IoT, AI等デジタル化の経済学

第22回「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会(NO.3)」

岩本 晃一
上席研究員

1 モデル中小企業4社を対象とした研究会における議論の前提

研究会に参加されたモデル中小企業を対象として、研究会では以下のような議論が展開された。

研究会では、やはり企業の現場を見て、現場の声を聞いてみないとわからない、との認識から、研究会の全メンバー(オブザーバーも含めると総勢約20人近くにもなった)がモデル中小企業4社を訪問し、1社当たり約3時間滞在して隅々まで観察し、議論した。訪問側が、いろいろな質問を投げていくうちに、段々と課題が浮き上がってきた。

いくつかの企業に共通する課題であるが、何社かの企業の希望は、IoTにより「生産性を上げたい」「売り上げを増やしたい」という極めて抽象的なものでしかない。だからといって、どこをどうすればいいかわからない。日本のほとんど多くの中小企業の営業や経理では、購入した業務管理系と呼ばれるパッケージソフトが使用されており、設計でもパッケージソフトの2次元または3次元CADが使用されている。だが、こういった抽象的な希望を持つ中小企業には、通常システムエンジニアがいないため、パッケージソフトを買って来て使用するといった以上のことは行っていない。これ以上、IT化を進め、生産性を上げ、売り上げを増やすには、どこをどうすればいいのかわからない。すなわち、自社に特化したITソリューションを組んだ経験がないのである。

いずれの中小企業であっても、製造業である以上は、その業務の流れはほぼ同じであり、製品が出来上がるまでの工程は極めてシンプルである。まず営業部隊が顧客から注文をとってくる。それを設計部門が設計し、設計図が作成される。設計図は、ときとして作業指示書と一緒に、工場の現場に渡され、作業員がそれを見ながら、自社で作った部品と外部から購入した部品とを一緒に組み立て、加工して製品が出来上がる。出来上がった製品は、試験を行い、確かに稼働することを確認した上で、出荷可能となる。製品は梱包され、トラックに荷積みされ、顧客に向けて出荷される。

通常、ものづくりの工場では、自社で作った部品と外部から購入してきた部品を合わせて組み立てて製品とするが、モデル中小企業4社も同じである。どこにでも見かける製造工程であり、ものづくりの典型例ともいえる。

研究会で行われた議論は、私が聞いている限り、自然と「IoT導入を前提としない」議論が展開された。この状態は奇妙に聞こえるかもしれないが、工場のなかに電気信号が流れるような機械(たとえば、工作機械やロボット)が存在せず、手作業で使用する機械が存在している労働集約的な現場がそこに存在しているという現実がある以上、いきなりIoT導入のために、古い生産設備を、自動化した最新設備に一新せよと言っても非現実的である。そのため、研究会メンバーは、現存する古くて労働集約的な機械類を前提にして、工場を効率化し、生産性を上げるにはどうすればいいか、と考えた。もし、その課程で、IoTを使う場面があればそれでよし、もしIoTを使用する場面が無くてもそれはそれで構わないとのスタンスで議論が進められた。電気信号が流れている機械が存在しない労働集約的な現場に於いて、IoTを用いていかに生産性を上げるか、という点は、IoTの中小企業への導入を検討する上で最大の難関である。

2 浮かび上がってきた課題(受注の平準化)

某社において、訪問側が指摘した点は、閑散期と繁忙期の格差が大きいことだった。同社の製品は、1年間のうち特定の時期に受注が集中するとのことだった。研究会メンバーが訪問したときは閑散期だったため、作業員の多くが出勤せず、機械が遊んでいた。常識的に考えれば、製造工程のうち、いくつかの工程では、機械化され自動化されていてもおかしくないが、聞いてみると、どの工程であっても機械化すると投資が回収できないという。閑散期はそれほど長いということであった。

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一方、繁忙期は作業が集中するも、ある特定の工程が、製造工程全体の流れのボトルネックになっている。しかも、かつ繁忙期には外部から購入している部品の納入が間に合わないために、製造工程が停止してしまうことがあるとのことだった。

作業の負荷を平準化する、という点は、恐らくどの中小企業にとっても重要な共通的課題であろう。そのためには、営業部隊は何でもかんでも言われるがまま受注するのではなく、工場の負荷を平準化するよう、値段に差をつけるなどして納入時期をずらすことが重要との指摘がなされた。

そのためには、営業部隊は、工場内の製造工程の流れがどうなっていて、今、どのような受注をすれば負荷が平準化するかがわかるような情報機器を常に持ち歩くことである。その機器を見ながら、「繁忙期に発注すると納期までにかなり長時間を要するので大変ですよ。それよりも閑散期に発注してくれれば素早く納入できるだけでなく値段を値引きますよ」、などと説明しながら、受注を平準化する努力をすることである。平準化が結果的に、年間の総受注量を増やし、売り上げを増やし、営業マンのボーナスを増やすのである。

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そのような指摘がなされると、某社では、そういった検討はしたが、営業マンが情報機器をどこかで無くしたとき、社内の情報が漏れてしまうから結局は実現しなかった、という説明があった。だが、その心配は杞憂である。シンクライアント式の情報機器を持ち歩けば、情報機器のなかにデータは何もないので、もしどこかに置き忘れても情報漏れしない。今は便利な機器が売られているのである。

もし中小企業にとって、IoTを導入することで、受注量の平準化が実現できれば、それだけでも導入効果はとても大きいといえる。

2016年8月17日掲載

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