IoT, AI等デジタル化の経済学

第129回「中小企業へのDX導入の難しさには、大企業とは違う要因が存在する」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/日本生産性本部

(1)中小企業へのDX導入の難しさ

大企業に比べ中小企業でのDX導入が進まないのは、大企業とは違った、中小企業が抱える固有の事情がある。それは、「中小企業DX分野」の専門家がほとんどいないことである。ここでいう専門家は、コーディングやプログラミングを行う専門家のことではない。そういった専門家は、地方の中小ITベンダーに多くいる。そうではなくて、私が言う専門家とは、世の中でCIO、CDOと呼ばれるような、企業の経営方針の一環としてデジタル投資を考え、業務改革、働き方改革、企業の長期的な発展基盤としてデジタル投資を考えて、投資内容の企画と設計を行う専門家のことである。そういう人は、通常、中小企業の中にはいないし、地方の中小ITベンダーにもほとんどいない。

多くの中小企業の社長さんは、プログラムを書いてコーディングできる人がいると、DX導入ができると思っている人が多いが、その考え方自体が、中小企業へのDX導入を難しくしている大きな要因でもある。

ほとんどの企業では、経営者の直感のようなもので、デジタルを導入する領域を決め、そのうちの一部の「繰り返し業務(ルーテイン業務)」を自動化するだけである。なぜ今、そこにデジタルを導入するのか、データや根拠を持って説明できる経営者はほとんどいないのではないだろうか。デジタル化を、企業の将来の発展基盤として位置付け、自社の将来像を見据えた中長期的な経営戦略として取り組んでいる企業はとても少ない。

大企業が大手ITベンダーからデジタルを導入するとき、ITベンダーがコンサルタントを派遣したり、ITコンサルタント会社がコンサルタントを派遣したり、デジタル導入企業にはCIO、CDOがいたりするが、そういった大きな視野でデジタル投資を考える専門家の中小企業版である。

そういう人の人件費は高いので、中小企業の中に通常いない。また中小企業の外においても、存在しているのは、「大企業DX分野」の専門家ばかりであり、「中小企業DX」の専門家はほとんどいない。なぜなら、大企業DXのビジネスを手掛ける方が利益が大きいからだ。中小企業DXの専門家を大手ITベンダーやITコンサルティング会社が投資して育成しても、利益が小さく、投資の回収が難しい。私が、中小企業DXの人材育成は公的機関が担う必要があると主張する所以である。

情報通信技術が高度に発展した現代では、企業へのDX導入は、企業の組織を変え、働く人々を変え、働き方を変え、商品を変え、顧客にも大きな影響を与える。デジタル化は、企業の将来を大きく左右する経営方針そのものであり、将来の企業の発展基盤である。また、デジタル化の将来の大きなビジョンを描き、あらゆる課題を抽出し、その課題を解決するためのデジタル技術のユースケースを抽出し、どのデジタル手法による課題解決が、企業にとって最も良いのかなども検討し、そうした大きな視点からのあらゆる検討の結果、具体的な実施内容とロードマップを作成し、そうしてやっとITベンダーに発注できるのである。だが、そうした大きな視点からの検討を全てすっ飛ばして、プログラマーにコーディング作業を発注すればすぐにデジタル導入ができると信じている中小企業の社長さんが多いことも事実であり、それがまた、中小企業へのデジタル導入を阻害する大きな要因でもある。

筆者が主催する「IoT、AIによる中堅中小企業の競争力研究会」をスタートした2016年4月頃と比べ、今は中小企業DXを取り巻く事情は劇的に変わった。

当時、中小企業の社長さんたちは、デジタルは大企業のものと思っていた。自分たちのような中小企業には関係ないと思っていた。また、もしデジタルを導入するにしても、何をどうすればいいのか、自社にとってどのような効果があるのか、ほとんど分からなかった。上記研究会に参加したモデル企業は、新しいものが好きな好奇心溢れる企業ばかりだった。必ずしも日本の中小企業の平均値ではなかったかもしれない。

だが今、デジタルを自社の問題として真剣に考える中小企業の社長は多い。デジタルは大企業だけのものとはもう誰も考えていない。新聞など多くのメディアにいろいろな事例が掲載され、社長さんは、もし自社に導入するならどのようなものがあるのか、どのような効果があるのかなどなど知識自体は増えている。もし自社に導入するのなら、これにしようか、あれにしようか、と考える社長さんも多い。だがそれでもデジタルの導入は進まない。

それは、上述した企画・設計ができる専門家が、自社内にも、会社の外の近くにもいないからである。地方の中小ITベンダーは、具体的なスペックをもって発注すれば、プログラムを書くことはできる。だが、企業経営の視点から、企画・設計し、中小ITベンダーに発注するまでもっていける専門家がいない。中小企業DX分野には、社内にも社外にも、CIO、CDOがいないのだ。

「中小企業DX」の専門家が現在、日本にいない以上、どこかで誰かが、養成するしかない。

DX専門家の人件費はとても高い。恐らく年間数千万円だろう。もし民間ベースで進めようとするなら、中小企業はそうした人件費を払わないといけないが、その規模の人件費を払える中小企業はごく少数だろう。

そうならば、公的機関が専門家を養成し、公的機関が低廉な価格で中小企業に派遣しなければいけない。ドイツは、その点をよく理解していた。

(2)中小企業のDX導入を後押しする支援の在り方について

ドイツはその点に早くから気が付いていた。2013年に「インダストリー4.0構想」を発表したが、その直後から、政府は中小企業へのデジタル導入を検討し始め、2014~2015年頃には、下記に述べる「テストベッド方式」を採用して、国内でプロジェクトをスタートしていた。日本よりもはるかに早い。

日本では、国内に「中小企業DX」の専門家がいることを前提にして、各種施策が組まれていったが、専門家の育成に投資をしなかったので、なかなかうまくいかなかった。図らずも、私が主催する「IoT、AIによる中堅中小企業の競争力強化研究会」で成果が生まれたことで、専門家の育成が必要不可欠であったことが分かったのである。そして、ドイツのダルムシュタット工科大学に訪問し、改めて専門家の育成の必要性が確認できた。

ドイツは日本と同じ、企業数の99.7%が中小企業であるため、経済エネルギー省は早くから、ドイツ産業の生産性を上げるには、中小企業の生産性を上げる必要があるとして、「ミッテルシュタント4.0」プロジェクトに取り組んでいた。ミッテルシュタントとは、ドイツ語で中小企業の意であり、そのプロジェクトは、中小企業にインダストリー4.0(デジタル技術)を導入するプロジェクトである。

その最も成功しているといわれるダルムシュタット工科大学コンペテンスセンターを2019年に訪問した。コロナ前に訪問できて幸運だった。

そこでは「中小企業DX」の専門家を訓練育成し、大学の周辺の中小企業に派遣していた。契約に基づく派遣であり、コンサルタントフィーを得、それをまた専門家の訓練育成に当てていた。

日本と同様、ドイツにおいてもまた、「中小企業DX」の専門家はいなかった。それを理解していたドイツ政府は、予算を投じて専門家を訓練育成したのである。

私が主催する「IoT、AIによる中堅中小企業の競争力強化研究会」の委員は当初、「中小企業DX」の専門家ではなかったが、5年間、モデル企業9社に助言することで、専門家になった。この研究会が成功したのは、研究会の専門家が、中小企業のDX導入において、必要な役割を果たしたからと言える。

期せずして、日独で、「中小企業DX」の専門家を訓練育成して企業にコンサルティングする、という手法に収斂していったのである。

後は、コンサルタントフォーをいくら頂くか、という問題である。ドイツのダルムシュタット大学コンペテンスセンターによるコンサルティングは、推測だが、1社あたり4~5千万円程度を得ている。

一方、私が2016年4月から主催してきた研究会によるコンサルティングは無料で行った。日本で、中小企業から4~5千万円を頂きます、と言えば、どの企業も参加しなかっただろう。日本の中小企業には、コンサルティングに数千万円を払うという文化はほとんどないからだ。

図1 社内にDX専門家がいる場合といない場合の比較
図1 社内にDX専門家がいる場合といない場合の比較
注 左のように、社内にDX専門家がいると外部のITベンダーに具体的な指示が発注されるが、右のように、社内に専門家がいないと社長の指示は具体化されない。
図2 社内にDX専門家がいない場合の外部組織による支援の仕方
図2 社内にDX専門家がいない場合の外部組織による支援の仕方

(3)DX導入による効果

多くの中小企業にとって、DX導入により、どのような効果が見込めるのだろうか。私の印象では、デジタルを用いたカイゼンは飛躍的な向上をもたらすケースが多い、という印象である。

研究会に参加されたモデル企業9社のうち多くの企業は、形態こそ違え、機械設備の稼働率向上、または生産ラインの稼働率向上を目指した内容となった。研究会をスタートした当初は、どのような形態になるのか、予想がつかなかったが、いろいろと議論した結果、このような形態に至ったのである。冷静に考えれば、妥当な内容であり、理由がある。

今、日立製作所のLumada、三菱電機のe-F@ctoryが、企業の屋台骨を支えるほどに需要があり好調である。こうした現象は、世間には、「機械設備の稼働率の向上」「止まらない機械」に対するニーズがとても強いことを示している。

おおざっぱに言って、稼働率が例えば10%向上すれば、生産能力が10%高まり、普通はそれがそのまま売り上げ増につながる。すなわち、もし企業の年間売上高が50億円であった場合、1~3千万円くらいのデジタル投資で、年間売り上げが5億円増えるのである。10年間で50億円の売り上げ増である。すなわち、投資対リターンが大きいこと、そして技術内容がとても簡単で、デジタルのことがほとんど分からない人にも容易に理解できる。

なお、企業が、「紙ベースの労働集約的」であった場合には、企業によって一律とは言えないかもしれないが、まずはペーパーレス化から入っていくのがいいということも分かってきた。「紙ベースの労働集約的な」中小企業は日本にはとてもたくさんある。そういう職場で長年働いてきた人にとって、デジタル、DX、IoT、AI、データなどと聞くと、まずは保身になるということは当然だろう。パソコンが日本に当たり前のように普及した今でも、いまだに電話とファックスで仕事をしている中小企業もかなりあると聞いている。

そこで、まず、企業で働いている人々が、大変だ、なんとかしたい、と思っている分野に絞って、ペーパーレス化を導入するのである。そのことで、デジタルというのは、怖いことでもなんでもなくて、自分たちの労働を軽減してくれるものだという安心感が得られる。企業の中に、デジタルを導入することを受け入れる素地を作るという意味があり、その効果は、企業の将来の発展を考えた場合、とても大きい。

いくらデジタルを導入しても、労働者の反発をかったり、使われなければ、何にもならない。ある企業では、「紙ベースの人海戦術」の労働が長年続いていたが、あるとき、社長がデジタル導入を言い始めたとたん、多くの熟練作業員が一度に辞めたと聞いた。

今、飛躍的に発達したデジタル技術を導入すれば、人の働き方は大きく変わる。その変化が、そこで働く人間にとって、マイナスであれば、何にもならない。機械は、人間の生活を豊かにするものでなければならない。デジタル技術の導入は、「働き方改革」であり「企業の経営方針」そのものであり、これからの「企業の発展基盤」である。だからこそ、CIO、CDOという職種の人が、経営層に入って、企業経営の一環として、デジタル投資を考えるのである。そうしたことを理解している企業が、将来の成功をつかむ。

ペーパーレス化は、そのためのスタート点として、とても有効であるということも研究会を通じて分かってきたことである。

(4)コロナ後の中小企業のDX導入

① コロナが加速したDX導入

コロナが拡大する前から、第四次産業革命が起きていて、世界中で、デジタル化が進んでいた。だが、コロナで大きく落ち込んだ経済を回復するために、世界中がDX導入を加速させている(注1)。もはや、DX以外の選択肢はないと思われる。このような加速化される時代にあって。中小企業がその潮流に乗り遅れれば、企業の発展は難しくなるだろう。世界的に加速化されるDXに中小企業も追従しないといけない。

② もはや以前には戻れない働き方

コロナ対策として、リモートワークが普及したが、実は、リモートの方が生産性が上がることが分かった人も多いだろう(注2)。

リモートで働きたいという人を、元の働き方に戻す理由は何もない。リモートの方が企業にとっても、その人にとってもメリットがあるからだ。

一方、従来通り、毎日決まった時間に会社に出社したほうがよいという人もいるだろう。リモートワークは自分には合わないと分かった人もいる。

そういった多種多様な働き方が混在する中で、企業として最大のパフォーマンスをあげるため、個々のニーズに応えられるためには、デジタル技術の活用が必要不可欠である。

脚注
  1. ^ 社長100人アンケート」によれば、2021年度のデジタル投資を20年度よりも増やす企業は73.4%、その増加の割合も3割以上が約40%となっている。

    2021年度のデジタル投資を20年度よりも
    増やす 73.4%  減らす 3.3%  変わらない 23.3%

    増やす企業 増加の割合
    1割 28.2%  2割 32.4%  3割以上 39.4%

    投資を増やす対象
     セキュリテイー強化 70.5%
     社内手続きのオンライン化 60.2%
     省人化 55.7%
     リモートワークの設備機材 51.1%

    出典)「社長100人アンケート」(日本経済新聞社)2021年4月5日発表
    *「社長100人アンケート」 国内主要企業の社長(会長などを含む)を対象に、2021年3月12日から29日に実施し、141社から回答。
  2. ^ パーソル総合研究所の「コロナ収束後のテレワーク継続希望率に関する調査(2020年11月)」によれば、テレワークを希望する正社員の比率は増加している。2020年11月調査では78.6%まで増えている。

    2020年11月調査

    テレワークを
     続けたい 53.0%
     やや続けたい 25.6%
     どちらともいえない 14.6%
     あまり続けたくない 4.8%
     続けたくない 1.9%

    続けたい+やや続けたいの合計
     4月調査 53.2%
     5月調査 69.4%
     11月調査 78.6%

    https://rc.persol-group.co.jp/news/202012160001.html

2021年4月28日掲載

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