IoT, AI等デジタル化の経済学

第78回「熊本県による中小企業へのIoT導入支援事業」

岩本 晃一
上席研究員(特任)/日本生産性本部

熊本県では、地域の中小企業が自らの課題を解決するためのソリューションとしてIoT技術の実装を進める支援のため、①普及啓発から②人材育成、また、③本研究会を参考とした地産地消のIoT導入モデルの形成及び④出口の実装投資支援と、ステージごとの支援を行っている。このうち、特に本年度から本格化を行っている②人材育成と③導入モデル形成の取組みについて紹介する。

人材育成

熊本県では、かねて公益財団法人くまもと産業支援財団が、ものづくり現場のカイゼン活動をリードする人材を育成するため、20年にわたって生産現場のリーダークラスを対象にプログラム(「ひのくに道場」)を開講し、これまで800名程の卒業生を輩出してきた。ここで培われてきた5SやTPMなどのメソッド伝授の指導力を背景として、同財団は平成29年度に経済産業省の「スマートものづくり応援隊事業」の採択を受け、IoTやロボットに関わる実践的なカリキュラムを加えて、「ひのくにIoT」と銘打ち、ものづくり現場とIoT・ロボットの両方に関わる、垣根を超えた人材の育成を目的としたスクールを開講。アマゾンウェブサービスジャパン、グルーブノーツや日立製作所等の日本でも最先端のIoT関連技術をもつ企業から講師を招へいし、画像認識・AIプログラミングといったスキル教育を座学と実習の両面から実施している。

このプログラムの中で、実際にIoT技術を活用した予知保全への取組みを開始している工場へ視察した際には、「センシングによって装置の異常を予め検知し、見える化できるようになれば、その分だけ現場の対応が増える。」「しっかりとしたリスクアセスメントによる装置のメカニズムの体系的理解と、根本原因対策を講じることのできるものづくりの現場力が伴って、はじめてIoT技術が効率化に資することになる。」といった、まさに、ものづくりとIoTの溝を埋める具体的な教訓が工場側や受講者から聞かれたことが印象的であった。

平成30年度は、現場のリーダークラス向けに加えて、中小企業の経営層向けプログラムを拡充しているほか、いわゆるテストベッドとして、「ひのくにIoT実践ライン」を整備。県内企業がIoT・AIの導入を検討するにあたり、実際に導入するプロセスや課題を「見て、触れて、やってみる」ことで体験できる実践型のデモラインとなっている。

また、若手の技術者や学生等が実際のIoT技術を手近に体験・学習する場が必要との声が産業界から上がったことを受け、平成30年6月から、平田機工株式会社をはじめとする県内外の企業の協力を得て、中心市街地の展示スペースに、IoT技術(画像認識による自動組立て、稼働状況の集約による故障予知、生産状況の見える化等)を実装した生産ラインのデモ機(写真参照)を設置した。さらに、ものづくりの他、インフラや水産業等の幅広い分野にIoTを活用する先進的な取組みを行う企業数社の製品・サービスや試作品の展示、取組状況の紹介コーナーを設けている。これらは、前述した「ひのくにIoT」の技術者講習などの人材育成に活用されているほか、こうした技術の社会実装が熊本でも進んでいるとの実感を広く共有し、ハッカソンなどのイベントを通じて普及啓発を図る発信基地としても機能している。

写真:平田機工株式会社製造IoTデモ機
写真:平田機工株式会社製造IoTデモ機

さらに、熊本大学等が実施する社会人向けの情報技術教育としてenPiT-everiがスタートしている。本事業は、平成29年度、文部科学省「Society5.0に対応した高度技術人材育成事業」に採択され、北九州市立大学、九州工業大学、広島市立大学、熊本大学、宮崎大学が連携し、九州・中国地域の特色ある産業の社会人を対象に、人工知能やロボット技術などの新しい技術を身に付ける実践的な教育プログラムの提供を目的としている。

これまで、地域企業へのニーズ調査を踏まえ、働きながら受講できるカリキュラム作りを行っており、来年度からの本格運用を予定している。IT人材の不足数は2030年度には60万人とも、80万人とも言われているなか、このようなリカレント教育による人材供給は非常に重要となる。

IoT導入モデルの形成

昨年度、県内の中小ものづくり企業向けに、専門家を招いたIoT関係のセミナーを数回にわたり開催した。県が主催するもののほか、業界団体等が開催するものも含めれば、IoTに関わる分野の知見に触れるこのような機会は熊本でもいまやあふれている。しかし、その反面、実際にIoTを活用しようと具体的な行動に踏み切った事例は、まだ限られたものであり、これから増えていく余地が大きいという印象である。これまでの勉強会に参加した企業からは、「世界の最先端の動向を知りたい」「実際に試行錯誤するためのテストベッドがあると望ましい」として、導入に前向きな意見が出る一方で、「まずは何から取り組めば良いのか分からない」「導入効果がよく分からない」といった意見も数多く聞かれた。

企業の「よく分からない」を取り除き、IoT技術の活用が進むよう、県産業技術センターでは、自社にIoT投資を目指す中小ものづくり企業数社に対して技術支援を行っている。また、今年度、県内のITベンダーとIoTの導入を検討しているものづくり企業のマッチング交流会を開催した。現在、ものづくり企業2社がITベンダーや県産業技術センターの支援を受け、IoT導入に向けた検討を進めている。

このうち、紙器メーカーでは、1,000を超える木型の運用管理における以下のような課題解決のため、IoT技術を活用する方向で検討を進めている。
・目視管理のため、木型の取り出しに時間がかかる。
・使用頻度を手作業で管理するため、従業員の負担になっている。
・使用しない木型が多く、保存スペースに無駄が生じている。

これらの課題を解決するため、ITベンダーが提案している方法はRFIDタグを用いた木型のIoT管理である。RFIDタグを取り付けることで木型の取り出しが容易になるとともに、生産管理システムと連携させることで、品質管理にもデータを利用することが可能になる。

また、木型の種類や使用頻度をデータベース化することで、不要な木型の処分につなげるとともに、顧客ニーズの多い紙器の標準化を図ることで、営業時に紙器の逆提案につなげることも可能となる。

更に、木型のIoT管理に留まらず、VRや3D技術と組み合わせることで、個人顧客向けの提案型ビジネスなど新事業への展開に向けた検討も行っている。

今後は、これらの支援事例を試行錯誤のプロセスと併せてモデルとして取りまとめ、県内企業の課題解決におけるIoT導入に活用していく。

リサーチをすれば、全国的にはこのような草の根の取組み事例は数多く確認されはじめているものの、顔の見える地域の業界の中で先行する事例がいくつか発信されはじめれば、乗り遅れまいとする経営者の意欲を後押しし、更なるフォロワーの行動につながるものと期待している。実際に、この1年のうちにも、地域の板金や切削加工等の分野において、中小企業の中でも、デジタル技術を本格的に導入しようとする投資が始まっている。

2018年8月30日掲載

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