IoT, AI等デジタル化の経済学

第131回「日本のデジタル化はどの方向を向いて進んでいるのか」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/日本生産性本部

1 日本人の持つ特異性が日本の産業を世界と異にする事例

コロナウイルス感染症が世界に拡大する前は、年に1~2回、ドイツを訪問し、専門家と意見交換していた。日本の事情をよく知っている知日派の専門家が、ロボット分野における日独の発展形態が違っていることをよく強調されていた。

ドイツでは、キリスト教の影響を受け、ロボットはあくまで道具であり、人間の仲間と見なされることはない。外見も人間にまねて作られることはない。あくまで道具としての機能を重視した外見になっている。だからインダストリー4.0構想が発表され、マイケル・オズボーン氏による雇用の見通しに関する推計が発表されたとき、ドイツ国民はそれを現実的な問題ととらえ、ロボットを人間に対して脅威を与える存在であるととらえた、と説明する。

だが、日本では、ロボットにニックネームを付け、人間の仲間のように扱っている。ドイツでは考えられないことだ。こうした習慣がある日本では、ロボットやデジタル化により、人間の雇用が奪われるという脅威など、日本人はほとんど感じていないのではないか、と指摘された。たとえ実態は、雇用が奪われたとしても、誰もロボットやデジタル技術それ自体を恨まないのではないか。ドイツでは、ロボットやデジタル技術の存在そのものを脅威をしてとらえるので、両国間には大きな違いがある、とドイツ人専門家は私に言った。

確かに指摘されるように、マイケル・オズボーン氏による推計は、ドイツ国民が脅威と感じているほど、日本人は脅威を感じていない。日独間において、デジタル技術により雇用が奪われることに対する脅威の違いの原因は、こうした国民性の違いにあるのだろう、というのが、そのドイツ人専門家の意見だった。

よく観察してみれば、日本において、ロボットは、若い女性の外見を持った機械として作られることがある。現代において、このようなロボットが作られるのは、私が知る限り日本だけだ。

ロボットは、人間の仲間というドイツ人専門家の意見を、まさに正当化する現象であろう。
若い女性グループによる「女性アイドルグループ」が、ドイツではまったくはやらないのに、日本で大いにはやることも、背景にあるのかもしれない。
ホンダのアシモやソフトバンクのペッパーなども人間の外見をしている。こうした「親しみのわく、愛くるしい外見」をもったヒューマノイド型ロボットが日本の特徴と言えるだろう。
あるドイツ人専門家は、いまちょうど、日本でロボットを開発している世代は、子供の頃に、鉄腕アトムを見て育ったので、アトムを自分の手で作りたいという欲求があるのではないかとの指摘もあった。

機械を開発するには、当然ながら投資対効果が問われる。ロボットの開発は多大な予算を投じるので、それに見合った便益を期待するのが通常であろう。だが、若い女性型ロボットは、果たして投資を回収してもなお利益が出るほどの、一体どのような便益効果があるのだろう。

ここに日本のロボット開発の特異性があると感じている。本当に実用的なロボット、例えば、工場の中で、現時点ではどうしても人間が手作業でしなければできない作業、例えば、機械の裏側に回って組み立てる作業や極めて細かく繊細な作業などを実行できるロボットは、将来出現したとしても、それは女性型ロボットではないだろう。また福島原発の中に入って廃炉作業をするロボットもまた、若い女性型ロボットではないだろう。必要な機能を追求すれば、少なくとも、女性の顔を持ったり、女性のような身体を持ったロボットになるとは到底思えない。

各国の産業は、その国民の指向や習慣に依存して発展する。日本の特有なロボットの発展形態は、果たしてどのように、日本の産業に貢献するのだろうか。

2 米国のGAFAに対する脅威にどのように対抗するのか

ドイツ人は、米国のGAFAに対する強い恐怖感がある。EUなどが法的措置をもってGAFAをなんとか規制しようとしている背景には、その恐怖感が背景にある。恐怖感の背景の1つは、ドイツ人は、ものづくりをしないで、データ処理だけで、そのようなビッグビジネスをできない。だが、米国人はデータを手に入れると一体何をするか分からないという恐怖感である、とドイツ人専門家たちは私に語った。

2つめの恐怖感の背景は、そういった米国の企業が、ドイツに攻め込んできて、ドイツの産業を破壊してしまうのではないか、そうでなくてもドイツ人は、ものづくりだけをして、データはすべて米国企業に独占され、ドイツが米国企業にデータを提供するだけの存在になってしまい、おいしいところは全て米国にもっていかれてしまう。いずれにしても、ドイツの産業は米国に支配されてしまう、という恐怖感である、とも語った。

ドイツを訪問し、ドイツのデジタルの専門家と意見交換していると、日本ではGAFAに対する脅威には、どのように対抗しようとしているのか、と聞かれるが、なにも答えられない。
答えられることは、日本人は、ドイツ人が感じているような恐怖感をほとんど感じていない、ということだ。しかし実態を見ると、GAFAはかなりの勢いで日本市場に進出している。日本人は、あまり何も考えないで各種情報機器を日本製から米国製に乗り換えている。その結果、日本の電機メーカーは敗戦続きで、衰退をしている。

だが日本人はこうした現象に、ほとんど危機感を持っていない。便利な米国製を使えて、毎日の生活の利便性がよくなった、くらいにしかとらえていない、と説明するとドイツ人専門家らは、信じられない、という驚いた顔をする。

3 日独のデジタル技術はどの方向に向かって発展しているのか

2013年にドイツではインダストリー4.0構想が発表された。その直後から、ドイツ人は、米国のGAFAなどの脅威からドイツの産業を守るためにどうすればいいか、国民的な議論が行われたという。そしてたどり着いた結論が以下の通りだ。

ドイツは、もともと、ものづくりの国である。ものづくりをしないで、データ処理だけでは産業を維持していけない。ドイツ人にはそうした才能はない。米国と同じビジネスモデルで、米国には対抗できない。ドイツの有利なものづくり技術を生かすしかない。そのため、ドイツのデジタル化とは、①ものづくりの生産プロセスにデジタル技術を実装して生産性を高めること、そして、②製造した製品にデジタルを実装し、付加価値を高め、差別化し、利益を生み出すこと、という国としての方針にたどり着いた。

ドイツにおいて、この問題を議論していた多くの専門家が、この方向性で一致したのである。
これが、2015年頃だったように思える。いったん、国として進むべき方針について、国民的合意を得てからは、ドイツは、迷うことがなかった。その方向に向かって突き進んでいるように見える。日本においても、人工知能の研究で有名な松尾豊東大教授は、日本においてもこの方針を採用することを主張されている。

翻って、そのドイツから見れば、日本は一体どの方向に進んでいるのか、よく理解できないという。米国のように、データ処理だけでやっていく産業の方向に向かうのか、それともドイツと同じように製造業をベースとし、そこにデジタル技術を実装化するのか、一体どちらを国の方針とするのか、またこれ以外の国の方針を検討しているのか、と私は聞かれるのだが、日本ではそうした議論は、国民的な議論として行われておらず、そのため結論も出ていない。私はドイツ人専門家にはそう説明するしかない。

そうするとデジタル技術が拡散してしまい、どの分野においても世界の中で強みを発揮できないではないか、これからの世界の競争はそう生易しいものではないので、どこかに一点集中的に、国民の技術力を集中しないと、世界の中で勝ち残っていけないのではないか、などとドイツ人専門家に指摘される。

2021年8月10日掲載