IoT, AI等デジタル化の経済学

第61回「データサイエンティストの養成(米国の動向)」

岩本 晃一
上席研究員

波多野 文
リサーチアシスタント/高知工科大学客員研究員

1 はじめに

AIの発展により、今後はデータサイエンス領域の専門家の需要が拡大することが指摘されている。WEF(World Economic Forum)レポートは、データサイエンティストの養成には大学、大学院教育が必要となるため、このような需要の変化に供給が追いつかず、2020年にかけて採用競争が激化する可能性を指摘している。ドイツでは、2016年からミュンヘン大学やミュンヘン工科大学でデータサイエンティストを養成する修士課程が設置されているが、アメリカではどのような状況だろうか。

2 各大学の修士課程

アメリカでは、すでにデータサイエンスを専門とした修士課程が70以上存在し、オンライン教育や社会人向け課程に力を入れる大学など、さまざまな特色を持つカリキュラムが提供されている。特に評判が良いものとして、カーネギーメロン大学、スタンフォード大学、イリノイ工科大学、カリフォルニア大学バークレー校、ジョージア工科大学、ノースウエスタン大学等の提供する修士課程が挙げられる。いずれの大学においても、実践的トレーニングを重視し、企業との共同プロジェクトなどで訓練を積む機会が用意されている。

たとえばカーネギーメロン大学では、学際的なカリキュラムと工学、自然科学、社会科学に関連するデータサイエンスの最先端の研究に触れる機会が用意され、Google、Amazon、eBay等トップクラスの企業で16カ月から最大20カ月にわたってインターンシップに参加することができる。卒業生は新たな成長分野の開拓者、産業、公共セクター、学術分野のリーダーとなるべく教育される。取得可能な学位とカリキュラムが9種類用意されており、教育背景や修了後のキャリアに合わせて選択可能なところも特徴の1つである。

また、イリノイ工科大学はChicago Loopという、シカゴの経済の中心地の南部に位置しており、シカゴを本拠地とする企業との共同プロジェクトに参加できる。さらに、シカゴの地方自治体が保持するデータ使用が推奨・サポートされており、学生はこれらのデータを用いた研究を行うことができる。また、ここでは、技術的な解決策だけを学ぶのではなく、実社会の問題について考える能力を身につけることに主眼がおかれ、コミュニケーション、プロジェクトマネジメント、職業倫理などを学ぶ機会が用意されている。

ノースウエスタン大学でも、3カ月のインターンシップと8カ月の産業実習(PracticumとCapstone project)を受けることができる。産業実習では、実際に提携する企業と作るチームに参加し、ビジネス・技術アドバイザーの元で研究を行う。研究チームは4、5名の学生で構成されており、学生はクライアントの課題を最も効率的・効果的に解決するために共同で課題に取り組む。

このような実践の機会が豊富に用意されているのは、アメリカ国内で評価の高い修士課程に共通して見られる特徴といえる。GoogleやAmazonといった、AIを用いた先進的な研究を行う企業がアメリカ国内に複数あることも強みになっている。スタンフォード大学は、Department of StatisticsとInstitute for computational and mathematical engineeringが共同で企画したデータサイエンティスト養成コースを用意している。ここでは、数学とプログラミングを重視したカリキュラムを実施している。シリコンバレーに位置するため、大規模計算処理を行う際にAmazonのEC2クラウドプラットフォームを利用することもできる。

3 社会人向けカリキュラム

フルタイムのカリキュラムだけでなく、社会人向けのカリキュラムも用意されている。

たとえば、南メソジスト大学では、データサイエンスの修士号を取得できるオンラインプログラムを提供している。ここでは、データマイニング、機械学習、クラウドコンピューティングがメインのコースとして設定され、統計、コンピュータサイエンス、戦略的行動・データ視覚化技術を学ぶことができる。実際に仕事を進める上で問題となるテーマを課題として取り上げ、先進的な手法を学ぶことができる。インターネットに接続できる環境であれば、ライブ配信される授業を受講することが可能である。

カリフォルニア大学バークレー校でも、すでに社会に出て働くデータサイエンティストを対象としたコースや、オンラインの修士課程を提供している。Online master of information and data scienceコースは、データサイエンス領域の実世界の問題を解決するためのスキルを身につけることが目的とされたコースである。最新ツールと手法を用いてデータから洞察を得る手法を学ぶことができる。15人限定だが、毎週各学科メンバーが対面式でオンライン授業を受けるシステムが用意されているのに加え、議論をより深められるように情報学科が作成した動画を閲覧できる。また、キャリアサポートとして毎週個人的にキャリア面談を行い、直接セミナーやミニコースを受講できるなど、通常のカリキュラムと遜色がないレベルのサポートを受けられる。

4 無料・少額のコース

もちろん、上記の修士課程はすべて有料だが、大学レベルの授業であれば、無料もしくは少額でデータサイエンスを学ぶこともできる。コーセラやEdXが提供するオンラインカリキュラムの中には、ジョンズホプキンス大学が提供するRを用いた統計処理や、PwCが提供するデータを用いた意思決定を扱うカリキュラムなどが用意されている。たとえば、EdX内でMicrosoftが提供するData Science Essentialsというコースは、6週間、週に3、4時間を費やすことで、データの視覚化や探索の基礎を学ぶことができる。Eメールアドレスを登録し、アカウントを作成することで、無料で学習用の動画を視聴し、簡単な確認問題に解答しながら学習を進めることができる。修了証明のみ別途費用が必要となる($100程度)。EdXでは、それぞれのコースについて受講者のレビューや難易度を確認できるので、自分の習熟レベルに応じてコースを選択できる。これらのカリキュラムは、何度も自分で講義動画を見返しながら自分のペースで学習することができる。また、英語力に問題がなければ、日本からでも登録・受講が可能である。

5 おわりに

このように、アメリカではすでにデータサイエンティストを養成するためのカリキュラムが運用され、企業との共同プロジェクトやインターンシップといった実践の場が整えられている。この点で、アメリカでのデータサイエンティスト養成対策は、日本はもとよりドイツよりもはるかに進んでいるといえる。

参考文献

2017年10月19日掲載

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