IoT, AI等デジタル化の経済学

第106回「デジタル技術が作る未来社会(その4)」

岩本 晃一
上席研究員(特任)/日本生産性本部

筆者は、2019年11月、ドイツの各所を訪問し、「デジタル技術が作る未来社会」に関して専門家と意見交換した。その具体的なテーマは以下の4つである。

  • The Future of Work ; 雇用の未来
  • The Digital New Business Model- The Future of Manufacturing ; 新しいデジタルビジネスモデル-製造業の未来
  • Man Machine Interaction (MMI) ; 人間と機械の相互作用
  • The Digital Transformation of SME ; 中小企業のデジタルトランスフォーメーション

これらの分野は、社会科学と自然科学の双方の知識が必要なため、日本ではほとんど専門家がいない分野である。そのため、筆者は外国に赴いて議論の相手を求めないといけない。

日本ではようやく最近「雇用の未来」に関する関心が高まってきたが、ドイツでは同分野は数年前に収束しており、いまは次のテーマであるMMIが研究の主流である。だが日本では同分野は立ち上がっておらず、同分野の専門家がほとんどいない。

今回の連載では、各専門家との意見交換の主要点を順に紹介していきたい。まず最初は、「The Future of Work ; 雇用の未来」からである。

The Future of Work ; 雇用の未来(4)
ドイツ科学工学アカデミー(acatech)セドル・マイヤー氏との意見交換

(岩本)雇用がどうなるかといえば、まず将来予測の数字についてです。ZEWのメラニー・アーンツさんが出した数字は、ドイツの連邦労働・社会省が委託したレポートで出した数字です。IAB研究所というドイツ連邦労働・社会省の研究機関のエンゾ・ウェーバーさんによると、エンゾ・ウェーバーさんが出した数字をドイツ政府は使っているというふうにおっしゃっていました。その話は、私はピコー教授から聞いた話です。一番最初はピコー教授から聞いた話なので、今回実際にメラニー・アーンツさんやエンゾ・ウェーバーさんにお会いして、その内容を確認しようとしました。

けれども、今回のacatechのプロジェクトに参加されていたドイツ人の方々が、メラニー・アーンツさんやウェーバーさんの推定値をご存じなかったように私は感じています。プロジェクトのメンバー、ドイツからのメンバー全員が知らなかったというふうに私は感じているのです。英国人のFrey and Osborneが出した数字は皆さんご存じだったようで、なぜなのだろうかというのがまず最初の疑問です。

(マイヤー)Frey and Osborneのその予測は、主にデジタル化のせいで、人間の雇用がなくなるリスクが高いというようなものです。で、そのペーパーが発行されたときに、全ての国で非常に注目されたと思いますので、ドイツのメンバーもよく知っていて、内容は知っているけれど、それを正しいと思わないのですね。カガーマン先生もそうですけれど、他のドイツのメンバーもそうですが、必ずしもそう思っているわけではない。逆に、デジタル化のおかげで、確かに雇用は変わってくると思いますが、雇用は部分的になくなるけれど、その分新しい仕事も創出されるとみんな思っているので、いわゆるシフトですね。仕事の内容のシフトだと思います。

(岩本)私が知りたいのは、Frey and Osborneの推計は非常に有名なので、ドイツの皆さんは知っているのですけれども、その同じドイツ人の偉大な成果であるメラニー・アーンツさんやウェーバーさんの成果を、acatechのプロジェクトに入っていたドイツのメンバーの人たちは、皆さんがこの分野の専門家にもかかわらず知らなかったように思うのです。数字としてはそちらのほうがより正確に近いし、同じドイツ人の成果なのにという感じです。

(マイヤー)そうですね。私もよく分かりません。本来はもちろん知っているべきです。特にヴァイハー先生はそのプロジェクトに参加したのですけれども、彼女はウェーバーさんとアーンツさんが発行したデータも知っているはずですね。本当に知らなかったか、知っていたけれど私たちが発行したペーパーに書かなかったか、それはちょっと分かりません。本人に聞いたほうがよいかもしれませんね。

(岩本)メラニー・アーンツさんにインタビューしたところ、メラニー・アーンツさんが言ったのですけれども、ドイツの人たちは、自分の出した数字を知っていながら、それをあえて使わなくて、あえてFrey and Osborneの数字を使う人が非常に多い。それはなぜかというと、そのほうが自分にとって都合がいいからだとおっしゃったんです。それは例えば、雇用にとても深刻な影響が出るというふうになったほうが、例えば予算がたくさんとれるとか、研究費がたくさんとれるとかいう形で、非常に自分にとって都合がいいので、あえてメラニー・アーンツの数字を出さないで、Frey and Osborneの数字を使う人が、非常にドイツでは多いと聞いたのですけれども、それは事実でしょうか。

(マイヤー)そうかもしれません。カガーマン先生も、講演とかペーパーとかで、デジタル化のリスクではなく、そのチャンスに注目して、そのチャンスをどうやって使えばよいかということに集中しなければならないとおっしゃっています。acatechの中で、1つの研究チームがあり、そのチームの研究している内容は、雇用の将来、またはその教育の将来ですね。そのチームが行っている研究の中でも、デジタル化のせいで雇用がなくなるわけではなく、デジタル化のおかげで、仕事の柔軟性、雇用の柔軟性が上がる、そして人が中心になっている雇用市場になる。そして、機械のおかげで仕事が楽になる。そして、人間がもうちょっとクリエーティブな仕事をできるようになる。そういうメリットに集中しなければならないと私たちが思っているので、もしよろしければ、後でそのチームが発行したペーパーもお渡しできます。

(岩本)ありがとうございます。日本でもこの問題には関心が高くて、私もこのテーマで、これまでもう何十回と講演をしたのですけれども、特に十いくつくらいの労働組合から呼ばれて、セミナーをしました。来週もいろいろな労働組合でつくる若手の勉強会に呼ばれて講演をすることになっていまして、今回のドイツのインタビューした内容を、そこで話そうと考えています。

そういうときに、必ず質問が出るのは、これからつくられる新しい職業というのは、それは非常にハイスキルといいますか、高いスキルを求められる仕事であって、人間の中にはどんなに再教育・再訓練を受けても新しい技術に適応できない一定の比率の人が必ず出てくる。それでは、そういう人たちはどうするのかというのを、私もよく労働組合のセミナーで聞かれるのですけれども、それはドイツではどういう扱いになっているのでしょうか。

(マイヤー)そうですね。多分ドイツの大体の企業も、政治家も、その問題を把握しているのは分かったと思いますが、もちろん、大体の企業で、中小企業でも大企業もそうですけれど、そのリスクをすでに十分分かったと思います。

特に私の出身のミュンヘンエリアで、自動車業界のサプライヤーが非常に多いです。特に家族が経営している企業とか中小企業とかですね。そのサプライヤーの仕事の内容は多分これから変わってくると思います。例えば、ある車や、従来の車のエンジンのある部品が、多分これから必要じゃなくなるかもしれないので、確かに、仕事の内容が大分変わってくると思いますが、だからこそ、ライフロング・ラーニングです。一生勉強しなければならないということです。それは非常に大事だと思います。つまり、教育ですね。

だから、企業の責任もあると思います。その企業の従業員に常に勉強させる必要が非常に大事だと思います。今の従業員が新しいスキルを取得しないと、変わってくる環境に対応できなくなるので、今の従業員とか働いている方は、必ず新しいスキル、新しい資格を取得しなければならないと思います。それはもちろん、企業のモチベーション、そして従業員のモチベーション、雇用者と被雇用者、両方の協力が必要だと思います。もちろん、政治家もその問題は今分かっていったと思いますので、もっと早い段階で、つまり学校と大学でそれに対応しなければならないです。そうしないと、これからの新しい雇用市場に対応できないと思います。例えば学校とか大学で教えている内容を、今の実際の環境とか雇用市場に合わせないといけないと思います。

(岩本)なるほど。日本では、私が若い頃に、職場にパソコンが導入されていったのですけれども、そのとき、パソコンを使いこなせない年配の人たちがたくさんいて、その人たちは電話とファクスで仕事をしていたのですけれども、いずれ、どこかに異動していなくなってしまいました。多分、AI時代でも同じ現象が起きるのではないかというふうに、私は感じていますけれども、ドイツでは、やはりデジタル技術に対応できない人は、どこかに人事異動で飛ばされてしまうとか、首を切られてしまうとか、そういうふうな話にはなっているのでしょうか。

(マイヤー)多分、本当にドイツの従業員は、デジタル化のせいで、自分の仕事がなくなる、それを感じていると思います。本当にそのリスクをよく感じていると思います。それで、自分の仕事がなくなると、やはり、最終的に首になるリスクもあると、大体のドイツ人も多分分かっていると思いますが、逆に、企業は、多分新しい仕事が必要となります。例えばプログラミングをやる人とか、データを分析する専門家とか。逆にその資格を持っている人は足りないということは、企業が今思っていると思いますので、だから、今の従業員にそういう新しい資格とかスキルを取得させる必要があると思います。もちろんそれは、結構長いプロセスだと思います。大分時間もかかると思います。本当に成功できるかどうかということは、まだ分からないですね。数年間待たないと分からないと思います。

特に、ドイツ人はよく、そういうデジタル化のせいで自分の仕事がなくなるということを、確かに思っていると思いますね。でも、その分、企業側で対策をとる必要があって、ある程度それに対策はとられていると思います。

(岩本)分かりました。今回、共同研究のレポートの中で、将来の雇用の推定値を書くところがあったのですけれども、私は今、世界中でいろいろな数字が出ているので、雇用が増える、雇用があまり変わらない、雇用が減るなど、いろいろな数字を書こうとしたのですけれども、ドイツ側は、最終的に見ると、将来の雇用の推定値を全部削除といいますか、落としてしまっていたので、ドイツの人たちは、その将来の推計の数字を出すことに、とても憶病といいますか、とてもリスクが高いというふうに感じているんでしょうか。

(マイヤー)そうですね。先ほど申し上げたように、確かにデジタル化、またはいろいろな技術的な変更の結果として、多分、ある職業が完全になくなると思います。例えば、自動車業界だったら、普通のもともとのトランスミッションの専門家は、これから、もうそのトランスミッションの専門家は多分必要じゃないかもしれません。その代わり電動自動車用のモータースのエンジンの専門家は必要だろうと思いますので、確かに仕事の内容は変わってくると思いますし、また、ある職業は完全になくなるかもしれません。それで、対応するために、政治家、企業、従業員のそれぞれのイニシアチブが必要となると思いますね。

私は雇用の専門家ではないし、今言ったのは私の個人的な意見にすぎません。acatechを代表して話すこともできません。acatechの意見ではなく、私の意見ですね。だから、多分、雇用がなくなるか、増えるか、減るかとか、そういうことより、これからの仕事の内容はどう変わってくるかということに集中したほうがよいと思います。

恐らく、想像力の必要な仕事とか、研究開発とかは、これからも人間はやり続けると思います。その代わり、そういうものと、いつも同じ仕事とかそういう重い物を運ぶとか、そういう仕事は多分機械にやらせるようになると思います。

そのため、先ほど言いましたように、一生勉強し続けること、そのライフロング・ラーニングとか、学校、大学のレベルで、対策をとらなければならないと思います。

岩本先生もご存じだと思いますが、ドイツでは、中小企業で働いている方が非常に多くて、ドイツの生産業を支えてくれるのは主に中小企業です。その中でも、これからデジタル化のせいで、そのプロセスも変わってくると思いますので、私たちacatechが思っているのは、主にその中小企業を支える必要があると思います。中小企業がデジタル技術を導入できるため、いろいろサポートを提供しなければならないと思います。

私がPh.D.スチューデントとしてエレンミューにいたときにも、いろいろな会社とのインタビューを行いましたが、そこで分かったことは、中小企業の中でも、ヒドゥン・チャンピオンと呼ばれていますけれども、世界中で成功している、でもあまり知られていない企業が多いですが、そのときはまだ、デジタル化ということは、確かに分かっていたけれど、実際の影響はまだあまり感じていなかったので、今すぐに対策しなくてもよいと思っていた企業が非常に多かったです。

今は、それは変わってきたと思います。特に自動車業界では、すでにある程度圧力を感じている、危機感を感じていると思います。これから他の分野もやはり対策しなければならないということが、多分分かってくると思いますし、逆に、デジタル化に対応しないと負けてしまうということも、多分大体の企業がすでに分かっていると思います。

(岩本)分かりました。ありがとうございました。

2020年2月7日掲載

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