IoT, AI等デジタル化の経済学

第8回「IoT/インダストリー4.0が雇用・経済に与える影響に関するドイツにおける研究の最新状況 (NO.5)」

岩本 晃一
上席研究員

ドイツ・バイエルン州ミュンヘン(München)のミュンヘン工科大学(Technische Universität München;TUM)のD教授は、インダストリー4.0が導入されれば、顧客ニーズの需要変動に応じて生産ラインの稼働状況も変動し、そして雇用もそれに応じて変動するようになるため、資本家と労働者の経済格差が広がり、資本家はルールまで決めるようになるだろう、と指摘した。だが、ドイツの職業訓練は世界に冠たるもので、労働者は働き方が変わっても、再訓練を受けることで仕事そのものがなくなることはない、と述べた。以下はD教授へのインタビュー内容である。

1 インダストリー4.0導入によりルーティン的な仕事は減るが、労働形態が変わるだけで、仕事そのものが無くなることはない

日本とドイツは共通点が多い。日本もドイツも古典的なものづくりの国であり、その哲学についても共通点が多い。私は日本を尊敬している。日本とドイツは、ものづくりに関する歴史も似ている。すなわち、ものづくりの中心は自動車であり、モーターや機械装置が産業のコアである。

今、ドイツの連邦政府は、移民・難民問題で忙しいが、産業分野にとっての最大の重要政策はインダストリー4.0であることに変わりはない。毎年、ドイツ各地でITサミットが開かれ、メルケル首相が参加している。最近では、IGメタル(金属労組)がITサミットに招待され、雇用問題を扱うArbeiten4.0(英語名;Work4.0)が議論されている。今の労働省(Ministry of Labour and Social Affairs)のAndrea Nahles大臣は、IGメタルの出身である。ドイツの第二次大戦後の成功は、労働組合の力によるところが大きい。労働組合と経営者が一緒になって力を合わせ、労働組合が現実を作り出してきた。

インダストリー4.0は自動車業界にとって大きな影響を与えるので、当地ミュンヘンのBMWは高い関心を持っていて、自動運転も取り入れようとしている。そのような巨大な企業に比べて、ドイツには中小企業が多い。ドイツの中小企業は家族経営が多く、長い歴史がある。家族は製品とつながっていて、家族は伝統を守っている。そのため、中小企業はIT化にとても慎重である。ミュンヘンの主婦はケチで有名であるため、ミュンヘンの中小企業のオーナー家族は、IT投資が有効なのかどうか、慎重に計算するだろう、とメルケル首相は指摘した。 そのため、マイクロソフトやSAPは、ITを導入した新しいビジネスモデル「Buy and Build」モデルを中小企業に提案している。

これまで産業革命が起きるたびに、旧来の現場で働く労働者数は減少してきたが、それに代わって別の場所で働く労働者が増えてきた。マニュアルに従って作業をするようなルーティン業務は減っていく。ホワイトカラーでも単なる事務的な仕事は減っていく。EUでは46%の職業が無くなるなどと言われているが、きちんと定義されていない。

機械が導入されると、機械は人間とコミュニケーションしながら仕事を進める必要がある。工場のある部門で仕事が減っても、別の部門で仕事が増える。機械の稼働が需要変動に応じてフレキシブルになっていくので、それに応じて人間の労働時間もフレキシブルになっていく。そして、顧客に直接サービスするような、人と人とのコミュニケーションを行う仕事は、確実に増えていく。このように、一部の仕事は減少するが、他の仕事が増加するのである。

インダストリー4.0の導入によって完全に無くなってしまう仕事はない。たとえば、鍵を作る仕事を考えると、約1600年間、鍵の穴は手作業で開けていた。やがて旋盤が出現し、CNCが出てきてコンピュータ化され、今では3次元プリンターで作られる。このように、作業内容が変わっても、「鍵を作る」という仕事は依然として存在している。

新しい作業環境が出現すると、職業訓練を経て、新しい仕事に振り替えないといけない。イノベーションサイクルが短くなると、企業自身が率先して再訓練しなければならなくなる。そこでIGメタルが心配することは、新しいイノベーションの波が来たとき、労働者を全て解雇し、改めて労働市場から新しい労働者を雇用するという米国のマネをするのではないか、という点にある。そうしないと、再訓練には時間とお金がかかるので、米国の企業と競争できなくなってしまうからだ。

私の意見は、特に中小企業では、経営者と労働者が一緒に協力して企業を発展させることが重要である。ドイツの職業訓練は世界に誇るものであり、国家資格「マイスター」もある。大学では、ハーバードに負けない世界上位の大学も多い。ドイツでは、大学卒からマイスターまで人材の幅が広く、イノベーションサイクルに十分追従できる。だから、将来にわたって労働者の仕事が無くなることはありえない。

仕事が安定しているのは、創造的で人と人とのコミュニケーションを行う分野である。開発エンジニアや教育者も安定している。学校の教師が無くなってしまうことはない。

2 インダストリー4.0導入による経済効果

インダストリー4.0を導入することによる経済効果は、EUでは10年間で+12%という予測がある。自動車業界では+20%、電子業界では、+30%などと言われている。製品内容によって、自動化が進みやすく、経済効果が大きい分野がある。

教師は無くならないが、IT機器などを導入することで、教育レベルは上昇し、如何に少ない時間で大きな効果をあげるか、如何に効果的に成果を挙げるか、が求められるようになる。そうすると、大きな利益を得る資本家と、収入が減って生活レベルが下がっていく労働者との経済格差が拡大していく。全体を見渡せる資本家がルールまで決めるようになる。IGメタルの一部の人は、その現象を「デジタル・プロレタリアート」と呼んでいる。

 

BMWは「駆け抜ける喜び」と言われている。そのため、実際に自分で所有し、自分で運転したいと思う人は購入するだろう。だが、いまの若い教授は、車を持たないでカーシェアリングをしている。車は単に、ある地点からある地点に移動するだけの手段と考えている。そういう人は、グーグルの車を使うだろう。ドイツ国内に、混在した自動車市場が生まれる。

自動運転は、トラックやタクシーなど、安全が保証される一部で導入されるだろう。そして技術進歩とともに運転距離が伸びていくと思われる。自動運転は、事前に決められたルールを機械が守るものである。ルールを守れない場面では、やはり人間が運転しなければならない。車が自動的に駐車場を探すこともあるだろう。そうした自動運転は、どこが長所でどこが短所なのだろうか。ただ、技術的に可能ということと、それが社会的に受け入れられるかどうか、というのは全く違う。

3 中小企業へのインダストリー4.0導入

インダストリー4.0のスタンダード・ツールがあって、それに中小企業が合わせるのでなく、現場に合わせて、1つ1つカスタマイズすることが重要。人間がソフトに左右されないで、どの程度自動化するか、明確な目標を持つことが重要。まさに「オンデマンド・サービス」である。

2016年4月12日掲載

この著者の記事