IoT, AI等デジタル化の経済学

第142回「DX人材に関する世間の大きな勘違い」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 はじめに

今、世の中は、DX人材育成ブームである。DXを導入し、広く普及させるためには、DX専門家としての人材を多く育成しなければならない、という日本全体を覆う共通認識のようなものが広がっている。

だが、DX人材とは何か、と聞かれて、正確に答えられる人はとても少ないのではないだろうか。その原因は、DXに疎い人々が、DX人材を育成しようとするからである。

世の中の大部分の人は、「DX人材=プログラマー、システムエンジニア」と考えているといってもよい。これが間違いの根本原因である。DX導入は、プログラマー・システムエンジニアが揃えば可能である、という誤った認識が原因だ。

2 DX導入とは何か

ある企業がDX導入のために「DX推進本部」を作るためには、

本部長=CIO・CDO、副本部長、部長、次長、課長、課長代理、係長、係員

というDXの専門知識を持って会社のマネジメントに係る業務を行う事務職と、

プログラマー、システムエンジニア

という実際にプログラムをコーディングし、システムを組み立てる専門職の集団が必要である。両者は全く違う。どちらかが欠けてもDX導入はできない。

本部長は通常は経営者・役員であり、CIO・CDOと呼ばれることが多く、会社の経営方針の一環を担う。

図表1
図表1

DX推進本部が仕事をするとき、その対象は、本社、海外支店、研究開発部門、営業部隊、工場などの現場である。こうした部署と対話をしながらシステムを組み上げていく。

各部署と対話するのは、上記の2つの部門のうち、前者、すなわち「会社のマネジメント業務を担う事務職」である。

図表2
図表2

プログラマーやシステムエンジニアは、従来から、工業高校、高専、専門学校、工業大学などで養成されてきた。既に養成機関はある。量が足らないだけだ。

プログラミングは、私も大学時代、卒論に使うので、必要に迫られて身につけたが、時間の合間を見て、プログラミング言語を習えば足りる。要は言語学だ。

だが、「DXの専門知識を持って会社のマネジメントに係る業務を行う事務職」は、本屋でテキストを買ってきて読めば育成できるというものではない。長い時間をかけてノウハウを取得しなければならない。いま、この職種の人々が必要とされていながら、全くと言ってよいほど、日本にいないのである。これまでどこの会社でも本気で育成してこなかったからだ。しかも、プログラマーのような人材育成の機関自体が存在しない。仕事をしながら、OJTで身につけながら育てていく種類の専門家である。DXの専門人材としてこれから育成が必要なのは、この種の人々なのだ。

3 おわりに

かつて2000年頃、マイケル・ポーターが提唱した「産業クラスター」を我が国でも実践しようと国は多大な予算を付けた。だが現場では、産業クラスターの意味が理解できず、産学連携や企業城下町などと混同し、ほとんど成果を残せなかった、という苦い思い出がある。

一方、ドイツは産業クラスターの意味を正確に理解し、「独り勝ちのドイツ」と呼ばれるほど、強靭な経済を作るのに貢献した。

今、また日本で「DX人材」の誤解が生まれようとしている。今度こそ、DXが日本経済の立て直しに役立つことを期待している。

2022年8月5日掲載

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