IoT, AI等デジタル化の経済学

第119回「中小企業のデジタルトランスフォーメーション」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/日本生産性本部

1 2016年4月から主催してきた研究会

2016年4月に筆者が主催する「IoT、AIによる中堅・中小企業競争力強化研究会」が立ち上って以降、参加したモデル企業は9社となった。 既にIoT、AI投資が行われ、いくつかの企業で成果が計測されている。またモデル企業は全て製造業であるが、BtoB、BtoC、ものづくりサービス業、小規模企業など種類も揃ってきた。これまでの取り組みの結果、中小企業への円滑なIoT、AI導入を行い、飛躍的な効果を生み出すための各種のノウハウが蓄積されてきた。特に、中小企業にIoT、AIを導入するに当たっての「手順マニュアル」のようなものがほぼ確立されてきた。また研究会のオブザーバーとして参加し、支援ノウハウを吸収してきた地方自治体においても2018年度以降、同様の研究会が発足し、その数は順次増加しており、本取り組みは全国的な広がりを見せている。

研究会に参加するモデル企業に対して求めた条件は以下の2つである。
1) IoT、AI投資をすること
2) 通常は「企業ノウハウ」として企業内部に留まっている検討の途中経過の「試行錯誤のノウハウ」を全て公開すること。

研究会がモデル企業に対して、コンサルテイングを行う代わりに、「試行錯誤のノウハウ」を、全国の中小企業のために、全て公開することを条件に研究会に参加いただいた。本研究会は、日本国内全ての中堅・中小企業全体の競争力強化を目的とする公益目的の研究会である。

公開の手段としては、以下の媒体を用いてきた。
1) RIETI Policy Discussion Paper
2) 書籍「岩本晃一・井上雄介編著『中小企業がIoTをやってみた』日刊工業新聞社(2017)」
3) 経済産業研究所RIETIのウェブサイト「フェローの連載」ページ「IoT、AI等デジタル化の経済学」 岩本 晃一
4) 全国での講演会、雑誌への執筆等

研究会の趣旨であるが、第4次産業革命は、大きな市場をもたらすと予測されるため、今日、新聞等に、毎日のように、IoT、AIに関する記事が載っているが、残念ながら、それらはほぼ例外なく大企業。日本の中小企業の現場に新たに本格的なIoT、AIを全面的に導入し、実績を出した、という事例は極めて希である。

その理由はシンプル。すなわち、「よくわからない」の一言に尽きる。それには2通りの意味があり、1つ目は、「技術が難しくてよくわからない」、2つ目は、「自分の会社にどのようなメリットがあるのかよくわからない」という意味。筆者の経験上、他社の「導入成功事例」を見るだけで、IoT、AI投資を決断する中小企業の社長はまずいない。なぜなら、他社の最終的な完成形だけ見せられても、「あの企業は、あのやり方でよかったかもしれない。だが、自分の会社は違う」「あの会社は、スムーズにIoT、AI導入を実現できた筈はない。途中で多くの壁にぶち当たり、紆余曲折があったに違いない。IoT、AIを導入しようとすれば、自分の会社にも、どのような困難が待ち構えているかわからない」「あの会社は壁を乗り越えたかもしれない、だが自分の会社は果たして壁を乗り越えられるかどうかわからない」といった不安を持ったとたんに一歩踏み出すことができなくなる。

研究会の目的は、本来は企業内部に留まっている「試行錯誤のノウハウ」の公開という公益目的である。IoT、AIを使いこなせるのか、技術をコントロールできるのか、投資を回収できるのか、現場は大丈夫かなど不安は尽きない。その不安を解消しない限り、中小企業の社長は、IoT、AI投資を決断できない。そこで筆者は2016年4月から、モデル企業9 社が参加する「IoT、AIによる中堅・中小企業の競争力強化研究会」をスタート。研究会は、モデル企業による検討のスタートから途中経過の試行錯誤から最後までのノウハウを「全て公開」することで、全国の中小企業の社長に、自社の現実の問題として実感して頂きたいと考えた。

研究会で採用した手法は、モデル企業のケーススタデイの積み上げ方式である。すなわち、MBAプログラムで用いられているのと同じ「ケーススタデイの積み上げ方式」である。

企業経営を成功させる定石はない。MBAで学ぶのは、多くの成功事例のケーススタデイである。同様に中小企業へのIoT、AI導入で成功する定石はない。そのため、成功事例のケーススタデイを学ぶしかない。だが日本では中小企業のIoT、AI導入の成功事例はほとんどなく、しかも、あったとしても企業秘密として公開されない。日本に現存しないのであれば、自分で作っていくしかないと考えた。

研究会に参加したモデル企業9社は、

〇 第一フェーズ(2016年度):まず初年度は、中小企業の基本形である「機械系製造業の工場の中」をIoT、AIの対象とし、日東電機製作所、正田製作所、ダイイチ・ファブ・テック、東京電機に参加願った。うち2社はBtoC、他の2社BtoBの形態である。

〇 第二フェーズ(2017年度):2年度目は、「ものづくりサービス業」に拡大し、日本リファイン株式会社、金属技研株式会社、しのはらプレスサービス株式会社の3社に参加願った。

〇 第三フェーズ(2018~20年度):3~4年度目は、業種としては依然として製造業であるが、数十人レベルの小規模企業を対象とすべく、野中工業所(40人、栃木)、深井製作所(栃木)の2社に参加願う。

2 研究会に参加したモデル中小企業の試行錯誤の体験

2-1 株式会社東京電機

同社は、非常用・防災用発電装置を取り扱う製造メーカーである。昨今高まる災害などで増加した需要に上手く対応している同社であるが、課題に直面していた。

①解決すべき課題:「紙によるデータ管理と生産体制の非効率性」

これまで同社では、発電機の設計図も紙のまま使用・保管しており、また販売前の検査データは、紙面に一度記載した後、再度、清書のためパソコンに転記するなど、作業が煩雑かつ誤入力があった。“倉庫が紙の図面でいっぱいの状態”で管理体制が非効率であった。受注生産や急な発注の多い同社では、現場作業員が何度も問い合わせなければならず、工程会議での最新情報の共有も非効率であった。

②IoTを用いた課題解決:「ペーパーレス化による情報管理」

そこで同社が目指したのは、生産管理システムのIoT化によるペーパーレス化・情報の一元化である。IoT研究会で検討を重ね、同社は、現場帳票ソフトとタブレット(および付属機器)を導入した。2016年9月から試験的にデータ入力を開始したところ、作業状況の改善が可能だと判断したため、2017年3月以降、本格的な導入を始めるに至った。

③投資対リターン

データの記入は、タブレットで管理し、二重入力が削減できた。また可視データ(図面や写真など)を共有できるようになったことで、現場部門の責任者や顧客と円滑なコミュニケーションが可能となった。実際に今回の投資対リターンをみると、投資額は、現場帳票ソフト・タブレット・付属機器に約400万円程度、導入までに7カ月程を要した。リターンは、作業工数の削減で、事務員1人が退職したが、問題なく仕事は回っている(人件費300万円+福利厚生費200万円)。東京電機は、1年で投資額を回収しながら、かつ7カ月という短期間で、情報の一元化・ペーパーレス化を進めたのである。

④効果

これまでは、発注者が工場に来て検査に立ち会い、その検査データはあとで発注者に送っていたが、タブレット入力することで、発注者が工場を去るときには検査データを渡すことができるようになった。この対応ぶりを顧客から評価され、狭い業界のなかで評判となり、その結果、2018年度の非常用電源の売り上げが、対前年比+2%増であったが、同社の売上高は、+10%増であった。

⑤IoT導入が変えた社員のモチベーション

東京電機がIoTを導入したメリットとして上げたのが、“サービスに対する意識の向上”であった。社員にタブレットを持たせ、会議室にプロジェクタを入れるようになると、一人ひとりの目線が上がり、顧客の表情を見ながらコミュニケーションできるようになった。接客に対する考え方も変化し、工場見学の際も、社内の元気な挨拶が行き届くようになった。「以前と変わった、まるで別の会社のようだ」という顧客からの言葉が大きな励みとなっていると、同社の社員はいう。IoT導入が直接的な効果だけではなく、社内環境の改善に効果を発揮することは研究会にとっても驚きであった。

⑥次の対応

東京電機の次の対応は、発電装置に通信機能を取り付け電波を飛ばして稼働データを収集し、メンテナンスなどのアフターサービスに役立てることである。より高付加価値の高い製品を提供することで、他社との差別化を図る。現在、販売可能な状態になっており、これから営業を開始する。

⑦次の次の対応

さらに次の対応は、自社製品にQRコードを張り、同社の作業員が補修作業に訪問した際、タブレットをかざしてQRコードを読み込めば、その非常用電源の設計図、過去の稼働状況のデータ、補修状況など、自社本社のサーバのなかに蓄積している情報すべてが、タブレットで見ることができるようになる。現在、そのシステムの開発を進めている。

2-2 株式会社ダイイチ・ファブ・テック

同社は、従業員数27人、年間売上高3億円のCO23次元レーザやYAG複合機などの最新の加工機で、金属加工を行う部品製造メーカーTier 3である。特定の設備の前で仕掛品が山積されてフル稼働する一方、別の設備は遊んでいるなど設備稼働率が大きく変動し受注量が制約を受けるため、設備稼働率を平準化することが目的であった。

①IoTを用いた課題解決:「稼働データの収集と人材の育成」「ペーパーレス化による情報管理」

研究会でIoTを実際に活用する企業の“生の声”を聞いて、ダイイチ・ファブ・テックは、データ収集とその作業を行う人材育成が必要だと痛感した。生産プロセスの問題点を発見する必要があるため、稼働データを集めなければならないが、「どのように、どのようなデータを取得すれば良いのか」が判然としなかったからだ。そこで同社は、茨城県工業技術センターが提供する「工業設備の見える化を睨んだIoT化技術の修得コース」に参加した。

同社は研修を経て、早速データ収集の第一段階に取り組んだ。加工機(レーザ・プレス・ベンダー・溶接ロボットなど)に無線LANを介して非接触の電流計を取り付けることで電気使用量の把握が実現した。各稼働データを測定し、オンラインでパソコンに送付することに成功している。データの一元管理が可能となったことで、製品ごとの生産過程における設備稼働情報が徐々に“見える”ようになったのである。

②投資対リターン

これまで生産現場では、設備は全部で約30台あるが、そのうち部品の加工作業の最初の段階にある3台で、部品の流れがスムーズになれば、全ての流れがスムーズになることから、その3台に80万円相当のセンサーを茨城県産業技術センターから無償で借り受けで設置し、稼働率の計測を始めた。

③次の目標

同社は、3台の稼働率の「見える化」に成功した。次はこのデータを用いて、最終的な目標である全ての設備稼働率の平準化に繋げることである。いろいろと考えた社長は、毎朝の朝礼で、前日の稼働率データを従業員に示し、仕掛品を1ヶ所に溜めないよう考慮して作業するよう注意喚起意しはじめた。すると、稼働率が平準化しはじめ、同社の受注上限値は上昇し、2018年度の売上高は3割(約9000万円)増加した。

④次の次の目標

同社が成功したシステムを、次は外販化することを検討

2-3 日東電機製作所

日東電機製作所は、設計部門にRPA (AI)を導入し、ある業務を自動化した。

一般には、RPAを用いた業務の自動化事例は事務系や総務系の仕事が多い。多くは銀行系や窓口業務などであり、技術系の仕事には応用が難しいと思われているが、同社は直接部門の設計部門に導入した。設計の仕事を分解していくと、頭を使う仕事と手を使う仕事が混在している。手を使う仕事とは、例えば重複するインプット作業、単に図面を書き写す作業などがある。

RPAを直接部門に導入することによって「人間は頭を使う仕事に集中してもらおう」「自動的化できる仕事はRPAにしてもらおう」というのが目的だ。具体的には、電気回路のCADデータから試験用の図面を出力する作業を自動化した。

RPAを使う前は「データを開く」→「印刷する」→「ハンコを押す」という同じ作業を面数分(20~30回)繰り返し、結構な時間を要していた。この作業をRPAに任せることで、人間の作業は出図したい図面データを共有フォルダであるRPA用フォルダの中に保存するだけで終わるようになった。

RPAは、タスクスケジューラーで管理されている。15時になると自動的にRPAが起動し、図面を開いて印刷する。判子押し作業に関しても、判子をデータ化して自動的にRPAが決められた場所に押す。

タスクスケジューラーがこのシステムの肝だ。15時までにデータを入力さえすれば、人間は印刷作業をしなくてよいが、15時を過ぎたら自分で印刷しなければならない。そのため設計者は時間に追われて働くようになる。1回当たりの印刷時間は20分程度であるが、1カ月総計すると結構な時間を出図作業に使っている。それがRPAを導入することにより、1カ月あたり約20時間を削減できた。

3 東京での研究会の所感

所感 1

当研究会は、東京という日本の中央で行ったモデル研究会である。だが、この研究会だけで日本全国の中小企業をカバーするのは物理的に不可能。

当研究会で蓄積された運営ノウハウを活かしながら、いくつかの地方自治体において、同様の取り組みがスタートしている。それが更に広がっていけば、やがて日本全体に拡大するだろう。

日本は総企業数の99.7%が中小企業である「中小企業の国」である。その中小企業の生産性を上げなければ、日本全体の生産性は上げることはできない。

技術が大きく進化した情報通信技術を用いた生産性の向上は、正に今でなければできない。

所感 2

モデル企業は、実際にIoT、AIを導入して実現できた成果よりも、むしろ、講演依頼が増え、メデイアに露出するようになって有名になったことで、自分の会社は、世間から、「IoT、AIの先進企業、この分野のパイオニア」として見られていると意識するようになり、手を緩めずに、常にIoT、AI分野で日本企業全体の手本となるべき、先頭を走っていなければならない、そして自分の会社が日本全国の中小企業にIoT、AIを普及させる使命がある、という意識を持ったことが最も大きな成果ではないかと感じている。

4 2020年から長野県上田市で実施する研究会

2016年4月から経済産業研究所RIETIにおいて開催してきた「IoT、AIによる中堅・中小企業の競争力強化研究会(以下、当研究会という)」は、これまでモデル企業の立地場所を問わず、個々の企業の実績を積み上げることに専念してきた。

2020年度から、特定都市に立地する中堅・中小企業をモデル企業として、IoT、AIの実装化支援を行い、デジタル技術を用いた特定都市の産業振興を実施する。すなわち、中小企業振興から中小企業・地域経済振興、すなわち「面的な振興に関する取り組み」へと理念を拡大する。従来は、個々の単独企業の振興を考えてきたが、今後は、地域経済という面的なエリアでの振興を考え、モデル都市の実績を積み上げることでノウハウを蓄積することを試みる。まず、初年度は長野県上田市をモデル都市とし、そこに立地する企業を対象に研究会を開催し、良好な成果が計測できれば次のモデル都市に移行する。

中小企業・地域経済振興(面的な振興)を実現するメカニズムは以下の通りである。

上田市のモデル企業は、研究会開催中にIoT、AI投資を行い、効果を計測する。通常は企業内に留まっている企業ノウハウである「試行錯誤のノウハウ」を上田市の企業に公開することで、上田市の企業のIoT、AI投資を促し、上田市の企業全体の振興を図る。 その代わり、参加モデル企業は当研究会の有識者等からIoT、AI導入に向けた総合的かつ多面的なアドバイス・コンサルティングを無償で受ける。

もし特定の企業のみの売り上げを増やすだけであれば、それは他のITコンサルテイング企業が行っている有償コンサルテイング・ビジネスと何ら変わりなく、研究会は企業からコンサルテングフィーをいただくことになる。だが無償でコンサルテイングを行うのは、企業がノウハウを公開し、公益のために貢献するからである。無償コンサルテイングを受ける代わりに企業ノウハウを公開するという原則である。モデル企業の数は、初年度は3社とし、3社が終えた次の段階でのモデル企業も同程度の数とし、順次、モデル企業数を増やす。

面的な振興メカニズムの考え方は、
① モデル企業数を増やす
② モデル企業が公開したノウハウに接し、自主的な取り組みで売り上げを増加させる企業数を増やす
以上、2つを同時並行的に進めることより実現する。

達成すべき目標としては、モデル企業の「売上高増」を目指す。その結果として、上田市に立地する企業全体の売上高の増加、すなわち面的な売り上げ増を目指す。

新商品の開発、商品の高付加価値化による他社との差別化などによる売上増・利益増の「攻めのデジタル投資」を目指す。なぜなら、デジタル技術を首切りの道具として使うと従業員の働く意欲が削がれ、非協力的になるが、「攻めの投資」に向かうと、わくわく感が生まれ、従業員も楽しく、ボーナスも増えるなどメリットが大きい。当計画は後者を目指す。

5 中小企業へのIoT、AI導入の難しさ

1)  議論はまず平行線から始まる

中堅・中小企業側は、「自分の会社に、IoTを導入すると、いったい、どういうメリットがあるんだ」「IoTで、何ができるんだ、教えてくれ」というのが、最初のスタート。IoTシステム提供側は、これまで大企業から、具体的なスペックを以て受注を受けていたで、「具体的に、何をどうしたいのですか」「具体的にスペックを以て発注してくれないと、何もできない」というのが最初のスタート。議論は、双方が大きく離れ、噛み合わない平行線の状態からスタート。少しでも前進しようとすれば、お互いが、相手のことを理解し、歩み寄る必要。努力を放棄すれば、議論は物別れで終わる。

2) 自分の会社が抱える「課題」がわからない

中堅・中小企業は、「売り上げを増やしたい」「生産性を高めたい」「付加価値を上げたい」「コストを削減したい」「品質を高めたい」「シェアを増やしたい」などのニーズを有する。

が、漠然とした思いだけでは、IoT導入は出来ない。企業が抱える「課題」、「具体的に何をどうしたいのか」が明確にならないと、IoT導入は前進しない。だが長年、中堅・中小企業の多くは、自社の抱える「課題」が、よくわからない。 IoTシステム供給側は、過去の前例を説明できるが、通常、それが相手の求めるものとは一致せず。各企業が抱える「課題」及びその「解決策」は、全て異なるケースバイケース。

3) まず遭遇するのは現場の抵抗

現場は、自分たちは、きちんと仕事をやっている、という誇りを持っている。IoT導入を持ちかけると、自分たちの仕事が、「ずさん」であると見られているのか、と捉える。IoTシステム供給企業が、現場に入って、最初に遭遇するのは、現場の抵抗である、と考えて良い。そのため、社長の強力なリーダーシップが必要。また、現場が抵抗したままでは、IoTは導入できない。現場を巻き込んだ前向きの改善の議論ができるよう、人間関係を持って行かなければならない。

4) 社長自身が決めなければならない

「課題」発見の後、「課題解決策」の議論に進む。提案される多くの「解決策」のアイデイアのなかからの選択は、社長自身が決断しなければならない。中堅・中小企業にとって、 IoT導入は、社内体制の変更や従業員の教育訓練など、同時に社内に大きな変化をもたらし、再設計が必要となるからだ。その社内事情は、第三者にはわからない。投資金額を決定できるのも、社長だけ。社長でないとリーダーシップを持って従業員を引っ張っていけない。

社長が、何もしないでじっとしていると、お節介なIoTシステム供給企業が勝手にやってきて、自分の会社に最適なシステムを見つけてくれて、自動的に導入してくれるのではない。

5) 労働集約的な生産活動を前提にしなければならない

大企業の生産ラインでは、自動化が進んでいる。付加価値が高い製品を大量に生産しているため、人件費よりも自動化した方がコストが安いから。中小企業の生産ラインの多くは、自動化が進んでなく、職工が手作業でものづくりをしている。人件費の方が安いから。 中小企業の生産現場へのIoT導入を検討する上では、労働集約的な職工による生産を前提としなければならないケースが多い。労働集約的な職工による生産が行われている現場では、データを集める前提となる電気信号自体が工場内に存在していないことが多い。現在のIoTシステムは大企業向けを想定しているため、現場に電気信号が存在していることを前提に成り立っている。

6) システムエンジニアがいない

中小企業には、通常、システムエンジニアがいない。「我が社はIT対応しています」と言う企業でも、業務管理系パッケージソフトを購入し使っているだけのことが多い。自社のための特注システムを開発・運用し、維持管理・更新した経験がない。IoTシステム供給企業のシステムエンジニアとの間で、言葉がなかなか通じない。 IoT導入後、維持管理する人がいない。IT投資の重要性を理解できる人が少ない。紙に記入したり、電話とファックスだけで十分、という社長も多い。

6 おわりに

2013年、ドイツがインダストリー4.0構想を発表した。2014~15年頃、筆者は全国各地から呼ばれてからIoTに関する講演をしていたが、地方の中小企業の社長さんは、私が講演で紹介した成功事例の完成形を見ても、一向に、自社でもやってみようとしなかった。 その理由を、講演後の懇親会で聞き出し、そして2016年4月、研究会を立ち上げた。実際にモデルケースを題材にやってみて、どこにネックがあるのか確認したかった。

中小企業の社長さんは、「よくわからない」という。私は、何が「よくわからない」のかが、わからなかった。だが、研究会で実際にモデルケースを扱うことで、中小企業へのIoT導入に当たって、社長さんは何がわからないのか、何が障害になっているのか、明らかにしたかった。これが明らかとなれば、1点ずつ潰していくことができる。

実際に複数の企業にモデルになって頂いたことで、中小企業では、どのような議論を経て、どのような段階を経て、IoTが導入されていくのか、が明らかとなった。

当研究会は、東京という日本の中央で行ったモデル研究会である。

2018年度から、当研究会で蓄積された運営ノウハウを活かしながら、いくつかの地方自治体において、同様の取り組みがスタートしている。

現在、これら地方自治体での取り組みを見て、それ以外の地方自治体が追従している。そして、更に広がりが生まれれば、やがて日本全体に広がっていくだろう。

それこそが、当初から狙っていた目標である。

日本は総企業数の99.7%が中小企業である「中小企業の国」である。その中小企業の生産性を上げなければ、日本全体の生産性は上げることはできない。技術が大きく進化した情報通信技術を用いた生産性の向上は、正に今でなければできないこと。

2020年8月24日掲載

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