現場では、T型フォード方式と呼ばれる方式が主流で、生産ラインにびったりと人間が張り付き、全ての工程で人間による流れ作業で製品が作られていた。その後、積極的に機械化投資、自動化投資、省力化投資が行われてきたため、機械ができるところは機械に任せ、現在では、どうしても人間でなければできないところだけ人間が作業をするということで、人間が一部に残っている。機械でできないことは機械に任せられない。上記の人間の目による検査もその1つだ。だが、全体的にいえば、機械化投資が進み、工場内の生産ラインでは、人間の数はかなり減ってきた。

だが最近、目や耳や頭脳を持った機械、すなわちAIが実用化されるようになったことで、その作業もまた自動化されることとなった。これまで工場内にいた人間は、AIに置き換わった。これでほぼ人間がいなくなり、工場内の全自動化「完全工場無人化」が完成に近づくこととなる。

例2も同様である。これまで機械化投資、自動化投資、省力化投資が行われてきたが、部品のフィードが団子状態になって詰まる現象だけはどうしても機械では解消できず、詰まるたびに生産ラインを止めて、人間の手で行ってきた。だがそこに目を持ったAIが導入されることで、ここでも人間が行ってきた作業が自動化されることとなった。

例1および例2によっていえることは次の通りである。従来は、ロボットで対応可能な範囲が自動化されてきた。それは、人間の手足を使って作業を行っていた範囲である。今、AIが導入されることで目、耳、頭脳を使って人間が作業をしていた範囲が自動化されていく。そして「最終的な姿」とは、人間の手足、目、耳、頭脳を使って仕事をしていた作業が、機械に置き換わり自動化されていくのである。

オフィスワークも事情は同じだ。現在、全てのオフィスの仕事は人間が行っている。かつて工場の現場で、T型フォード方式で多くの人間が全て手作業で製品を作っていた時代と同じ「労働集約的な仕事の仕方」である。

そのため、今、人間が全ての仕事をしているオフィスワークは、そこに目、耳、頭脳を持ったAIが導入されていくと、AIが作業できる仕事が全てAIに代替されることになる。その過程は、工場の生産現場にロボットが導入されて人間の仕事がロボットに代替されていった歴史と重なる。これからオフィスは、人間が少なくなり、効率化していく。最終的には、AIでできない仕事を担う人間だけが残っていく。「オフィス無人化」が究極の姿である。

オフィスワークの現場において、これからたどる工程は、これまで工場の現場がたどってきた工程と同じ姿である。AIが実用化されたことで、人間の耳、目、頭脳が行ってきた仕事がAIに置き換わっていくのである。

図表 DXが目指す将来の姿
図表 DXが目指す将来の姿

例3-1、3-2、3-3 ここにもまた「お困りごと」があったが、情報通信技術の発達で、重機(ボイラ、鉄道車両)が壊れる前にその事態を事前に知ることができるようになった。これも従来の機械やロボットでは解決できなかった「お困りごと」を情報通信技術によって解決できるようになった事例である。だが、この例は、先述の例1や例2とは少し違う。例1例2は従来、人間が行っていた作業を機械が代替するものであり、人間の削減をもたらすが、例3は、まったく新しく生まれた商品・サービスであり、新しい付加価値であり、他社との差別化であり、売り上げ増を実現する。企業の付加価値は大きく増え、その付加価値を使って人間を大量に雇用し、新たな設備投資を行い、企業は大きく成長する。

例1と例2のようなDX導入だけでは人間はいらなくなってしまう。だが例3のような事例があると、売り上げは増え、雇用者は増える。われわれが目指すべきは、この2つの手法を組み合わせて、生産性を上げ、かつ雇用者を増やすことである。

4 採算性による壁

大企業の工場の中は、自動化、機械化が進み、人間はほんの少人数しかいない。生産量が多いため、ロボットなどの機械化投資をしても十分回収ができ、採算が取れるからだ。

だが中小企業では、生産量が少なく機械化投資をしても回収ができないため、機械化投資ができない。機械よりもコストが安い人間が作業をしている。

このように従来型の機械化投資では、採算性という壁があり、その壁の向こうでは機械化投資ができるものの、こちら側ではできないという境界がある。AI投資・DX投資もまったく同じだ。AI投資・DX投資しても採算が取れる企業では積極的に投資が行われるが、採算が取れない企業では投資は進まず、依然として人間が作業をする低生産性の状態が続く。

従来から機械化投資が行われている過程で、大企業と中小企業との生産性は大きく乖離したが、これからのDX投資が行われる過程においても、両者間の生産性はますます乖離する。

合併とまでいわないが、ゆるやかな何か連携のような形態を導入することで、中小企業においても何とかDX投資を進めることができないものか。そうしないと、日本企業の99.7%を占める中小企業は、DX時代にあってもDX投資ができず、生産性が低いまま、ますます時代に取り残されてしまう。

5 おわりに

DX時代に入って、DX投資が積極的に行われる企業とそうでない企業との差がますます大きく開く。DX時代とは、そういう時代だ。

2022年9月20日掲載

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