IoT, AI等デジタル化の経済学

第49回「第4次産業革命を担う人材の育成:ドイツの動向(2)- 現地調査の概要(NO.2) -」

岩本 晃一
上席研究員

5 ミュンヘン工科大学(Technische Universitat Munchen; TUM)

ミュンヘン工科大学は、情報学部を拡充するため、ミュンヘン郊外の研究学園都市Garchingに2000年に移転した。その際、情報学と数学は最も密接な関連を有するとして、数学・情報学部(Mathematik Informatik)として一体化し、新しい建屋に入居した。

同学部の教授会は、2013年頃、データサイエンティスト/データエンジニアを養成する専門の修士課程が必要との結論に至り、バイエルン州政府教育省に申請した。そして教育省と長い議論を行った後、修士課程「Data Engineering and Analytics (M.Sc.)」の新設が許可され、予算と定員が付き、2016年夏期から学生20名でスタートした。当初は定員20人のところ80人の応募があり、2017年冬期も定員20名のところ80人の応募があったが、2017年夏期の応募は、現時点(2017年6月)で400人の応募がある。

http://www.in.tum.de/en/for-prospective-students/masters-programs/data-engineering-and-analytics.html

大学側の説明によれば、同課程の高い人気の背景にあるのは、最近の学生は時代に敏感であり、データサイエンティストになれば、今後、恒常的な人手不足が続くため、高給を手にすることが出来ることを知っているからである。また同課程の学生は、どこかの企業に就職したいという希望はほとんどなく、ミュンヘンで暮らしたいとの希望が多いとのこと。ドイツでは、日本のような新卒一括採用でなく、「必要な人材を必要なときに採用」する雇用慣行であり、そのため、ミュンヘン工科大学を卒業した人であれば、生涯、何度か会社を変わり、そのたびにドイツ国内を転居することが多い。だが、データサイエンティストになれば、自分の住みたい場所から通勤できる範囲内で、会社を選ぶことが出来ることを学生は知っている、とのことであった。夫婦はいつも一緒に過ごし、外出時も手をつないで出かける習慣のあるドイツでは、家族と離れて単身赴任するのはつらい。週末の鉄道やアウトバーンは、家族の元に帰る人々でごったがえす。

同課程のカリキュラムは以下のようになっている。現在、同課程の教官は28人である。

1)既存の数学・情報学部で教えている教科の一部をそのまま採用し、既存の教官が教える。
2)教授会が新たに必要として作った新しい教科では、その教科を提案した教官が自分で勉強して教え、または、新たに教官を雇って教えている。

同課程は修士課程であるため、学部において経営学、統計学、エンジニアリングなど他の専門を学んだ学生が、さらに、修士課程で数学・情報学を学ぶことで、データサイエンティストに相応しい複合的な知識が身につく。

本稿を読まれている学生の中で、腕に自信のある方は、是非、応募されてみてはいかがだろうか。日本で同様の課程の新設を待っていたら、いつになるかわからない。

6 ミュンヘン大学(Ludwig-Maxmillians-Universitat; LMU)

ミュンヘン大学には、2016年から「MSc Data Science」課程が設置されている。ミュンヘン大学は、ドイツのなかで、英語で行うデータサイエンス修士課程を初めて設置した大学である。同課程は、統計学部と情報学研究所の共同課程として設置されている。また、「Elite Network of Bavaria」から支援を受けている。

http://www.m-datascience.mathematik-informatik-statistik.uni-muenchen.de/index.html

ミュンヘン大学が考えるデータサイエンスの定義及およびデータサイエンス修士課程で教える教科については、以下の通りである。

データサイエンスの定義;
Data Science is the science of extracting knowledge and information from data and requires competencies in both statistical and computer-based data analysis.

データサイエンス修士課程で教える教科;
The curriculum of the elite master program Data Science is a modularised study program. Students learn statistical and computational methods for collecting, managing, and analysing large and complex data sets and how to extract knowledge and information from these data sets. The program also comprises courses on data security, data confidentiality, and data ethics. In the practical modules students will tackle real-world problems in cooperation with industrial partners. Other highlights of the program are the summer schools and the focused tutorials.

統計学部と情報学研究所の共同課程として設置されているため、両者の教官が教えている。ただ、データサイエンティストを養成するためには、統計学と情報学だけでは不足するので、通信教育Massive Open Online Courses(MOOCs)を併用している。大学側によれば、MOOCsは無料であり、日本においても、同通信教育を受けるだけでも、データサイエンティスト養成としては十分なカリキュラム内容である、との説明であった。

http://mooc.org/

同大学からの説明では、ドイツ企業は「必要な人材を必要なときに採用」する雇用慣行であり、即戦力を求めている。そのため、学生や企業の要望に応え、同大学では、就職して直ちに企業の即戦力として働ける人材を養成し、社会に送りだしているとのことであった。ドイツにおいて最優秀大学の1つに数えられるミュンヘン大学のこの姿勢は、ドイツの大学全体に影響を及ぼしており、日本の大学の姿勢とは大きく異なっていることがわかる。

2017年6月29日掲載

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