IoT, AI等デジタル化の経済学

第141回「大規模なテレワークの社会実験から日本は何も学ばないで終わってしまうのか」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 はじめに

リモートワークは、コロナの拡大によって、事前準備なく、会社にとっては無理やりやらされたという面があるため、コロナの収束が見えてくるにしたがって、元の働き方に戻そうという動きが日本中で広がっている。

それはリモートワーク以前の形態が通常の業務形態であるという日本企業の経営者の思い込みかもしれない。リモートワークには確かにデメリットもあったかもしれないが、メリットもあった。

企業ごとに、リモートワークのメリット・デメリットをきちんと分析・評価し、社員の声を聞き、メリットを取り入れようとする動きは極めて少ない。メリットを取り入れようとしているのはこの問題を科学的に考察できる能力を持った大企業のみに限定されている。

折角、コロナを契機に大規模で行ったリモートワークの社会的な実証実験が、そこから何もメリットを得ないまま、多くの企業で終了してしまうのは惜しい。

世界の中で生産性が低いとされている日本のオフィスワークにおいて、より生産性の高い、そして労働者にとってより快適な労働環境を与える形態として、リモートワークは「切り札」であると筆者は主張してきた。

従来の勤務形態、すなわち長距離を満員電車で通勤し、全員が定時に会社のなかで一緒に働くという勤務形態が合わない人もいるだろう。そういう人は、勤務形態が違えば、もっと才能を発揮して、高いパフォーマンスを発揮できるかもしれない。今の日本人は多様なのである。

会社は、そうした多様な勤務形態を実現し、社員が快適にかつ高いパフォーマンスを発揮出来るような労働環境を、時間とお金を投入してでも提供し、企業の発展につなげる努力をすべきと考える。

筆者がテレワークを日本に残された「最後の切り札」と考える理由は、これまで日本において生産性を上げる様々な試みが行われてきたにもかかわらず、どれも生産性向上につながらなかったからである。

最近でいえば、IoT、AI、ビッグデータ、デジタルなどという言葉で表現されるDX(デジタルトランスフォーメーション)が日本企業の生産性を高める手段として大きく期待された。2013年5月にドイツでインダストリー4.0構想が発表されて以降、10年近く経過した。これまで日本では新聞など各種メデイアで、IoT、AI、ビッグデータ、デジタルに関する記事が大々的に取り上げられ、まさにDXブームだったと言える。だが、現時点では、極めて初歩的な内容が、極めて限定的な範囲内で実施されるにとどまっている。多くの日本企業は、そして日本企業の経営者は、DXでは動かなかったといえる。

岸田政権は、GXとDXを経済成長の2大柱として打ち出したが、GXについてもまた、日本企業の経営者は、生産性を高める手段として、積極的に何かアクションを起こそうという兆しが見えない。

せっかく、コロナのおかげで、日本全体で大規模な実証実験と呼べるようなテレワークを体験したのだから、今後は、テレワークの欠点を補いながら、時間をかけて丁寧に、テレワークで働く環境を作り上げていくことが、これからの日本にとって重要だと考える。

2 コロナ後に向かう企業の動向

行動制限緩和後の「withコロナ」の働き方を調査した日経産業新聞(2021年10月)の「社長100人アンケート」によれば、

緊急事態宣言下での従業員の出社比率  週2日 27.6%
                   週1日 13.8%

行動制限緩和後の従業員の出社比率  引き上げる 57.3%
                  同じ    41.9%

出社比率を引き上げる理由  従業員のコミュニケーションを円滑化 87.8%
              対面が欠かせない業務がある     71.6%

経済活動の本格回復に向けて見直す対策  出張の制限緩和   77.8%
                    会食の制限緩和   59%                     対面営業の再開増加 44.4%

海外出張の本格化の時期  22年4~6月 50%
             22年1~3月 10.8%

世界でのコロナ収束時期  23年 60%

となっている。コロナの収束が見えて来た今となっては、リモートワークの弊害といえる「コミュニケーション不足」「対面が必要な業務」などが顕在化しため、コロナ前の勤務状態に戻そうという動きが経営者側で強まっているとみてとることができる。

日本経済新聞社は「働き方の最適解、企業模索、主要オフィス街分析」と題する調査結果を公表した(2022年7月21日付け)。

調査方法は、東証プライム上場500社超の本社がある東京・横浜・大阪の37地区でスマートフォンなどの携帯通信契約で匿名化し、データ分析の対象とする許可を得た位置情報データを活用した。「勤務者」の2022年6月19~25日の1週間の人流に対して直近の蔓延防止等重点措置解除直前の3月13~19日、コロナ流行前の19年6月最終週と比較した。

技研商事インターナショナルの協力を得て、調査対象地区で調査期間の直前1ケ月に昼間の滞在期間が長かった人を「勤務者」と定義し、平日5日間の延べ出勤者数を集計した。

37地区の22年6月19~25日(第4週)の平日昼間の出勤者数は、蔓延防止等重点措置が解除される前の3月中旬に比べて20%増えていた。36地区で増加していた。

ただコロナ前の19年6月最終週比では39%減となっており、オフィス街の出勤者数は完全には戻っていない。

調査は、当該地域に立地している大企業の多くはテレワークと出社を組み合わせたハイブリッド型の働き方を現時点で導入しており、そのバランスを探っている、と評価している。

だがそれは、日本の中心部に立地する有名な大企業に限定されている。同紙では、専門家のコメントとして、パーソル総研の小林祐児上席主任研究員は「日本ではコロナ禍の新たな働き方との総括がないまま、出社が増えている企業が増えている」との言葉を紹介している。

2 企業経営者に伝わらない社員の意向

株式会社パーソル総合研究所が調査モニターを用いたインターネット定量調査「第六回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査(2022年3月1日発表)を発表した。

調査概要;
全国の就業者 20~59歳男女、勤務先従業員人数10人以上
正規雇用 n=20,490 非正規雇用 n=4,725 公務員・団体職員 n=289
※これまでの調査データと比較するため、主に正規雇用の従業員の数値を用いて分析。
※正社員の調査結果の数値は平成27年国勢調査の正規の社員性年代別の構成比、第四回/五回調査時の職種の構成比に合わせてウェイトバック処理。
※グラフ中のサンプル数はウェイトバック処理後のサンプル数。四捨五入処理の関係で、合計数値が異なる場合がある。

ワクチン普及後の第6波の感染が拡大した2022年2月における正社員のテレワーク実施率は、全国平均で28.5%。第5波の感染が拡大し、第4回緊急事態宣言が発令された2021年7月末に比べると、1.0ポイント増にとどまった。

企業規模別に正社員のテレワーク実施率を見ると、企業規模10-100人未満のテレワーク実施率は15.4%、1万人以上規模では46.9%と31.5ポイントの差がある。2021年7月時点の差は30.3ポイントで、やや拡大傾向。企業規模別のテレワーク実施率格差は依然大きいまま推移している(図表1)。

図表1)企業規模別テレワーク実施率の推移(正社員)
図表1)企業規模別テレワーク実施率の推移(正社員)

多くの企業は相変わらずテレワーク方針を従業員に明示できておらず、「特に案内がない」との回答割合は57.4%と昨年からほぼ変わらない。テレワーク関連の施策も、遠隔会議システムやビジネスチャットツールの導入など、ITツールの導入という表面的レベルにとどまり、従業員同士のコミュニケーションを増やす工夫はまだまだ少ない。

テレワーク実施者のテレワーク継続意向は80.2%。2021年7月末と比較すると78.6%から1.6ポイント増加し、過去最高となった。

従業員のテレワーク継続希望率はついに80%を上回り、過去最高を記録した(図表2)。

図表2)テレワーク実施者のテレワーク継続希望意向推移
図表2)テレワーク実施者のテレワーク継続希望意向推移

ビズリーチが会員を対象に実施したアンケート調査(2022年6月発表)「キャリア観や転職に対する意識についてのアンケート」では、2022年4月時点でリモートワークを「週1回以上実施している」とした人は55%と過半。そのうち「今後もリモートワークを継続したい」という人は96%であった。リモートワークの可否が、転職先を選ぶ際の「基準の一つになる」とする人も多いことがわかった。

キャリア観や転職に対する意識についてのアンケート
アンケート実施:2022年3月 回答数:690

Q:現在、週1回以上のリモートワークをしていますか?
Q:現在、週1回以上のリモートワークをしていますか?
Q:今後もリモートワークを継続したいですか?
Q:今後もリモートワークを継続したいですか?

ビズリーチの会員アンケートでは、2022年4月時点で週1回以上リモートワークをしている人は半数を上回った。通勤の負担を避けられる面もあり、現在も実施している人のうちの実に96%が、今後もリモートワークを継続したいと希望している。

Q:リモートワークの可否は、転職先を選ぶ基準の一つになりますか?
Q:リモートワークの可否は、転職先を選ぶ基準の一つになりますか?

「そう思う」と「どちらかといえば、そう思う」を合計すると7割を超える人が、今後の職場を選ぶうえでリモートワークの可否が基準の一つになると回答した。金銭的な報酬だけでなく、家庭の事情などに合わせた働きやすい環境も、多くの転職検討者が重視するようになったと言える。

5 おわりに

以上、コロナ後のテレワークの動向を占うアンケート調査をいくつか紹介したが、社員の意向と企業経営者の判断が大きく乖離していくのがよく理解されたと思う。

なぜ社員の意向が企業経営者に伝わらないのだろうか。こういう点に日本企業の生産性の低さの原因があるように思える。

2022年7月29日掲載

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