中国経済新論:実事求是

変調する不動産市況
― 懸念される景気への悪影響 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

鮮明になった調整色

中国では、これまで堅調であった不動産市況が、調整色を強めている。その背景には、(1)不動産価格がすでにバブルの域に達していること、(2)これに対して、政府が色々な対策を打ち出していること、(3)インフレ抑制のために金融引き締め基調が強められること、(4)四川省の大地震の影響で不動産への需要が減退していること、(5)株価が急落していることなどが上げられる。

まず、不動産価格は、近年の急騰により、すでにバブルの域に達しており、実需に見合った水準に戻るためには、ある程度の価格調整が避けられない。実際、2002年以来、不動産販売価格の上昇率は、一貫して家賃の上昇率を上回っており、家賃収入で見た不動産投資の利回りが、年々低下し続けていることを意味する(図1)。その間、金利が上昇傾向にあることを合わせて考えれば、その採算性はさらに悪いことになる。それにもかかわらず、不動産投資のブームが続いたのは、キャピタル・ゲインが期待されたからである。しかし、一旦、不動産価格が下落に転じると、このような期待が裏切られることになり、投機的資金も引き揚げられることになる。

図1 家賃を上回る不動産価格の上昇
図1 家賃を上回る不動産価格の上昇
(出所)中国国家統計局より作成

第二に、不動産価格の急騰を背景に、マイホームの夢の実現がますます遠のいてしまう庶民の間では不満が高まっており、これに対して、政府が多くの対策を打ち出している。中でも、07年9月に実施された、2戸目以上の住宅購入の場合頭金が40%以上必要である、という住宅ローン規制を中心とする「商業用不動産への貸付管理の強化に関する通知」(中国人民銀行および中国銀行業監督管理委員会)は、投資物件の需要を抑えるのに一定の効果を上げている。

第三に、インフレ対策の一環として、金融引き締めの基調が強められており、中でも利上げと貸出への量的制限は、デベロッパーにとって、資金調達コストの上昇を意味する。株価が低迷する中で、直接融資による資金調達も困難になっており、一部の業者は、資金回収を急ぐために、値下げをしてでも所有する土地と物件の在庫を処分せざるを得なくなってきている。

第四に、5月12日に起きた四川省の大地震が不動産価格の下落に追い討ちをかけている。今回の震災において、多くの住宅が倒壊し、これをきっかけに、被災地に近い四川省や重慶にとどまらずに、全国的にも、住宅の安全性はもとより、それを所有するリスクが再認識されるようになった。これにより、持ち家を購入する意欲が冷え込んできている。

最後に、昨年秋以降の株価の急落は、不動産価格の低下に拍車をかけるだろう。国家発展改革委員会がまとめた「第1四半期の住宅市場価格情勢分析」(2008年4月)をはじめ、一部の研究者の間では、株価が下がり始めると、資金が株式市場から引き揚げられ不動産市場にシフトするため、不動産価格がいっそう高騰するという楽観的見方もあるが、1980年代後半以降の日本における資産バブルの膨張と崩壊の経験が示しているように、株価と不動産価格は基本的に連動するものである。中国においても、2005年後半以降、不動産価格と株価の上昇が互いに促進しあうという好循環が見られたが、株価の急落をきっかけに、これが下落の連鎖に変わらないかと懸念され始めている。

こうした中で、不動産価格が調整局面を迎えようとしている。5月の全国70大中都市不動産価格指数は、前年比9.2%とピーク時(2008年1月)の11.3%から伸びが鈍化し始めており、前月比では0.1%(年率換算1.2%)と、調整色がいっそう鮮明になっている(図2)。一部の地域においては、不動産価格はすでに低下傾向に転じている。例えば、今回の不動産ブームで最も人気のある投資対象地域の一つである深センでは、5月の住宅の平米当たり販売価格は、11,014元と、2007年10月のピーク時の17,350元と比べて、36.5%急落している(深セン動産研究センター調べ)。同市の2008年1~5月の新規住宅販売面積は、前年比50%を割っており、価格の下落圧力が依然として強いことを示している(図3)。住宅販売面積が減少するという傾向は他の主要都市にも見られている。

図2 鈍化する不動産価格の上昇
図2 鈍化する不動産価格の上昇
(出所)中国国家統計局より作成
図3 不動産価格の先行指標としての販売面積
図3 不動産価格の先行指標としての販売面積
(注)不動産販売面積が大幅に減少していることは、買い手が価格の下落を見込んで買い控えているのに対して、売り手は高い価格をなんとか維持しようとしていることを反映している。しかし、売り手は、資金繰りが悪化するにつれて、いずれ値下げに踏み切らざるを得ないだろう。このように、販売面積の減少は、今後の不動産価格が低下する可能性が大きいことを示唆している。
(出所)筆者作成

近年の不動産ブームに乗って、銀行が住宅ローンなど、不動産関係の融資を増やしており、不動産価格が大幅に下がることになれば、銀行の不良債権が増えるだろう。その結果、1990年代の日本が経験したように、銀行の融資態度が慎重にならざるを得ず、それに伴う貸し渋りは、経済全体の成長への制約になりかねない。また、不動産価格の低下は、株価の下落と同じように、消費と投資にマイナスの影響を及ぼすだろう。

このように、不動産価格の動向は今後の景気の行方を占う上で重要なファクターである。中国経済は、世界経済の減速や、石油価格の上昇、金融引き締め、そして株価の急落を受けて、すでに調整局面に入りつつある。これから景気がソフトランディングに向かうか、それともハードランディングに向かうかは、まさに不動産価格がどの程度下落するかにかかっている。

2008年7月7日掲載

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