IoT, AI等デジタル化の経済学

第79回「情報通信分野の投資による経済格差の発生・拡大」

岩本 晃一
上席研究員(特任)/日本生産性本部

バンクオブアメリカ・メリルリンチのレポートを報じたガーディアン紙(2016)は、「AIは不平等を加速させる」と強調している。人工知能の発達により、機械は“考える”力を急速に高めている。従来は人間の仕事とされていた仕事が機械に置き換わる可能性を持っている。ロボットと人工知能の市場は2020年までに152.7億ドルに達し、これらの技術の適用によって、いくつかの産業では生産性が30%向上する。現在、労働者1万人につき66台のロボットが世界で稼働しており、最も自動化が進んでいる日本の自動車部門では1520台が稼働している。工場の流れ作業のような低水準の作業だけでなく、知識集約型のタスク(消費者の信用格付けなど)もコンピュータに置き換わることで、世界中の賃金コストを9兆ドルまで削減できる(2013年 マッキンゼーグローバル研究所 報告書)と述べている。

オーターもまた、情報技術は雇用を二極化させると主張している(Autor (2015))。同氏は、機械への代替リスクが小さい仕事は、「高スキル(抽象的仕事)」および「低スキル(マニュアル仕事)」であるという。
「高スキル(抽象的仕事)」とは、機械化により情報の取得・まとめに要する時間が減少し、解釈・応用に費やす仕事が増える(生産性が向上)。このため、需要が上昇するものの、労働力の供給は遅い(高等教育が必要なため)。
一方、「低スキル(マニュアル仕事)」とは、情報・データに頼る部分が少ないため、情報技術による仕事の補完や置き換えなどは起こりにくい。そのため、生産性を上げても単価が低くなる、他分野から労働者が流入しやすい、賃金上昇は抑制されやすい、生産性向上により社会全体の収入が増大するため、マニュアル仕事そのものの需要は増大する。そのことから、低スキル労働者の賃金は上昇しない。
高スキル労働者は、スキル獲得のために大学・大学院での高等教育が必要なため、需要が増えても供給はすぐには増えない。IT関連の高スキル人材の需要がさらに高まり、賃金も上昇しやすい。
一方、低スキル労働者は、教育が必須のスキルは必要ないため、他分野から労働者が流入しやすい。生産性が高まっても賃金の上昇は抑制される。
雇用は高スキル・低スキル労働の需要上昇という形で二極化するが、賃金水準は高スキル労働でのみ上昇し、低スキル労働では上昇しない、と同氏は主張する。

米国経済白書(2016)もまた、「自動化は所得格差を拡大する」と述べている。低賃金の職種では雇用が失われる一方、高賃金の職種では雇用が増える傾向がある。低賃金の労働者がコンピュータ使用に必要なスキルを身につけることができなければ、所得格差による経済格差が大幅に拡大する恐れがある、と述べている(図3-7)。所得格差の是正には、情報格差の縮小が必要であると訴える。

図3-7:コンピュータの自動化による職種別の雇用成長率への影響
図3-7:コンピュータの自動化による職種別の雇用成長率への影響
米国経済白書(2016)
図3-8:ブロードバンドの導入は所得と関連
図3-8:ブロードバンドの導入は所得と関連
・低所得層ではよりインターネット利用が少なく、高所得層では多い
・オンラインの恩恵を受けることができない労働者は、就職活動、サービス、教育面で様々な不利益を被る
出典:Census Bureau, American Community Survey (2014); CEA calculations.

※日本のインターネット普及率は83.0%だが、世代間・年収間の格差は存在する(総務省HP)

「通商白書2017(2017)」は、近年の経済格差拡大要因を分析し、以下のように述べている。‘IMFでは、1980〜2006年の先進国20カ国、新興国31カ国により構成される51カ国を対象にジニ係数の変化に関する要因分解を行った結果、「格差に対する影響が最も強いのは技術革新」と結論付けている。すなわち先進国の経済格差拡大の主な要因は技術革新(IT 投資)である。だがIT 投資の推進は、わが国の経済成長力の向上のため、不可欠である。
各国のジニ係数の所得再配分の前後および時間的推移を見ると、アメリカは、所得再配分前に大きな格差があるが、再配分機能が弱く、かつ格差が時間的に拡大している。所得再配分の前も後も、OECD平均よりもジニ係数がかなり高く、再配分機能は他のOECD諸国と比べて弱いことがわかる。
ドイツは、再配分前は大きな格差があるが、再配分が良好に機能し、格差が縮まっているものの、時系列的にみれば、格差の拡大は進行している。日本は、時間的に格差はほとんど変化しないものの、再配分が良好に機能せず、格差が社会に残っている(図3-9)。

図3-9:近年の格差拡大要因分析の結果;ジニ係数の各要素の寄与(2000〜2014)
図3-9:近年の格差拡大要因分析の結果;ジニ係数の各要素の寄与(2000〜2014)
図3-10:可処分所得に関するジニ係数(所得移転後)
図3-10:可処分所得に関するジニ係数(所得移転後)
出典)OECD統計から作成
注:IMFの2007年の分析を参考に、分析機関(1980〜2006)を2000〜2014年に延長し、対象国をOECD23カ国に経済産業省にて修正。
備考:横軸は各指標が1%変化したときの、ジニ係数の変化率を表す。

ドイツは、再分配前はジニ係数が高いが、再分配後は低くなっている。国家が再分配に強力に介入することで、経済成長の恩恵を国民に広く波及させ、格差の少ない社会を実現している。日本のジニ係数は、所得再分配の前も後も、OECD平均より高い(図3-11)。

図3-11:OECD各国のジニ係数(所得再分配前と後)
図3-11:OECD各国のジニ係数(所得再分配前と後)
資料:OECD. Statに基づき、厚生労働省政策統括官付政策評価官室から三菱総合研究所に委託して作成。
出典)平成24年度厚生労働白書

ところで、所得の再配分の方法として「ベーシック・インカム(以下、BIと呼ぶ)」(基本所得)の導入の是非が議論されている。これまでも政府は国民から税を徴収し、再配分するという「税の再配分機能を用いた富の再配分」を実施してきたが、それは、ある条件を満たした人に、ある決まった金額を給付するものである。すなわち、給付する「理由」が明確化されている。
ところがBIの大きな特徴は、政府が全ての国民に、例えば、お金持ちでも、健康的な人でも、無条件に全ての人に一律に同じ金額を給付するというものである。その代わり、現存している多くの給付制度、例えば、生活保護、年金、雇用保険、児童手当などは全て廃止する。
推進論者が主張するメリットとしては第一に、「労働しなくても生活費が入る」という点である。確かに、生きていくために、つらい仕事を続ける、という状態から脱出できる人もいるので、BIの推進派は、「労働からの解放」と呼んでいるが、逆にいえば、働かなくても、遊んでいても、生活のための収入が確保されるため、多くの人が働かなくなり、BIに必要な国家財政を誰も納税しなくなる可能性がある。簡単に、BIに必要な国家財源を失ってしまう可能性もある。
メリットの第二は、全ての現存する社会保障制度をなくすために、現在、その作業に関わっている行政職員が不要になり、大幅な行政コストの削減になるというものがある。
逆に反対論者が主張する点としては、財源である。「生活に必要なお金を全ての人に無条件に給付する」という趣旨なので、例えば、今の憲法で保障された生活を維持するに必要とされる生活保護費を参考に、日本人1人当たり毎月15万円(年間180万円)を給付するとすれば、15万円×12カ月×1.2億人=216兆円となり、この財源を一体どうやって確保するのか、という根本課題に突き当たる。もし毎月10万円(年間120万円)だったとしても、144兆円となる。
2017年度(実績)の国家財政は、一般会計税収は約57.7兆円、一般会計予算は約96兆円である。ベーシック・インカムを導入すると、働く人の数が今よりもかなり少なくなるにもかかわらず、国家税収は、現在の3.7倍(毎月15万円の場合)、または2.5倍(毎月10万円の場合)を確保しなければならない。そうすると、1人当たりの納税額は現在の約10倍前後になるのではないか。一方で、納税せずに、国から生活費をもらって遊んでいる人々が大勢いる国になり、それで果たして社会の安定を維持できるのだろうかと懸念される。

第二の課題は、金持ちにも全て一律に支給するという点である。
筆者の意見としては、こうした根本的な課題の解決がなされない限り、いくらBIの趣旨がすばらしいものであったとしても、BIの導入は、現実的な選択肢とは成り得ないと考える。税の機能強化で十分対応できると思われ、そうであるならば、そうすべきであって、社会の不安定化をもたらす可能性のあるベーシック・インカムを導入する必要性は認められないというのが筆者のスタンスである。

もし日本社会が米国の10年後を追っているのなら、情報化投資が非正規雇用の労働コストを下回ったとき、日本において、今の米国と同様の経済格差が出現する可能性がある。そのとき、2つの問題を考えないといけない。
1つめは、日本は果たして所得の再分配をするのかどうか、という問題である。米国はほとんど所得の再分配を行っていない。一部の金持ち、一部の企業にお金が集まっているが、それが再投資を通じて企業競争力を益々高めている。その強い競争力を以って日本など外国市場に攻め込んでいる。
もし日本が強力な所得の再分配をすれば、企業の再投資を減らし、企業の国際競争力を失わせ、下手をすれば米国企業とのグローバル競争に負けて倒産してしまう可能性がある。それが本当に国民にとって良いことなのかどうか、私には分からない。
2つめは、もし仮に、所得の再分配をするとして、その手法をどうするのか、という問題がある。一部では、上述したように、BIを主張する人もいるが、筆者を含め、非現実的な手法であるとして批判する人もいる。

ベーシック・インカムは、「再配分」の方法に関する1つのアイデイアであるが、「徴税」の方法の1つのアイデイアとして「ロボット税」が議論されている。 現時点で課税対象が、ロボット・AIなどと想定はされているものの、その具体的な課税対象範囲については、ロボット税を主張する人によって異なり、世界的に統一されたものはない。

ロボット税の導入の背景としては、ロボット・AIは人間の職を奪っていくから、これまで人間が払っていた税金を、そのロボット・AIに代わって納税してもらおうというものである。

また、ロボット税推進者は往々にしてベーシック・インカム推進者であることが多く、ロボット・AIによって職を奪われなかったごく少数の人間が納める税金だけでは、到底ベーシック・インカム実現のための財源は実現できないので、そのための財源を確保しようという考えも背景にある。

筆者の考えを述べると、米国経済白書(2016)によれば、事業所の単位面積当たり最もロボットの設置密度が高いのは、日本の自動車産業である。ロボット税が日本の自動車産業にとって最も打撃が大きい。先述したように、今の日本経済は、自動車産業に負うところが大きい。その自動車産業にダメージを与えても日本にとっては何も良いことはない、というのが筆者の考えである。

日本はこれまで国際競争力を強くするため、減税してでもロボットの導入を促進してきた国である。それがある時点を境に、ロボットの導入に課税するという180度逆の政策に急転換することの違和感がある。

参考文献
  • 通商白書(2017), 経済産業省通商政策局, 2017年6月
  • Autor, D. H. (2015). Why Are There Still So Many Jobs? The History and Future of Workplace Automation. Journal of Economic Perspectives, 29(3), 3–30.
  • The annual report of the council of economic advisers (2016) Economic report of the president. (米国経済白書)

2018年9月7日掲載

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