第2点目は、「雇用の未来」の課題を、国として最も深刻に捉え、政府主導で取り組んできたのがドイツである。ドイツ人も私と同じ疑問を持ったようだが、調査研究の規模において日本の比ではない。ドイツ政府は、「労働4.0(Arbeiten4.0、Work4.0)プロジェクト」を実施してきた。「独り勝ち」と言われるほど強力な経済力を生み出している製造業分野で、もし第2の「ラッダイト運動」が起きれば、経済は壊滅的になるという恐怖がドイツ人の脳裏を横切ったのだと思う。今から約200年ほど前に英国で起きたラッダイト運動は、いまでも欧州の人々の脳裏に生々しく残り、語り継がれていると思われる。そのドイツも、2016年11月、「白書:労働4.0」White Paper Work 4.0. [2016]を発表し、調査分析は一段落ついた。いまは具体的な対策に乗り出している段階である。こうしたドイツの動向を述べる。
人工知能AIなどが雇用に与える影響に関する世界的な研究の端緒となったのが、Frey and Osborne[2013] である。彼らは、アメリカに存在する職業が機械に代替されにくい性質を数値化し、各職業の自動化可能性を算出した。「社会的知能」「創造性」「知覚と操作」を、機械が人間の仕事を代替する上でのボトルネックとなる変数としてモデルに組み込み、2010年のアメリカの全雇用の代替可能性を算出した。その結果、アメリカの職業の約47%は、今後10から20年のうちに自動化可能性が70%を越える可能性があることが推計された(図1、図2)。
同様の計算は、Arntz, Gregory, and Zierahn [2016]によって、OECD加盟国(21カ国)を対象とする推計に拡大された。その推計によれば、OECD平均で自動化可能性が70%を超える職業はわずか9%である。最も自動化される職業のシェアが高いオーストラリアでは12%、シェアの低い韓国では6%である(図6の上の部分)。そして、大半の職業は、自動化可能性が50%程度の職業、すなわち、職業を構成するタスクのうち、半分程度が自動化され、残りの半分は従業員が自らこなすようなタイプの職業である(図6の下の部分)。
更に、Arntz, Gregory, and Zierahn [2016]は、米国における機械代替可能性について、Frey and Osborne[2013]と同じ図を描いてみたところ、(図2)は、両側が高く中央がへこんだ形であったが、逆に中央が盛り上がり、両側が下がった真逆の形となった。そして、「機械に代替されるリスクが70%以上の労働人口は9%」となった(図7)。
これまでに述べた世界の論文の調査分析結果から、必然的に導出される今後取るべき対策を挙げる。
① 第4次産業革命という新しい時代を牽引し、世界とのグローバル競争に勝つためのリーダーの育成である。ドイツでは、ミュンヘン工科大学やミュンヘン大学でデータサイエンティスト修士課程を出た若者が、企業のなかで幹部となり、やがて役員となって、企業を牽引することになるだろう。
② 人間でなければできない仕事を担う人材の育成である。具体的には、過去の前例を「学習」し判断するといった過去の前例の延長線上にある判断やルーティン業務はAIに代替されていくので、①過去に前例のない事柄や新しい創造的な仕事、②デジタル機器を使いこなして、データ分析をしたり、科学的な経営のサポートをする人材、③コミュニケーション能力・対人能力を持った人材、が今後、必要とされている。大きな変革の時代にあっては、過去の前例や経験だけで将来を議論できなくなってくる。そもそもそうした業務はAIに代替可能な業務なので、そこは機械に任せて、新しい未知の時代を切り開くスキルを持った人間が必要になってくる。
③ 製造現場では、過去の前例を「学習」し、計測されたデータを見て、判断するといった過去の前例の延長線上にある作業は、AIに代替されていく。熟練作業員が機械に代替される日はすぐそこまで来ている。ドイツでは、ものづくりの現場を支えてきた熟練作業員をどうするのか、深刻な課題として捉えられている。
④ ドイツでは、新しい技術が導入された際、これまでの古い技術の下で働いていた労働者の雇用を守るため、新しい技術の下で働けるよう、再教育・再訓練する必要性の認識が高まっている。
⑤ IMFが指摘しているように、IT 投資は、経済格差を生み出す最も大きな要因だが、イノベーションは企業競争力の源泉なので、格差を防ぐためにイノベーションを止めることは本末転倒である。IT 投資を通じてイノベーションを図りながら、そこから生じる格差を縮小させるために、税による富の再配分をどうするか、考えないといけない。各国のジニ係数の所得再配分の前後および時間的推移を見ると、米国は、所得再配分前に大きな格差があるが、再配分機能が弱く、かつ格差が時間的に拡大している。ドイツは、再配分前は大きな格差があるが、再配分機能が強く、格差が縮まっているものの、時系列的にみれば、格差は拡大している。日本は、時間的に格差はほとんど変化しないものの、再配分がほとんど機能せず、格差がそのまま残っている。
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