リサーチインテリジェンス

小島武仁・東京大学教授の挑戦 「制度を動かす経済学」マッチング理論

広野 彩子
コンサルティングフェロー

希望に見合った転職先とどうつながるか。医学部を卒業した学生が、全国どの病院で研修医として働くか。認可保育園に子どもをどう割り当てるか――。立場の違う当事者同士をいかにして引き合わせるかは、重要な社会課題だ。個人にとって人生の重要な局面でありながら、選択が難しいケースも多い。情報の差も結果に影響しがちだ。経済学のマーケットデザインは、人や組織の選択にかかわるこうした課題に、制度設計を通じて取り組む研究分野である。マッチング理論研究の現在地について、小島武仁・東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)長の活動を軸に紹介したい。

「制度を動かす経済学」

「マーケットデザイン」は、人や組織の希望や行動を踏まえ、資源を配分するルールをつくる経済学の1分野である。代表的な柱の一つが、当事者を双方の希望に基づき結びつけるマッチング理論である。もう一つは、米国でテレビやラジオなど電波に使う周波数帯の利用権の入札にも活用されてきたオークション理論だ。小島教授はマッチング理論の世界的権威である。マーケットデザインを切り拓いたノーベル経済学賞受賞者アルビン・E・ロス教授の教え子で、後に米スタンフォード大学で同僚だった。

「言葉を変えるより、市場を変える方が簡単」

ロス教授はマーケットデザインについて、次のように語る。「そもそも市場は特定の人たちがつくったもの。言語も私たちがつくったものだが、言語はそれを話すコミュニティーの人々が皆で徐々につくり上げた。市場は、特定の利用者や影響力のある市場参加者がつくり、使っている。だから(幅広い人たちが使う)言語を変えるより、市場を変えるほうがはるかに簡単だ」(注1)。

小島教授は、「うまい制度をつくり、限られた資源をなるべく皆が満足できる方法で配ろうとするものであれば、大体マーケットデザインの範疇(はんちゅう)」という(注2)。マーケットデザインは、目標の実現に向けた理論モデルで「制度を動かす経済学」だ。キーワードは「適材適所」。企業にもマッチング理論の実装・活用例がある。シスメックスは2021年、ブリヂストンは2022年に、新入社員の配属にマッチング理論を使い社員と部署双方の希望を反映する制度を導入した(注3)。また転職サイトを運営するビズリーチは2023年、小島教授ら東京大学マーケットデザインセンターのチームとの共同研究で、同社が開発した生成AIツールによる職務経歴書(レジュメ)の自動作成機能の効果を検証した(注4)。

日本の若手研究者が活躍できる「場」を

小島教授は米国スタンフォード大学で終身在職権のある教授だったが、2020年に帰国して東京大学大学院経済学研究科に移籍し、東京大学マーケットデザインセンター長に就任した。「日本に帰ることはかなり早い段階から頭の隅にあった」。マッチング理論の社会実装は悲願で、いつか日本で取り組みたいとの思いを抱えていた。「マーケットデザインを日本の制度設計に取り入れられたら、人々の人生の節目の選択をよりよいものにできる」。そんな強い信念があった。

帰国するまで手をこまねいていたわけではない。小島教授はスタンフォード大学在職中の2010年ごろベテランの教授らと3人ほどで来日して省庁を訪問し、自ら考えたアルゴリズムの導入を「売り込んだ」ことがある。だが担当者とのやりとりを重ねるうち「時々来日して説明するだけで使ってもらえるほど現実は甘くはない」と痛感した。省庁では担当者が数年で代わり、継続的な関係を築くことも難しかった。

とはいえ、マッチング理論が日本社会で受け入れられる素地(そじ)はあった。「日本医師臨床研修マッチングプログラム」は2003年から、医師免許を取得して臨床研修を受けようとする研修希望者と、臨床研修を実施する病院のマッチングを実施している。双方の希望を踏まえ、「ゲール=シャプレーの安定マッチングのアルゴリズム」に基づきコンピューターで組み合わせを決める(注5)。

小島教授が米国で社会実装に取り組めないわけでもなかった。経済学の最先端である米国には、政策実装や社会実装に取り組む仲間が大勢いる。一方、小島教授が所属したスタンフォード大学には当時、若手研究者が活躍できるチームがなかった。「日本なら、東京大学など各方面に協力を仰ぎ、才能のある若手が力を発揮するチームを作ることができるかもしれない」。そんな思いに突き動かされた小島教授は、帰国してマーケットデザインセンター長という重責を引き受けることを決めた。

公立高校の入試をもっとフェアに

2026年9月14日に東京大学本郷キャンパスで開催された「ERATO小島マーケットデザインプロジェクト・シンポジウム」では、公立高校入試の制度の改善や特別養子縁組制度の改善に向けた提言などが発表された。

多くの都道府県の公立高校入試では、単願制または受験できる回数を厳しく制限した併願制が採用されている。生徒が第1志望に合格できなかった場合、たとえ第2志望の高校の合格水準を満たす学力でも入学できない。私立高校を選びにくい家庭の受験生ほど、そうした結果を予想して志望校への挑戦を控える誘因が生まれる。野田俊也講師は、受験生が複数の志望順位を提出し、各校の選抜基準と定員を踏まえたマッチングで入学先を決める併願制度を提言した。

また今村謙三特任講師は、マッチング理論による特別養子縁組制度の改善を提言した。特別養子縁組では、実親との法的な親子関係を終了して新たに養親との間で実子同様の親子関係を結ぶ。日本では2017年以降、施設での養育から家庭での養育に移行が図られてきた。だがこども家庭庁の資料によると、社会的養護を必要とする子ども約4万2000人のうち8割が今も施設で暮らしている(注6)。児童相談所と民間のあっせん機関に情報が分散し、機関をまたいだ候補者探しが難しいことなどが課題だ。今村特任講師は、子どもと養親候補の情報を集約し、機関をまたぐマッチングを成立させる案などを示した(注7)。

マッチング理論は、社会課題の解決に資する新たな知見を提供しつつある。小島教授の研究も近年、労働市場の分析や制度設計を支える理論の改善に発展している。

チリの労働市場で「男女同一賃金」制度が逆効果に

小島教授らは、経済学の主要な査読付き学術誌「American Economic Review」に掲載された共著論文(注8)で、企業内で似た仕事をする男女の賃金を等しくする政策が、企業の採用行動に与えた影響を分析した。格差をなくすための政策が、企業の反応を通じて逆効果になり得ることを、理論とデータの両面から示したのだ。

2009年、企業内で類似した仕事(similar work)をする男女の賃金に不当な差をつけることを禁じる法律がチリで成立した。長期雇用契約の従業員10人以上の企業に対しては、苦情処理手続きや違反時の罰金に関する規定が適用される。チリでは、10人程度の小規模な企業が多い。チリのデータを使った分析では、法律の導入後、男女の一方だけを雇用する企業が増えた。もともと男女構成が偏っていた企業ほど、一方の性別だけを雇う傾向が見られた。

「例えばそれまで男性9人、女性1人だった職場が、女性を解雇して男性だけの職場になったようなケースもあり得る」(小島教授)。地域の労働市場で少数派となる性別の労働者は、賃金面で不利になった。男性が多数派の市場では男女賃金格差が男性に有利となった一方、女性が多数派の市場では女性が有利な方向になった。チリは男性が多数派の市場で働く人が多いため、国全体として格差縮小を目指したはずの政策が、当事者たちによる判断によって意図しなかった結果をもたらしたことになる。

さらに大きな「マーケットデザイン」へ

小島教授はマッチング理論で制度の効果を見極める一方、制度設計を支える理論自体の適用範囲を広げる研究に取り組む。その一つが「戦略的補完性」の研究だ。

戦略的補完性とは、「ほかの企業がより多くその慣行を採用すればするほど、各企業がその慣行を採用しようとするインセンティブが強まる」性質を指す(注9)。補完性で企業の変化を説明した代表的な研究が、米スタンフォード大学のポール・ミルグロム教授とジョン・ロバーツ教授による1990年の共著論文だ(注10)。設備や製品戦略、在庫や販売、生産調整などが互いの効果を高め合い、製造業の変化が複数の領域でまとまって起こることを示した。その後、中国・清華大学のチエン・インイー教授が加わった1991年の論文では、メーカーとサプライヤーの関係に着目した。メーカーによる部品や設備需要の拡大は、サプライヤーの技術開発や知識の蓄積を促す。一方、技術革新による低コスト化がメーカーによる部品や設備の利用をさらに増やす。需要拡大と技術開発・知識の蓄積が互いを強め合う補完性が好循環を生み、持続的な成長につながり得るとした(注11)。

他社が⻑期雇⽤を重視して中途採⽤を抑える慣⾏を採⽤すると、自社で同様の慣行を採用する誘因が強まることも、企業間の戦略的補完性で説明できる。経済学者の奥野正寛氏は1993年、戦後の終身雇用・年功給与・内部昇進などのいわゆる日本型労使慣行が、「戦略的補完性」を持つと指摘した(注12)。また、ミルグロム教授とロバーツ教授は1994年の共著論文で日本企業を分析。ケイレツ(系列)と長期雇用が互いを支え合う関係性など、いわゆる「日本的経営」の制度や慣行を補完性の観点から説明した(注13)。小島教授は、このミルグロム教授らが体系化した理論の適用範囲を、もっと広げる可能性に挑んでいる。

有力な既存理論の改善に挑戦

「相手がAを選ぶと自分もAを選びたくなり、相手がBを選ぶと自分もBを選びたくなる」(小島教授)という性質が、戦略的補完性の本質だ。「投資など、世の中には戦略的補完性の性質を持つ問題が数多い。だがこの理論を数学的によく調べると、重要な制約をもたらす仮定がある。その仮定で理論が使えない状況も多いのではないか。私たちの研究は、制約につながる数学的な仮定を外そうとしている。現実への応用も念頭には置くが、純粋な理論研究だ」(小島教授)

制度を設計・導入しても、人や組織がどう反応するかによって結果は変わる。小島教授の研究は今、マッチングの仕組みを社会に実装するだけでなく、制度がもたらす効果を検証し、その設計を支える理論の適用範囲を広げる方向へと進んでいる。

脚注
  1. ^ 広野彩子、『世界最高峰の経済学教室』、158ページ、日経BP日本経済新聞出版、2023年。
  2. ^ 広野彩子、「コミナーズ准教授(2)『いい出合い』を実現するマッチング理論」、「日経ビジネスLIVEインタビュー映像で読み解く世界の頭脳アーカイブ」、日経ビジネス電子版、2021年2月4日。同企画に同席した小島武仁教授の発言。
  3. ^ 広野彩子、『世界最高峰の経済学教室』、149ページ。
  4. ^ 「ビズリーチ『GPTモデルのレジュメ自動作成機能』を開発 東京大学マーケットデザインセンターと共同で、GPTツールの性能評価を発表」、ビズリーチ、2023年7月6日付プレスリリース。 https://www.bizreach.co.jp/pressroom/pressrelease/2023/070601.html
  5. ^ 「日本医師臨床研修マッチングプログラムについて」、日本医師臨床研修マッチングプログラムウェブサイト。 https://www.jrmp.jp/match/common/jrmp_1_4_about.php
  6. ^ 資料集「社会的養育の推進に向けて(令和8年3月)」、こども家庭庁支援局家庭福祉課、2026年3月。 https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/8aba23f3-abb8-4f95-8202-f0fd487fbe16/7d8f0cc9/20260316_policies_shakaiteki-yougo_156.pdf
  7. ^ 「特別養子縁組制度の改善に向けた提言」、東京大学マーケットデザインセンターウェブサイト、2025年12月12日。 https://www.mdc.e.u-tokyo.ac.jp/news/8010/
  8. ^ Gentile Passaro, D., Kojima, F., & Pakzad-Hurson, B. (2026). Equal pay for similar work. American Economic Review, 116(3), 977–1013. https://doi.org/10.1257/aer.20230832
  9. ^ 奥野正寛、「第9章 現代日本の経済システム:その構造と変革の可能性」、岡崎哲二・奥野正寛編、『現代日本経済システムの源流』、日本経済新聞社(現日経BP日本経済新聞出版)、1993年。
  10. ^ Milgrom, P., & Roberts, J. (1990). The economics of modern manufacturing: Technology, strategy, and organization. American Economic Review, 80(3), 511–528. http://www.jstor.org/stable/2006681
  11. ^ Milgrom, P., Qian, Y., & Roberts, J. (1991). Complementarities, momentum, and the evolution of modern manufacturing. American Economic Review, 81(2), 84–88. http://www.jstor.org/stable/2006831
  12. ^ 奥野正寛、前掲注9。
  13. ^ Milgrom, P., & Roberts, J. (1994). Complementarities and systems: Understanding Japanese economic organization. Estudios Económicos, 9(1), 3–42.

2026年10月5日掲載