IoT, AI等デジタル化の経済学

第138回「DX(Digital Transformation)時代における中小企業の人材育成の現状と課題」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/日本生産性本部

中小企業における人材育成は採用と教育の2つの側面を有する。採用に関しては終身雇用制や安定志向などの日本的慣行の影響で理系大学の現役卒業生は大企業志向が強く、中小企業就職希望者が少ない。さらに情報通信技術系の卒業生はもともと人材不足もあり、中途採用に頼りがちで若者はより採用しにくい現実がある。教育に関しては、採用困難に由来する人手不足もあり、教育だけでのメニューの用意に制約が多く、ほぼOJTに頼っている。(地独)神奈川県立産業技術総合研究所(○宮澤 以鋼、山本 多賀子、水矢 亨、長尾 達明、奥田 誠)、(公社)計測自動制御学会 産業ネットワーク・システム部会 新たな価値創造WG(明石 友行、加藤 敦、神余 浩夫、木島 紫苑、熊谷 賢治、郡 泰道、笹嶋 久、澤田 満、高柳 洋一)は、神奈川県内の中小企業を4社ヒアリング調査し、その実態と提言をまとめ、本稿において以下の通り報告していただけることとなった。

本稿の第一執筆者(宮澤 以鋼)は、2016年4月に経済産業研究所において立ち上げた「IoT、AIによる中堅中小企業の競争力強化研究会」(岩本が主催、プロジェクトリーダー)に当初から参加されている委員である(同研究会は、現在、Webで定期的に開催している)。

1 はじめに

DX(Digital Transformation)時代における中小企業の人材育成を強化する目的でその実態を調査・理解し、企業ニーズに合わせて新たな教育研修のメニューを作成・提供し、これによって中小企業の技術力を高める。本調査は中小企業における技術課題と人材育成を対象とし、KISTEC人材育成部とSICE産業ネットワーク・システム部会新たな価値創造WGが協力して実施した。KISTECは人材育成の現状調査と整理を主に担当し、調査結果を踏まえて教育研修のカリキュラムを新たに充実させる。新たな価値創造WGは主に技術課題の整理を担当し、学会の立場で中小企業への技術支援のための提言を行うが、そのまとめは別報で報告する。

なお、本事業は、令和3年度、公益財団法人JKA「公設工業試験研究所等における人材育成等」補助事業として実施されている。本事業の実施によって、中小企業のための人材育成に貢献し、機械振興に寄与する。

本稿では、人材育成について実態をまとめ課題を整理した。中小企業における人材育成は採用と教育の2つの側面を有する。採用に関しては、日本の終身雇用制や学生の安定志向などの慣行の影響を受け、理系大学の現役卒業生を見ると大企業志向が特に強く、中小企業への就職希望者が少ない。これは長年の課題である。

さらに情報通信技術系の卒業生に限って見ると、もともと人材不足ということもあり、ほぼ中堅採用に頼りがちで若者はより採用しにくい現実がある。さらに近年の特徴としては、海外の技術者を正規の社員として雇用することも増えている。教育に関しては、採用困難に由来する人手不足もあり、教育だけでのメニューの用意に制約が多く、ほぼOJT(On the Job Training)に頼っている。

神奈川県内の中小企業を4社ヒアリング調査し、その実態と提言をまとめて報告する。

2 人材採用と育成の現状

日本の終身雇用の慣行に若者(主に大学の現役卒業生)の強い安定志向が加わり、大学卒業生は中小企業への就職希望者が少なく、全体として大学の専門学科から中小企業への安定的な人材供給が確保できていない。この事態は従前続いており、DX時代では、ICT(Information and Communication Technology)専攻の卒業生がもともと人材不足していることもあり、この分野の新卒の採用は極めて困難である。

一部の中堅企業が工業系高等専門学校や職業能力開発総合大学校から新卒を採用したといった少数例はあるものの、大半の中小企業は高等教育を受けた学生の新卒採用をほぼ諦め状況であることが、今回の調査で分かった。

中小企業は現状として中途採用に頼っているが、専門性の観点から人材のマッチングが難しく、さらに企業の訓練を受け入れやすいという人材育成の観点から新卒の確保もある程度不可欠である。調査した企業では、経済成長している東南アジアの国々から優秀な技術系の卒業生を確保し、日本人社員と同条件・同待遇で雇用している。

国内のこのような現状で、在学生は中小企業の魅力を理解する前に、そもそも中小企業のことを知ろうとしていない現状が浮き彫りになった。特に日本人学生は大手企業前提で就職活動をしていることが要因の1つのようである。

調査した中小企業はほぼ中途採用に集中しており、共通して年齢層も幅広く、特に制限は設けず、人物中心で採用している。新型コロナウイルスの影響については、コロナ禍による勤務先の経営状況の悪化により転職してきたケースがあった。さらに業種間に差が広がり、成長分野への人材流動は発生していることがより顕著になりつつある。

加工などの専門分野の人材確保も困難な中で、中小企業を希望するデータサイエンス・AI専門の求職者がほぼいない状況である。ICT分野の人材はそもそも全体的に不足している状況で、企業としてはさらに数学能力の高い人材を期待しているが、この分野の人材はとりわけ不足し希少になっている。

外国人の技術人材の確保が中小企業でも一般的である。待遇面では差別がなく、日本人社員と同様な処遇によりで優秀な人材の確保につながっている。人材供給ルートの確保が容易でない理由もあり、一企業にとっては一国集中の現象も見られる。また日本企業の進出が多いことが理由の1つと思われるが、ほぼ東南アジアの新興国に限定されている一端も特徴の1つである。

入社してからの教育がより重要になってきているが、新入時の短期間研修以外はほぼOJTに依存している実態がうかがえる。習得すべき技術や技能が増える中で、企業によっては、さらにローテーションによる技術習得も実施しており、個人能力の幅の広がりを図っている。

一方、外部の長期で高額な教育研修コースの受講が難しいこともはっきりしている。人手不足による長期の不在は業務への影響が大きいことと、高額な研修はコストパフォーマンスの面で評価が難しいことが理由のようである。

1 専門性による課題

高度な知識や経験が要求される技術の専門性は分野によって異なる性質を有する。中小企業が得意とするオンリーワン技術は加工などの伝統的分野におけるものが多く、OJTにより伝承されることが多い。技術開発も一部の高度な知識と経験を持っている技術者に集中しており、それらは蓄積され、その上で新しい技術が発展する形態となっている。このような集中と蓄積が中小企業の技術発展を支えていることが分かる。

一方、データサイエンス・AIなどICTは従来の技術と大きく異なった新しい技術の導入が盛んで、いわゆるパラダイムシフトが頻繁に起こる分野である。この分野における専門性が高いと同時に従来技術に比べて陳腐化が激しいことも特徴といえる。専門性の特性により、データサイエンス・AIは人材育成よりも、技術の所有者の高給による採用が目立つ。このことは中小企業の人材確保にとっても不利な一面となっている。

すでに指摘したように数学力が必要である。データサイエンス・AIを活用する前に、数学力を持つ技術者により問題を定式化・モデル化し解決につなげる数理的手法の適用が求められる。この意味では良い人材が少なく、具体的に言えば、数学科など専門分野の出身者がもともと少なく、採用がまったくできていない。

データサイエンス・AIの手法を駆使できる人材も少ない。手法など使っても説明できる、あるいは理解することが求められるが、このような人材が少ない。学習し使ってみて効果があったりするが、説明ができなければ、すなわち理解できなければ、課題が変わったときの対応が難しくなる。

実技など技能の高い大学・高専から採用を進めているところもあり、ソフトウェアなどプログラミングの高い技能を兼備している専門人材が少ないことも調査で分かった。

2 教育・育成の課題

2.1 課題のまとめ

技術・ノウハウの共有・伝承が難しい。特にデータサイエンス・AI技術は属人的な側面が強く、周りに波及しにくいだけでなく、欠けると仕事が回らなくなるという意味で人事のローテーションにも影響がある。

教育に充てる時間・予算がない。外部の研修コースはとかく高価でなかなか受けられない。装置などソフトウェアアプリケーション導入時にその研修機会を利用する企業もある。

外国人を採用しているが、言語や文化の壁が存在する。これに対する教育は課題であると同時に、文化の壁は老若間にも存在し、こちらも対処する必要が出ている。

次はその典型的な場合をケース1と2にまとめて報告する。

2.2 ケース1:技術伝承

技術やノウハウが属人化している。属人化は大企業や中小企業を問わず一般の組織でもよく見られる現象である。しかし、このケースから属人化が技術の伝承の妨げになっていることが分かる。

調査を通して、商品開発における技術やノウハウが形式知化できにくいことが浮き彫りになった。具体的には、担当者がどのように教えて良いか、どのように文書化して伝えるかが分からないことが多い。また、中には教えたがらない現象もある。結果的にはその人しかできないので問題が発生したときは助けられなかったり、あるいは逆にその人が抜けたら困ったりする事態に陥る。

この問題点については、企業の規模にかかわらず存在する。しかし、大企業は規模の利点が活用できることにより、一定の社内規定があり、あるいはそのためのツールを導入することが可能で、文書化の規則が明確でそれに従ってやればある程度防ぐことが可能である。しかし、中小企業の場合は規模のメリットが現れにくいため、そのためにツールの導入などはコストの面で難しい。

2.3 ケース2:言語・文化の壁

外国人を雇用することにより言語の壁にぶつかることがよくある。一般にコミュニケーションには日本語や英語が使われるが、日本語の場合は教育が必要である。一定期間を過ぎれば、日本語による会話は一般的に問題ないレベルに到達し、顧客対応も周りの社員に助けを借りながら円滑にできるようになる。しかし、日本語に漢字が使用されているため、文書でのやり取りに課題が残り、完全に解決することが困難のようである。

加えて当事者に解決できない法規や制度上の問題がある。例えば、資格試験や安全教育を受ける場合があり、国家試験あるいは業界団体の資格試験などに日本語が使われる。場合によっては、英語や中国語による受験も可能なものがあるが、英語以外で、例えば東南アジアの現地の言語で受けられるものはまずない。

また、文化の壁も存在する。国による文化の違いがあると同時に、世代間の文化の壁も大きく存在する。昭和、平成と令和の三つの時代を経て、人との付き合いの考え方が顕著に変化しており、顧客対応にその差が現れてくる。例えば、昭和世代のお客さま対応(昔の日本的な慣習)が若者には理解されにくいことが一例である。

また、これに携帯電話のようなハードウェアとしてのツール、さらにSNSのようなインターネットのネットワーキングサービスの利用により、情報に対する認識が変わり、その伝達する速度も世代によって一様ではなくなっている。すなわち、「常識」が異なる世代にとっては「非常識」になることがあり得る。このことはコミュニケーションに支障をもたらすことが多々ある。

3 課題解決のための提言

3.1 人材育成(SICE)

人材育成をネット部会の研究テーマとして継続的に取り組んでいる。課題をSICE学会内でも何らかの形で共有し、関係部門がそれぞれの立場で研究し貢献できることをしていくことが重要である。

学会は大学の有識者や企業の技術者の集まる場で、いわゆる知の集積地である。人材育成のための知識と人材という面でそれぞれの学会の対象とする分野においては国あるいは地域の最高レベルにあるといえる。これらのリソースをいかに活用するかがむしろ課題で、日本の競争力を高める観点で議論する必要がある。また、このような活動はそれぞれの企業体の中で一定の評価をしていただく必要がある。

学会は学術研究発表の場で、人材育成についてもとりわけ高度人材の育成を考えることが多いようである。一方、中小企業はむしろ現場ですぐ使える実学のある人材を求めている。そのためか、市場的には図解と題した制御システムや見て分かる制御理論などのような入門書が売れている。人材育成もこのように実学を中心とした教育研修にすべく、われわれもこのような活動を助けられるような取り組みをしていく必要がある。

また、米国では人材育成の結果として技術者資格の制度を設けている。また、民間主導で実施しているのも特徴である。例えば、米国に本部を置くISA (International Automation of Society) の場合、認証制度として、

  • Certified Automation Professional (CAP)
  • Certified Control System Technician (CCST)

があり(https://www.isa.org/certification参照)、このためのトレーニングプログラムも提供している。プロフェッショナルとテクニシャンの2つのレベルに明確に分けられている。

日本国内では、NECA((一社)日本電気制御機器工業会)が機械安全の技術者資格「セーフティアセッサ制度」(https://www.neca.or.jp/assessor/参照)を立ち上げた。しかし、中小企業を含めてもセーフティアセッサの数は現状まだ少なく、これからの課題である。

3.2 人材育成(KISTEC)

KISTECのような地方公設試は中小企業の人材育成を担っている。各公設試では毎年多くの研修コースが開催され、新しい技術の習得や普及に貢献してきた。

しかし、国際競争においては、日本の中小企業が厳しい環境に置かれ、この数十年間で企業数が激減していると同時に、失われた技術も多い。日本の人口減少も相まって、人材育成は喫緊の課題となっている。さらに、多くの外国人が雇用されるようになり、新たな課題も生まれている。

公設試としては、まず、新しい技術を提供できる研修コースの提供が重要と考える。また、試験装置や設備などを所有している観点から、実習なども組み合わさった研修コースが有効であると考える。

DX時代では、技術者に新たにデータサイエンスやAIの能力が求められるようになる。コンピュータが普及し始めた時期に似たような状況が起こっており、ただ、コンピュータの代わりに現在はデータそのものが原動力である。

このような時代では、大学レベルの基礎数学(線形代数、解析、基本統計・確率)からデータサイエンス・AIまでの習得が技術者にとって必要不可欠である。KISTECとしては、これらをシリーズ化した研修コースの整備が急務である。

また、中小企業に合ったリーズナブルな研修コースを設けることも重要である。教育はすぐ効果が現れにくいもので、人材育成にはそれほどコストがかけられないのも中小企業の現実である。その意味においては、社会のリソースを活用して教育研修を充実させる方策が必要である。

ICTのような新しい技術の普及速度がすさまじく、またその陳腐化も激しい。このような技術の教育には難しい課題が孕(はら)んでいる。典型的なのは教える側の問題である。多くの場合は外部の大学や研究機関などの教育者に依存しているが、実習を伴う研修は公設試の職員が自ら実施している場合が多い。しかし、公設試も同様に情報系の職員採用が難しく、また、在職の職員がそのまま新しい技術を習得し教育することも求められ、自らの人材育成が課題となっている。

4 おわりに

今回の技術調査は神奈川県内の中小企業に協力をいただいた。これらの企業は県内の代表的な開発型の企業で、それぞれ独自の技術を持ち、その特定の分野で力量を発揮している。コロナ禍の影響や時間の限りもあり、より多くの企業を調査するまでには至っていないが、一定の傾向が得られたと考える。また、技術課題は別報で報告しており、これらと合わせて考える必要がある。

DX時代はデータの利活用が重要なテーマになるため、データ処理技術が高度になり、そのための教育研修も高度化して対応する必要がある。企業の意見や要望も聞きながら取り組んでいく。

5 謝辞

本事業は、令和3年度、JKA「公設工業試験研究所等における人材育成等」補助事業として実施されている。
調査にご協力いただいた次の方々に深謝する(調査実施順)。
・アイフォーコム株式会社 広川正和 氏
・株式会社吉岡精工 加藤誠司 氏
・株式会社日本リフツエンジニアリング 藤本真之 氏、伊東大祐 氏
・株式会社三陽製作所 水村滋 氏、角道将人 氏

出典)計測自動制御学会2021年度産業応用部門大会
「中小企業における人材育成の現状と課題」
(公社)計測自動制御学会 産業ネットワーク・システム部会 新たな価値創造WG
(地独)神奈川県立産業技術総合研究所 宮澤 以鋼、山本 多賀子、水矢 亨、長尾 達明、奥田 誠 明石 友行、加藤 敦、神余 浩夫、木島 紫苑、熊谷 賢治、郡 泰道、笹嶋 久、澤田 満、高柳 洋一

2022年3月18日掲載

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