IoT, AI等デジタル化の経済学

第120回「試行錯誤から得た中小企業・製造業のデジタルトランスフォーメーションの進め方」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/日本生産性本部

1 はじめに

2016年4月に筆者が主催する「IoT、AIによる中堅・中小企業競争力強化研究会」を立ち上げ、参加したモデル企業は9社となった。すでにIoT、AI投資が行われ、いくつかの企業で成果が計測されている。またモデル企業は全て製造業であるが、B to B、B to C、ものづくりサービス業、小規模企業など種類も揃ってきた。これまでの取り組みの結果、中小企業への円滑なIoT、AI導入を行い、飛躍的な効果を生み出すための各種のノウハウが蓄積されてきた。特に、中小企業にIoT、AIを導入するに当たっての「手順マニュアル」のようなものがほぼ確立されてきた。また研究会のオブザーバーとして参加し、支援ノウハウを吸収してきた地方自治体においても2018年度から同様の研究会が発足し、その数は順次増加しており、本取り組みは全国的な広がりを見せている。

本稿では、本研究会で得られた各種の成果や成功のノウハウの一部を紹介する。

本研究会では、専門家である委員6人が、モデル企業に対して、コンサルティングを行う代わりに、「試行錯誤のノウハウ」を、全国の中小企業のために、全て公開していただいた。なぜなら、本研究会は、日本国内全ての中堅・中小企業全体の競争力強化を目的とする公益目的の研究会だからである。

2016年4月から開催してきた「IoT、AIによる中堅・中小企業の競争力強化研究会(以下、当研究会という)」は、これまでモデル企業の立地場所を問わず、個々の企業の実績を積み上げることに専念してきたが、2020年度から、特定都市に立地する中堅・中小企業をモデル企業として、IoT、AIの実装化支援を行い、デジタル技術を用いた特定都市の産業振興を実施する。すなわち、中小企業振興から中小企業・地域経済振興、すなわち「面的な振興に関する取り組み」へと理念を拡大する。従来は、個々の単独企業の振興を考えてきたが、今後は、地域経済という面的なエリアでの振興を考え、モデル都市の実績を積み上げることでノウハウを蓄積することを試みる。まず、初年度は長野県上田市をモデル都市とし、そこに立地する企業を対象に研究会を開催し、良好な成果が計測できれば、次のモデル都市に移行する。

上田市のモデル企業は、研究会開催中にIoT、AI投資を行い、効果を計測する。通常は企業内にとどまっている企業ノウハウである「試行錯誤のノウハウ」を上田市の企業に公開することで、上田市の企業のIoT、AI投資を促し、上田市の企業全体の振興を図る。その代わり、参加モデル企業は当研究会の有識者等からIoT、AI導入に向けた総合的かつ多面的なアドバイス・コンサルティングを無償で受ける。

新商品の開発、商品の高付加価値化による他社との差別化などによる売上増・利益増の「攻めのデジタル投資」を目指す。なぜなら、デジタル技術を解雇の道具として使うと従業員の働く意欲が削がれ、非協力的になるが、「攻めの投資」に向かうと、わくわく感が生まれ、従業員も楽しく、ボーナスも増えるなどメリットが大きい。当計画は後者を目指す。

2 モデル企業9社のIoT、AI投資の概要

モデル企業9社は、事務部門と製造現場の双方にIoT、AIを導入した。その内容を総括すると次のようになる。

2-1 事務部門への投資

単純な仕事、ルーティン業務を機械化した。そうすると、例えば、10人で100の仕事を1時間で行ってきたものが、40分でできるようになる。すると、

  1. 1)もっと多くの仕事を増やすことができる。さらに20分の仕事が可能になるので、業務処理能力は1.5倍になる。
  2. 2)余った人材を他の部署、例えば営業部に移すことができ売上が増える。
  3. 3)単純・ルーティン業務から解放され、より創造的な仕事に集中できるようになる。これは企業の競争力を高めることになり、売り上げが増える。

2-2 製造現場への投資

製造現場への投資は、基本的には「見える化」である。だが、「見える化」だけでは何ら変化はない。見える化した結果、どうしたかである。

  1. 1)ある企業は、機械が壊れると運転員が修理していたため、修理に長時間を要していた。そこで、見える化により遠隔で機械の稼働状況を専門家集団が監視し、壊れたらすぐに駆け付けて修理し、または壊れる前に修理することで機械が停止している時間を短縮し、生産ラインの稼働率を向上できた。また運転員は、機械の知識はほとんど不要になったため、人件費の安いパートで可能になった。こうして、人件費が下がり、生産ラインの稼働率が上がったことで、生産コストの大幅低下、生産能力の大幅増強となった。
  2. 2)機械が停止する要因を分析し、その要因を潰していくことで、機械の稼働率を上げることに取り組んでいる。目標は稼働率+10%である。この機械を用いる製品の売上高は年間1500億円であるため、稼働率が+10%上昇すると、単純に考えれば売上高も+10%、すなわち+150億円増える。
  3. 3)顧客の機械の稼働状況を見える化してモニターし、止まらない機械を目指す。このサービスに対する需要は大きく、従業員の平均賃金は上場企業の平均よりも高い。

以上、3社の事例を挙げたが、結局、モデル企業9社は、導入形態さえ違え、最終的に目指したものは「生産ラインの稼働率向上、機械設備の稼働率向上」「止まらない機械」であった。これは、製造企業の生産能力を高め、売り上げを増やすことにつながる。

3 なぜ中小企業ではIoT、AI導入が進まないのか

この点は、各種の調査でも明らかにされ、同じ問題点が何度も指摘されている。すなわち、日本では、「コストダウン・労働力カット」の「守りの投資」が主流だからである。この投資はとても簡単であり、誰にでも分かる投資である。人間が行ってきた仕事を、そのまま機械に代替されるだけなので、技術のことが分からない経営者にも容易に理解できる。

だが、この投資は、つまらないし、わくわく感がない。次は自分の首が切られるのかと思うと不安になる。また投資対リターンが小さい。恐らく利益率が1%でも増えればいい方であろう。その結果、情報化投資は利益にはつながらない、という固定概念が企業経営者に残り、益々投資が低迷するという負の連鎖になっている。

一方、「攻めの投資」と呼ばれる新しい製品の開発、新しいビジネスモデルの開発、売り上げ増につながる投資は、企業経営者が自分の頭で考えないといけない。「和を以って尊しと成す」「人源関係重視」「出る杭は打たれる」などの慣習がある日本企業では、自分の頭で考えることは最も不得意とするところである。何か新しいことにチャレンジして失敗すると責任を取らされる。

一方、日本企業は他人の真似をすることは得意である。責任を取らなくてもいいからである。そこで、マネができるような「典型的な成功ビジネスモデル」を世の中に提示し、それを真似てもらうことが重要である。日本企業の従来の習慣を変える必要がない。

山本五十六の有名な言葉「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」のとおりに実践するのである。

4 単純で分かりやすい典型的な成功ビジネスモデルの提示

中小企業が自分の頭で何も考えなくても真似さえすればよい「単純で分かりやすい典型的な成功ビジネスモデル」を提示することが、中小企業・製造業のデジタルトランスフォーメーションを進める秘訣であると考える。

それは何か? すでに上記に示している。

例えば、日立製作所のLumadaや三菱電機のe-F@ctoryは、既存の生産ラインや機械設備に実装し、稼働率を上げ、または止まらない機械を目指すものである。Lumadaやe-F@ctoryの売り上げの好調さは、「生産ラインや機械設備の稼働率を上げる」または「止まらない機械」に対する世の中の強いニーズを示している。機械の稼働データを「見える化」して、「生産ラインや機械設備の稼働率を上げる」または「止まらない機械」を目指す。これこそが、中小企業・製造業が一斉に導入すべき「典型的な成功ビジネスモデル」である。

これが、2016年4月に筆者が主催する「IoT、AIによる中堅・中小企業競争力強化研究会」を立ち上げ、参加したモデル企業9社を実証の場として、これまで検討してきた最終結論と言えよう。

5 その他研究会から得られた研究成果

5-1

中小企業には情報通信の専門家がいないため、IoT、AI導入が進まないと繰り返し指摘されてきた。筆者が主催する「IoT、AIによる中堅・中小企業競争力強化研究会」では、専門家委員6人が、モデル企業に対して、専門的なコンサルティングを無償で行った。その結果、売り上げが増えるという成果が出たことは、こうした専門家集団が有効なコンサルティングを行えば、十分機能することを実証したことになる。専門家集団によるコンサルティング手法が成功したのである。

5-2

ITベンダーは、顧客にIoT、AIを提案するが、なかなか受け入れられない。それはデジタル技術やシステムを提案しているからである。私は、IoT、AIの提案は、強調した言い方をすれば、「働き方改革」の提案であると思っている。

ロボットは人間の肉体労働を代替し、これから本格的に導入されるAIは人間の頭脳を代替する。製造現場では、熟練作業員が高齢化し、作業員は不足し、高齢化した作業員の仕事は不安定化する。そこに機械を導入すれば、熟練作業員の働き方は大きく変わる。またリモートワークの導入は、日本人の働き方の概念を大きく変えた。このように、デジタル技術を導入すると、人間の働き方は大きく変わるのである。人が機械に合わせて働くのでなく、機械が人間に合わせて働くのである。人間が世の中の中心である。まず、人間が働きやすい職場はどういうものか、やりがいのある働き方とはどういうものか、というのが先にあり、それを実現するために、IoT、AIが導入されるべきである。「人間が中心である」という考えを見失って、機械の売り込みに熱中するから、顧客は受け入れないのである。

5-3

地域経済の低迷とともに、地銀信金の売り上げは減少し、経営が苦しくなっている地銀信金は多い。新しいビジネスモデルを見出し、新しい事業を展開して売り上げ増を目指すことが求められているがなかなか糸口が見出されていない。だが、中小企業によるIoT、AI導入は、そこに資金需要が発生し、地銀信金の新しい融資先になる。ここには、地銀信金が活度を見いだす1つの可能性があるかもしれない。

6 さいごに

中小企業のデジタルトランスフォーメーションが進まないと愚痴を言っても仕方ない。中小企業の構造が変わらないと何も進まないと言っていると、デジタルトランスフォーメーションはいつまでたっても何も進まない。

中小企業の行動様式や発想を前提とした上で、それでもなお、デジタルトランスフォーメーションを進めるにはどうすれがいいか、と考える段階に入っている。

日本は総企業数の99.7%が中小企業である「中小企業の国」である。その中小企業の生産性を上げなければ、日本全体の生産性は上げることはできない。技術が大きく進化した情報通信技術を用いた生産性の向上は、まさに今でなければできないことである。

2020年9月16日掲載

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