IoT, AI等デジタル化の経済学

第140回「「成長と分配」を実現する生産性向上を目指して(2)-DX時代を勝ち抜く人材・人事-」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/アジア太平洋大学

2 日本の労働生産性が低い要因

日本経済の付加価値を作り出すのは企業である。労働生産性が低迷し、付加価値が低迷しているのは日本企業の行動に原因があるからである。

高い年棒をもらっている企業経営者の本来の役割は、リスクをとって新しいことにチャレンジし、企業の将来の糧を生み出すことであるが、企業経営者が保身化し、企業による投資が低迷している。企業による投資とは、「人への投資」「モノへの投資」である。

これまで国は、財政赤字が膨大に積み上がるほど、財政出動を繰り返してきた。経済学の教科書では、そのマネーが市場で流通し、一定期間、景気を押し上げるとされている。その間に、企業は「リスクをとって新しいことにチャレンジし、将来の糧を生み出すこと」により将来の発展基盤が出来上がる。

だが、企業が投資を控えているため、国が財政出動してもマネーが市場で流通せず、すぐに企業の貯蓄に収まってしまう。要は、国が財政出動すると、そのマネーは、ほとんどそっくりそのまま、企業と個人の貯蓄に移行するだけ、という構図である。これでは国が財政出動しても景気回復につながらない。企業は「リスクをとって新しいことにチャレンジし、将来の糧を生み出すこと」をしようとしない。

企業の内部留保(利益剰余金)の推移
個人金融資産残高の推移

「これまでは国が財政出動してきたがもう限界だ。次は、企業と個人が財政出動する番だ」という声を聴くが、私も賛成だ。

ではなぜ日本企業がこのような行動をとるようになったのか。

日本では「横並び」「船に乗り遅れるな」という言葉があるように、他の企業がやっているのを横目で見て、大丈夫と思えば、自分の会社も始めるというやり方だった。他社のまねをすることが企業経営であり、自分の頭で何も考えなくてもよかった。市場が成長していた時代はこの方法でよかった。

「追いつき、追い越せ」という言葉もまた、欧米先進国に事例があり、それをまねることが企業経営であることを意味する言葉である。

だが、まねるべき欧米の先進事例がなくなり、しかも低成長時代になると、自分の頭で考えないといけなくなった。だが、そうした経営をしたことがなかった日本企業は、何もできなくなってしまった。

新しい何かにチャレンジして失敗すれば責任を取らされる。せっかく、上司に忖度してここまで出世したのに、最後の段階で責任を取らされたら、その後の優雅な人生が大きく狂ってしまう。自分の在任期間中は、新しいことを何もしないという保身化がまん延した。

「和をもって尊しと成す」という言葉があるように、市場が成長していた時代は仕事のパフォーマンスより、人間関係重視や忖度重視で人事が行われた。そうした観点から選抜された企業経営者は、根回しは上手でも、専門性を持った経営者が育つ環境にはならなかった。「上司が見たい絵を描ける人が評価される」人事と言われている。

こうした人事を担っているのが「人事部」である。私がよく出張したドイツでは企業に人事部はない。完全なジョブ型であるため、各部署が採用権限を持っていて「必要な時に必要な人を雇う」という人事である。一方、日本の人事部が行っている人事は、「会社のためなら何でもします、どこへでも行きます」という人事である。よく考えてみれば、ドイツの採用方針の方が正しい。

新卒で一括採用し、人同士の相性を考えないで、人事を行うため、人同士の摩擦が生じやすい。世界的に見ても、日本企業は職場の人間関係が最も悪い部類に入る。人間関係が原因で、日本人の優秀なエネルギーが消耗され、仕事のパフォーマンスにまでエネルギーがまわらない。なぜ、あの人が札幌支店に出向になるのか明確な理由がないまま赴任辞令が出される。

自分の職場では、職場の同僚の間の関係は良いという人の割合
出典)ISSP(国際社会調査プログラム)2015年調査
パワハラの国際比較(2015年)
出典)ISSP(国際社会調査プログラム)2015年調査

かつて、大学院倍増計画があった。欧米企業で働く人は、そのほとんどがドクターの肩書を持っている。日本において、それと同様の社会を目指した計画だったが、日本企業の人事方針が「会社のためなら何でもします、どこへでも行きます」であるため、専門的な仕事を求める博士は「使いづらい」とされ、企業の採用が増えなかった。そのため、博士浪人が大量に溢れ、「優秀な理系の頭脳が大量に捨てられている国」と言われるようになった。

ドイツでは、インターンは約半年である。その場所が自分に合った場所であると判断し、周囲も、その人を仲間に受け入れてもよいと判断するには、そのくらいの時間を要する。自分の居場所であると判断すれば、そのまま就職するが、そうでなければ再び大学に戻る。ドイツの大学は無償である。そして30歳くらいまでに自分の居場所を見つければいいという環境にある。そうして見つけた職場では、人同士の摩擦はない。人間関係に悩むことなく、仕事に専念できる。

会社が終わって夜の居酒屋で上司の悪口を言って不満を吐き出し、帰宅する光景は、知り得る限り日本だけである。いかに日本人が人間関係のストレスに悩まされているか、象徴する光景である(注1)。

また「新卒一括採用」であるため、そのレールに乗れなかった若者は、一生、不遇の人生を歩むことになる。実際、入社してみて想像とは違っていたという人も多いだろうし、入社面接で面接官と相性が合わなかった人もいるだろう。また何かの事情で就活ができなかったという人もいるだろう。だが、日本は雇用流動市場がないため、再就職の能力開発や転職先を探すのはすべて個人の責任であるため、人は企業にしがみつく。政府は、非成長産業から成長産業に人材を移動させることを考えているが、人事部の人事方針が障壁となって進まない。

人事部を廃止すべきである。

日本は1990年代から2000年にかけて大きな構造変化があった。1995年はインターネット元年と呼ばれ、米国のGAFAが創業したのも、この辺りである。GAFAはわずか20年で一気にグローバル巨大企業にのし上がったが、日本ではGAFAに相当する企業は生まれなかった。

また、この頃から日本は少子高齢化が急速に進み、日本の市場が伸びなくなった。にもかかわらず、海外に進出せず、日本市場に固執した。

最近では、脱炭素が大きな課題となっているが、日本企業はこれまでほとんど本気で取り組んでこなかった。石油ショックのときに雑巾を絞り切ったという話をよく聞いた。

本来なら、DX・GX化・国際化という大きな経済構造変化の中で、日本企業は抜本的にビジネスモデルを変えるべきであったが、何もしなかった、何もできなかった、何をしていいか分からなかった。「デジタル怖い、外人怖い」という言葉をよく聞いた。根回しは上手でも専門性がないから、時代の変革を生き抜く経営者が育っていなかったのである。

だが企業は利益を出し続けなければならない。そのため経営者がとった手段が、「人を冷たく扱う」という手法である。すなわち、

・非正規の急増
・賃上げしない
・能力開発への投資が急減

岸田政権は2番目の「賃金を上げない」という点を強調しているが、正確に表現するならば、上記の3セットが、日本企業で広く実施されてきたのである。

非正規が増えれば、仕事は無責任になる。賃上げしなければ人はやる気が出ない。能力開発をしなければ労働生産性は増えない。賃金が上がらなければ、結婚対象の男性が減少し、女性の未婚化・晩婚化も進み、日本は一層少子化が進む。

だが、人を冷たく扱うことで利益を出した経営者が高く評価され、出世してきたのが現実である。

時代が大きく変化しているにもかかわらず、新しい時代を生き抜く人材を育てる人事が行われず、人事が旧態依然だっただけでなく、仕事のやり方も旧態依然のままだった。

日本企業には、企業のパフォーマンスに結び付かない、組織の中だけで閉じた仕事が多く、それが時代を積み重ねるに従って、ますます膨大に増えていったが、だれもリストラをしなかった。

例えば、幹部説明資料や内部打ち合わせ資料についていえば、3枚で十分なところを30枚作らせたり、100枚作らされたが結果的に3枚しか使わなかった、内部資料なので完成度90%で十分なのに、95%、果ては98%の完成度を求められた、などという事例が挙げられる。そうした指示をする人の心理状態は、幹部に対する忖度である。それで自分を評価してもらい、出世したいという心理である。そしてそれが実際に出世に結び付いていたので、若くて優秀な部下に無駄な作業を大量にやらせたのである。

3 ではどうすればいいか?

OECDが世界中で実施している試験PISAをみると、日本人は15歳時点で世界最優秀であるが、企業に入ったとたん、労働生産性は30数位まで落ちる。日本企業の何かがおかしいと言わざるを得ない。

ではどうすればいいか?

案1 保身化した経営者を総入れ替え。戦後のパージのイメージであるが、現在では手段がない。
案2 企業の内部留保に課税し、国が代わって投資する。自民党からたまに出る声である。
案3 人事部の廃止 高度成長期には有効に機能しメリットが大きかったが、今では弊害ばかりが目立ちデメリットの方が大きい。しかし企業の判断にゆだねるしかない。

行動の主体は企業である。企業が動かない以上、国は何ができるか、企業を動かすには国は何をすればよいかを考えないといけない。

2022年6月7日に岸田政権が発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」「骨太の方針」を見ると、「人への投資」、が一番目にきている。政府の対応可能な手段手法としては、やはりここに落ち着くのだろうか。

脚注
  1. ^ 日本とドイツの違いを象徴する社会現象がある。ドイツでは、シェアハウスに新しい人が入居するとき、現在の入居者が知り合いを連れてくる。その人が、何かあった場合の責任を連帯で負う。そして入居者全員が、その人を面接し、全員の合意があって初めて入居を許される。そうして選ばれたので、若い男女が共同生活しても、人同士の摩擦は生じない。快適な共同生活を送ることができる。一方、日本では、入居者の意向に関係なく、大家が入居者を選ぶため、入居者の間で摩擦が発生する。私の知り合いの大学院生(女性)は、入居者の男性と深刻な摩擦が起きて精神的に大きなダメージを受けた。

2022年6月17日掲載

この著者の記事