IoT, AI等デジタル化の経済学

第114回「デジタル技術が作る未来社会(その12)」

岩本 晃一
上席研究員(特任)/日本生産性本部

筆者は、2019年11月、ドイツの各所を訪問し、「デジタル技術が作る未来社会」に関して専門家と意見交換した。その具体的なテーマは以下の4つである。

  • The Future of Work ; 雇用の未来
  • The Digital New Business Model- The Future of Manufacturing ; 新しいデジタルビジネスモデル-製造業の未来
  • Man Machine Interaction (MMI) ; 人間と機械の相互作用
  • The Digital Transformation of SME ; 中小企業のデジタルトランスフォーメーション

これらの分野は、社会科学と自然科学の双方の知識が必要なため、日本ではほとんど専門家がいない分野である。そのため、筆者は外国に赴いて議論の相手を求めないといけない。

日本ではようやく最近「雇用の未来」に関する関心が高まってきたが、ドイツでは同分野は数年前に収束しており、いまは次のテーマであるMMIが研究の主流である。だが日本では同分野は立ち上がっておらず、同分野の専門家がほとんどいない。

今回の連載では、各専門家との意見交換の主要点を順に紹介していきたい。今回は、「The Digital New Business Model- The Future of Manufacturing ; 新しいデジタルビジネスモデル-製造業の未来」である。

The Digital New Business Model- The Future of Manufacturing ; 新しいデジタルビジネスモデル-製造業の未来(2)
ドイツ科学工学アカデミー(acatech)セドル・マイヤー氏との意見交換

【岩本】 シーメンスで、ドイツの製造業の未来について、意見交換をしたのですが、シーメンスの方がおっしゃるには、ドイツがこれから製造業で稼いでいく分野、お金を稼いでいく分野について、説明を受けました。

この方がおっしゃる方向が多分ドイツの製造業のこれからの未来といいますか、方向性なのだろうと思います。

その方の説明によれば、これまで製造業は、物を売ってその後、メンテナンスサービスをしていただけなのですが、これからは機械を使うユーザーからデータをもらって、そのデータを使っていろいろなサービスをする、故障予知とか予防保全とか、物を売った後のいろいろなサービスをする、そこでお金を稼いでいくという。それがこれからのドイツの生きていく道、稼いでいく道だというふうにおっしゃっていたのですけれども、そうなのでしょうか。

【マイヤー】 実は、それは企業レベルでも、政治家レベルでも、すでにわかっている問題だと思いますが、過去数年間において、主に3つの大きなプロジェクトが行われていて、acatechも参加しましたが、まずは、2011年から2013年にかけて、インダストリー4.0というプロジェクトがありました。その後、2つ目のプロジェクトとして、どのような連携でビジネスモデルが変わってくるということがわかっていて、それは製造業だけではなく、全ての分野でビジネスモデルがこれから変わってくる。そういうビジネスモデルの変更に関するプロジェクトもありました。その中で、例えば付加価値の創出とか、どういうふうにお金を稼げるのかという、課題も出てくると思います。

3つ目のプロジェクトは、オートノマス・システムということです。確かに、データに基づいたビジネスモデルとか、データに基づいて新しいサービスを提供することは、これから大事になると思います。製造ラインのデータ、その製造プロセスとか工程のデータも収集できますが、お客さんのデータも収集できるので、カスタマーデータとマシンデータを組み合わせると、そのデータは、原材料だと言えると思いますが、その原材料、そのデータに基づいて、今までなかった新しいサービスをお客さんに提供できるようになります。そうすると、例えば機械メーカーだったら、自分の製品、機械とそのデータに基づいたサービスを、1つのパッケージで提供できるようになります。そういうプロジェクトがすでにいろいろなところで実現されていると思います。

おっしゃったとおり、例えば予防保全というサービスを提供できるようになります。つまり、今までは確かに物理的な製品、実際の製品だけを提供しましたが、これから、データに基づいたサービスも提供できるようになります。1つの実例を挙げますと、ロールスロイスです。ロールスロイスはタービンをつくっているだけではなく、例えば飛行機用のタービンをつくっているけれど、今まではタービンだけを売ったけれど、これからは故障なしに何時間飛べるか、そういうことを保証できるようになるので、そのためにデータが必要ですね。

その上に、デジタルなプラットフォームがこれから非常に大事な役割を果たすと思います。つまり、ある製品とかサービスを提供する会社と、お客さんがいるけれど、その間に第三者として、そういうプラットフォームが入ってくると思います。例えば、機械分野であれば、アダモスというプラットフォームがあります。または、B to Cエリアであれば、アマゾンとかです。まずは製品とかサービスを売っている会社があって、お客さんとの間にアマゾンもそのインターフェース、お客さんとのインターフェースになります。そうすると、付加価値の創出のやり方も変わってくると思いますし、いろいろなメリットもあると思います。プラットフォームのおかげで、例えば売り上げが上がるとか、ビジネスを拡大できるとか、そういうメリットもありますけれども、やはり、プラットフォームプロバイダーは、お客さんとの直接のインターフェースになると、そのプロバイダーがいろいろなルールを決める権利があるので、機械メーカーではなく、プラットフォームプロバイダーが全部決めてしまうというリスクもあります。

もう一度まとめますと、ドイツの大体の参加者、その市場の参加者は、すでに、そういう新しい課題を分かっていると思います。特にドイツの労働社会省もいろいろな対策をとっているし、いろいろなプロジェクトを実現しているけれど、課題として残るのは、これからどういうふうにビジネスモデルをつくれるか、どういうふうに稼げるのかということは、1つの課題として残ると思います。

【岩本】 日本の製造業は、そういう方向に向かっていないので、私はとても新鮮だったのですが、ドイツの製造業はそちらの方向に向かうと、非常に難しいなと、困難だなと思われる点が、3つほどあります。

1つは、やはり、技術的にとても難しいので、そういうサービスを提供できるのは、本当に大企業だけに限られるのではないか。要は、ドイツで非常に多い中小企業は、そういう非常に難しいサービスを提供できないのではないか、という気がします。多分、日本でも、そういうサービスを提供できる会社は本当に大企業の中で、優秀なエンジニアがいる会社だけのような気がします。

2つ目は、そういうプロバイダーはドイツの企業よりも米国の企業のほうが非常に得意といいますか、競争力が高いので、米国企業が多分参入をしてくると思うのですが、米国企業と競争して勝てる自信があるんでしょうか。

3つ目は、同じようなサービスは、これまで米国のゼネラル・エレクトリック(GE)がデジタルトランスフォーメーションビジネスということでは進めていたのですけれども、結局、あまりもうからなかったので、正式にその事業を推進してきた責任者であるジェフ・イメルトCEOは結局退任をせざるを得なかったのです。GEが結局稼げなかったビジネスを、ドイツ企業は稼ぐ自信があるのでしょうか。

【マイヤー】 まずは1つ目のご質問にお答えしますが、大きな企業だけがそういう、まあ例えば人材とか予算を持てるから、サービスを提供できるかというご質問であったのですが、実はそう思わないです。確かに、自分のプラットフォームを開発して提供できるのは、多分大企業だけだと思います。中小企業は、多分、自分でそういうプラットフォームを開発し、提供できないと思いますが、それは別になくてもいい気がします。多分、大きい企業とかグループが、プラットフォームをつくって、全ての会社が、中小企業も大企業もプラットフォームを自分の目的に合わせて使うことができると思います。

つまり、プラットフォームを使うことで、自分のビジネスモデルを改善できるチャンスになると思います。カガーマンさんもいつもそうおっしゃっているけれど、製造業の将来についておっしゃるのですけれども、まずは、もちろん、企業はプラットフォームとか技術を使うことで、自分の効率性を上げることができます。改善できます。または、新しいビジネスモデルを創出できます。またはお客さんに新しいサービスを提供できるというメリットがあります。

1つの効率性を上げる例を挙げますと、例えば、倉庫でセンサーを使うことで、倉庫に置いてある材料の在庫がなくなると、自動的に新しい材料を発注できるシステムを使うことで、付加価値の創出が上がると思います。それは1つの例です。または、ある機械メーカーがそういう機械データを使うことで、新しいモデルの開発のために、またそのデータを使うことができます。それも1つの例です。もちろん、そういうデータを分析できる人も必要ですし、そしてそのデータにアクセスしなければならないという法律的な問題もあると思いますが、基本的には、中小企業にも大きなチャンスだと思います。つまり、大企業だけが、自分のプラットフォームを開発できるかもしれませんが、中小企業は、そういうデジタルビジネスモデルを使うことで、自分の効率性と売り上げを上げることもできますし、自分のお客さんにも新しいサービスを提供できるようになると思います。

2つ目のご質問にお答えします。米国のプラットフォームプロバイダーの競争力が、ドイツのプロバイダーより強いので、ドイツの企業は勝てる自信があるかどうかというご質問だったと思います。それに答えるには、まずはB to Bと、B to Cの大きな違いがあると思います。B to Cについてですが、岩本さんがおっしゃるとおりだと思いますが、すでにアマゾンとかグーグルとかテンセントなどの中国の企業が、すでにそのマーケットをコントロールしていると思います。だから、ドイツの企業はあまり勝てないと思います。ハイパースケーラーと呼ばれています。アマゾン、グーグルとかハイパースケーラーですね。ただ、B to Bはまだ決まっていないと思います。B to Bではハイパースケーラーの影響はまだそんなに強くないので、いろいろなサポートとかプロジェクトとかを行うことで、ドイツの企業を支える必要があると思います。つまり、ドイツの立場を確保しなければならないと思います。

ドイツでエンジニアリング技術とかノウハウが、非常に盛んなので、そのノウハウをそのプラットフォームストラクチャに入れたほうが、アマゾンのような企業がそのノウハウを取得するより、実現的だと思います。つまり、アマゾンのような企業は、そんなに簡単にその知識を得られないと思います。逆に、ドイツは、すでにその知識を持っているので、うまく使って、プラットフォームに入れたほうが正解だと思います。

先ほど3つのプロジェクトが行われていると言いましたが、2つ目のプロジェクトのタイトルは、スマートサービスワールドです。 スマートサービスワールドのプロジェクトの目的は、ドイツの企業をプラットフォームに入れる際に支えることです。そういうサポートを提供することです。それがそのプロジェクトの目的でした。そのために、まずは、インフラが必要です。つまり、データを安全的に通信できるようなインフラをつくらなければならないです。アマゾンのハイパースケーラーで、サーバーが自分の国ではなく外国にあるので、本当に安全にデータを交換できるかどうか、データが通信されるかどうかという疑問があると思います。

ドイツのアルトマイヤー連邦経済エネルギー大臣は、デジタル会議で、GAIA-Xというプロジェクトを紹介しました。代わりに他の方が紹介しましたが、もともとアルトマイヤー大臣のイニシアチブでした。アマゾンなどのようなハイパースケーラーへの依存度を減らすイニシアチブです。

他にも、いわゆるコンピテンスセンターとか、いろいろな対策がすでにとられています。

もう一度まとめますと、B to Bと、B to Cの大きな違いがありまして、B to Cはもう多分、あまり勝てるチャンスがないと思いますけれど、B to Bは、ドイツ企業にとって大きなチャンスだと思いますので、できるだけ早く、そのドイツの企業の役割を確保しなければならないと思います。

そのGAIA-Xというプロジェクトは、ドイツだけではなく、欧州連合で信頼できるデータインフラをつくるためのプロジェクトですが、データの通信は、クラウドベースです。クラウドに基づいて行われています。そのデジタル会議で、GAIA-Xのコンセプトペーパーが発表されたので、後で英語版があるかどうかを確認して、もしあればそのリンクをお送りしたいと思います。

3つ目の質問ですが、GEのデジタルトランスフォーメーションというのは、ビジネスモデルでしたか。または戦略でしたか。そして、成功しなかったとおっしゃいましたが、どういう、具体的な背景を説明をしていただけますか。

【岩本】 もうからなかったのです。

【マイヤー】 確かに、そのデジタル化は大事だということは、全ての企業も分かっているし、いろいろな対策を実施しているけれど、実際にもうからないという問題が確かにドイツにもあります。

私たちがやりたいのは、中小企業に実際のメリットとかその価値を見せたいと思います。価値といいますと、もうかる方法も見せたいけれど、例えば効率性が上がるとかも見せたい。多分、中小企業は実際に、価値があるのでそういうビジネスモデルを実現するかもしれませんが、それを見せるために、付加価値チェーン、付加価値創出チェーンが、これから、チェーンではなく、ネットワークになると思います。そういう付加価値創出ネットワークのそれぞれのプレーヤー、それぞれの参加者と、それぞれの参加者の、例えばデータプロバイダーとか各参加者の価値と役割を分かりやすく見せたいと思います。そうすると、多分、中小企業がそのビジネスモデルを導入することで、どのようなメリットがあるかということを簡単に分かるかもしれません。

【岩本】 GEが進めたデジタルトランスフォーメーションビジネスは、プレディックスというソフトウエア、プログラムを提供するもので、そのプレディックスを開発するために、ジェフ・イメルトCEOは確か1,000人ぐらいのエンジニアを集めたソフトウエア開発センターをつくりました。GEの主要な製品は飛行機のタービンと発電機なので、飛行機のタービンと発電機にセンサーをつけて、ユーザーからデータを集めました。それによって、予防保全とかいろいろなサービスを提供する。そういうビジネスモデルだったのですけれども、 投資をしたほど利益は上がらなかったということです。そういうサービスに対して、高いお金を払うユーザーがあまりいなかったということです。その割に、投資金額もすごく高くなったということなのです。ドイツも同じような状態になる可能性はないのだろうか。投資よりも利益のほうが高くなるためには、どういうふうな工夫をしようとしているのでしょうか。

【マイヤー】 まずは、企業がそういうモデルに参加してくれる、そして、自分のデータを提供してくれるため、どういうふうにもうかるのかということを見せなければならないと思います。例えば、いろいろな実例とか、成功した実例とか、ベストプラクティスとかを見せることで、いろいろなプレーヤーにも参加してもらう、と思います。いろいろな企業とかユーザーは、多分、私がそのネットワークに参加すると、どのようなメリットがあるのか、プラットフォームプロバイダーだけがもうかるでしょう。だから、私は自分のデータを提供すると、もしかしたらコンペディターがそのデータを使ってしまって、私たちは損になるのかなと、そういう疑問もあると思いますので、やはり、安全性の高い、信頼性の高いインフラをつくらなければならない。それはGAIA-Xというプロジェクトの目的の1つです。

安全性の高いデータ通信だけではなく、ユーザーが自分のデータを提供する人は、そのデータがどういうふうに使用されるのかということも、自分で決めたいと思いますので、そういうことも確保しなければならない。そうしないと、多分、ユーザーも企業も信頼してくれない。参加してくれないと思います。岩本さんもおっしゃったとおり、ユーザーも消費者も企業も、やはり、自分にとってどのようなメリットがあるかということを分からないと、なかなか参加してくれないと思います。

もしかしたら、プレディックスの場合もそうだったかもしれませんね。ユーザーとか企業は、自分のデータを共有したくなかったから、参加しなかったかもしれないですね。だから、まずは、それぞれのプレーヤーに、それぞれのメリットと価値を見せなければならない。そして、信頼性の高いインフラをつくらなければならないと思います。

2020年4月15日掲載

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