1 各種調査から明らかなIT投資の遅れ
国際IT財団(IFIT;International Foundation for Information Technology、経済産業省所管)は、2014年、615社の日本企業を対象に、ITの利活用に関する調査を実施した(実施委員長;宮川努、学習院大学教授,経済産業研究所ファカルテイフェロー)。その結果、日本企業によるIT投資の主目的は、通常業務の合理化・コスト削減であり、10年前の調査と同じであり、時代とともに変わっていないことがわかった(図表1)。日本では、IT投資が企業の業績にほとんど反映しないとされているが、IT投資の目的が通常業務の合理化・コスト削減であるため、従業員の前向きな協力が得られず、労働組合からも反発されることが、その背景であるとしている。
一方、極めて少数派であるが、CIO(Chief Information Officer)を置くようなIT投資に理解のある企業では、IT投資を、ROE拡大、海外進出、新規事業など売上増の手段として投資を行っており、この場合は、従業員が積極的に協力し、企業業績向上につながるとしている。(図表2)
国際IT財団では、日本企業でなかなかIT投資が企業業績に反映しない理由として、通常言われている「人材不足」説を否定し、真の理由は、経営トップの理解のなさ、日本企業のIT戦略の欠如にあると結論づけている。
同様の調査結果は他の調査でも示されている。一般社団法人電子情報技術産業協会(経済産業省所管)が平成25年10月9日に発表した調査では、日米の経営者の意識を比較している。
調査概要:日米の民間企業に、ITに対する意識調査を実施 時期:2013年6月〜7月
企業規模:グローバルで従業員数が300人以上
産業分野:医療、教育、政府/地方自治体、情報サービスを除く全業種
(1)アンケート調査
回答者:経営者、およびIT部門以外(事業部、営業、マーケティング、経営企画)のマネージャー職以上。
形式:Webアンケート
回答数:日本/216社、米国/194社
(2)ヒアリング調査
取材対象:アンケート調査に協力を頂いた方を対象
形式:直接取材
取材数:日本/5社、米国/2社
その調査結果によれば、日本の経営者は、IT投資をさほど重要とは考えていない。米国経営者はIT投資を売り上げ増のための「攻めのIT 投資」と考えているが、日本の経営者はコスト削減の「守りのIT投資」と考えているという大きな差が出た。また、日本の経営者の半数近くが、「クラウド」「ビッグデータ」という言葉を聞いたことすらないと回答している(図表3、図表4、図表5)。
この調査結果を、先日、ミュンヘン大学から来日した調査ミッションに見せたところ、多くのドイツ人が抱いている技術先進国日本のイメージとはほど遠いことにとても驚いていたが、日本は、地方や中小企業など全てを対象にすれば、これが平均的な姿なのである。
先日発表された「労働白書2015」においても、「IT投資を積極的に行うことが労働生産性向上には不可欠である」と結論付けている。(図表6)
企業の設備投資に関しては、会社の意思決定権限を持つ経営者が、「よし、それでいこう」という判断をしなければ、何も投資が行われない。日本では、バブル崩壊以降、デフレの下で、デフレマインドの経営が続いていたため、投資せずにお金を持っている方が有利という判断がなされた傾向が指摘されている。高度経済成長の頃は、多少なりとも投資判断に誤りがあっても、市場の拡大が経営判断のミスを覆い隠したが、デフレ下の低成長では、投資判断の誤りは直ちに企業の業績に反映され、責任をとらされることになるため、多くの日本企業で「守りの」経営が続いてきた。もし投資すべきときに投資しなかったために会社が倒産したとしても、その頃、自分は退任していて、責任を問われないからである。
日本企業の経営者は、IT投資に対する重要性の理解度が低く、なかなかIT投資を行なわず、もし行ったとしても、企業の売り上げを増やす方向でなく、コスト削減や人員削減の方向で投資をするため、企業の売り上げ増に反映せず、国の景気を上向かせる方向で働かないとされている。それは各種のアンケート調査で明らかになっており、それが日本企業の国際競争力の低下の大きな要因となっている。
2 かつてアメリカで出現したニューエコノミーと呼ばれる好景気
かつて1990年代後半、米国ではIT投資が盛んに行われ、生産性が向上し、「ニューエコノミー」と呼ばれる好景気の時期が出現した(図表7、図表8)。だが、日本では同様の好景気は出現しなかった。その背景にも、日本の経営者はIT投資をさほど重要とは考えないため日本企業はなかなかIT投資を行わない、もし行ったとしても、企業の売り上げを増やす方向でなく、コスト削減や人員削減の方向で投資をするため、景気を上向かせる方向に働かないとされている。
3 再び歴史は繰り返されるか
いま、各国は、自国の事情や自国民のメンタリティに沿った形で、IoT/インダストリー4.0を進めている。
ドイツは、通信環境が悪く、かつ製造業の国なので、国民の関心は工場の中に向いている。工場内のIoTに特化しており、「単品生産」「カスタマイズ生産」が主流である。すなわち「機械」が得意なシーメンス的発想である。だが、2016年3月のドイツ調査記から明らかなように、最近、アメリカからの競争圧力に対抗するため、新しいビジネスモデルの開発にシフトしつつある。
アメリカは、通信環境は良好であるため、センサーからデータを収集する「ビッグデータ処理」が主流である。すなわち、「データ処理」が得意なグーグル的な発想である。
日本は、米国同様に通信環境は良好であるため、M2Mが展開されようとしている。だが、主流は、工場内の「見える化」によるコストダウン・人員削減である。徹底的に現場の合理化を進めないと気が済まない日本人の発想である。
以上からわかるように、IoT/インダストリー4.0投資の局面においても、依然として、日本では「守りの投資」が主流となっている。ドイツとアメリカは、効率化よりも新ビジネスによる売上増を目指しているが、日本は、売上げ増よりも、徹底的な合理化を指向している。(図表9)
これから、世界中でIoT/インダストリー4.0関係の投資が活発に行われる兆しがあるが、世界に比べて日本での投資が少なく、しかもかつてと同様、企業の売り上げを増やす方向でなく、コスト削減や人員削減の方向で投資をするのであれば、日本の景気を上向かせる方向には働かない可能性がある。世界中でIoT/インダストリー4.0関係の投資が活発に行われ、再び「ニューエコノミーの再来」などと呼ばれる好景気に沸いても、日本ではそうした現象は出現しないというかつての歴史が再び繰り返されるかもしれない。