IoT, AI等デジタル化の経済学

第102回「デジタル技術が作る未来社会(その1)」

岩本 晃一
上席研究員(特任)/日本生産性本部

筆者は、2019年11月、ドイツの各所を訪問し、「デジタル技術が作る未来社会」に関して専門家と意見交換した。その具体的なテーマは以下の4つである。

  • The Future of Work ; 雇用の未来
  • The Digital New Business Model- The Future of Manufacturing ; 新しいデジタルビジネスモデル-製造業の未来
  • Man Machine Interaction (MMI) ; 人間と機械の相互作用
  • The Digital Transformation of SME ; 中小企業のデジタルトランスフォーメーション

これらの分野は、社会科学と自然科学の双方の知識が必要なため、日本ではほとんど専門家がいない分野である。そのため、筆者は外国に赴いて議論の相手を求めないといけない。

日本ではようやく最近「雇用の未来」に関する関心が高まってきたが、ドイツでは同分野は数年前に収束しており、いまは次のテーマであるMMIが研究の主流である。だが日本では同分野は立ち上がっておらず、同分野の専門家がほとんどいない。

今回の連載では、各専門家との意見交換の主要点を順に紹介していきたい。まず最初は、「The Future of Work ; 雇用の未来」からである。

The Future of Work ; 雇用の未来(1)
ドイツ金属労働組合(IGメタル)ミハエル・シュミツアー氏との意見交換

(岩本)ドイツでは、2013年から労働・社会省アンドレア・ナーレス大臣の主導の下で「労働4.0 Arbeiten4.0 Work4.0 」が実施されてきたが、2016年11月に「白書 労働4.0 White Paper Work4.0」を発表し、その後、同大臣は、2018年9月の総選挙で大臣を辞任した。また、2015年10月、IGメタルのNo.2に初めての女性クリステイン・ベナー氏が就任し、「ドイツが国際競争力を維持するにはインダストリー4.0は不可欠だが組合員の雇用を守るため、新しい技術の下でも働けるよう、職業訓練所を充実せよ。」と訴えてきた。その後、ドイツでは、いかなる進捗が展開されているか。

(シュミツアー氏) 私たちの労働組合とドイツの産業界の関係は、非常に友好です。雇用者と被雇用者の、それぞれの利益のバランスを維持しているのは大事だと思います。だから、私たちは労働協約の交渉を行っています。労働協約は将来のベースになると思うので、大事だと思います。

例えば資格の取得についてですが、ドイツの金属工業で働いている労働者は300万人もいますので、その300万人がデジタル化の課題に全員が対応できるような標準をつくるのは大事なことです。それは産業界と一緒に行っていますが、残念ながら、ケンカをするときもあります。

ドイツでは、短時間労働者向けの不足払い制度があります。つまり、事情により通常の勤務時間を短くした労働者は、働けない時間分の保障金がもらえます。

私たちが今提案したのは、労働者の10%に継続教育を受けてもらうことです。つまり、例えば3,000人の労働者がいるとしたら、その3,000人の中300人は私たちが提案した制度で、例えばAIやRPA(Robotic Process Automation)に関する教育を受けることを提案しました。ですが産業界はあまり私たちの提案を受け入れてくれなかったです。

ドイツ語の専門用語、IGメタル提案の専門用語は、「Transformations-Kurzarbeitergeld」です。意訳すると、「変革における短時間労働者向けの保障金」です。

ドイツの労働・社会大臣ハイル氏は、私たちの提案のアジェンダについて、これから立法措置をとる予定です。つまり、これに関する法律をつくってくれる予定です。政治家は、私たちの提案を支えてくれています。

人材育成、教育を受ける人は、未熟練労働者、またはこれからロボットとかアルゴリズムに代わられる熟練労働者です。人材教育を提供する側は、会社によって違いますが、例えばコンチネンタルという自動車業界の大きなサプライヤーですが、コンチネンタルは人材育成のために自分のアカデミーを設立しました。そして、職業訓練施設もありますし、または、企業はたまに第三者に頼むときもあります。コンチネンタルは、自分の社員に教育を提供するために、いろいろなクラスとかコースを提供するためにアカデミーを設立しました。社員の10%かどうかということはまだ決まっていません。割合はまだ決まっていないです。

企業が自分で人材育成のコストを払わなければならないかどうかという点についてですが、ドイツの連邦労働局からの補助金ももらえます。ドイツの労働局は労働署ではなく、例えば失業手当なども管理する局です。もし、未熟練の労働者の場合、労働局はその企業に教育費の100%を保障してくれますし、それに関連する法律もあります。ドイツ語で言いますと、「Qualifizierungschancengesetz」です。資格を取得するチャンスに関する法律ということになります。そして、3年間の教育も受けた熟練労働者の場合は、企業サイズによって、もらえる補助金の金額は変わります。割合は変わります。小さい企業であれば100%までの教育費をもらえます。大きい企業だったら15%だけもらえる。で、その間はいくつかの段階があります。

ハイル氏は、後で失業給付を支払うより、今、雇用に投資したほうがよいと主張しています。労働者を一時的に職業訓練校に行かせて戻し、その後また同じ仕事に就かせる、そういうプロセスが行われています。人材育成というシステムのおかげで、労働者は今までと同じレベルの資格を維持できるか、またはもっといい資格を取得できることを確保しています。

予算はどこから出るかという点ですが、結構複雑です。もし、よりいい資格を取得したいのであれば、労働者が自分自身が負担しなければなりません。なぜなら、それで給料も上がるからですね。もし同じレベルを守るための教育だけであれば、雇用者も一部負担しなければなりません。

IAB研究所(ドイツ労働市場・職業研究所)は、デジタル化でなくなる仕事より、デジタル化のおかげで創出される新しい仕事の」ほうが多いと推測しています。しかし、、現在、受動的な仕事、マニュアルワークをやっている人が、将来プログラミングできるようになるのかどうか、それが私たちの大きな課題です。だから、そのための教育をしなければならないです。

1つの例を挙げますと、自動運転ですね。自動運転の分野で、米国のウェイモという会社は私たちより進んでいるので、やはりウェイモと同じレベルを達成するために人材が必要です。そのウェイモ、WAYMOという米国の会社は、実はグーグルの最初の自動運転プロジェクトでした。そしてウェイモはある程度、自動運転を実現できました。私たちはまだです。

ある社員は、転職したいなら、労働局は、例えば空いている仕事があればそれを提案します。新しい会社を探している人にいろいろ提案します。IGメタルは、そういうときにあっせんしません。

ドイツの学校についてですが、職業訓練校は、実は16歳~19歳ぐらいまでですね。職業訓練学校でカリキュラムに、デジタル技術を大事にしています。そのために憲法まで変えました。

今、職業訓練校でSTEM教育はとても重要な役割を果たしています。STEM教育は、科学・技術・工学・数学です。そして2018年、学校のデジタル化を進めるため、50億ユーロも投資しました。でも、実は50億ではなく600億ユーロは必要だと、私たちは主張しています。2018年に投資された50億ユーロは、職業訓練校だけではなく全ての学校のデジタル化を進めるための金額でした。

特別な法律はないですが、先ほど憲法を変えたと言いましたが、それはドイツ連邦と各州の協力を改善するための変更でした。ドイツは、連邦とそれぞれの州、例えばバイエルン州とかヘッセン州とかの関係はすごく複雑です。予算の確保とか法律とかについてですが、まだ決着はつかないです。つまり、それは今も、1つの最初のステップだけです。

私たちの目標は、まずは全ての被雇用者は仕事を守ること、仕事を維持できること、仕事し続けられること、そして市場の変更は被雇用者の損にならないことを大事にしています。

90年代に鉄鋼業で大きな変更があり、その転換のせいで何人かは仕事を失いました。そういったことが二度と起こらないように、私たちは今、がんばっています。

私たちは2018年、私たちの金属工業の業界で、ドイツの2,000社の企業でデジタル化はどれぐらい進んでいるのかという状況を分析しました。それを見える化にするために地図をつくりました。その結果に基づいて、私たちは今、各企業に行って、職場委員会と一緒にフューチャーモデル、将来のモデルをつくっています。

いろいろな企業の幹部は、よく、すごくシンプルなソリューションしか探してないです。例えば、利益が下がってしまうと人を解雇しなければならないと思っているマネージャーが多いです。あまり人を大事にしないです。でも人は大事です。その国の将来のベースになりますから。

日本はどうですか。雇用を守る、また被雇用者を守る労働組合がありますか。

AIファクトリーについてですが、一応、人々はしんどい仕事をやらなくてもよいので、機械を使おうとしています。ある意味その人の役にも立つと思います。でも、ドイツで初めて誰かと会うと、まずは何を働いていますかということを聞きますので、やっぱり仕事はドイツ人にとってとても大事で、アイデンティティーの一部になります。

100年前ぐらいに、ヘンリー・フォードは「車は車を買えない」と語りました。現在も同じように言えると思います。ロボットは車を買えない。やはり人間がお金を稼がないと、車も何も購入されないのです。

ドイツでは、すでに100%自動化されている工場もあります。毎年4月にハノーバーで産業界の展示会が行われますが、そこでは新しい、最新のトレンドを見ることができます。2年前ぐらいに1つの出展社は、100%自動化された組み立てラインを展示しました。ハノーバーの展示会は、欧州で一番大きな工業博覧会です。

医療分野または介護分野では、やはり自動化できない仕事が数多くあると思います。もちろん介護ロボットというのはあると知っていますが、やはりそれでも介護分野では自動化できない仕事がたくさんあると思います。

インダストリー4.0というプラットフォームでは、5つのワーキンググループがあります。その中で、工業標準を交渉しているところに、私も実は、ワーキンググループに入っています。デジタルビジネスモデルを担当するワーキンググループにも参加しています。

ただ、そこに入っている企業の代表者は、やはりいろいろな競争をしている企業が入っているので、ある企業は自分のビジネスモデルとか戦略とかを他の企業に見せると、それは多分、他の企業、競争会社が使ってしまうリスクがあるので、なかなか見せてくれないです。よく、議論するときに、大手企業の代表者は「ああ、もっと話していいですか。多分それ以上言ってしまうと企業秘密を共有してしまうので、これ以上は話せない」と、そういうことはよくありますよ。

そして、欧州にはクラウドがあります。GAIA-Xというクラウドですが、すでに、クラウドが導入されることは2週間前に決定されました。

今のところ質問はないですが、実はけさ、ライプツィヒから来ました。夜、また戻らなければならないです。実は今、いろいろな争論があって、ちょっと圧力を感じています。今、結構忙しいですね。でも長期的に、労働組合と産業界の間で、意見交換や交流をできればほんとうにありがたいです。これからも、労働組合と産業界の間の交流が必要となると思います。特に、RPAが実現されるのであれば、これからもやり取りをできればありがたいです。特に今、世界中で発生する問題は大体同じだと思いますので、意見交換とか交流できればいいと思います。そして、もし日本の方がドイツに来てくれれば、こちらでいろいろな企業とかいろいろな工場の見学も可能ですので、ぜひおっしゃってください。そうすると、工場の中のプロセスとか工程とかも見学できるので、ぜひ声をかけてください。

(参考) Qualifizierungschancengesetz(https://www.esf.de/portal/SharedDocs/PDFs/DE/Veranstaltungen/2019/qualifizierungschancengesetz.pdf?__blob=publicationFile&v=2

2020年1月20日掲載

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