IoT, AI等デジタル化の経済学

第130回「日本企業のDX導入が遅れている背景」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/日本生産性本部

1 はじめに

最近、各種メデイアでDXに関する記事を見ない日はない。まさに「DX(デジタルトランスフォーメーション)ブーム」と呼ぶにふさわしい現象が今の日本で起きている。日本では、IT、ICT、IoT、AI、ビッグデータ、デジタルなどと呼び方はさまざまに変化してきたが、中身自体はほとんど変わっていない。

コロナ後を見据えた企業の対応として、今やDX導入が中核となっている感がある。ここでも日本企業特有の、横並び現象、バスに乗り遅れるな、といった意識が働いているように見える。

“あの会社がやっているからわが社も何かやらないといけない”という発想でスタートした企業も多いのではないだろうか。本当に地に足のついた取り組みがなされている企業はどのくらいあるのだろうか。

また、今のDXブームが日本企業の国際競争力にどのくらい貢献するのだろうか。

2 日本企業が世界の周回遅れとなった背景

日本のDXは、米、独、中などのDX先進国と比べると、周回遅れと言われてきた。まずその原因を考えてみたい。

(1)各種の既存のアンケート調査から何度も指摘されてきたことである。日本企業は、「DXとはそもそも何かがわかっていない」「DX人材がいない」の2点が常にアンケート調査の上位を占める。

私も大学院を出る時、銀行への就職を考えたことがあったが、生涯、電算機室のなかで電算機のおもりをする仕事だと知り、会社の経営にタッチできない、会社の主流から最初から外されている、と思った。

今でも、私の専門が情報通信であると説明すると、多くの人は、プログラマーと勘違いされることが多い。残念ながら。私が学んだ大学では、情報通信の専門知識を持った企業の経営者の幹部を養成しているのであって、プログラマーを養成してはいない。こうした情報通信に対する人々の理解のなさが、日本企業のなかに、情報通信の専門家不在を作り出し、今頃になって、DXとはそもそも何かがわからない、専門家がいない、という事態を作り上げてきたのであろう。

(2)こうした情報通信に対する理解のなさから、情報化投資は、人間が行っている業務をそのまま機械に置き換えるだけの人員削減・コスト削減の投資(守りの投資と呼ばれている)だと多くの日本企業の経営者は考えてきた。これまでの各種のアンケート調査結果から、この点も何度も指摘されてきたことである。

確かにこうした投資が否定されるものではないが、こうした投資は、事務を効率化するが、売上高増には結びつかない。

情報通信がわからない経営者であっても、人間の仕事を機械に置き換える投資、ということであれば容易に理解できる。情報化投資が、単なる人間から機械への代替であるのなら、無理して投資しなくてもよい、安い人件費の労働者にやらせておけばよい、人件費の方が安い、そうした人々の仕事を楽にしてやる必要はない、などという発想になり、それが情報化投資を遅らせて来た可能性がある。

(3)本稿では、第三の要因について少し深く考察する。それは、情報通信の専門家の偏在である。この点も過去の各種アンケート調査で明らかにされ、何度も指摘されてきた点である。

それは情報通信の専門家が、ユーザー企業には極端に少ない、ということである。この問題は深刻である。

図1 IT人材が従事する産業の各国比較
図1 IT人材が従事する産業の各国比較
注1)日本はユーザー企業のIT人材が不足
注2)ITの重要性が理解できないのでITを調達しない
出典)経済財政白書2021

どんなに供給側が優秀なDX人材を揃えても、ユーザー企業が発注しなければ、彼らが能力を発揮することはない。もしユーザー企業の発注内容が、古いシステムの更新や人間の仕事を機械に代替するシステムの構築などであったならば、供給側はそれに従わざるをえない。そのうち彼らの能力も落ちてこよう。

DX人材が伸びるには、困難な仕事を与えることであるが、そうした仕事がなければ、才能が朽ちていくだけである。

ユーザー企業が、情報通信を企業の重要な将来の発展基盤と考え、企業の成長のための投資として捉えて初めてユーザー企業も成長する。

もしユーザー企業が、どんなに優秀な情報通信の専門家を雇っても、電算機室で電算機のお守りだけをやらせるような人事が、日本全国の日本企業で行われてきたのだろうが、そうした人事の結果、ユーザー企業への優秀な情報通信の専門家の集積を遅らせ、今の時代のようにDXがいきなりブームになっても、なかなか対応できず、情報通信の専門家でない人が、従来のところてん人事の結果、会社のCIO、CDOに就いたものの、一体何をしていいかわからない(最近、メデイアではこうした人のことを「名ばかりCIO」と呼んでいる)、社内にDX人材がいないので、外部から中途採用するが、採用する側が、そもそもDX人材とは何かがわかっていないため、プログラマーばかり採用し、結局、会社として身動きがとれなくなっている、という会社も多いだろう。DXは付け焼刃でできるようなことではない。

3 おわりに

各種のアンケート調査に見られるように、DXの専門家が社内におらず、しかもDXとは何かがそもそもわかっていない状態で、バスに乗り遅れるな式にDXに取り組んでいる日本企業の横並び行動は、かつて、日本企業が横並びで、社内の電算機室に優秀な情報通信の専門家を閉じ込め、会社の主流にさせなかった時代と一体どこが違うのだろうかとさえ思える。

米国のGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のように、モノを作らず、情報通信技術だけで、短期間でビッグビジネスを作り上げた状況は、日本企業の経営者は、ほとんど理解できないのではないだろうか。今後とも日本では、情報通信を日本企業が理解しようとしない状況が続くのだろうか。

2021年7月20日掲載

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