IoT, AI等デジタル化の経済学

第116回「新型コロナ後の中小製造業のデジタルトランスフォーメーション」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/日本生産性本部

1 新型コロナが中小製造業に与えたショック

いきなり降って湧いた新型コロナに、日本の中小製造業は対策を講じる時間的余裕はなかった。新型コロナは、今後ワクチン・治療薬が開発されるまで、われわれは共存せざるを得ない。そしてインフルエンザ・ウイルスの変異は早く、今後再び、さらに強力なウイルスが登場する可能性があることを考えると、中小製造業は、その対策を講じなければならない。更に、世界中の企業が、業績を回復するため、デジタル化を一気に加速する。我が国の中小製造業は、その早い流れに追従しなければならない環境に置かれている。

今般、日本の中小製造業が苦境に立った点は、主にテレワークできる領域がほとんどなく、感染リスクを抱えながら従業員が満員電車で通勤せざるを得なかったことであろう。今般、明らかになった課題は、他にもいろいろあると思われるが、本稿ではこの点に絞って考察してみたい。

2 中小製造業における人間の最適配置

第四次産業革命が進行中の今、中小企業は大企業に比べて、デジタル化は大きく遅れている。理由は企業ごとにさまざまであろう。例えば、目の前の仕事に忙しく、将来のことを考える余裕がない、取引先から指示されない限り現状を変える動機は薄い、中小製造業は機械・金属技術には詳しくても情報通信技術の知識がほとんどない、などがあろう。

このようにデジタル化を先送りしてきた中小製造業であるが、さすがに今般の新型コロナを体験し、もはやこれ以上、先送りはできないと覚悟した企業も多いと思われる。

誤解を恐れずに大胆に言えば、「製造業は、どうしても目の前のモノを扱う必要がある業務以外は、全てリモート化することが可能である。繰り返し業務は全てAIによる代替化により自動化が可能である。」と言ってよい。どのような高度な技能であっても、繰り返し業務である限り、必ずプログラム化が可能である。

製造業の企業とはいっても、いろいろな仕事がある。間接部門は、事務職であり、当然ながらテレワーク化・AI化は可能である。直接部門であっても、目の前にモノがないとできない仕事以外は全てオフィス業務であり、全てテレワーク化・AI化が可能である。例えば、商品の企画開発部門および設計部門はテレワーク化・AI化が可能である。また、商品を販売した後のユーザーが使用中の製品から得られるデータに基づき行われる各種サービスもテレワーク化・AI化が可能である。もしかしてこの部分がこれからの製造業の主要な収入源になる可能性もある。製造ラインであっても、ロボットやAIを導入し、リモート制御することで、テレワーク化が可能であろう。製鉄所や発電所では古くからリモート制御が導入されている。

だが、誤解してほしくないのは、私は何でもかんでもテレワーク化しろと言っているのではない。不思議なのは、製造企業は、「最適化」(それは企業ごとに違っているだろう)を求めて工場を日本国内または外国も含めた最適配置している。にも関わらず、どういう訳か、人間だけは、働き場所の配置の「最適化」をすることなく、全員を1カ所に集め、9時から5時まで働かせるという大量集団方式である。この昭和初期に出来上がった旧軍隊的な働き方が、その企業にとっての「最適化」なのか、最大パフォーマンスを発揮させる働き方なのだろうか。否、恐らく違うだろう。

昭和初期は、同一的な人間を大量生産する教育が一般的であったため、こうした旧軍隊的なチーム制でよかったのかもしれない。「和を以って尊しと成す」という言葉が生まれた。仕事のパフォーマンスよりも、人間関係が重視されたのもこうした背景がある。だが、今の日本人は多様な個性と才能を持つ。ある人は、片道2時間かけて通勤すると会社に着いたときには疲れ切ってしまっているかもしれない。ある人は小さな子供や親の面倒を見なければいけないかもしれない。ある人は喫茶店でパソコンを打った方が能率が上がるかもしれない。私見だが、今の若い人の中には「通勤時間は人生の無駄な時間だ」と公言する人々がかなり増えていると感じている。

新型コロナの影響で、テレワークを実際に体験した人々は、「こちらの方が仕事の能率が上がる。」「なんだ、出勤しなくても十分やっていけるじゃないか。」などなどに気付いたのではないか。それを体験した人々はもはや元には戻れない。

これまで、工場の配置の「最適化」には熱心でも、人間の配置の「最適化」には無関心だった企業も、従業員も配置を「最適化」すれば企業の生産性は増え、売り上げはもっと増えるに違いない。その際、業務内容が、テレワークが可能なものかどうかは大きな要因であるが、製造業は、上述したように、ほとんど大部分の業務でテレワークが可能である。もはや現在の情報通信技術をもってすれば、製造業でテレワークができない領域はない。

3 第四次産業革命のデジタル化の流れ;リモートビジネスが巨大市場に

第四次産業革命のデジタル化は、これまで大きく2つの流れがあった。1つ目は、これまでは現場のブルーワーカーの手作業のルーティン業務(Routine manual)がロボットに置き替わってきたが、今後は、オフィスで働くホワイトカラーの事務作業のルーティン業務(Routine cognitive)がAIに置き替わる。2つ目は、センサー、半導体、メモリ、通信容量等が急速に、高速化、小型化、大量化が進むため、個人ごとのニーズをとらえることが可能になり、一人一人のニーズに合った商品・サービスを提供する「カスタマイズ化」が進行する。

更に、今後は、3つめの流れとして、企業における業務のリモート化が加速するため、そのニーズに応えるリモートビジネスが大きな市場として急成長すると予想される。

リモート化は、現在の技術力をもってすれば、可能である。日本企業は、あらゆることが、並びで進む。現在、日本企業において、リモート化が 、横並びで急速に進んでいる。リモート化は、リモート化単独で進めるのでなく、企業の業務改革、無駄な作業の洗い出し、働きやすい職場の実現、生産性の向上などの一環として総合的に進めると、容易に進めやすい。

だが、全ての業務をリモート化してはいけない。リモート化してはいけない業務、必ずしもリモート化する必要がない業務がある。また、リモート化したほうが生産性が上がる人もいれば、生産性が落ちる人もいる。リモート化と face to face を組み合わせた「最適化」が重要である。

人間も企業も、その行動様式が大きく変容するとき、失われる市場もあるが、新しく生まれる市場もある。その新市場は恐らく、巨大で、しかもデジタル技術が優劣を決める市場であろう。

新型コロナ後、企業は業績を回復するため、この流れが一気に加速するだろう。日本の中小製造業は、その速い流れに追従しなければ、世界に大きな後れをとってしまう。

2020年5月20日掲載

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