中国経済新論:実事求是

ポストオリンピックの中国経済
― 景気の減速が不可避 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

鮮明になった調整色

8月8日の北京オリンピック開幕が間近に迫ってきている。東京オリンピック当時の日本のように、中国においても、大会まで投資と消費の盛り上がりで景気が堅調に推移するが、その後の反動で景気が悪化するだろうという見方が日本では一般的である。しかし、内外の経済情勢の悪化を受けて、中国経済は、オリンピック開幕を待たずに、すでに緩やかな調整局面に入っている。今年の第2四半期の成長率は10.1%と、水準そのものは依然として高いものの、内需と外需がともに減速していることを反映して、ピークであった昨年の第2四半期の12.6%と比べて2.5ポイント低下している。

まず、外需の面では、輸出の伸びが鈍化しており、貿易黒字が縮小傾向に転じている(図1)。ドル・ベースで見て、今年の上半期の輸出の伸びは、前年比21.9%にとどまっており、昨年の上半期の27.6%を下回っている。その上、インフレと人民元の切り上げの加速を反映した輸出価格の大幅な上昇を割り引けば、実質ベースでの伸びは名目の数字より遙かに小さくなる。一方、今年の上半期の輸入の伸びは30.6%と、輸出の伸びを大幅に上回っている。これは内需拡大による輸入の増加というよりも、石油をはじめとする一次産品の価格の上昇分を反映したものである。このため、これまで増え続けてきた貿易黒字は、2008年に入ってから、前年の水準を下回るようになった。

図1 中国の輸出入動向
図1 中国の輸出入動向
(注)4四半期移動平均が低下することは、貿易収支が前年の水準を下回ることを示す。
(出所)CEICデータベースより作成

一方、内需に関しては、投資の伸びが鈍化している一方で、消費が伸び続けているものの、その持続性に疑問が生じている。

2008年上半期の固定資産投資は、名目ベースでは、前年比26.3%と昨年の上半期をやや上回る伸びを示しているが、投資財価格の上昇分(前年比10%)を除けば、実質ベースでの伸びの鈍化は顕著になってきている。景気が減速し、金融引き締めが強化されるなかで、企業の収益が伸び悩んできており、資金調達のコストも高まっている。これを背景に、投資の一層の減速が避けられない。

こうしたなかで、投資の代わりに消費が内需拡大のエンジンになると期待する声も一部では聞こえるが、その実現は困難であると言わざるを得ない。現に、ガソリン価格の高騰による影響もあって、これまで消費を牽引してきた自動車の販売台数は、今年の3月をピークに減少傾向に転じている。

注目されるインフレの行方

これまでの好景気と人民元の上昇圧力をかわすための外為市場への(ドル買い・人民元売り)介入に伴う流動性の膨張を背景に、インフレが高騰している。消費者物価(CPI)で見たインフレ率は、今年の上半期に前年比7.9%と、昨年年間の4.8%を大幅に上回っている。

インフレ抑制のため、当局は利上げをはじめとする金融引き締め政策を採ってきた。しかし、中国が金利を上げようとすると、より高い収益率を求める大量の資金が海外から中国に流れ込み、その結果、流動性が抑えられるどころか、一層膨張してしまう。こうしたなかで当局は、引き締めの手段として利上げに代わり、人民元の切り上げを重視するようになっている。しかし、人民元高は、外需主導型成長から、内需主導型成長への転換のきっかけになるが、短期的には景気の悪化に拍車をかけることになる。

中国では、これまで、インフレ率(CPI、前年比)が、約3四半期遅れて経済成長率(前年比)の動きに追随するという傾向が見られる(図2)。直近においても、GDPが昨年第2四半期にピークを打ち低下傾向に転じたことを受けて、インフレ率も今年の第1四半期をピークに第2四半期にやや低下している。1998年以降のデータに基づいて推計すると、成長率が1%上昇(低下)すれば、3四半期後のインフレ率が1.18%上昇(低下)するという結果が得られた(図3)。このように、景気の減速は、インフレの沈静化の前提条件である。

図2 GDP成長率とインフレ率の推移
図2 GDP成長率とインフレ率の推移
(出所)中国国家統計局データより作成
図3 GDP成長率とインフレ率の相関関係
図3 GDP成長率とインフレ率の相関関係
(注)推計結果
インフレ率=-9.70+1.18×3四半期前のGDP成長率(7.35) ( )はt-値 推計期間 1998年Q1~2008年Q2
(出所)中国国家統計局データに基づいて作成・推計

警戒すべき株・不動産価格下落の「負の連鎖」

物価の上昇とは対照的に、昨年10月以降、株価が急落しており、これまで好調だった不動産市況も変調を見せている。2005年後半以降、株価と不動産価格との上昇が互いに促進しあうという好循環が見られたが、株価の急落をきっかけに、これが下落の連鎖に変わらないかと懸念され始めている。

流動性の膨張に加え、05年春から始まった非流通株改革の進展などを背景に、株価が急騰し、中国共産党第17回全国代表大会が開催された07年10月中旬には一時6000ポイントを超えた。05年6月頃は1000ポイントであったから、2年4ヵ月で6倍になったことになる。しかし、その頃から、米国のサブプライム問題をきっかけに、主要市場で株価が急落し始めた。当初、中国の株価の調整は小幅にとどまっており、高成長を背景に中国が海外の影響をそれほど受けないという、いわゆる「デカップリング(世界経済の非連動)」現象が注目された。しかし、サブプライム問題の影響が、世界の金融市場にとどまらず、実体経済に広がるにつれ、世界同時株安の波はついに中国市場に及ぶようになった。特に、08年1月中旬以降、上海総合指数の下げ幅が目立ち、6月12日以降は、3000ポイントを下回る水準で推移している。

世界同時株安に加え、次の3つの国内要因も、中国の株価下落に拍車をかけた。

まず、株価が企業の実力から大幅に乖離していたことである。05年6月から始まった株価上昇過程では、企業収益が大幅に改善したが、それでも株価上昇のペースに追いつかず、株価収益率(PER)は05年の20倍から07年10月には70倍へと上昇した。これは、1980年代後半の日本のバブルのピーク時に匹敵する高水準である。株価の急落は、理性なき熱狂によって押し上げられた株価が、企業収益に見合った適正水準に「回帰」する過程でもある。現在の株価収益率は20倍前後まで戻ってきており、割高感がほぼ解消されている。

第二に、株式市場における需給関係が悪化していることである。2005年春からの非流通株改革を経て、発行済み株数の7割を占めた非流通株のほとんどが、一定のロックアップ期限を過ぎれば、自由に売却できるような仕組みができた。その大量解禁の期限が迫ってきている。流通可能になった国有株と法人株が大量に売却されることは、日本における「持ち合いの解消」と同じように、株価を押し下げる要因となる。

第三に、インフレの加速を背景に当局が金融引き締めの基調を強めていることである。利上げや、融資に対する量的規制が、企業の資金調達コストを高め、企業の収益を圧迫している。

金融引き締めと株価の急落を背景に、これまで一本調子で上がってきた不動産価格も転換点を迎えている。全国70大中都市不動産価格指数は、6月には前年比8.2%とピーク時(2008年1月)の11.3%から伸びが鈍化しており、前月比では横ばいと、調整色がいっそう鮮明になっている。その上、北京、上海、深センなど主要都市では、分譲住宅の成約件数が急速に落ち込んできており、このことは、不動産価格への下落圧力が高まっていることを示唆している。

ソフトランディングに向けて

日本の経験が示すように、株と共に不動産バブルが崩壊すれば、銀行部門の一部の融資が回収不能となり、不良債権比率の上昇は、貸し渋りという現象をもたらす。また、資産価格の暴落により、投資家の資産が目減りし、消費が低迷する一方、企業の資金調達コストが高まるため、投資も鈍化せざるを得ない。世界経済の減速と原油価格の急騰も加わり、中国は来年まである程度の調整が避けられない。

バブルの崩壊に伴って、「失われた10年」に陥った1990年代の日本のように、中国も長期にわたって低迷するという懸念もあるが、このような可能性は小さいと見ている。中国は「新興国」と呼ばれているように、経済発展の段階が1990年の日本よりも1960年代の日本に近く、潜在成長率も約10%と高くなっている。東京オリンピック後の日本のように、比較的短い調整期間を経て、力強い回復に向かうだろう。回復のきっかけは、景気の減速とともにインフレ沈静化の兆しが見えるようになり、金融政策のスタンスも引締めから緩和へと転換されることであろう。ただし、このようなソフトランディング・シナリオを覆すリスク要因として、不動産価格がどの程度調整されるのか、また世界経済の低迷がどの程度長引くのかを見ておく必要がある。

2008年8月1日掲載

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