IoT, AI等デジタル化の経済学

第104回「中堅・中小企業への円滑なIoT、AI導入の企業ノウハウの公開(2/9, No.2) ― しのはらプレスサービス(株)の事例 ―」

岩本 晃一
上席研究員(特任)/日本生産性本部

筆者は、2016年4月から経済産業研究所(RIETI)(2018年4月からは日本生産性本部JPC)において、「IoT、AIによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会」を主催してきた。

研究会では、これまでモデル企業9社に参加いただき、研究会がモデル企業に対して、アドバイス・コンサルテイングを行う代わりに、「試行錯誤のノウハウ」を公開していただくことを条件に研究会に参加していただいた。公開するのは、モデル企業による検討のスタートから途中経過の試行錯誤から最後までの企業ノウハウである。それらは、通常「企業ノウハウ」として企業内に留まっているものである。日本国内の中堅・中小企業の競争力強化を図る公益目的の研究会である。

本研究会で採用した手法は、MBAプログラムで用いられている「ケーススタディの積み上げ方式」である。企業経営を成功させる定石はない。MBAで学ぶのは、多くの成功事例のケーススタディである。同様に、中小企業へのIoT、AI導入で成功する定石はない。そのため、成功事例のケーススタディを学ぶしかない。だが日本では、中小企業のIoT、AI導入の成功事例はほとんどなく、しかも、もしあったとしても企業秘密として公開されない。日本に現存しないのであれば、自分で作っていくしかないと考えた。

第92回/中堅・中小企業への円滑なIoT、AI導入の企業ノウハウの公開(2/9)―しのはらプレスサービス(株)の事例―」に、2017年度のモデル企業であるしのはらプレスサービス(株)の事例をすでに公開している。その後、2019年11月19日(火)に、上記研究会のメンバー17名で同社を視察する機会があった。そこで、視察報告を以下に掲載しておく。「第92回/中堅・中小企業への円滑なIoT、AI導入の企業ノウハウの公開(2/9)―しのはらプレスサービス(株)の事例―」と合わせて、ご覧いただきたい。

1. 会社概要

商号 しのはらプレスサービス株式会社
設立 1973年6月
資本金 9,000万円
代表者 代表取締役社長 篠原正幸
本社・工場 千葉県船橋市潮見町34-2
社員数 約200名

2. 視察タイムライン

2019年11月19日(火) 参加者17名
全体説明 13:00-13:40
工場見学 13:40-15:25
質疑応答 15:25-16:00

3. 概要

もともとは、現社長の祖父が篠原機械製作所を創業し、1960年からプレス機械を製作していた。高度経済成長を背景に、わずか10年間に300トン以下のプレスにおいて国内シェアの約50%を占めるまでに成長した。

ものが売れなくなる低成長時代を迎えたときに、プレス機械メーカーはどう対処すべきかという問題意識を持っていた篠原敬治氏(現社長の父親)は、低成長期を迎える前にいち早く知識集約型サービス業への転換を掲げ、しのはらプレスサービスを創業した。当時は、プレス機が故障してから修理業者を呼ぶのが常識だったが、修理する間、顧客の生産は止まることになる。篠原敬治氏は、定期点検と予防的メンテナンスにより、生産を止めないというビジネスモデルを始め、手応えをつかんだ。その過程で、カタログや取扱説明書からさまざまなメーカー/モデルの静的情報を収集・蓄積するとともに、点検から個体ごとの時系列データ(動的情報)を蓄積した。

IoTの時代に入り、機械にIoTセンサーを取り付けることによって機械の状態をリアルタイムで見える化できるようになったが、それだけでは、正常値を知らずに血液検査結果を見るようなもので、診断ができない。同社の強みは、動的情報とメンテナンス実績を基に、このデータがこれを超えたら対処が必要という閾値を設定し、診断できるところにある。

同社は、顧客がもつ旧式の機械をメーカーを問わず改造して高付加価値の機械に生まれ変わらせるレトロフィット、さらには搬送と省力化を含めた工場全体のトータル・ソリューションも得意とする。これらは、機械メーカーとしてもともと持っていた技術力、その後蓄積した静的情報・動的情報に加え、顧客が何に困っているかという経験をメンテナンスの過程で蓄積したからこそ可能になったと考えられる。

これらのビジネスモデルは、「人」に関する2つの方針に支えられている。1つは、徹底したマニュアル化である。技術者が持つ経験やスキルは、放っておくと属人化し、職人芸の世界になる。これでは会社が技術を持っているとはいえない。これは、職人の勘に依存する酒造りから見える化への転換で「獺祭」を成功させた旭酒造と共通する問題意識である。しのはらプレスサービスでは、設計や生産管理はもちろんのこと、営業、総務、経理、採用に至るまでさまざまな作業をマニュアル化し、徹底して情報の共有化を図っている。これによって、能力の質保証と教育の効率化とが可能になっている。

もう1つは、社員への信頼を見える化することによるモチベーション向上である。同社には「命令」がない。あるのは徹底した情報開示である。貸借対照表・損益計算書とその見方まで説明し、「自分の給与は会社の業績とどう連動しているのか」「どう行動すると効果が出て、最終的には自分にどう影響するのか」を理解できるようになっている。入社後7年間の研修プログラムもあるが、進捗管理は本人に任されている。仲間と競争させるのではなく、一人一人の達成感を大切にしている。これらによって、「入りたくて入った会社ではない」という意識で働く社員が多い中小企業にあって、驚くほど高いモチベーションを実現している。このことは、現在の社長が就任してから新入社員の離職者ゼロという数字にも表れているし、見学時の工場・事務所でも感じることができた。

4. 篠原正幸社長の話

既存設備を有効活用しつつ、今の時代にふさわしい機能を実現するわれわれのビジネスは、エコ・イノベーションと言える。「エコ」というのはエコロジーとエコノミー、両方ないといけない。それがSDGsを達成することにもなる。

2020年1月29日掲載

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