中国経済新論:実事求是

加速する人民元の切り上げ
― 完全変動制への移行も視野に ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

2005年7月に、人民元が従来の実質上のドル連動制(ドルペッグ)から「管理変動制」に移行したことを受けて、ドルに対して上昇傾向を辿っている。2008年4月10日に、6元台に突入し、変動管理制に移行する直前の8.28元と比べて、18%上昇した。特に2007年以降、人民元の上昇のペースが加速しており、今年の3月末には前年比10%に達している。このことは、当局が「元高」を容認することを通じて、高騰しているインフレを抑制しようとしているスタンスを反映している(図1)。それに加え、ドルが人民元だけでなく、他の主要通貨に対しても急落しているという「ドル安」も人民元の対ドル上昇に拍車をかけている(BOX)。

図1 インフレとともに加速する人民元の切り上げ
図1 インフレとともに加速する人民元の切り上げ
(出所)Wind資詢より作成

人民元は、「管理変動制」に移行したとはいえ、その重点は依然として「変動」よりも「管理」に置かれてきた。このため、人民元レートの動きは、市場での需給関係よりも、通貨当局のスタンスに大きく左右されている。しかし、均衡レートと比べて実際の人民元レートが割安になっている中で、実需に加えて、投機的資金が流入していることも、人民元の切り上げ圧力を強める要因となっている。急激な「元高」に伴う輸出や雇用への悪影響を懸念する当局は、ドル買い・人民元売りという形で外為市場に介入することを通じて、切り上げのペースを抑えようとしてきた。

しかし、為替介入に伴うマネーサプライ(=流動性)の拡大は、インフレに拍車をかけている。今年の第1四半期の消費者物価(CPI)の上昇率(前年比)は、8.0%とほぼ12年ぶりの高い水準に達している。1989年の天安門事件のように、インフレの加速は社会の不安定化につながりかねないだけに、それを抑制することは政府にとって、最も重要な政策課題になってきた。

インフレを抑えるために、当局は利上げをはじめとする金融引き締め政策を採ってきた。しかし、資本移動が活発化している中で、対ドル安定に重点を置く為替政策が、金融政策の有効性を大幅に制約してしまい、所期の効果を上げるに至っていない。特に、米国をはじめ、海外での金利が低下する中で、中国が金利を上げようとすると、より高い収益率を求める大量の資金が中国に流れ込み、流動性の膨張にさらに拍車をかけることになる。インフレが高まる中で、中国の居住者にとっては実質金利が低くなっているが、外国の投資家にとっては、予想される人民元の切り上げを合わせると、人民元に投資すれば、非常に高い収益率が期待できる。中国は、公式的に資金の流出入を厳しく制限していることになっているが、このような規制が実際にはあまり効かなくなっている。

こうした中で、当局は、利上げに代わるインフレを抑える手段として、人民元の切り上げを重視するようになった。まず、人民元の切り上げ幅と為替市場への介入の規模はトレードオフ関係にあり、「元高」を容認すれば、その分だけ市場介入の規模、ひいてはそれによってもたらされるマネーサプライの上昇に歯止めがかかることになる。また、原油など、輸入に大きく依存している資源の価格が、ドル建てで急騰しているが、人民元がドルに対して上昇すれば、元換算では、値上がり幅が抑えられることになる。しかし、人民元の切り上げは、さらなる切り上げの期待をもたらすことになり、先述した利上げと同じように、一層の投機資金の流入、ひいては流動性の膨張につながりかねないため、そのインフレ抑制効果に過大な期待を寄せてはいけない。

インフレ抑制の手段としての金融政策の有効性を高めるためには、最終的に、当局が市場への介入を止め、為替レートの決定を完全に市場に委ねること、すなわち「管理変動制」から「完全変動制」に移行することが求められる。それに伴って、人民元が大幅に上昇し、輸出に大きな打撃を与えることが懸念されているが、これまでの「元高」を受けて中国の貿易収支が縮小しはじめており、人民元がさらに上昇する余地は狭くなってきている。今後、貿易収支黒字が縮小するにつれて元高圧力が収まれば、中国が完全変動制へ移行する絶好の時機がやがてやってこよう。

BOX 高まる人民元の円とユーロとの連動性

人民元が円や、ユーロとともにドルに対して上昇している(図)。このことは、人民元が通貨バスケット制を採用しており、その中で、ドルのほかに円とユーロのウェイトが高く設定されているとことを反映していると考えられる。実際、2007年1月以降の月次データを使って、当局がインフレ率に加え、ドル、円、ユーロの三つの通貨からなるバスケットを参考しながら人民元レートを決めることを前提に回帰分析を行ったところ、円とユーロのウェイトはそれぞれ2割弱、またインフレが1%上昇すれば、人民元の対ドルレートが0.49%上昇すると推計される。

図 円とユーロとともに上昇する人民元の対ドルレート
図 円とユーロとともに上昇する人民元の対ドルレート
(出所)IMF, International Financial Statistics.

2008年5月8日掲載

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